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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第1場 ―記憶探し―
59/322

Episode50 迷宮ピクニック48層


 アルバさんが帰ろうと言ってくれて俺たちも一安心したところ。

 じゃあ帰りますか、と言ってもすぐに帰れるわけではなかった。

 ここはアザリーグラードの迷宮だ。

 しかも転移魔法によって俺たちはどこにいるか分からない。


 薄暗い石造りの廊下。

 蝋燭の明かりだけが頼りで、奥の方が見えないから何が潜んでいるか分からない。

 もしかしたらまたブラックコープスの群れが俺たちを追ってくるかもしれないし。


 そんな中、タウラスがガチャガチャと懐の何かをいじり始めていた。

 その音の忙しなさに、なんだか焦りを感じる。


「タウラス、そういえばここは何層なんだ?」

「いや、それがよ……どうもGeo Hundre(階層測定器)dが壊れちまったみたいだ」

「壊れた?」

「この表示だと今48層って出てやがる」


 48層!

 ……さっきまで30層にいたんだから魔道具が壊れたと考えるのが当然だろう。

 だけどなんだか、その表示は正しいような気がした。


「なんだと?! 記録されている41層を超えたではないかっ」


 アルバさんは突然立ち上がって拳を振り上げる。

 記録されている最下層を超えた……。

 だけど、表沙汰に記録されるのはその魔道具をちゃんと持ち帰ってからだ。

 俺たちはここから帰らないと、その階層も記録されない。


「だから壊れたんだって」

「だが、ここが30層じゃないことは確かだ」


 黙りこくっていたユースティンが口を開いた。


「いや、さすがに48層なんてことはねえだろ?」

「……さっきのは転移の間。あれに吸い込まれると必ず別の層に飛ばされるんだ」

「別の層ってどこに?」

「僕にも分からない。ここは迷宮地下のアザレア城。激しく構造が変わるんだからな」


 べらべらと得意げに語るユースティン。

 子どもらしからぬその解説にどうも違和感を感じざるを得ない。



 ――――カサ……。


 そこに衣擦れ音のような、羽擦り音のような音が耳に届いた。


 ――――カサカサ……。


「ひっ……!」


 シアが短く悲鳴をあげた。顔面蒼白にして通路奥の暗闇を見ている。


「シア、どうした?」

「ジャイアント……G……」

「え、え……ついに出たか?」


 タウラスも驚きの声をあげる。

 ジャイアントG……!

 あの一匹見かけると周りには3000匹もいて、魔力が枯渇するというあの?!


 俺はシアが見つめるその奥を眺めた。暗くてよく見えないが、確かに何か黒いものが蠢いているような気がする。

 その何かはゆっくりと這い蹲ってきた。

 しかも天井を。

 長い長い触角を下へと垂らし、だらだらと張っている虫。

 ……あ、ゴキブリか。

 ジャイアントGって、大きなゴキブリのことだったんだな。


「きゃあああああああ!」

「いやあああああああ!」


 アルバさんとシアは、その黒い生物を見た途端に悲鳴を上げた。

 二人して反対方向へと駆け出していく。


「待て待て。なんで逃げるんだ?」

「や、やべえ! まじで出やがった! みんな早く逃げるんだ!」


 そこにタウラスも加わって、3人は一心不乱に逃げ出していった。その光景を呆然と眺める。逃げていく3人に対して、俺とユースティンだけ取り残された。

 ユースティンはサラセニアを倒したときと同じように炎魔法で難なくジャイアントGを焼き払っていた。本当に火が弱点のようで、焼き払うだけですぐ絶命した。


「あっけないな」

「うむ。魔法ならな。だが物理防御は一品だ。こいつは刀剣で斬ろうとしても無理だ。装甲はとんでもなく硬い。これがジャイアントガーディアンと呼ばれる由縁はその硬さから来ているからな」


