Episode48 迷宮ピクニック
いよいよアザリーグラードの大迷宮攻略の当日。
今回に限っては集合場所は冒険者ギルドじゃない。
冒険者たちが盛んに行き交うマーケット通り。必需品ともいえる武器防具、魔力ポーションから食料、テントまでさまざまなアイテムが所狭しと並んだ露天市場だ。
迷宮都市と呼ばれるアザリーグラードでは、このマーケット通りの雑踏は、もはや観光名所の一つだ。粗悪品から掘り出し物まで、さまざまなアイテムが並べられ、今日も騙し騙され、冒険者たちはお金を落としていくのだった。
集合場所はマーケット通り中心にある記念碑塔。
冒険者の街として認められたときに建てられた塔らしい。生死を分け合う大冒険ともなろう今回に限っては、各々パーティーの所持するアイテム量のすり合わせも兼ねて、こうして買い物から共にすることにした。
「タウラス遅いな。メンバー集めに手こずってるのかな?」
「かもしれません」
今のところ集まっているのは、俺とシアとアルバさんの三人だけだった。タウラスは"最強"パーティー集めのため、あと数人は実力者を連れてくると言っていた。
「私は少人数でも構わん。いや、むしろ少人数でいい。多勢で攻め入っても数の暴力で攻略したと思われるだけだ」
腰に手をあてて堂々と言い放つアルバさん。露出度の高い鎧をきたグラマラスな女戦士。ゴージャスなブロンド髪に褐色の肌が存在感を主張していた。さっきから何人もの冒険者たちが、その肢体に釘付けになっている。
それに比べて俺とシアの存在感の薄さといったら……。
俺の格好は、黒地のレザー鎧にブーツのみ。武器は申し訳程度に幅広の刀剣ブロードソードを用意した。
シアは普段の格好とはちょっと違っていた。一応防御力底上げのために胸当て付きの鎧を着ているようだが、その上に厚手の茶色いローブを着ているから結果的には地味な格好になっている。対照的にポニーテールにまとめた青い髪は目立つが、それをも凌駕するアルバさんの派手さ加減が雑踏からの視線を一身に集めている。
「さっきからあいつらはなぜ私を見てくるんだ?」
「アルバさん、多分、その鎧のせいだ……」
「なに? さすがは高い金を払って買った最強の鎧だ。誰もが見とれるほどに最強を主張しているのだな」
見とれているのはその深そうな谷間とか艶めかしい太ももだろうけど。
そこにシアが横槍を入れた。じとっとした無愛想な目には、若干の軽蔑の意味が込められているんだろう。
「なぜ毎日鎧なんて着てるんですか? なんだか一緒にいて恥ずかしいです」
「私は常に最強でありたいからな……ふ、自分の非力さを実感するのも無理はない。最強を証明すればシアもいずれ買える日がくるだろう」
「……絶対に無理です」
「なに、そう謙遜するな」
二人の会話は噛み合っているようでまったく噛み合わない。
…
少し時間が経って、ようやく待ち合わせ場所にタウラスが現れた。
「すまん、待たせたな!」
のんびりと近寄ってくるタウラス。登場時には最強メンバーを大勢引き連れてやってくるかと思いきや、どうもそんな様子はない。
申し訳程度に、一人の子どもを引き連れて歩いてきた。
漆黒のローブで全身を包んだ色白の怪しい子どもだ。しかもフードローブを目深に被っているため、その容姿は確認できない。線が細くて色白だから、ぱっと見、女の子にも思えるがおそらく男だろう。
「こらこら、子どもを巻き込むんじゃないよ」
俺のふとした言葉に、その子は口元をきっと噛みしめて俺に対して敵意を向けてきた。
「子どもだと? お前こそ子どもだろうが」
それもそうでした。
俺もようやく12歳になるわりにはやけに落ち着いちゃってるしな。この子も、声色と背丈だけで勝手に判断してるけど、もしかしたら長年生きた魔族かもしれない。それだったら俺も失礼ってもんだ。
「すまん……正直に言うが、他の奴らからはまったく相手にされなかったぜ……」
タウラスが申し訳なさそうに頭を掻いた。
やっぱりか。タウラス自身、そんな有名な冒険者ってわけでもない。ちょっと顔見知りが多いってだけで、強さでいえば一般的な冒険者レベルだ。そんなタウラスが現在記録されている最下層41層超えを目指すなんて無謀すぎて誰も乗ってこないわけだ。ひょっとしたら笑いものにされたかもしれない。仮にそうだったとしても恥じることなく平気で受け入れるタウラスは立派な大人だと思う。
いや、それはともかく、だからってこの子は大丈夫なのか?
