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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第2場 ―仲間入り―
65/322

Episode54 ネーヴェ雪原


 あまりにも細い細い崖道。少しでも足を踏み外したら崖下へと真っ逆さまになる。そんな危険な道を歩く黒いローブの2人。

 凍てつくような吹雪が横から吹き付け、さっきから顔の感覚がない。それゆえ顔面はガチガチに硬くなってしまい、うまく唇も動かせなかった。進むべき道は白い雪に閉ざされ、この先に本当に目的の場所があるのかすら怪しい。

 でももう後には引き返せない。

 強引に進むしかないのである。


 俺とユースティンの2人は、ネーヴェ地域の雪山に来ていた。

 ここは雪原と雪山だらけの地域だが、断じて観光として楽しめるような所じゃない。遭難者も多い上に、生活するには環境が苛酷すぎて一部の巨人族くらいしか住んでいない。

 話によるとこの雪山を越えた先に巨人族が住む集落があるものの、道のりが険しすぎて転落死する冒険者も後を絶たないとか。

 そんなネーヴェ地域は迷宮都市アザリーグラードからずっとずっと北へと歩いたところにある。

 かれこれ町を出てから2週間経過した。それまでずっと野郎2人旅だ。しかもよりにもよってユースティンとだ。

 いい加減、早く帰ってシアに会いたい。


「―――あぁ、踏み外した!」

「ええっ! またかよ?!」


 ユースティンは足を滑らせて崖下に落ちそうになっていた。


 いや、むしろ落ちた。


「ユースティンッ!!」

「あああぁぁあああああああああ」


 無様に崖下へとダイブするユースティン。

 だけどこれも茶番でしかない。


「Eröffnu(開けろ)ng!」


 ユースティンは崖下に空間転移魔法"ポータルサイト"を展開し、その暗闇の穴に入り込んだかと思うと、すぐに崖上に"戻り落ち"た。

 俺の目の前に突如として現われるユースティン。


「―――ぅぐっ!」

「なぁ……」


 俺は、背中を強打しながらも満足そうに微笑むこいつを見て、とうとう溜息を漏らしてしまった。


「ん、なんだ? ロスト」

「お前、本気で落下して死んだ人に失礼じゃないか?」


 さっきからユースティンは道を踏み外しまくっている。

 最初に本気で足を滑らせて落下したとき、咄嗟に転移魔法によって崖上に戻るテクニックを身に着けてからというもの、調子に乗って何度も落ちに行き、再び戻る、というお遊びにハマっている様子だった。

 俺の不満の声に対してちょっとユースティンも臍を曲げたようだ。口先をつんっと尖らせてイライラした表情を見せた。

 いや、お前……正義の大魔術師になるならそんな非道徳的な遊びするなよ。


「正義を振りかざすなら―――」

「このバカがっ!」

「うべっふッ!!」


 ユースティンに盛大に蹴り飛ばされた。最近ユースティンには遊びの一環で拳闘術も教えているが、なかなか上達してきた。魔術師としてだけじゃなくて格闘家としてのセンスも多少はありそうだ。

 それはさておき俺も盛大に崖下に落ちた。

 支えを失った体が、ふわっとした浮遊感を感じて背筋がゾクリとする。

 だけど俺は右腕のエネルギーを使えば、飛ぼうと思えば空も飛べる。だからそんなに恐怖心はないが、しかし何度味わってもこの浮遊感というのはゾクリとするものである。


 崖下に落ちている最中、俺が自発的に飛び上がる前にユースティンの転移魔法によって崖上へと戻された。強制的に地上に戻され、背中を強打する。


「―――うげっ!」

「どうだ、ロスト。この快感がお前にも分かっただろう」

「わからねぇよ!」 


 それから3回くらい落下遊びをして、ユースティンもいい加減飽きたらしい。

 適当に駄弁りながら山道を進んだ。



     ○



 崖道が続いていた山道はある地点で一気に広がり、目的としていたそこは姿を現した。

 巨人族の集落"ギガント村"である。村は一面の雪景色。石造りの家々に、たまに暖炉の火の影がぼんやりと窓辺に映っていた。天気が悪くて吹雪いているというのもあって昼間なのにかなり薄暗い。