 なるほど。正式名称はジャイアントガーディアンか。

 GはガーディアンのGね。

 ジャイアントもGだから、ちゃんと略したらGGだな



     …



 3人を追っかけた。

 ユースティンは足が遅いので走って追いかけても見失ってしまうんじゃないかとちょっと不安が芽生えたが、そんなことはなかった。

 3人の背中はすぐ追いついた。


 だけどおかしい。

 3人は俺とユースティンの目からは地面と"平行に"立っていた。


「……?」


 まるで壁から突き出ているみたいだ。


「なんだあれ?」

「ん?」


 振り返るタウラス。

 タウラスも驚いている。


「お前らなんで壁に立ってるんだ?! 落ちないのか?!」

「いや、それはタウラスだろ」


 状況が理解できなかった。

 ちょっと近づいてみると3人の体は地面からちゃんと直立に立っていた。離れて距離をあけると地面に立っていたはずなのに壁から平行に立っているように角度が変わる。


「通路が……ねじれている……」


 ユースティンがそう呟いた。

 通路がねじれて、奥の方へと歩いていくと勝手に地面が横向きになっていき、しまいには天井からぶら下がるように見えた。重力も完全に無視して、通路の位置次第では天井が地面だったり、壁が地面だったりするみたいだ。

 頭がおかしくなりそうだ。

 

 しかもそのねじれた通路の間に、十字路やT字路のような分かれ道がある場所もある。つまりその分かれ道を曲がれば、元の位置から考えると、上や下へと向かって壁を歩いているように見える。だんだん元の位置すら分からなくなった。自分が果たして上に立っているのか、下に立っているのか混乱していく。


「これがアザリーグラードの迷宮の真髄ってことか」


 ねじれる通路に、変化する構造。

 本当に帰れるのか不安になっていく……。



     …



 疲れも相俟って、俺たちはついにギブアップした。

 一晩明かそうということになったのだ。

 シアはGGがどこに潜んでいるかも分からないこの空間で夜を明かすことに全力で抵抗していたが、準備よく用意していたタウラスのテントの存在、さらにはユースティンが突然取り出した寝袋を借りることで我慢していた。


 いい加減、ユースティンの所持アイテムが物理的に持てる量を超えているということに気づいた。

 しかもバッグを持っているわけじゃない。

 ユースティンは手ぶらだ。

 荷物を隠しているとしたらそのローブの裏だが、これまで取り出してきたものすべてが収まっているとは考えられない。

 それを指摘したところ、ユースティンはあっさりと白状した。


「僕は……次元の魔術師だ」

「次元の魔術師?」


 ――――あなたは虚数次元の魔法使い。

     ふわふわとした紫色の髪の女の子がそう俺に言い放つ。


 またしてもデジャブが襲った。頭痛がする。


「ロストの知っているトランジット・サークルは、地平面同士を結びつける転移魔法の基礎、二次元転移だ」

「……?」

「だけど僕の場合はそれを三次元まで拡張できる。三次元的な空間魔法陣を使って空間同士を繋げることもできるし、亜空間にアイテムもしまっておける」

「噛み砕くと?」

「つまり空間から別の空間へと繋がるトンネルを作れる。そのトンネルを応用したバッグにアイテムがたくさんしまえる」


 魔法のポケット持ちで、どこでもいけますトンネルもあるよってことか?

 ブラックコープスの放つボルトを通過させていたのもそのトンネルを使ったマジックショーってことだろうか。

 便利だな。道理で手ぶらでいいわけだ。

 長旅のときめちゃくちゃ重宝されそう。

 ちなみにその魔法を「ポータルサイト」と呼ぶらしい。


「亜空間では時間が経過しないから食べものも腐らない。これを食べるか?」


 ユースティンはそう言うと、片手で空中から魚の串焼きを引き抜き、俺にプレゼントしてくれた。

 突然あらわれた食料にぎょっとした。

 空中にいきなり黒い裂け目ができてそこから抜き出したような光景だ。

 俺はそれを恐る恐る受け取りながらも美味しく味わった。


 無限にアイテムを持ち運べて、さらには食べ物も腐らない?