手ぶらだし、これから迷宮探索に入るにしてはあまりにも無防備で準備不足だ。冒険者ならもうちょっとそれらしい装備で臨むってのがマナーじゃないのか?
まぁ、アルバさんみたいに装飾華美すぎる装備もどうかと思うが……。
「また小僧か。私はこれから最強を証明しに行くというのに、なぜ周りには小僧ばかりなのだ」
そんなアルバさんは相変わらず俺やタウラスの気も知らないで失礼なことを言い放つ。
「迷宮の最下層に行って最強を証明すると聞いた……僕も連れていってくれ!」
「ほう、お前はなかなか男として見込みがあるな。ならば私とともに地獄の深遠についてこい!」
アルバさんは最強という言葉に反応して、ころっと態度を変えた。言うことはカリスマ性溢れているが、人としては変わってるんだよなぁ。
「いいだろう! 僕の魔法は地獄をも無に返す……!」
この子もちょっと変わってるな。
…
買い物を終え、冒険者ギルドに一度集まった。相変わらずこのギルドは人がごった返しで混み合っている。和気藹々と地下迷宮に入っていく別の冒険者パーティーの面々が楽しそうだ。通り過ぎる彼らを見送りつつ、俺もいつか仲間が見つかるのかな、なんて考えたりもする。
「あらためて自己紹介しよう。僕の名前はユースティン。正義の大魔術師になる男だ!」
ユースティンと名乗る漆黒のローブの子どもは腰に手を当てて偉そうにそう宣言した。持ち物は何も持ち合わせていない。さっきの買い物でも何か買っている様子はなかった。ましてやこれから大迷宮の深層へ挑戦しようという風貌には見えない。
気概だけは感じられるが……。
「その意気込み……タウラスにも見習ってほしいものだ」
アルバさんは両腕を組んでその大きなおっぱいを抱え込んだ。
タウラスは鼻の下を伸ばしてそれに釘付けになっている。
「俺はアルバさんのその特大おっぱいが見ていられればそれでいいや」
「やめろ。見世物ではない」
見世物じゃないならその破廉恥鎧をやめなさい。
「なんだ、この不埒なパーティーは。本当に最下層を目指す気があるのか?」
ユースティンは自分のことは棚に上げ、2人の様子を見て怪訝そうにしていた。シアがそれにはっきりとこう答えた。
「ないですね」
「なんだと……?!」
「私は今晩のお夕食のことで頭がいっぱいです」
ユースティンはシアの予想外の返事にただ呆然としている。そういえばシアはよくお腹を鳴らしている。まるでピクニックにでも行くような気分なんだろうか。ピクニックパーティーの結成のために、受付カウンターから用紙を受け取ってそれぞれ書き終わった。
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パーティー |
リーダー名 | タウラス
メンバー1 | タウラス ( 剣士 )
メンバー2 |アルバ・サウスバレット( 剣士 )
メンバー3 | シア・ランドール ( 弓師 )
メンバー4 | ロスト ( 剣士 )
メンバー5 | ユースティン (魔術師 )
メンバー6 |
メンバー7 |
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タウラスとシアの実力は分かっているけど、アルバさんは今回初参加だというし、ユースティンもちょっと心配だな。パーティー登録を完了させて戻ってきたタウラスは、ごそごそと懐からポケットサイズのプレートを取り出し、俺たちに見せてきた。マナグラムに似てるけど何か違う。
「今回は魔道具も買ってきた。"Geo Hundred"だ。これで俺たちが何層まで潜ったか分かるし、万が一最下層まで到達できた場合には証明にもなる」
「万が一? 必ず到達してみせるぞ」
アルバさんは剣と盾を構え、すでに戦う気まんまんだった。
○
冒険者ギルドの迷宮入り口部屋へと移動した。
その奥の下り階段へと進める。
