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黒猫宅配便

作者:荒ぶる猫
「あの子とは遊んじゃダメよ」

 お母さんが小声で僕にだけ聞こえるように呟く。
 僕はその視線を追ってみると寂しそうにブランコを漕ぐ一人の女の子が目に入ってきた。
 いつもお母さんは友達と仲良くしなさいと言っていたので不思議に思いながらじっと女の子を眺めていると、もう帰るわよと母と繋いでいた手を引っ張られ、公園の外まで連れていかれた。
 寂しそうな女の子が気になり振り返るとフェンス越しに女の子の優しい目と目が合った。                
 僕はお母さんに気付かれない様に小さく手を振ると女の子の方も嬉しそうに笑って同じように小さく手を振ってくれた。
 そして次の日から僕はお母さんに内緒でその女の子と遊ぶようになった。
 確かに女の子にはお母さんが遊んじゃ駄目よと言うのがわかる位悪い噂があった。けど噂と実際の女の子とがまるで別人のようで聞く度に僕は笑ってしまった。
 なんでもあの子は、人の注意をひく為だけに窓ガラスを割り、友達の家に無理やり押しかけ、勝手に冷蔵庫を開けて中のものを飲み食いしたり、お店でお菓子を万引きしたりとか、聞こえてくるのはこんな感じの内容だった。
 おかしいよね、僕と放課後ずっと遊んでいる女の子が、友達の家に押しかけたり、ガラスを割ったり、万引きしたりできるわけないのにね。
 その事を女の子に、まるでもう一人君が居るみたいだねと言うと、その子も噂に迷惑しているのか困ったような顔をしていた。
 僕は学校の友達とあんまり遊ばなくなっていた。誘われて断り切れない時は遊びに行ったけど、心の中では女の子と一緒に遊びたかった。
 だってあの子の友達は僕しかいない、別れる時は必ずまた明日と約束していたし、断り切れずに約束を破った次の日なんかでも怒りもせず、僕に来てくれてありがとうと言ってくれる。
 お母さんに一緒に居る所を見られないように僕と女の子は秘密基地か、隣町の公園で待ち合わせをして遊んでいた。
 秘密基地は山の洞穴だし、隣町の公園には中が空洞になっている大きなクジラの滑り台があり雨が降っても二人だけで遊ぶことができた。それに秘密基地には僕のお菓子や漫画が隠してあって彼女が一人でも暇をつぶせるようにしていた。
 でも、いつも先に来ている女の子がお腹をグーグー鳴らしてても、僕がどうぞってあげるまで絶対にお菓子を食べなかったし、漫画だって最初のうちは遠慮して読まなかった。 
 そんな女の子を見ているから余計に、みんなが言っている噂の事が僕は信じられなかった。
 そして、学校の友達の誘いを断り切れなかった日に信じられないことが起きた。
 友達の一人が悪戯で石を投げて窓ガラスを割ってしまった。割ろうとして投げたものではなかったけど、結果的には石は窓ガラスを割り、その家のおばさんがかんかんに怒って、窓の近くにいた犯人である僕たちがじろりと睨まれた。
 石を投げた友達は怒られたくないから、自分じゃないと嘘をつく、じゃあ犯人は誰なの?とおばさんに言われると、女の子が石を投げて逃げたと言ったのだ。
 僕は友達がそんな嘘をついたことと、それを聞いたおばさんがまたあの子なのねと怒っていたのが衝撃的で何も言えなかった。
 おばさんが居なくなると、僕はなんでそんなこと言ったの?と聞くと友達は悪びれもせずあいつのせいにすれば大抵怒られないんだ。と言った。
 家に帰ってからお母さんになんであの女の子はあんな風に悪く言われてるの?と僕は聞いた。

「あの女の子は片親で、お母さんが仕事中はずっと学校にも行かずにふらふらしている悪い子なの、だから絶対にかかわっちゃダメよ」

 そうお母さんに言われたけど僕は女の子と遊ぶことを止めなかった。だって、学校に行かないのは悪いことかもしれないけど、それだけで罪を擦り付けられて悪く言われるのが納得できなかった。
 女の子と遊ぶようになってしばらくした頃、前日に隣町の公園で遊ぼうねと約束していたので、待ち合わせ場所のクジラ滑り台の中に行くと、女の子が赤い首輪をした真っ黒の猫を幸せそうに抱っこしていた。