 なんだそのチート魔法。

 羨ましい。


 それにしても魚は美味い。

 次元の魔術師、万歳。


「ん? ……ってことはその転移魔法を使えば迷宮からも出られるんじゃないか?」


 俺はふとした疑問を投げかけた。

 

「先も見えないところにトンネルの出口が掘れるわけがないだろ」


 トンネルの入り口と出口は自分が見通せる範囲までってことか。

 それは残念だ。



     ○



 ……ねじれ迷宮に捕われてから、丸々1週間が経過してしまった。

 迷宮30層までは1日程度で辿り着けたのに、この層に転移させられてからはもう6日間だ。

 通路には何体か骸骨も投げ出されていた。俺たちと同じように転移魔法陣の罠に合い、ここに飛ばされた冒険者の亡骸なんだろう。その亡骸の山々が、俺たちに否が応でも死を連想させた。

 それでもパニックにならずに冷静に探索が進められたのはユースティンという異例の魔法使いの存在があったからだろう。

 食料問題もユースティンの亜空間ポケットのおかげで解決しているし。


 タウラスの持つ魔道具Geo Hundre(階層測定器)dの表示はちょっとずつ変化している。だいたい46層から48層の表示を行ったり来たりしている。本当に壊れたのだろうか。

 GGについては何匹も遭遇したが、ユースティンが焼き払ってくれるからどうということはなかった。だがそれを見る度にシアの顔色はどんどん悪くなり、アルバさんも苛立ちが隠せなくなっている。


「……ええい、太陽を拝みたい。ロスト、お前の力で壁をぶちやぶってくれないか」


 アルバさんは歩きながらぼやいた。彼女は考えることは放棄して、少し早歩き気味だ。そこにタウラスがストップをかける。


「待て、今俺たちが上と思ってる方向に地上があるかも分からないんだぜ? それに、この道さっき通らなかったか? この十字路をさっきは右へ進んだ気がするなぁ」

「違う、さっきの角度から右へ曲がったんだから、ここを下へ入ったんだ」

「右へ曲がるのに下に入れるわけがなかろう!」


 怒りが爆発しかけているアルバさんと、まとめ役として冷静さを失わないタウラス。

 そこにユースティンも加わって、あーだこーだ揉め始めた。


「そもそもここは構造が変わる迷宮だ。ねじれ方の変化で僕たちが曲がる方向も右左ではなく上下に変わるんだ」


 ユースティンはポータルサイトから取り出した紙とペンを持って何か描き始めた。

 すごい、さすが便利ポケット!


「一般的なダンジョンマップと同じように考えたらダメだ。平面ではなくここは立体のダンジョンなんだからな。三次元的に考えなければ」


 ぶつぶつと喋りながら、ユースティンは一枚の紙きれに何かを描き足している。そこには自分たちが歩いてきた道のりとねじれ方、十字路、T字路の位置などが、長さ・高さ・奥行きを持った立法空間に詳細に記されていた。

 この一週間でかなり計算してまとめ上げたみたいだ。

 ユースティン、子どものお前がなんでそんなに頭がいいんだ。


「ユースツン、お利口さんだな」

「僕は大魔術師だからな。ティマイオス幾何学図くらい描けなくて魔術師は名乗れない」

「よく分からないけど、要するにどうなんだ? 帰れそうなのか?」

「いろいろと仮説を立てて検証した。どうやらこのエリアは通路のねじれ方が変わるだけだ」


 通路のねじれ方が変わる……同じ道を通っても、次回通過するときには別の通路になって曲がれる道が変わっているんだ。

 ユースティンは最初に到着した層を48層と仮定し、そこから通路を進むたびに事細かにタウラスの魔道具から何層かの情報をメモした。5人組というパーティー人数を利用してだいたいの距離とねじれ角を割り出して地図を作ろうとしていたようだ。


「そして出来たマップがこうだ」


 ユースティンがばさっと開いたダンジョンマップ。

 普通だったらマップは俯瞰の図で描くものだが、左斜め上から見たように描かれて、奥行きもある。通路として描かれた線は、左右だけじゃなく上へも下へも分かれ道が放射し、ぐちゃぐちゃの大迷宮の図が完成していた。

 だけどあまりにぐちゃぐちゃすぎて俺たちには解読不能だ。


「読めねえよっ!」

「大丈夫だ。僕が読める。まだ行ってないエリアは、この先の通路のねじれが右に直角になったときに左に曲がり、その先の分かれ道をねじれていないときに右に曲がる。そこから進んだ先が左に直角にねじれたときに左に行ったエリアだ!」