ここからはアザリーグラードの迷宮だ。
もう10層前後までは慣れっこだった。ゴブリンやコボルト、あるいはスケルトンが錆びた剣や鈍器をもって襲い掛かってくる。
初級編だ。
俺はなるべく基本の剣術でゆっくりと戦いつつ、パーティー全員のことを見回した。シアは別に心配する必要はない。タウラスの戦い方も知っている。基本に忠実に、たまに初級魔法を組み合わせて安全マージンを確保しながら戦う安定タイプだ。
問題はアルバさんとユースティンとかいう魔術師の子ども。
注意深く、戦い方を観察した。
アルバさんの剣はピッカピカの装飾刀で、自称最強の剣だ。
だが、剣術に関してはむしろタウラスよりも上級。気品と俊敏さを兼ね備えた自己流の戦い方をしている。颯爽とダンジョンを駆け、多くのゴブリンを駆逐していた。隙さえあれば剣にこびり付いた血を振り払う余裕も見せていた。……あれだったらけっこう下層まで行ける気がする。
ユースティンはよく分からない。
魔術師と名乗るわりには、魔法をあまり使っていない。静かに佇んでいるだけだ。まるで息すらしてないんじゃないかのように背景に溶け込んでいる。それもこれもユースティンが魔法を使うまでもなく、アルバさんが速攻で敵を倒しているからなんだが。
「どうだ、私の実力!」
アルバさんが一度立ち止まり、後方の俺たちの方に振り返った。
振り返り様に揺れる巨乳。
「アルバ姉さん、さすがっす!」
タウラスはもう戦うことよりも、いかに前線に出てアルバさんのおっぱいを間近で眺めることしか考えてない。だがまぁ、アルバさんとタウラスのおかげでわずか1時間半程度で10層まで辿り着いた。
これは滅茶苦茶に早い。
野良パーティーで進めば普通3時間くらいかかる。42層以降を目指すのならそれこそ1ヶ月くらいかかることを覚悟した方がいい。こんな舐めた装備じゃ、元々目指せるものじゃない。
「ふぁ……」
後ろからのんびり着いていく俺とシアとユースティンの三人。
そんな中、シアが欠伸をかいていた。
もはや弓矢は背中に背負い、戦う気はゼロのようだ。
「緊張感ないな」
「……アルバさんは実際に強いです。いまは私の出る幕はないですから」
「確かに。よくあのペースでスタミナ切れないな」
「もしかして本当に最強を証明してしまうかもしれません」
まさかな……。
だけど緊張の糸が切れる理由も分かる。ダンジョンを進んでいるとはいえ、このあたりまではずっと洞窟めいた空間が続くだけで代わり映えがしない。
単調なんだ。魔物も徐々に強くなっているものの、生死を分かつほどの危険な魔物は出てこない。
11層以降からはポイズンタランチュラやらポイズンスネークといった、毒を持つ魔物が襲ってきた。一度噛まれれば毒にかかるが、それも心配なさそうだった。
アルバさんはあんなに肌を露出させてるっていうのに、臆せず盾で突進して敵の毒牙を封じるとともに剣を振るい上げて一刀両断していた。
周囲にポイズンタランチュラの体液が飛び散る。
それをもろともせず浴びる女戦士。
なかなかセクシーな姿だ。
○
18層。このあたりの敵は俺ももう見慣れない。長々と続く一本道の洞窟に潜入して、かれこれ5時間が経過した。ハイペースだが、アルバさんもそろそろ疲れを見せてきたようだ。
「タウラス、今何層だ?!」
「18層だ。このあたりじゃゴースト系が多い。筋肉おっぱいのアルバさんにはちょっと厳しくなってくるぜ」
このあたりの階層はゴースト系に分類される魔物が増えてくる。
ウィスプと呼ばれる鬼火の群れや、シャドウという黒い人影の魔物。ゴースト系には魔法による攻撃が一番効果的で、特に聖属性魔法が効きやすい。物理的な攻撃でも倒せないこともないが、あまり手応えがない。
だが脳筋アルバさんはお構いなしに斬りつけて振り払った。
その動きは、最初に見せたキレのあるものとは程遠くなってきている。
なんだか顔色も悪いような……。