 そもそも俺とユースティンが何故ネーヴェ雪原なんかに来たかというと、きっかけはユースティンの提案だった。


 水の賢者アンダインに会いたいそうだ。


 こないだ土の賢者グノーメ様からアーセナル・ボルガの入手に失敗したユースティンだったが、まだボルガ・シリーズを諦めたわけではないようだった。今度の狙いは水の賢者アンダインのアクアラム・ボルガ。

 もうこの際、見境なく狙っているように思える。

 まったく節操のない子だ。


 なんで俺も同行しているかというと、ユースティンに強引に連れ去られたというのもあるが、俺の目当ては"Cold Sculpt(氷の薔薇)ure"と言われる魔道具だ。この魔道具、ネーヴェ雪原の巨人族の集落で売っているらしい。

 というかそこでしか買えないらしい。

 その名にもある通り、薔薇の形をした氷の彫刻である。氷だから溶けてしまうかと思いきや、氷魔法の効果が付与されているため、年中暑いアザリーグラードでも溶けることはないとか。さらには冷房効果もあって部屋に置いておけばほんのり涼しい。

 インテリア性と実用性を兼ね備えたオシャレな魔道具だ。

 だがガサツな冒険者が多いアザリーグラードに需要がそんなにないということに加えて、さらにギガント村までのこの苛酷な道のり。

 わざわざ仕入れて迷宮都市で売ろうという商人はいないのだった。


 言うまでもなく俺はシアへのプレゼントで買うつもりである。


「ロスト、こっちだ!」

「はいはい」


 ユースティンはさっそくギガント村の酒場を見つけて、焦ったように俺に手招きをしていた。

 まぁこいつのおかげで俺も手ぶらで旅が出来ているからそんな口うるさいことは言えない。力関係で言えばユースティンがマスターで、俺は脳筋従者みたいな感じになっている。



     …



 村の酒場。

 巨人族の酒場ということもあって戸口も大きければ、中もとても広い。俺とユースティンはまだまだ成長期の子どもだ。最近身長がすごい勢いで伸びていると感じてはいるが、それでも扉を開けるのも一苦労だった。


「たのもー!」

「なんだよその道場破り的な言い方は!」


 ユースティンは扉を開け放って快活に言い放つ。その様子に関心なさそうにちらりと目配せする酒場の店員と客が4,5人いた。

 でかい。

 巨人族と言うだけあってかなり大きい。俺がテーブルに立ち上がってちょうど同じ背丈になるくらい巨人だった。あんまり巨人族というのはアザリーグラードでも少ないから珍しい光景だった。

 いない事もないが、人間族、エルフ、獣人族や魔族と比べるとかなり少数派だった。現れたらついつい物珍しく視線を投げてしまう存在が、今は目の前に集団で酒を飲んでいる。

 ちょっと萎縮してしまいそうだ。


「………」


 巨人族たちは俺たちに一瞥だけくれてすぐ視線を戻し、目の前のエールだかリキュールをちびちびと飲み始めた。

 店主も無愛想で、いらっしゃいませの一言すらない。

 なんだこの店……。

 めちゃくちゃ陰鬱だ。

 店内も暗く、誰一人喋ってない。活気がなさすぎる。


「む、聞こえなかったのか?」


 ユースティンはその様子を見て返事がないことに不満そうだった。


「たのもー!」


 今度は振り向きもされなかった。

 これは敢えて無視しようとしているとしか思えない。


「たの―――」


「お前……うるさい……」


 ユースティンが3回目の頼もうを言いかけた瞬間、一番近くにいた巨人族がぼそりと呟くようにユースティンに喋りかけた。

 男であることは間違いないが、黒くて長い髪を後ろで三つ編みに束ねた色黒の巨人だ。筋骨隆々で顔は傷だらけ。いかにも歴戦を勝ち抜いた猛者といった風貌である。何を見てきたんだろう。くすんだ碧眼が虚ろな印象を感じさせる。