 つまり意味不明である。


「……あぁぁああ!! ごちゃごちゃとうるさいっ! もううんざりだ!」


 ついに爆発したアルバさんがそのダンジョンマップを強引に掴み取ってぐしゃぐしゃに握りしめた。ユースティンの強い眼差しが、アルバさんを睨む。


「あ……! アルバ、なにをするんだ!」

「強引に壁を壊して脱出してしまえばいいのだ! さぁ、ロストお前のパワーならできるだろう!」

「僕のマップを返せっ!」

「待て待て! ケンカはやめろ!」


 アルバさんとユースティンがねじれ迷宮攻略を巡って揉め始めた。まだ身長の低いユースティンが背の高いアルバさんに掴みかかろうとする。そこにリーダーのタウラスが仲裁に入ろうと2人を制止しながらも、本来の目的であるアルバさんのおっぱいを揉み始めた。

 その押し合い圧し合いを眺めて俺とシアは呆然としていた。

 確かにこんなところに一週間もいたら頭がおかしくなるのも無理はない……。


 その喧嘩の最中、ユースティンが何かをごとりと地面に落とした。


「ん? なんだこれは」


 一冊のぶ厚い本だ。俺は近づいてこっそりその本を拝借した。

 高級な羊皮紙製の本で、表紙はハードコーティングされている。さぞ高そうな本である。趣味で読書している俺には分かる。「アザリーグラードの歴史と文化」で20万ソリドだからな。これは50万ソリド……いや、それ以上の値はありそうだ。

 思わず開いてみた。

 内容は文字よりも図解が多め。一部、魔物の絵と特徴、弱点などがまとめられている。さらには迷宮の探索図や冒険記録、過去のアザレア城の構造間取りから推測される迷宮30層以降の特徴がまとめられていた。


「これは―――」

「攻略本、というやつでしょうか」


 横から覗きこむシアがそう呟いた。


「攻略本?」

「アザリーグラードの迷宮の攻略本です」

「そんなもんあるのかよっ!」

「現在記録されている層までまとめられた本がある、というのは聞いたことがあります」


 シア曰く、攻略本の存在は有名だが、希少価値が高すぎて誰も実物を見たことがないらしい。

 なぜそれをユースティンが?


「あ! ロスト……!」

「ユースティン、なんだこれは」


 乱闘が終わったのか、ユースティンが固まって俺の手にもつ本を見て青い顔をしていた。アルバさんも、タウラスを片足で踏みつぶしながらこっちを見ている。


「そ、それは……」


 だけど納得できる。

 ユースティンはアザリーグラードの迷宮に詳しかった。見た目からして実戦経験が少なさそうなユースティンが、やたらと魔物の特徴を理解していたり、アザレア城侵入後も転移の間の存在を知っていた。

 つまり、この攻略本を読んで分かっていたんだ。

 最初から。


「なんでこれを隠していた?」

「………」


 困ったら黙るタイプの子なんだな。


「ユースティン、言い訳次第では私がただじゃおかないぞ!」


 そこにアルバさんが剣を構えて牽制を入れる。いやいや、別に脅しているわけじやないから! 変な空気作らないでくれよアルバさん!


「というか、俺たちはこの本に助けられたようなもんだ。30層以降はユースティンに頼りっぱなしだったし。別に責めるわけじゃなくて、純粋になんでこんなもん持ってるのかなーって」


 ユースティンは目を伏せて黙秘を続けていた。

 そこに気を取り直して体を起こしたタウラスが、へへーんと得意げな顔して前に出てきた。

 そして口を挟む。


「わかっちまったぜ………あの魔法とそのナリ、そしてその本で俺はピンときた。要するにユーちゃんはあれだ。下界の視察ってやつだろ?」

「どういうことだよ?」

「ユーちゃんはきっと貴族の子だ。貴族もんってのは毎日が退屈で、たまに庶民の暮らしに混じりたくなるもんだ。ちょっと冒険がしてみたかった、そんなところじゃねえか?」


 それだったら最初フードローブを目深に被って素性を隠していた理由も分かる。しかもポータルサイトというチート魔法によってユースティンのライフラインは保たれている。タウラスの推理は最もといえば最もか……。