「この子ね、迷猫みたいなの。私から離れなくて……」

 女の子は嬉しそうにニコニコして黒猫を抱っこしていたけど、黒猫は抱かれるのが少し嫌なようで、僕の方を見てニャーと困ったように鳴いていた。
 その猫は女の子が言うには迷い猫のようで、公園に居た別の猫にいじめられていたから抱っこしていたらしい、幸いにも黒猫の首輪に簡単な住所と苗字が書いてあったので、二人と一匹で隣町探検隊を結成して電信柱の住所を頼りに猫の家を探すことができた。
 でもやっぱり慣れない街だったから、猫の家に辿り着いた時にはもう門限をとうに過ぎ夜になってしまった。
 女の子は僕の門限を知っていたので、門限が近づくにつれ不安そうな顔になっていったが、僕が女の子と猫を残して帰ることなんかできない、無事に届けるまでは一緒にいるからねと女の子に言ったら、ぱっと表情が明るくなり、ありがとうと笑ってくれた。
 二人で少しドキドキしながら猫の首輪の苗字と家の表札を何度も確認してから、インターホンを鳴らす。
すると、しばらくしてスピーカーから弱弱しいお婆さんの声でなんでしょうかと聞こえた。猫はその声が聞こえるとすぐに嬉しそうに帰ってきたよと言わんばかりに鳴き出した。  
 猫の声がお婆さんにも聞こえたのか、僕らが用件を言う前に、スピーカーからは固いものが壁か床に当たった音がした。
 そしてすぐに廊下を走る足音が聞こえ、目の前の玄関のドアがガチャガチャと乱暴に開き、疲れた顔のお婆さんが出て来た。
 お婆さんは女の子が抱いている猫を見ると目を潤ませながら「心配させて!」と猫をひったくるように抱き、再会をとても喜んでいた。
 しばらくたって呆然としている僕達に恥ずかしそうに「ごめんなさいね」と言って、お礼をしたいからと家へあげてくれた。
 お婆さんの家に上がった僕は門限の事を伝え、すぐに電話を借りて家へ連絡した。電話に出たお母さんは相手が僕だとわかると、「今どこに居るの!?何時だと思っているの!?」と受話器の向こうから怒った声が響いた。その剣幕に何も言えないままうつむいていると、隣で聞いていたお婆さんが僕の手から受話器をすっと取って、お母さんに丁寧に猫の事とお礼を言ってから受話器を僕に渡してくれた。
 お母さんはいつもの優しい声に戻り、「訳も聞かずにごめんなさい、でも事前に連絡しなきゃダメよと」言われ、最後に偉いわと褒めてくれた。「迎えに行くわ」と言われたけど女の子と一緒にいることを思い出して一人で帰れるから大丈夫と電話を切った。
 女の子にも「電話する?」と聞いたけど大丈夫、私門限無いからと呟いた。
 黒猫宅配事件の後、猫とお婆さんに会いにちょこちょこ隣町へ行った。何回か訪ねるうちにお婆さんに女の子が学校に行っていないと知られてしまった。
 学校に行っていないだけで、悪い子だと思われてしまうと僕がいろいろ女の子の良いところを言って悪い子じゃないと必死にアピールした。
 お婆さんは難しそうな顔をして考えはじめた。
 それを見た僕たち二人はうつむいて叱られるのを覚悟してたが、お婆さんは僕らの考えもしないことを言った。

「理由は言わなくていいから学校へ行かないのなら私の家へ来なさい」

 お婆さんはの声は優しかったけど断ってはいけないと思わせる口調だった。
 そうお婆さんに言われた女の子は困ったような嬉しい顔をし、その顔を見た僕は良かったと少し涙が出た。
 それから半年くらいお婆さんの家に通った。その間色々なことがあったんだ。
 お婆さんは昔、先生で、今は女の子の家庭教師になってくれたし、黒猫は子猫を産んだし、女の子は僕よりも頭が良くなった。
 嫌な事もあった。女の子の噂は消える事はなかったし、黒猫は子猫を産んだ後、手術してもう二度と子猫を産む事は無くなったし、女の子は急に何も言わずに引っ越して居なくなってしまった……。

