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水鏡に咲く白き花 作者:水城ゆま

第三章『 泥中之蓮 』

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「 蓮華の花守 - 花蓮と珠鱗 」(二十一)

 

――― 戌の下刻( 二十時過ぎ )

落ち着きを取り戻した睡蓮(スイレン)を連れた白夜(ハクヤ)は、医院に向かいながら初めて紅炎(コウエン)に触れた日の感動を思い出していた。
睡蓮に触れた事は、彼の中では愛らしい小動物を手懐けた感覚に近く ――― 医院に向かう足取りは軽やかな物となっている。

一方、彼に触れられた睡蓮は 波の様に押し寄せる恥ずかしさから、俯いたまま白夜の少し後ろを重ための足取りで歩いている。
東雲(シノノメ)に頭を撫でられた時にも気恥ずかしさを感じたが、白夜の場合は泣き姿を見せてしまった事もあり、涙は止まったものの 東雲の時とは比にならない程の動揺が押し寄せている。
何度も逃げ出したい衝動に駆られては思い止まり ――― 夜の闇が広がっていなければ、そして、雨が降って無ければ、睡蓮は 何処(どこ)までも遠くへと 走り出していたかもしれない。


二人が医院に辿り着くと、普段の()の時間帯には薄暗くなっている医院が今宵は明々と輝きを放っていた。
中に入ると、ロータス国の人間と思われる者達を甲斐甲斐しく世話している姫鷹(ヒメダカ)の姿が ――― 。

「 あっ!忘れ……良かった~! さっき、食堂に行ったら居なかったから 心配してたのよ~! 」

「 今、" 忘れてた " って言おうとしました? 」

「 やぁねぇ!白夜(ハクヤ)くんったら!叩き甲斐のある胸しちゃって~!ウフフ~☆ 」

笑顔の姫鷹(ヒメダカ)に、黙れと言わんばかりの割と本気の拳でどつかれると、白夜は苦笑いと愛想笑いが混ざり合わさった様な微笑みを浮かべて 睡蓮を彼女に任せて見回りへ向かう事にした。

「 じゃあ…――― 後でね 睡蓮。 」

「 はい! お気をつけて…! 」

照れと緊張から深々と頭を下げた睡蓮を、同じく 気恥ずかしそうな白夜が何時(いつ)もより長めに見つめた事を見逃さなかった姫鷹は 白夜が去って行くと、すかさず睡蓮に詰め寄った。

「 ……あなた達、また何かあった!? 」

「 いいえ!な…何も!! 」

「 声がひっくり返ってるわよ? 睡蓮(スイレン)ちゃん ――― 葵目(アオメ)が食事から帰って来たら根掘り葉掘り聞かせて貰うからね! 」

睡蓮の瞳の腫れと赤い鼻と頬に気が付き、目を付けた姫鷹は「 はぁ~!今日は忙しいわね~!! 」と嬉しそうにぼやくと、 ロータスの人々と睡蓮を医官に任せてお茶とお茶請けの準備に向かった。

( 独りきりでは無いけど、独りになってしまったような…… )

睡蓮は、なるべく現実を追及しない様に努め ――― 取り敢えず 待合室の椅子に座って医官達の仕事を眺める事にした。
(しか)し、余り変化の無い医院の中に心奪われる事の無かった睡蓮は、すっかり忘れていた " ロータスの言葉が理解出来ている件 " について思い出す ――― 。

( 姫鷹先生にはお話しておいたほうが良いかしら…? )

「 あれ? ――― 急病か何か? 」

背後で声がしたので睡蓮が振り返ると、三十から四十代程と思われる 手入れが行き届いた長髪を束ね、リエン国の人間にしては珍しく日焼けした肌を持ち、日葵(ひまり)程では無いが ややふっくらとした体格の良い男性医師が佇んでいた。

「 いいえ…!違います 」

「 あれれ~? 君 若いねぇ? ダメだよぉ、こんな時間にウロウロしちゃあ……医院(ここ)で何やってんの? 」

「 あの…医院長を待っています! 」

「 医院長? ――― って、姫鷹先生? 」

「 ――― 睡蓮さん……? 」睡蓮(スイレン)と男性医師が話していると、食事から戻って来た葵目(アオメ)が睡蓮に気付き、二人の許へ近づいて来た。

「 葵目さん! ――― こんばんは。 」

「 こんばんは。 」葵目は、睡蓮に行き違いになった事や心配していた事を話したかったが、他に人が居るので挨拶だけに(とど)めた。

「 ん?睡蓮!? ――― て言うと、例の記憶喪失の? 」
男性医師の言葉に葵目は頷くと「 睡蓮さん、こちらは真鯉(マゴイ)先生と(おっしゃ)って その…… 」
「 君に興味あるんだ! 」真鯉は葵目の言葉を待たずして、声高らかに爽やかさを気取った笑顔で告げた。

「 俺、睡眠療法とか催眠療法とか そういうのに興味あってさぁ! ずっと良い患者さんを探してたんだよねぇ~♪ ――― どう?今度 受けてみないかな睡蓮ちゃん? 」
「 えっと…… 」睡眠療法と催眠療法の利点を語りながら、どんどん距離を詰めて来る真鯉に対して どの様に接したら良いのか判らずに睡蓮は困惑の表情を浮かべた。

