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第1章 ガルべ河の悲劇
 夜、灯りのともる街を背景に、レスレダ9世の率いるエデモルカ軍は敵軍に向かって襲いかかってゆく。

 都を出発してから、じつに二日も経たないうちにガルべの街の近郊の河の浅瀬で、レスレダは敵国ゼムヘイオのラミダン将軍と対峙した。

 ゼムヘイオ五万に対し、エデモルカは一万にも満たない無謀な戦いである。

 「弓隊用意!放て!」

 まだ若い将軍ながらも、ラミダンは迫るエデモルカの軍を遠距離より攻撃し、次々と倒してゆく。

 「騎兵隊、前へ!」

 将軍が次に繰り出したのは、屈強なる騎士の軍団だった。

 弓によって弱り、指揮系統があやふやになった事に加え、士気が下がったところを攻撃する。

 こうなってしまっては、機動力で劣る歩兵は、いくら屈強でも勝つのは難しい。

 だが、これで終わるレスレダではない。

 将軍もエデモルカの国力には勇敢に立ち向かうことはできても、この王にだけは恐れを抱いていた。

 「な、何!正気か?騎兵隊、後退せよ!」

 彼が顔色を変えたのにはもちろんわけがあった。

 将軍の目の前まで、エデモルカの放った弓が一斉に飛んでくる。

 もちろん、騎士たち目がけてであるが、騎士たちと苦しそうに戦っていたエデモルカの兵にも矢が容赦なく刺さってゆく。

 「くそ!そういうことか!」

 ラミダンは一瞬で事を理解した。

 レスレダはわざと腕の立つ兵士の服を一般兵士に着せ、おとりとして使っていたのだ。

 どおりで大事な近衛兵をズバズバと最前線に投入してきたはずで、今の攻撃により、騎兵はほとんどがやられ、使えなくなった。

 おそらく敵陣の奥深くには、精鋭がまだうじゃうじゃいるに違いない。

 つまり、将軍はレスレダの慢心さを生かした奇策にまんまとはまってしまったのである。

 「ワアアアアアーッ!」

 今度こそエデモルカの精鋭が襲ってきて、将軍は退却しようと考え焦った。

 「くそ!一時後退せよ!」





 「ハハハハハ!見ろ!わが軍の前に恐れをなして敵が逃げていくぞ!」

 王は上機嫌ではあったが、その気持ちは文官たちによってそがれることとなった。

 「陛下!陛下!」

 「ん?あれは…」

 四人は馬から降り、一通の書状を彼に手渡した。

 「陛下、ムィンダンテが代表して申し上げます。今すぐご退却を!」

 「退却?ふざけたことをぬかすでない。あれを見よ。敵は我らに怯え、逃げ出した。しばし待てばこの戦いでエデモルカは勝利する。」

 「しかしこれは王妃様のご指示でして…」

 だがムィンダンテの言葉に王は目を細める。

 「あの女がなんだと言うんだ?女ごときのために名誉をつぶすなど、考えられん!」

 彼は大臣たちがもってきた書状を読む前に、くしゃくしゃに丸めて河に投げ捨てた。

 「お願いでございます陛下。民の命がかかっているとの王妃様のお言葉です。ご英断を…」

 四人はついに地面に膝をついて手を掲げる。

 王の剣を持つ手は、明らかに四人に向けられていることが分かったからだ。

 じりじりと歩み寄る王に、大臣長官のムィンダンテをはじめ、財務長官のオスピソン、外交長官のモルモゼロ、国王補佐大臣のヴィシュトぺらが震えて目をつぶる。

 「この裏切り者ども!」

 「ひっ!」

 しかし、王の手は伝令兵の一言によって、別の方向に向けられた。

 「陛下!寝返りです!パレヴァンが陛下の援軍要請を拒み、勝ち目のない戦には参加しないとのこと!」

 パレヴァンとはエデモルカの北に位置する国であり、レスレダは念のため援軍を要請していた。

 「何?このイムダイの頼みを蹴ると言うのか!」

 「それだけではありません。パレヴァンが援軍を拒んだのは、ゼムヘイオと秘かに同盟していたからであり、パレヴァン軍およそ二万が、我が軍に向けて進軍中です!」

 大臣たちは恐怖など忘れて、すぐさま提言した。

 「王よ、もはや軍を撤退させるしか方法はございません!お逃げを!」

 彼はこのとき迷っていた。

 何を迷っていたのかといえば、もちろん退くか退かないかであるが、ここでも彼の粗野な一面が顔を出した。

 「このイムダイが退くなどありえん。敵の一つはすでに退却させた。何も知らないパレヴァンの犬どもに、先ほどのおとりの手を用いて追い払えばよいではないか?」

 あくまで自分の威厳優先の君主は、さらりと言ってのける。

 「しかしながら、同じ手が幾度も通用するとは限りません。それにゼムヘイオが戻ってきたら…」

 「大変だー!帝国が来たぞー!」

 遠くから松明を振って、別の兵士が合図する。

 文官たち四人はその兵士をギョッとした目で見張った。

 「うあ!」

 兵士のすぐ後ろで、騎兵を補充し、馬に乗ったラミダン将軍が彼の首を剣で飛ばした。

 「敵襲だ!配置につけ!それと、王妃に息子を連れて逃げろと伝えよ。ムィンダンテ、いいな?」

 「ですが…」

 「話しているひまはない!早く行くのだ!ゆけ!」

 王の命令に四人は涙をこらえながら馬に乗り、去ってゆく。

 「イムダイよ!お覚悟!」

 「弓隊用意!」

 彼は向かってくる将軍の騎馬隊を弓で待ち伏せするが、将軍はその裏をかいていた。

 「パレヴァン軍、今だ!」

 ウォォォォォォーっ!

 ラミダンの一声で、なぜか北から来るはずのパレヴァンが、反対方向から向かってきた。





 暴君の最期というものは、一体どのようなものなのだろう?

 おそらく、そのような事は誰も考えないだろうが、一言でいえば普通の王と同じであり、そこにはやりきれない思いと、後悔と、涙があった。

 「ラミダン!ひきょう者めーっ!」

 多勢に無勢。

 それに加え、挟み撃ちにされては、矢を放つ方向を分散させなくてはならず、自慢の集団弓法の威力も発揮できない。

 そのため彼らはたびたび同士撃ちした。

 激しく剣を打ち合っていた音もやがて小さくなり、レスレダは追い詰められていく。

 「うっ!」

 背後から弓でマントごと串刺しになった王の死体は、首だけを切り取られ、夜の黒く濁った河に流された。

 まるで二日前の朝、彼が殺したウサギのように…

 

 

 

 
 


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