「女の子のせいで住み辛くなった母親が逃げるように引っ越したのよ」

 その噂話を最後に女の子の噂は無くなった。
 それから僕は再び学校の友達と遊ぶ様になり、お婆さんの家へ行かなくなった。
 中学へ入学し、受験をして高校へ進学した。その頃にはもう女の子の事をあんまり思い出さなくなっていた。
 高校へ入学するとびっくりする事があった。
 僕と同じクラスにあの女の子と同じ名前の女子が居た。
 僕は彼女の名前が呼ばれる度に気になり、ちらちらと様子をうかがうことが多くなった。名前が同じだからそう見えてしまったのかもしれないが、何となく女の子の面影があるような気がした、女の子が成長すればこんな感じなのかな? もしかして本人なのかな? 彼女も僕が成長したから、僕と同じように確信が持てず話しかけられないのかな?とも考えた。
 そしてクラス中に、僕が彼女の事を気にして横目で見ていることがバレてしまい、皆が面白がって事あるごとに彼女と僕をくっつけようと画策し始めた。
 僕はあの女の子と似ている彼女が気になっていたし、彼女も僕の事が嫌ではなかったらしく一緒に帰ったり、遊んだりするようになるまで時間はそんなにかからなかった。
 そして親しくなるにつれ彼女は女の子と別人なんだなと思い始めた。
 彼女にある面影も、同姓同名な彼女を意識しすぎて僕が半ば無理やりそう思い込んでいるのだろうという考えに至った。
 彼女は女の子とは全く違い、事有る毎に私は母に大事にされていると嬉しそうに言った。門限が厳しいのも、アルバイトが出来ないのも私が大事にされているからだと気にかけてもらえて本当に幸せと、女の子が見せたことのない笑顔で笑った。
 そう聞く度に、女の子とはもう会えないのかな?と寂しくなっていく。同姓同名でも彼女は母親に愛されていた。
 それに引き換え、あの女の子は母親が仕事に行く時に外に出され、学校にも行かず、一人ぼっちでいつも寂しそうに愛に飢えていた。
 彼女は今どこに居るのかな?今も一人になのかな?それとも以前の僕みたいに隣にいてくれる人が見つかったのかな?出来れば僕が君の隣に居たかった。と思ったときに、ああ僕は女の子が好きだったんだなと当時僕が抱いていた気持ちをいまさら理解することができた。
 そうなると女の子の面影を感じさせる彼女の事が好きになっていった。最初は女の子の代わりなんて彼女に失礼だと思い気持ちを隠していたが、我慢できずに夏休みの前に彼女に告白をしてしまった。
彼女は恥ずかしそうに顔を紅くして、良いよと僕の気持ちに応えてくれた。
 夏休みに入ると僕は、彼女と出かける事が多くなった。
 彼女と付き合うのはとても楽しかったが、心の隅では小さな罪悪感が小さなしこりになっていた。
 八月に入ってすぐに彼女と僕が付き合っていることが彼女の母親に知られてしまったらしい、別にやましい事をしていたわけじゃないから僕は全然平気だったけど、彼女の母親が紹介しなさいと言っていると、ちょっと過保護すぎるわよねと彼女はため息をつき、今まで頑なに教えてくれなかった彼女の家で母親に挨拶をすることになった。
 彼女の家は、あのお婆さん町の更に隣で、彼女の家に向かう為に乗ったバスがお婆さんの住む町を通る時少し懐かしかった。
 記憶と窓から見える風景が同じところがあったり、違っているところがあったりして、女の子と黒猫を届けに行った日の事を思い出し、女の子が引っ越した時から訪ねる事が無くなってしまったお婆にまた会いたくなった。
 そして彼女に手を引かれながらバスから降り、彼女の家に行く。
 彼女の母親はまだ帰宅しておらず、僕は冷たいお茶をごちそうになりながら彼女の母親の帰宅をリビングのテーブルについて待っていた。
 彼女の家は2LDKで今僕のいるリビング、それと彼女の部屋と母親の部屋が有った。
 あんまりきょろきょろするのは良くないと思いながらも、目ついはいろんな方向へ動き、額装され壁に掛けられた一枚の感謝状と新聞の切り抜きに目が留まった。
額装されているし、読んでも問題ないだろうと思い、暇つぶしに文字を目で追い始めた。感謝状は文字も大きく彼女の名と隣町の警察署長の名前を読むことができたけど、新聞の切り抜きの方は椅子に座ったまんまじゃ字が細かくて内容がわからなかった。
 目を細めて読もうと努力していると、着替え終わった彼女が部屋から出てきて、僕が目を細めて切り抜きを読もうとしているのに気が付いた。
 彼女は感謝状と切り抜きを壁から外し、自慢げに感謝状を貰ってお母さんに凄く褒められたのよと僕が読みやすいようにテーブルの上に乗せて見せてくれた。
 読めなかった切り抜きを読んでみると「中学生お手柄、家で動けなくなっている老婦人を助ける」と大きく見出しがあり、細かい状況などがそれよりも小さい字で見出しの下に書かれていた。
 最初は何気なく読んでいたが、老婦人の氏名があの猫のお婆さんと同じ苗字だったのが引っ掛かった。
お婆さんの下の名前は知らなかったので同じ人物かは今はわからなかったが、お婆さんに会いに行く理由が出来た気がした。
 それから彼女の母親と会い、三人で外食に行ったが、あまり楽しいものではなかった。
 彼女の母親は彼女が感謝状を貰い、近所に自慢できるのよと言うが、それ以外の話題は彼女の事ではなく、自分の仕事の事や、母子家庭で二人も育てるのが大変よと愚痴をこぼしていた。
 僕は彼女の母親が口にした二人というのが気になり聞いてみた。
 彼女は少しいやそうな表情をし、母親も姉の方は、ねぇとため息をついた。
 僕が今日お姉さんが居ませんが、出かけているんですか?と尋ねると、彼女の母親があの娘はね外に出ると悪い事ばかりして私たちを困らせるからあまり外出させていないのと何でもない様に言い、僕は少し嫌な気持になった。
 彼女の母親と会った次の日に近所でおいしいと評判のケーキを買って隣町のお婆さんの家を訪ねた。
 お婆さんは数年ぶりに訪ねた僕を「あら久しぶりね」と言って以前と同じように招き入れてくれた。
 背中も少し曲がり、痩せたのか小さくなったお婆さん、黒猫も真っ黒だった毛の色素が薄くなりくたびれたチョコレート猫になっていた。それとは対照的に子猫たちはでっぷりと横にも縦にも大きくなり、毛もつやつやとしていた。黒猫たちは久しぶりに来た僕を忘れてはいなかったのか足元にすり寄って歓迎してくれていた。
 そして、お婆さんと一緒にお茶とケーキを楽しみながら、この家に来なくなってからの事と高校に入学してから僕がどうしていたのかを話し、昨日彼女の家で見た新聞の事をそれとなく聞いてみた。
 するとお婆さんが「もう、私って有名人ね」と笑いながら当時の事を話してくれた。
 女の子が引っ越してから一年後、家の掃除中に転んでしまい大腿骨を骨折して動けなくなり、その時に少し開いていた窓から黒猫が表に逃げてしまった。このままだと子猫たちも逃げてしまうと身体を引きずって窓を閉めたところ、無理に動かした身体がそれ以上動けなくなってしまったというのだ。