「そろそろご飯休憩しましょう」
提案したのはシアだ。シアはダンジョンに入ってからまだご飯の話しかしていない。彼女が無口なのか、それとも飯のことで頭がいっぱいなのか……。
おそらくその両方である。
でもアルバさん主導とはいえ、俺やシアもまったく戦っていないわけではない。
フリーの敵を倒すくらいのことはしている。
いまだ特に活躍していないのは魔術師ユースティンくらいだろうか。
そろそろ見せ場も出てくるだろう。
「よし、焚き火でもするか」
タウラスはそう言うと荷を降ろして薪を組み、炎魔法で手際よく焚き火を作り出した。5人がその周囲に腰を下ろして暖をとる。地下深くへ進むほど、洞窟内は冷えきり、火の周辺がぬくい……。
「アルバさん、寒いんですか?」
焚き火の前に一際近づいて体を震わせるアルバさん。その様子に声をかけたのはシアだった。さっきまで戦い続けて体が温まっていたのだろうが、休憩を挟むと体も冷えて寒いんだろう。
「もちろん寒い」
「アルバ姉さん! 俺が温めてあげよう!」
「やめろ。きもい。近寄るな」
意気揚々とアルバさんに近づいたタウラスは3つの単語で罵倒された。タウラスももう言われ慣れたようで、特に気にする様子もなかった。
挨拶みたいなもんになっているんだろう。
でもアルバさんの顔色はやはり優れない。長々と続く戦闘の数々でほとばしる汗と露出された肌、そして冷え切った肌。具合が悪くなっても無理はない。
「これを着てみろ」
そこにユースティンが1枚の生地を右腕で乱雑につかんでアルバさんに突き出していた。どこからそんなものを取り出したんだろう。
ユースティンは手ぶらなはずだ。
まさかあの厚いローブの下にさらにマントを隠し持っていたんだろうか。
「なんだそれは」
「ラウダ大陸で流行のカシミヤマントだ。羽織るだけでも暖かい」
「なに? そんなものを羽織ったら私が流行に流されやすい女だと思われてしまうだろう」
そんな破廉恥鎧を着ておいてこの後に及んでそんなこと言うか。
こんなときくらい体の方を優先してほしいものだ。
「もちろん、流行の理由はそれが"最強のマント"と言われているからだ」
「なんだと?」
"最強"というワードに反応を見せるアルバさん。ユースティンはアルバさんが最強という言葉に弱いことを見抜いているんだろう。アルバさんはふかふかのマントをまじまじと見ながら、目をきょとんとさせている。
「そんな良いものをくれるなんて……ユースティン、お前は良い男だっ」
マントを受け取ってアルバさんはそれを颯爽と羽織った。赤い色のふわふわとしたマントが意外にも破廉恥な鎧に合っていた。アルバさんもそれで身を包みながら、幸せそうな笑顔を見せている。
いやしかし、あのマント、一体どこに隠し持っていた?
やっぱりローブの下……いや、懐に収まりそうなサイズじゃないと思うんだが。
○
21層。
いままで洞窟だった景色から一変して、ちらほらと植物が増え始めた。
奥へ行けば行くほど、だ。
「なんなんだここは」
「このあたりから魔力濃度が濃くなっている。このあたりの草木は魔力を吸い上げて育ったんだろう」
ユースティンは意外と博識だった。日の光が届かないのになんで植物が育つんだろう。ぐにゃぐにゃと根を張る植物は花や実をつけて立派に育っていた。その花弁がぼんやりと虹色に光って天然のランプになっている。
なんだか魔石の色に似ている。
奥へ奥へと進むと、狭かった通路も徐々に開けて、天井も高くなった。
「これじゃ迷宮攻略どころか、"この森"で迷っちまいそうだな」
タウラスが垂れ下がる蔓を引っ張りながらぼやいていた。背の低い植物から背の高い植物へ、草木が隆々と立ち並んでいた。
――――グルルル………。
その奥地からなにやら動物のうなり声が響いてきた。シアの耳がその音に反応してぴくんぴくんと動いている。
動物の耳みたいでめちゃくちゃ可愛い!
