Episode46 ルクール大森林
それから1か月。
俺は野良パーティーに入っては大迷宮に潜り続ける生活を続けていた。
高ランククエストから低ランククエストまで、万遍なく野良パーティーに参加してみたが、結局以前の俺を知ってる人物に遭うことはなかった。
もしかして元から知り合いなんていなかったりして。
その一方で、徐々に金が貯まってきた。
高ランククエストでは迷宮の15層近くまで潜ることもあって、報酬も1日で金貨50枚、5万ソリド稼げる日もある。
でも金はそんなに必要ない。
何せ、冒険者が一番出費としてかさばる武器費用がかからないからだ。
生命力が素で高いし、そんなに攻撃を受けることもなかったから、防具も買ってない。
ただ、野良パーティーに参加するときは軽めのレザー鎧を着て、メンバーに溶け込むようにしている。平気だからって服一枚で戦ったりしたら顰蹙を買うだろうし、ダンジョンに入るマナーみたいなもんだ。
金が余っている限り、様々な武器の売り買いを重ねて、能力「心象抽出」で複製できるように訓練した。
刀剣類は一通り複製できたものの、どうやっても槍や斧、メイス、バトルハンマーは複製できなかった。
俺の場合、この能力は剣限定らしい。
…
そんなこんなで20万ソリドくらい金がたまり、俺は念願の本を1冊買うことに決めた。
「アザリーグラードの歴史と文化」という史実図書だ。
とりあえずこの街の地理を知りたい。
あまり人気のない本で、本屋の店主も在庫が捌けて機嫌がよくなったのか、セットで「アザリーグラードの迷宮」という子ども向けの絵本まで気前よくプレゼントしてくれた。
この史実図書1冊で周辺の地理や文化が分かるらしい。
いつも泊まっている宿屋に帰り、1階ロビーのテーブルで本を開いた。
とりあえずささっと読めそうな子ども向けの絵本を読んでみる。
***
昔々、アザレア王国は緑豊かな大地に囲まれていた。
お城の王族たちも城下町の住民たちも幸せな暮らしを続けていた。
そこに野心を抱いた魔法使いが、王様に取り入る。
もっと豊かな国を作るため、川の先に住むエルフたちと手を組みましょう、と。
魔法使いはエルフの国にある神秘の力「ボルガ」を狙っていた。
魔法使いは王国の力を借りてエルフの国を侵略し、ボルガを奪ってしまう。
その力で、魔法使いはアザレア王国を乗っ取り、大迷宮アザリーグラードへと変えてしまった。
怒ったエルフの王様は、5人の賢者と協力してその迷宮を地下へと封印した。
***
こんな話だ。
魔法で悪いことはしちゃいけませんよって話だな。
それよりも―――。
「こうしてアザリーグラードの迷宮は、5人の賢者たちによって封印されました……」
声に出して読んでみる。
そのフレーズに聞き覚えがあった。
記憶を掘り起こすヒントがそこにありそうな気がした。
……でもダメだ。靄がかかったようにぼんやりとしている。
「アザリーグラードの歴史と文化」も読んでみる。
こっちはしっかりとした史実を記した文献。
そっちにも5人の賢者のことが書かれていた。
5人の賢者は、火山、雪原、森林、砂漠、天空に住んでいる。
バイラ火山に住む、火の賢者サラマンド。
ネーヴェ雪原に住む、水の賢者アンダイン。
ルクール大森林に住む、風の賢者シルフィード。
ニヒロ砂漠に住む、土の賢者グノーメ。
そして天空に住む、雷の賢者ティマイオス。
稀代の大魔術師エンペドが、神との契約で造りだした兵器リゾーマタ・ボルガ。
その力を恐れた5人の賢者たちは、各々が造りだしたボルガの力でエンペドを倒し、アザリーの大地にリゾーマタ・ボルガごと封印した。
そこから形成された地下迷宮はアザリーの城塞という意味からアザリーグラードと呼ばれるようになった。
「ボルガの力」がどのようなものか、リゾーマタ・ボルガという兵器が何なのかは具体的に書かれない。5人の賢者たちが造りだしたボルガは、ボルガ・シリーズ呼ばれていて、名前だけ紹介されていた。
火の賢者サラマンドが造り出したボルカニック・ボルガ。
水の賢者アンダインが造り出したアクアラム・ボルガ。
風の賢者シルフィードが造り出したエアリアル・ボルガ。
土の賢者グノーメが造り出したアーセナル・ボルガ
雷の賢者ティマイオスが造り出したケラウノス・ボルガ
ボルカニック・ボルガ……?
―――迫りくる炎の刀剣。それを握りしめる赤毛の戦士。炎の剣。
既視感が襲う。
俺はこのボルカニック・ボルガを生で見たことがある。
このボルガというものが刀剣なのかどうかの記載はないが、そんな確信がある。
ということはこのボルカニック・ボルガが俺自身の手がかりだ。
火の賢者サラマンド、この賢者の名前には聞き覚えはない。
でも会いにいこう。
何か手がかりがあるはずだ。
そう思って、本の最後に描かれたリバーダ大陸地図を眺める。
火の賢者サラマンドは、バイラ火山に住む。
バイラ火山は………。
ここからめちゃくちゃ遠いところにあった。
アザリーグラードから大河を超えてニヒロ砂漠に入る。
ニヒロ砂漠は広大で、そこを超えた先の火山地帯にバイラ火山がある。
無事に徒歩でいっても半年くらい?