「聞こえているなら返事をしろ。挨拶されたら挨拶を返す、それがマナーであり、人が貫くべき正義というものだ」

「………」


 それも返事がなし。

 ユースティンは何かにつけては無理やり正義に結び付ける。


「……うーむ、巨人族というのはもっと明るくガサツでフレンドリーな連中だと聞いていたのだがな」


 まぁユースティンの上からな態度もどうかと思うが、それにしても暗すぎる。村も死んだように静け返っていたし。何か嫌なことでもあったのだろうか。

 もう完全にお通夜状態だ。


「お前の名前はなんだ? 僕は正義の大魔術師ユースティン・エ……! ユースティンだ!」


 ユースティンはさっき一言だけ呟いた巨人族に語りかけた。その巨人族はテーブルに視線を落としたまま、特に姿勢を崩すでもなく、またしてもぼそりと呟いた。


「………アルゴス」

「ほう、伝説の眠らない巨人と同じ名前なのか」

「………」


 反応が薄すぎる。ユースツンにしては頑張ってアプローチしてる方だと思う。だけどあまりの反応の無さにプライドが傷ついたのか、気まずそうに顔を引き攣らせ、若干涙目になっている。


「……ロスト、頼んだぞ」


 ついに諦めたのか、ユースティンは後ろの俺に振り返り、涙を垂らさまいと引きつった顔を向けた。


「何をだ?」

「交渉だ」

「交渉?」

「アンダインまでの道案内をだとさっきから言っているだろう!」


 まったく聞いていない。

 そもそも、そういうつもりで酒場に来てたのか。

 そういうことも一切知らされてないからな。だいたい独断でユースティンがこっちだあっちだと言って俺を誘導し、その場で指示することが多い。もっと大枠の流れをこっちにも話してくれないとその場その場で何をするのかよく分からない。きっとこいつはリーダーやマスターとして向いてない。


「アンダイン……様………?」


 俺たちの言葉に、目の前のアルゴスさんが反応してこっちを向いた。初めて目が合う。その表情は驚愕……とはちょっと違う、絶望ともいうべきか。何かに怯えたような表情だった。


「そうだ、水の賢者アンダインだ。この村からそう遠くないところに根城を構えていると聞いた。そこまで案内しろ。報酬は弾む」


 ユースティンはパチンと指を鳴らすと、アルゴスの目の前のテーブルに麻布で出来た袋を空中から出現させ、どしゃりと乱暴に置いた。音からすると金一封が包まれているようだ。

 最近この子やることなすこと生意気になってきたな……。前々からかっこつける性格だったけど最近どんどん酷くなってる気がする。

 その光景をアルゴスさんは憎々しげに眺めて、何かに耐えるように打ち震えた。

 かと思えば、力任せに金貨入りの袋を裏手で殴り、床にぶちまけた。


「人間、みんな、そうするッ!!」


 あまりに巨大な低音声に、心臓が痺れるかと思った。

 他の客もついには俺たちの方に注目し始めたが、いまだに誰も喋りはしなかった。

 ユースティンもやっちまったとばかりに青ざめた顔をしていた。

 あーあ、怒らせた。

 相手の事も考えずにかっこつけるからこうなるんだ。


「アルゴスさん、ごめんなさい。気に障ったなら謝ります」


 俺はとりあえずユースティンの変わりに頭を下げた。アルゴスさんも最初こそ息を荒げていたが、俺の様子を見てそれも抑え、また大人しく椅子に座って一息ついた。

 俺はその様子を見て、ユースティンの振る舞いというよりもこの村自体が何か問題を抱えていてフラストレーションが貯まっているんだと判断した。

 こういうときこそ俺の直感スキルの出番だ。


「何かあったんですか?」


 なるべく相手の立場にたって、相手目線で会話を。


「困りごとだったら、俺たちも何か力になれることが―――」

「……人間、子ども……無力」


 息を落ち着かせながら徐々にトーンダウンしていくアルゴスさんの声。

 やっぱり何か困ってるんだろうな。


「もしその水の賢者のアンダイン様のことだったら、知り合いの賢者にお願いして、なんか言ってもらうように伝えますけど――」


 嘘じゃない。グノーメ様もシルフィード様も知り合いだ。

 シルフィード様は優しいけどあまりルクール大森林の外の事は無関心だ。でもグノーメ様なら適当に理由つけて取引すれば応じてくれそうな気がする。あの幼女は漢気見せとけばなんとでもなるだろうし、巨人族の人たちを助けようと思いましたって言えば認めてくれるだろう。