獣耳の趣味はないが、いや、シアの場合エルフ耳なんだけど、その仕草に俺は惚れ惚れした。
天使だ。
シアの場合、無口なところもポイントが高い。
許されるならその耳とサラサラな青い髪をいつまでも愛でていたい。
……ダメだ、シアを見ているとなぜか変態的な発想が次から次へと浮かんでくる。
「どうしたんだ、シア」
「いえ、熊のような何かが」
シアの言葉を聴いて颯爽と駆け出したのは他ならぬアルバさんだった。
「熊だと? ふ、畜生ともあれば私の敵ではないっ! さっきからウィスプだのシャドウだの、猪口才なのが多かったがな。これで憂さ晴らしができるというものっ!」
「あ、待ってください」
シアがストップをかけるも、一度飛び出したアルバさんはもう後には戻らない。でも後には戻らなくても、その場で強制的に止められることはある。アルバさんは木の根に足を引っ掛けたかと思ったら、そのまま足を根に引っ張られて上空へと吊るされた。
「なんだ!?」
逆さ吊りで暴れるアルバさん。
暴れるとともに特大おっぱいが、ばいんばいんに揺れていた。
タウラスがガッツポーズをしながらその光景を眺めていた。
「うっひょー!! いいぞ、アルバさんその調子っ」
「なにがその調子だこのバカっ!」
――――フシュルルルルル。
木の根によって巻き上げられたアルバさんに、さらなる植物の蔓の手が襲う。その伸びる蔓の手とともに現れたのは特大の植物だった。花と思われる部分からはグロテスクな口を大きく開いて、木の根を足のようにうねうね動かしてゆっくりと移動している。
無数の蔓がアルバさんの体にまとわり付いて締め付けた。
「……あっ……ぅく………んぁっ……!」
ぎっちり締め付けられるアルバさんの口から色っぽい吐息が漏れた。
「いい感じの緊縛プレイはじまったー! アルバ選手、これは身動きが取れないっ!」
「あれはジャイアントサラセニア……食人植物だ。あれに巻きつかれたらなかなか自力では解けない」
タウラスとユースティンが実況と解説をはさむ。それにしてもデカい。アルバさんのおっぱいもだが、ジャイアントサラセニアもだ。
さっき集合場所に使った記念碑塔の高さはある。
――――ガウウウウ……。
一方で反対方向からは先ほどの野獣のうなり声のようなものが近づいていた。そっちを見ると、木の陰から特大の熊が現れた。
こっちもでかい。
「あ」
こいつは見覚えがある。
血だらけで弾き飛ばされる体。
殴り合いの攻防の末に勝ち取った勝利。
―――グリズリーだ。
ジャイアントサラセニアとグリズリーに挟み撃ちにあう俺たち。
「んっ……くぅ……なんなのだこの植物はっ」
アルバさんは痴態を晒して恥ずかしいのか、顔を赤らめて抵抗していた。巻きついた蔓は切り払おうとしてもなかなか解けない。さらにはその腕も拘束され、全く身動きが取れない状態に陥っていた。
その肢体にさらなる蔓の腕が這いずり、ぎちぎちに縛られていく。
確かに見世物じゃない。早く助けよう。
シアも弓矢を手に取り、戦闘態勢に入っていた。
「ロストさん、どちらを?」
「グリズリーだ」
俺は即答した。
決まってる。
あれと死闘を繰り広げた経験は体が覚えている。
「サラセニアは任せた」
「はーい」
俺はその返事だけ聞いて一気に駆け出した。用意していたブロードソードのヒルトに手をかけた。右腕の力に頼らず自分の剣技がどこまで通用するか知りたい。
勝負は一瞬。
見極めるにはあまりにも簡単なグリズリーの緩慢な張り手。俺はその手を流すように剣で受け流し、そのまま腕の肉を削ぎ取りながら、背中に回りこんだ。くるっと振り返り、その動作とともに隙だらけの首筋を一閃した。
グリズリーの頭部が跳ね上がり、地面に転がる。グリズリーはその場で倒れて首から血を大量に撒き散らして死んだ。
思ってたより脆いな。
こんな手応えのない敵だっただろうか。
「―――Brandstifter」
サラセニアの方を見ると、ユースティンが魔法で火炎弾を作り出して撃ちまくり、サラセニアを焼き払っていた。それと同時にシアが弓矢を放ち、アルバさんに巻き付く蔓を切り裂いて助けている。
サラセニアは無残な姿になり、黒焦げになった。
「ユースティン、なかなかやるじゃないか」
「……ふんっ……僕の力はこんなもんじゃない」