 そこに顔を伏せたままのユースティンが久しぶりに口を開いた。


「違う!」


 あら、違いましたか。

 俺たちの想像以上に強い口調で叫ばれた。何か逆鱗に触れてしまったんだろうか。

 ユースティンが叫んだことで、気まずい雰囲気が流れる。

 タウラスもその大きな声に思わず黙り、誰も喋らなくなってしまった。


 正義の大魔術師はまだまだ精神的には歳相応のようだ。一回意地を張り始めると自分でもどうしていいか分からないくらいに不機嫌になって、周りを突っぱねてしまう。

 俺だってそういうときあるけど、こんな命の危険があるところでこの雰囲気は不味いよな。

 ……みんな精神的に限界みたいだし、続きは迷宮を無事に脱出してから聞いた方がいいかな。


「分かった。事情は教えてくれなくてもいい。でもこの本をヒントに、ここから脱出できないか? その辺りはどうだ?」

「………多分できる」


 よしよし、返事してくれた。

 いいぞ、この調子。


「そうか。みんな疲れてるし、早く無事に脱出したい。ユースティンだってそうだろ?」

「あぁ……そのために僕は地図を作って、このフロアが何階層か検証していたんだからな」


 ちらりとアルバさんが握りしめるぐしゃぐしゃになった地図を見た。

 その言葉を聞いて、アルバさんも申し訳なさそうにその紙を広げた。


 そうだ。

 記録されている最下層までの攻略本。つまり本には41層までのことしか纏められていない。今俺たちがいる階層が仮に48層だったとして、その階層のことは書かれていないんだ。推理と考察のためにユースティンはこの1週間、時間を費やしてくれたんだろう。


「ユースティン………その、すまなかった。私が感情的になってしまったがために」

「……僕の方こそ。攻略本の存在を隠していてすまなかった」


 よかった。これにて仲直りかな。 

 攻略本を読んでいたからといって、やっぱりユースティンは頭脳派なんだ。

 この子に任せるしかない。



     ○



 魔術師が前衛に出るという特殊な隊列で俺たちは慎重に歩を進めた。


 攻略本には転移トラップについても詳細に記されていた。

 転移先の階層と転移前の階層同士は、別の転移魔法陣によって繋がっているらしい。つまり一度転移してしまっても、別の魔法陣を使えば元の階層に戻ることは可能だ。

 だけど下層へ行けば行くほど激しく構造が変化するこの迷宮においては、地下深くまで飛ばされた場合には戻れる保証が薄くなっていく。


 俺たちはユースティンの指示に任せて進み、選択が右か左かの2択に分かれた場合には俺の直感スキルで道を選んでいった。

 今はこの子の頭と、俺の勘だけが頼りになっている。

 プレッシャーが大きい。


 しかしユースティンお手製マップによって、そのプレッシャーを感じる時間も、一時で終わった。ここ1週間まったく見ることがなかった扉がその間口を大きく開けて、待ち構えていたのだ。その先には下層行きの階段が続いている。


「………ユースティン、お前本当に天才なんだな」

「最初からそうだと言っているだろう!」


 ユースティンは顔を真っ赤にして、ぷいっと外を向いた。

 天才魔術師ユースティン。その性格はツンツンである。



 安堵感とともに、俺たちはその階段を降りていくことにした。

 その先に待っていたのはこじんまりとした部屋だ。中に入ってみると、小部屋のわりに驚くほどに天井は高く、その解放感にちょっと気分がすっきりする。

 今まで、ねじれた迷宮の通路が延々と続くだけの1週間だったから余計に。


 そして転移魔法陣と思われる魔法陣は確かに存在していた。

 なぜか部屋の隅っこの床に。


「なんだこの部屋? なんか祭壇みたいなものがあるぞ」


 魔法陣は隅っこにあり、部屋の中央には平たくて薄い台座のようなものがある。その上には神々しい女性の彫刻像が荘厳な雰囲気を醸しながら佇んでいた。

 彫刻像の下の台座には穴が開いていて、何かを差し込めるようになっている。

 俺はその女性に見覚えがあった。


「シルフィード様……?」


 森の精霊シルフィード様の彫刻。本人そっくりだ。

 かなり昔に作られたんだろうが、シルフィード様ずっと変わってないんだな。

 神ではないけど神々しい。


 その像の真下には何かしら文字が短く書かれていた。

 何の言語か分からず、読めない。

 シアがその文字を黄金の瞳でじとーって眺め、読み上げてくれた。


「"風のボルガ、その力は原理の追究"と書かれています」

「読めるのか?」

「なんとなくです」


 なんとなくなんて言っているけど、読めるってことだろうな。

 つまり、この台座にはボルガが関係している。台座の穴はボルガを差し込む穴か何かか?