 俺の言葉にアルゴスさんは少し目を見開いて俺を見た。初めて人間味のある表情を見た気がする。


「本当か?」

「はい」

「………」

「俺たちはアンダイン様に会えればそれでいいです。特に巨人族の方々に迷惑はかけませんよ」


 まぁ俺たちが動いたせいで間接的に迷惑をかける可能性はあるけれど。

 あ、あと魔道具"Cold Sculpt(氷の薔薇)ure"を買いたい。最悪、アンダイン様に会えなくてもそれだけ買って帰れればそれでいいや。


「………人間、座る」


 アルゴスさんは俺とユースティンに卓テーブルの向かいに座るよう促した。乗馬するくらいの勢いをつけて、その背の高い椅子になんとか乗り上がった。



     ○



 結論から言うと、巨人族の悩みはこの吹雪だった。

 元から寒冷地帯だったネーヴェ地方だったが、かつてここまで吹雪が続いたことはないらしい。今では川まで凍りつき、魚も取れなくなってしまった。魔物狩りも難しくなってこの村は財政難状態らしい。

 そしてこの吹雪の原因はアンダイン様その人にある。


 アンダイン様は水の賢者。

 水や川に限らず、雨や雪すらコントロールするほどの力を持っているそうだ。

 アルゴスさんの話によると、数か月前にきた"冒険者ギルド"本部の連中も、ユースティンと同じようにアンダイン様との謁見を希望して訪れた。巨人族たちは気前よく案内したところ、謁見が終わった後のアンダイン様のご機嫌が何故かよろしくない。

 それから冒険者ギルドの連中もそそくさと帰って行ったとか。だから巨人族の人たちも何が原因でこんなことになってしまったのか、その大元の原因はよく分からないらしい。

 元からアンダイン様と巨人族の関係は、シルフィード様と小人(ドワーフ)族の関係よりもより主従意識が強いため、巨人族の方から原因を聞きだすことはとうとう出来なかったようだ。


 しかも村がこんな状況、ということもあって "Cold Sculpt(氷の薔薇)ure" も生産してないらしい。……つまり俺の目的を果たすためにはアンダイン様の機嫌を直し、この吹雪を止めなければいけないんだ。



 そんなこんなで俺とユースティンは、アンダイン様が居住している"城"に案内してもらえることになった。一度冒険者である俺たちと引き合わせてみて詳しく話を聞く、という算段だ。冒険者ギルドのことなら冒険者が代わりに。クレームがあるなら我慢して聞くしかない。


 "城"へ辿り着く前に一つだけ氷の洞窟を通過した。

 氷の彫刻で出来た動物のような魔物がウヨウヨしていたが、基本的にここの魔物はこっちから襲わない限り、襲われることはないらしい。


 氷の洞窟を抜けた先、そこはあまりにも広大な風景だった。

 空中に浮かぶように設置された氷の城。

 氷の支柱で支えられ、遠くから見ると浮遊城だった。その城の入り口からは一本だけ氷の橋が掛けられて、洞窟出口付近と城とをつないでいる。

 断崖絶壁が立ち並ぶ山脈地帯にぽっかりと浮かんで建つ氷の城。


「……行け」


 アルゴスさんは氷の洞窟出口前で立ち止まり、俺とユースティンを顎でしゃくった。


「アルゴスさんは?」

「会わない………女王、お怒り……近づかない、得策」


 なるほど。まぁどんな天罰が飛んで来るかも分からないしな。

 氷の女王か。

 どんな人なんだろう。

 というか女の人なんだ。名前的に男かと思ってた。

 

 グノーメ様みたいな面倒くさい人だったら嫌だな。かといってシルフィード様みたいな人が怒りをぶちまけてくるのもそれはそれで怖い。


「良かったな、ユースティン。念願のアンダイン様と会えるぞ……ん?」


 ユースティンの顔色が悪い。というか身震いしている。

 風邪ひいたのか?


「体調悪いのか、ユースティン」

「違う」

「じゃあなんだ」

「………なんでもない!」


 ユースツンも面倒くさいタイプだ。この様子は……言わなくてもだいたい察しは付くぞ。直感スキル持ちをなめるなよ。

 さっきアルゴスさんに怒鳴られてからこんな感じだからな、

 久しぶりに大の大人に怒鳴られてビビった。そしてこれから会おうというアンダイン様も怒り散らしてるという事もあって、きっと会うのが怖くなっちゃったパターンだろう。

 からかってやるか。


「ユースティン、お前怒られ慣れてないんだろ?」

「な、なに?!」

「それで怖いのか? 大丈夫大丈夫、俺が守ってやるさ」

「ふざけるなっ! ロストのくせに生意気なことを言いやがって!」


 この様子は図星だろうな。お坊ちゃまユースティンは怒られて育たなかったんだ。


 ん……でも俺はどうなんだ? 俺はちゃんと怒られてきて育ったんだろうか。たまにユースティンやシアを見て、自分の家族はどういう人たちだったのか気がかりになる。



     ○



 氷の橋を進んでいく。透明感あふれる氷が、崖下を見渡すにはもってこいだ。高い所が苦手な人なら氷と高さのダブルパンチで肝まで冷えていたことだろう。だが俺とユースティンはここにくるまで何度も崖下に落ちた。