「恥ずかしい話ね、痛さで動けなくて少しね、汚してしまったのよ。それですぐに大声出せなかったの」

 お婆さんは笑ってそう言っていたが、容体は深刻だったらしい、朝になっても痛みはひかず、昼になった。
 お婆さんは夕方の帰宅時間を狙って助けを呼ぼうとなるべく動かないで体力を温存していたところに、黒猫を抱いた女の子が家に来てくれ、本当に助かったのよと笑った。

「あの子はきっと女の子を呼びに行ってくれたのね」

 その話を聞いて僕は全てがわかってしまった。まだお昼を回ったくらいだったが、お婆さんに楽しかったですとお礼を言って家を出た。
 お婆さんはもう大分くたびれた黒猫を抱きながら「また来なさい、できればあの子と一緒にね」とまるで僕がこれからやろうとしていることがわかっているかのようで勇気が出た。
 急いで彼女の家に行き、インターホンを鳴らす。
 彼女が出た。僕だと知ると慌てた声で、少し待っていてとインターホンを切った。
 僕は深呼吸し気持ちを落ち着け、彼女に質問する内容を考えた。
 カギとチェーンが外れる音がしてドアが少し開き、彼女が顔を出す。
 僕はドアが閉められないようにドアの隙間に足をねじ込む。
 するとびっくりした彼女がドアを反射的に閉めてしまい足が挟まれた。激痛が走り、恥ずかしいことに結構大きめの声が出てしまったがそのかいあってドアが閉じられることは無くなった。
 彼女はゴメンと一応謝ってくれたが、僕の不審な行動に焦っているのがわかった。
 僕は彼女にだけ聞こえるくらいの小さな声でゆっくりと「君はキノシタレイじゃない」と言うと、彼女の態度が豹変した。

「あんた馬鹿じゃないの!?私の名前はキノシタレイよ!!もう貴方とは別れるわ!!さっさと帰ってよ!!」

 彼女はヒステリックに叫ぶ。

「君が本当のキノシタレイなら、感謝状のお婆さんをどうやって見つけたか言えるよね?」

 落ち着いた声で彼女に質問を重ねる。

「偶然通りかかった時にお婆さんの助けを求める声が聞こえたのよ!!」

 彼女のその言葉を聞いた僕は、力任せにドアを開き、家の中に向かって叫んだ。

「僕だ!ササキユウジだ!レイちゃん!もうこんなところに居なくても良いんだ!前みたいに一緒にお婆さんの所に行こう!みんな元気だ!お婆さんも!黒猫も!子猫たちも……、お婆ちゃんはもっとお婆ちゃんになっちゃったし、黒猫は大分くたびれて、でも子猫たちはすごく大きいよ……」