 まぁ今の俺たちにはそんなことを構っている余裕はない。魔法陣が見つかったのなら、早くこのフロアから脱出だ。


「ここが封印の間の1つか……」


 だけどユースティンはいつまでもその彫刻を眺めて、何かぶつぶつ呟いていた。

 帰ろうっていう気が更々感じられない。


「ユーちゃん、行くぞ!」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってくれ!」


 ユースティンは慌てて何かを紙に書き記している。

 スケッチでもしてるんだろうか?

 まぁあまりの神々しさに思わず絵に描き残したくなる衝動は分からなくもないが。今度、本人の目の前に連れていってデッサンモデルをお願いしてあげようかな。ユースティンにはそれくらいのお礼をしてもいいくらいに頑張ってもらった。



     …



 魔法陣に乗ると、無事に元の30層――アザレア城の城門前まで戻ることができた。

 便利なもので、わざわざ城門前への転移だ。

 優しさを感じる。シルフィード様の像が奉られている部屋の魔法陣ってこともあってその温もりに触れたような気がした。


 門を出た先に広がるのは大森林。例のジャイアントサラセニアとかグリズリーが大量発生していた場所である。

 あぁ、懐かしい……。

 まだアザリーグラード迷宮内であることに変わりはないのに外に出てこられたような安堵感だった。


 そこからは時折、休憩とふざけ合いを交えながら、俺たちは楽しく迷宮を脱出した。

 脱出までにさらに1日要した。


 結局、ユースティンがなんでアザリーグラード迷宮の攻略本を持っていたのかは教えてくれなかった。さらにどういう理由で今回の迷宮探索に加わったのかも、よく分からない。

 まぁこの際そんなことはどうでもいいか。

 何より無事に帰ってこれたんだ。

 所詮は野良パーティー。アルバさんともユースティンとも今回限りの仲だ。

 後腐れない感じで幕締めとしようじゃないか。

 野良の良さってのはそういうところだ。


 タウラスは冒険者ギルドの受付に話をしてきたみたいだが、やっぱりGeo Hundre(階層測量器)dは壊れていたらしい。

 今回の俺たちの48階層到達は記録されることはなかった。

 というか、実際48階層じゃなかったってことだ。


 なんか空しいけど仕方ない。

 仕方ない、仕方ない。

 もう気分はどうにでもなれ状態だ。

 この街にきてから初めての大冒険だったし、今はユースティンの狙いとか最下層到達記録とか、そんなことどうでもいいから早く宿に帰って惰眠を貪りたい。



     ○



 俺はいつも泊まっている宿屋に行き、受付のお姉さんと久しぶりに会話をした。お姉さんも俺の特徴的な右腕と右頬を覚えていてくれたのか、「死んだのかと思ってました」なんて縁起でもないことを言われてちょっと傷ついた。

 そして部屋の布団にダイブする。


「はぁぁぁ………」


 大きく伸びをしてあとはもう寝る。

 疲れた―――。

 固い地面、床の上で寝ていた迷宮の中。もうあんなの無理だ。藁ベッドでもいいからちゃんとした寝床がいい。この安宿が最高級の宿に感じられる。


 アルバさん、最強の証明に満足してくれたかな。

 説得してくれたのはシアだけど。

 そういえばシアは迷宮内でも相変わらずの天使だった。今度デートにでも誘ってみようかな。なんて、ちょっとませてるか。

 シアの場合、情熱的なアタックでもしたら引かれそうな気がする。あんまり感情を表に出さないし。そういえばニヤニヤ顔は見たことあるけど、素で笑ったところ見たことないな。

 今度、笑わせるのを目標にしてみるかな……。


 と、いろいろ考え事をしながら瞼を閉じた瞬間のことだった。

 突然、どかーんと大きな音がして飛び起きた。

 誰かが俺の部屋に飛び込んできたようだ。

 なんだなんだと扉の方を見る。


「ロスト! 僕と一緒にもう一度迷宮に行ってくれ!」


 血相を変えて飛び込んできたのはユースティン。

 なんで俺の部屋を知っているのかとか、どこにそんなスタミナがあるんだとか、結局お前は何が目的なんだよとか、ありとあらゆる疑問が駆け巡って出てきた答えがこうだ。


「嫌だよ……」


 吐き捨てて俺はまた横になった。



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