 今更高いところは怖くない。


「ところでアンダイン様からアクアラム・ボルガを貰い受けるつもりなんだよな?」

「そうだ」

「どうやってお願いするつもりなんだよ」


 俺はふとした疑問を口にした。グノーメ様のときは俺に便乗して頼み込みみたいな感じだったけど。

 今回は俺も水の賢者とは初対面だ。


「頭を下げる」

「それから?」

「それだけだ」


 ええええ! 何の準備もなしかよ!


「ユースティン、交渉術とか得意なのか?」

「何を言っているんだ。この僕が頭を下げるんだぞ」

「この僕ってお前は誰だよ」

「正義の大魔術師ユースティンだ」

「………」


 そうか、頭は良くてもプライドが高すぎるんだ。自分がお願いすれば何でもまかり通ると思っちゃってるんだ。

 よろしくない。俺も普段からユースティンのこと甘やかし過ぎていたのかもしれない。

 状況みながら俺がフォローしてなんとかしないとな。

 氷の薔薇のためにも!

 そしてシアのためにも!



     …



 風向きが急に変わった。

 氷の城の門を潜ると、降りしきる吹雪が一か所に寄り集まり、目の前に白い結晶ができた。白い結晶は雪だるまのように大きくなったかと思うと、徐々に繊細に彫り込まれ、ヒト形へと変化した。


「――――(わらわ)に何の用じゃ」


 雪だるまが喋った。雪だるまは周囲を纏う風によって削られ、徐々に中から氷のように透き通った肌が露出された。現れたのは青い青い氷の女王だった。青い肌、青い髪、青いドレス。全身青いのに、目だけが真っ赤にギラついている。美人だが、その表情には冷酷さが垣間見えた。こっちを睨んでいるように見える。

 これが水の賢者アンダイン様か。

 他の賢者よりも、よっぽど賢者っぽい。主に喋り方とか。


「あ、えーとですね、俺たちは―――」

「そなたらは冒険者か?」


 冷徹な眼差しが俺とユースティンを睨みつける。


「ひっ………」


 ユースティンは完全に怯えている。さっきまでの威勢はどこいったんだよ。だけど怒らせたのは俺たちじゃない。毅然とした態度で行けばいいんだ。


「はい、冒険者です、一応」

「ほう……よもや妾の怒りが頂点に達する前にのこのこ返しにきたとでも言うまいな?」


 のこのこ返しにきた? 何の話をしているんだ。


「あのー……そもそも何に対して怒ってるんですか?」

「ふむ? そなたらは冒険者ギルドの遣いの者ではないのか?」

「えぇ、まぁ。単なる冒険者ってだけでギルドのことは知りません」


 それを聞いてアンダイン様はちょっと苛立ちの表情を消した。


「……妾はてっきり奴らが詫びに送りつけた"玩具"かと思うたよ。許せ」


 アンダイン様は照れ臭そうな表情をこちらに向けてきた。だが俺たちは何の話をしているのか全く分からない。俺たちが玩具?

 怖いな。何言ってんだこの人。



     …



 アンダイン様は俺たちを城の中へと案内してくれた。氷の彫刻でできた大きなお城。中はひんやりとしているものの、吹雪が吹き付けてくることはないから外よりかはまだマシだった。城の謁見の間にて、アンダイン様は氷で出来た大きな王座に足を組んで座った。

 足を組んで座る姿はグノーメ様を思い出す。グノーメ様はそもそも幼児体型で、足を組んで座るのはいつも埃まみれの汚いソファだが。


「して、ロストとユースティンと言うたか。其方(そなた)らは何の用じゃ?」

「俺たちは、この吹雪をアンダイン様に止めてもらおうと思って来ました」


 俺の言葉に何の反応もなく聞き流すアンダイン様。


「この吹雪のせいで巨人族の人たちも困っているみたいです。生活も苦しいみたいですよ」

「……それはできん相談じゃ」

「なぜですか?」

「吹雪は妾が敢えて吹き起こしておるからじゃ」


 だから止めろって言ってんだろー!