 最後の方は涙声で何を言っているかよくわからなかったけど、しばらく無言の時間が続いた後、彼女の部屋のドアから一人の女の子が恐る恐る出てきた。
 汚れてよれよれの服を着て、大分痩せて、髪の毛も長くてぼさぼさ、肌の色は不健康に青白くて、顔は涙ですごい事になっているけど、あの女の子だった。
 ドアを閉めようとしていたキノシタレイを名乗っていた女は諦めた様に玄関にしゃがみこみ、お母さんには言わないでと、泣きながらその言葉を繰り返していた。
 僕は細くなった女の子の手を引いてで急いでお婆さんの家まで行った。
 お婆さんはやせ細った彼女を小さな身体で強く抱きしめると、家へ招き入れ、優しくでも断れない口調で「この家に居なさいと」言った。
 それから彼女から彼女の名前を使っていた姉の事、母親の事を聞いた。
 それでわかったのが、以前僕の町で流れていた噂の半分は実際に彼女の姉が母親に相手にされない寂しさを紛らわすため、母親に見てもらいために起こしていたのだとわかった。残りの半分は子供たちが怒られないために悪名高かった女の子の姉に押し付けたものだった。
 その噂のせいで女の子の家族は急に引っ越すことになり、母親から同じような悪い評判が出ないようにとあの家に二人で押し込められたそうだ。
 それからしばらくして、お婆さんが転倒し黒猫が外へ、そしてマンションの一階の小さな庭で女の子が自分の食事を削って野良猫に餌をあげていた所に、偶然あの黒猫が来たのだという。
 黒猫は女の子を見るとすり寄り大人しく抱っこされた。女の子はお婆さんの家に通ううちに黒猫が満足する抱き方を身に着けていたのだ。は
 そして母親の命令を破り、逃げ出した黒猫をお婆さんの所へ戻そうと訪ねたところでお婆さんを見つけ、助ける事が出来たのだと、無事で本当によかったわと女の子は笑った。
 それから彼女は感謝状が贈られ、新聞にも載り、母親に自慢の娘とまで言われてから、女の子の生活は変わった。
 新品の服を買ってもらえ、学校にも行かせてもらった。
 今までは話かけもしてくれなかった母親が彼女にだけ話しかけ、学校はどうだった?友達はできた?と今までかかわりを持とうとしなかった母親が女の子を気にかけ始めた。
 それを見て面白くないのは姉だった。
 そこで姉は女の子が寝ているすきに綺麗な洋服を着こみ入れ替わった。朝になって女の子が起きると、女の子の服を着た姉が母親と話していた。
 女の子にしていたように姉に話しかけ、女の子は昨日までの姉のように無視をされた。
 そして女の子は理解してしまった。母親は私を見ていたんじゃない、私には価値など無かったんだ。お母さんに必要だったのは感謝状を貰ったいい子の「キノシタレイ」の名前だけなのだと……
 その日から女の子は自分の名前を失った。
 そして僕が玄関で「キノシタレイ」の嘘を見破った時の声が聞こえたときに自分が呼ばれているとずっと動かなかった身体が動くようになって、また会えたのと泣きながら言ってくれた。



 夏休みが終わり、僕が教室へ顔を出すとキノシタレイが僕の方を見て真っ青な顔で、教室から逃げていった。結局彼女は自分の名前を取り戻さなかった。
 彼女は笑った。

「本当の私を知ってくれている人がいるから大丈夫よ」

 あの日から彼女はキノシタイチカと名乗り、お婆さんの家でお婆さんと猫達と一緒に暮らしている。
 来年までしっかり勉強を教えてもらい、アルバイトをしながら定時制の高校へ行くんだと笑顔で話してくれた。
 彼女の生活が落ち着き、みんなでクリスマスをお婆さんの家でやることになった。
 黒猫を抱いて楽しそうにしている彼女の横に立った僕は、プレゼントを渡しながら思いきって言った。

「木下一花さん!僕とお付き合いしてください」

 顔がかっかと熱くなった。彼女はそんな僕を見て笑う。

「ありがとう。」

 女の子は嬉しい涙を流していた。
 お婆さんも黒猫も子猫たちも僕たち二人を優しく見守ってくれている。

 この双子の姉妹が入れ替わった事実を知る人は僕とお婆さんの二人だけ、キノシタレイはこれからも母親に何も言わずにそのまま生きていくだろうし、姉妹の母親が気付くことは恐らくないだろう……

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