相変わらず刺々しく、薔薇のようにツンツンに尖ったユースティン。
ユースツンだな。
これからはそう呼ぼう。
それにしてもワンフレーズの詠唱であれだけ高威力の魔法が発動するとは……本当に一流の魔術師なのかもな。
○
それからさらに数時間、休憩を挟みながら歩き続けた。
木々が生えただけの洞窟は、空間がどんどん広くなり、天井もかなり高い位置になった。もはや鬱蒼と生い茂る大森林と呼んだほうが正しいほどの光景だ。坂道が続いたり、下り坂が続いたり、小高い丘もできている。ここが地下の大迷宮であることを忘れてしまうほどに、その光景は異様だった。
途中、何度も凶暴な魔物――主にグリズリーやジャイアントサラセニア――に襲われたが、慣れてきたのか何回か休憩を挟んだりしてまだ進めそうな雰囲気だった。アルバさんもまだまだ余力を残している。口だけではないことは確かのようだ。
それから小高い丘を登りきったところで、異様な光景が目に映った。そこからは森林の全貌が望めるのだが、その森の中に、一軒の"城"が姿を現していた。
城は遠めから見てもかなり大きいということが分かる。
「城?」
「ようやく辿り着いちまったか……」
タウラスがその城を睨みながら呟いた。まるで忌々しい過去でも思い出すかのように、真剣かつ渋い顔をして。
「迷宮の中に城ってどういうことだよ?」
「ロスト……あれはアザレア城だ」
アザレア城―――迷宮都市アザリーグラードがまだアザレア王国だった頃、王族が住んでいた城。確か、大魔術師エンペドが五大精霊によって倒されたとき、城ごと地下深くに封印されて迷宮が作られたんだったか。
まだ城自体も残ってるのか。
案外、この森自体も緑豊かな国だったときの名残なのかな?
まるで地底の王国みたいだな。
「あの城が30層の目印だ。あの城の中は異次元空間だ。引き返すとしたらこの辺りがターニングポイントだぜ? 城に入っちまったら引き返すのも難しくなる」
タウラスの珍しく真面目な雰囲気に、俺も含めてパーティーメンバーは固唾を飲んだ。
「城にはどんな敵がいるんだ?」
「あそこにはな―――王国の兵士たちの亡霊ブラックコープスやグールたちがウヨウヨいる。あとおっかねえのは、そうだ……ジャイアントG!」
「ジャイアントG?」
「あぁ……奴らはデカい図体のわりには音もなく天井から忍び寄って冒険者を食っちまうんだ」
それは怖いな。
Gという一文字ではどんな敵か想像できないからこそ余計に怖い。
「ジャイアントGですか。怖ろしいですね」
「シアも知ってるのか?」
「はい……奴らを1匹でも見たら最後、その周辺には3000匹のジャイアントGが潜んでいます」
「さ、3000匹?!」
なんなんだ。ゴースト系の魔物なのか?
巨大なくせに大群で襲ってくるとは、怖ろしいな。
「しかも奴らは足も速ければ空も飛ぶ」
「空も?!」
「それに首を跳ねても3ヶ月は生きています。その3ヶ月後の死因は餓死。飢えない限り、死にません」
無敵じゃないか。タウラスとシアの語るジャイアントG像がとんでもない怪物に思えてくる。
「どうやって対処すればいいんだ?」
「火かお湯が弱点です」
「なんだ、案外簡単なんだな」
俺がぼそりと呟くと、タウラスとシアは信じられないような目で俺を見てきた。
「奴らをなめないほうがいいぞ!」
「そうです。一目見ただけでも気持ち悪さで魔力が枯渇します」
そこまで恐れられるジャイアントG。
一目見ただけで魔力が枯渇? どんな化け物だよ。
「てか、そんな奴らに遭遇してよく逃げ延びたな」
俺の言葉にタウラスもシアも、ぽかーんとした顔で俺を見てきた。
「いえ、私はジャイアントGを見たことがありません」
「ないんかいっ!」
あんなにベラベラと恐ろしさを語っていたくせにっ!?
「タウラスは?」
「いや、俺も見たことはない」
「お前もかよっ!」
なんなんだよ、こいつら!
まるで見てきたかのように語ってたじゃないか!
「そもそも俺があの城に入ったことがあるわけねえだろ。でも行って帰ってきた奴らがそう言うんだからな」
「私も何かの本で読みました。あまりにも有名なので対策を勉強してあります」
まぁいいけど、それだけ怖い生き物ってことなんだろうな。
ジャイアントG……一体どんな敵なんだ……。