「 真鯉っ!! 」

「 やべっ!姫ちゃん先生だ!! ――― またね☆ 睡蓮ちゃん!葵目くん! 」
自分の名を叫ぶ ドスの効いた姫鷹の声を聞くなり、真鯉は睡蓮に片目を閉じた微笑みを見せて、気取った雰囲気の わざとらしい大きな笑い声を上げながら ひらりと風の様に退散して行った。

「 ったく、油断も隙もあったもんじゃないわね!あのエロ医者! ――― 睡蓮ちゃん、あいつの事は絶対に信用しちゃ駄目よっ?! 」姫鷹は自分の事を棚に上げて睡蓮に忠告する。
「 そうですねぇ…真鯉先生は悪い方では無いですし、優秀な先生で 患者さんに一線を越えられるような事はされないんだけど ――― あらゆる年代の女性がお好きで…ちょっと困った性癖って言うか…――― あっ!!ごめんなさい!こんな内容、睡蓮さんに話す話題じゃないわね…! 」
葵目は睡蓮に謝罪したが、心配しなくとも 少し前から睡蓮には姫鷹と葵目の言葉の意味が理解出来てはいなかった。

「 とにかく、あいつは宮中の医院に居て良いような医者じゃ無いのよ……! 」再び、姫鷹は自分の事を棚に上げて真鯉の居た場所に 消毒用の酒を噴き掛けて 清めの塩を撒き始めた。
その姫鷹の姿に、東天光(トウテンコウ)が居たら " 先生、呪術に否定的じゃ無かったっけ? " と突っ込むだろうなと考えながら葵目は睡蓮と共に塩が撒かれる光景を見守った。



時を同じくして ――― ライル王子との食事を終えて私室に戻って来た花蓮(カレン)女王は部屋に入るなり、彼女にしては珍しく大きな声で女官達 ――― 珠鱗(しゅりん)紅魚(ホンユイ)蝶美(チョウビ)緋鮒(ひぶな)の四名にある任務を与えた。

「 すぐに白い装束を用意して!私は白色が好きなの!黒なんて着させないでっ!! 」

「 え…!? 急にどうしちゃったんですか? 」戸惑う蝶美(チョウビ)の言葉を覆う様に紅魚(ホンユイ)が「 かしこまりました、陛下 ――― ですが、陛下の装束は入念な確認が必要となりますので、今日明日で仕立てられる物ではございません。少しお時間を頂けますでしょうか? 」と言葉を返す。
長時間 女王に付き添い、年長者でもある紅魚(ホンユイ)は、女王が癇癪を起こしている事に気が付いているが " 起こし始めた理由 " が解らずに解決策を見出せずに居る。

「 ……ライル王子が帰るまでには着てる所を見せたいんだけど? 」
「 かしこまりました!蝶美(チョウビ)、すぐに手配して。 」

「 でも…仕立て師さん達は もう帰ってるんじゃ。。。。 」
「 呼び戻せば良いじゃない? ――― あなたが黒い装束ばかり作らせるから、こんな事になるのよ? 」戸惑う蝶美に女王は氷の様に冷たく言い放った。
「 えっ!?アタシのせい? でも、アタシは ただ 女王さまの希望どおりに…―――! 」
「 良いから行きなさい…! 緋鮒(ひぶな)、あなたも手伝ってあげて! 」
「 は…はい…! 」

紅魚は再び蝶美の言葉を遮ると、年若い二人の女官の身体を押し出す様に女王の部屋から送り出した。
「 申し訳ございません、陛下 ――― 蝶美には私のほうから態度を改めるように言っておきますので…… 」
「 うん…お願いね。 」

紅魚に返答した女王の声は()(まで)と同じ様に消え入りそうな声だったが、紅魚(ホンユイ)珠鱗(しゅりん)の二名は とても平常心を取り戻せる様な心境では無かった。

――― 女王は結婚を嫌がってはいたが、ライル王子の事は気に入っている。
――― そのライル王子から貰った青睡蓮は気に入らなかった様子だが、花瓶を投げつける程の嫌悪の理由は解らない。
――― 黒色を好んでいた筈なのに白色を好きだと言い出した理由も見えないし、今はまだ聞き出せる様な雰囲気では無い。

二名の女官達は、女王の身に何が起こったのか ――― 自分達に何が起こっているのか情報を整理出来ずに重苦しさを感じ始めていた。


「 それでは、陛下……湯殿に参りましょうか? 」

「 ……。」女王は此れ迄と同じ様に無言で湯浴みに向かい始めると、傷の手当てがしてある珠鱗(しゅりん)の指を見つめた。

「 ねぇ、身体は珠鱗が洗ってくれる…? 」女王は珠鱗の衣の袖を掴むと花の様に微笑んだ。
石鹸水や湯が傷に沁み入る事は容易に想像出来るが、珠鱗に選択権は無い。
「 …… かしこまりました。 」
嫌悪感からだろうか? ――― 珍しく、珠鱗は僅かに眉を顰めた表情を見せた。
彼女の返答を耳にした花蓮は、自分が受け入れられた悦びの瞳で 安心して自ら黒い衣を脱ぎ急ぐと、白い湯気で身を包み込んだ。


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