「何者かの悪戯なら止めてやってもいいが、なぜ妾が自ら引き起こしていることを妾自身が止めねばならぬのじゃ」

「いや、その理屈も意味が分からないですよ……」


 我が覇道を止めるな、というところか。賢者と会うのは3人目だけど、それぞれ個性はあっても、みんな性格は似てるな。


「なんで吹雪を引き起こしているんですか?」

「其方らのような人間を、ネーヴェ山脈にもう近づけさせないためじゃ」

「それはさっき言ってた冒険者ギルドの人たちと何か関係が?」


 俺の牽制にアンダイン様は眉毛をぴくりと動かして反応を示した。図星だ。さっきは「返しにきた」と言っていた。つまり冒険者ギルドの人たちがアンダイン様の私物を持っていったって事に違いない。


「ヒトとは欲深きものよ。自らのその罪業を認めようとはせんのじゃ。それはもちろん妾とて……」


 アンダイン様は何か言いかけて口を止めた。はっとなって顔をちょっと赤らめたかと思うと、こほんと咳払いしてまた整然とした態度に戻った。


「もしよかったら、それ、取り返してきましょうか?」

「なんと!?」


 賢者の彼女が初めて声を荒げた。


「え、いや……アンダイン様がそれでこの吹雪を止めてくれるなら取り返してきますけど」


 その言葉に対して、口元に手を当てて考え込むアンダイン様。

 なかなかにセクシーな仕草だ。やや間があってから意を決したようにこちらを見据えて話をした。


「良かろう……実は今から三月ほど後のことじゃ。冒険者ギルドの連中がある催し物を開く。妾が手塩にかけて作成した魔道具が、その賞品にされるそうじゃ」

「アンダイン様の魔道具が優勝賞品?」

「そうじゃ。その催し物に勝利してその魔道具を取り返してほしいのじゃ」


 催し物……なんかどこかで聞いたような気がする。

 あ、そうだ。最近タウラスが日夜訓練に励んでいる。確か冒険者ギルド主催のイベントに参加するためだとか言ってたな。3人1チームで参加するバトルトーナメントで優勝チームには賞金と優勝賞品などが貰えるとか。


「まさかそれはアクアラム・ボルガか?!」


 今までずっと黙っていたユースティンが突然大声を上げた。確かにアンダイン様が手塩にかけて作ったものとして知られているのはアクアラム・ボルガ。ボルガ・シリーズの一つだ。


其方(そなた)はアクアラム・ボルガが欲しいのか?」

「もちろんだ! 僕は正義の大魔術師になる男だからな」

「大……魔術師……」


 アンダイン様はその単語に拒絶反応を示した。目を見開いて青い顔をさらに青ざめさせている。


「………ふっ………ふっふっふ……」


 そして顔を伏せて不敵に笑い始めた。さっきからこの人病んでるように感じるんだけど気のせいだろうか。


「残念じゃが、その魔道具はアクアラム・ボルガではない。だが――――」


 顔を上げ、狂った笑みを向けてきた。その赤い瞳、青白い肌。何かを思い出す。魔女を見るかのような既視感がある。


「もしその魔道具を取り返してくれたらアクアラム・ボルガなどくれてやろうぞ」

「え?! ほんとですか?!」


 驚いたのは俺の方だった。あの伝説のボルガ・シリーズより大事な魔道具って一体何なんだろう。


「ボルガ・シリーズよりも大事な魔道具って何なんですか?」

「………」


 どんなすごい物なんだろう。最近魔道具コレクターと化している俺にとってはとても興味深い。


「………黒歴史じゃ」

「え?」

「妾の黒歴史じゃ!」


 氷の城内にアンダイン様の悲鳴ともつかない悲痛の叫びが響き渡った。


「黒、歴史……?」

「そうじゃ……黒歴史は黒歴史じゃ。妾にとってはな」


 黒歴史。

 誰にも秘密にしたい過去の遺物や、やってしまった物というのはあるものだ。それは賢者とて例外ではない。

 アンダイン様の黒歴史か……なんなんだろう。

 なんとしてでも優勝しないと、巨人族の人たちもこのままじゃ可哀想だしな、俺たちの目的のものも手に入らない。




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