馬車でいっても3,4か月くらいだろうか。
遠すぎる。
でも1つだけ手がかりが手に入った。
風の賢者シルフィード様。
あのドワーフたちと一緒に暮らす緑色の髪と目をした精霊だ。
シルフィード様にボルガ・シリーズのことを聞いてみよう。
またいつでも立ち寄ってくださいなんて言っていたから気前よく教えてくれるだろう。
○
俺は旅路の準備をした。
マーケットで買い込んだ食料と買った本をバックパックに詰め込んで、宿屋を出た。
ルクール大森林だったら徒歩でも半日くらいで着く。
「あ、ロストさん」
宿屋から飛び出たところで、たまたまシアと会った。
その無愛想な目と視線がぶつかった。
相変わらず緩めのチュニックに動きやすそうなハーフパンツ姿だ。
背中には大きな弓矢を抱えていることから狩りにでも行くんだろうか。
彼女は参加したい野良パーティーがないと街の外へ狩りに行っているらしい。
シアは俺の姿を上から下まで眺めた。
「どちらへ行くんですか?」
「ちょっとルクール大森林に行ってくる」
「珍しいですね」
「ちょっとシルフィード様に聞きたいことがあるんだ」
「シルフィード様ってあの大賢者の?」
「そうだよ。シアもこないだ会っただろ? ほら、オークとベヒーモスを倒した日」
「………」
彼女は固まったまま視線を上にあげてまったく身に覚えがなさそうな様子で返事をした。
「ドワーフの方々からお金をもらったことは覚えています」
「そのときに一緒にいた緑色の髪の女の人だよ」
「………さぁ、そんな方はいませんでした」
そういえば俺も最初は見えてなかったな。
おまじないでもしてもらわないと見えないのかな。
「ロストさんがそんな偉人とお知り合いだったなんて」
「知り合いってほどでもないけど」
「私も付いていってもいいですか?」
天使が同行してくれるなんてこっちも願ってもないことだ。
「別にいいよ」
「では準備してきます」
シアは踵を返して家へと走って戻っていった。
そういえばシアは元々何するつもりだったんだろう。
弓矢やダガーを装備してるから戦うつもりだったんだろうけど、迷宮も街の出口もこっちじゃない。
…
アザリーグラードから出たのは久しぶりな気がする。
一ヶ月前に迷宮都市に取り込まれてからずっとあの街にいた。
街の中で戦いも狩りも生活も全部できてしまう街なんて、やっぱりあそこは異常だな。
シアと二人で大森林に向かって歩いていた。
「そういえば、なにかご自身のことが分かったんですか?」
「まぁ……。金もけっこう貯まったからこれを買ってみたんだよ」
そう言って、アザリーグラードの歴史と文化を見せた。
「本なんて高級品です」
「他に金を使うこともないし」
「便利な体ですね」
「………」
あまりにも淡泊に言うから本気で羨ましがってるのか皮肉なのか分からないな。
「とにかく、それでこの本にボルガ・シリーズのことが書いてあってさ」
「ボルガ・シリーズ!」
シアが珍しく反応を見せる。
「知ってるのか?」
「もちろんです。冒険者や武器商人の間では有名な兵器です」
「武器商人? ボルガってやっぱり兵器なのか?」
「悪い魔法使いをやっつけたんですから」
あの絵本の話をしてるんだろな。
「ボルガの力は私の先祖に伝わるものです。ボルガは特殊な魔石の一種だと言われてます。それで作られた兵器は魔法の力を超えるそうですよ」
「へぇ……」
シアはそれからボルガ・シリーズについて、というよりもボルガという神秘の力がどんなものか生き生きと語っていた。
先祖ってのはエルフの事か。
普段、無愛想で無口な彼女にしては本当に珍しい。
興味があるのかな?
「ところでボルガとロストさんに何の関係が?」
「関係があるか分からないけど、ボルカニック・ボルガを見たことがある気がするんだ」
「………それは考えにくいですね」
「なんで?」
「ボルカニック・ボルガはバイラ火山のダンジョンの奥地に眠っているようですから」
バイラダンジョンを踏破したのはリベルタっていうパーティーだったか。
「もしかして俺がリベルタとかっていうパーティーの一員だったとか」
「まさか。攻略されたのはもう3年も前ですし、有名な5人組ですから名前も顔も知られてます。その5人の中にロストさんみたいな子どもはいません」
なるほどな。
まぁパーティー名に聞き覚えもないし、伝説的パーティーに当時8歳程度だっただろう俺がいるとも考えにくい。
…
「またいらしてくださったんですね」
街道沿いに大森林に入った瞬間のこと。透き通った声が耳に届いた。
「シルフィード様ですか?」
「はい」
「あれ? どこにいるんですか? また見えない」
「ふふふ、今は声だけ届かせてます。森の中ならどこでも会話ができますよ」
さすが精霊様だな。
外からは大賢者と呼ばれるだけある。
「村まで案内します」
そうしてシルフィード様の声が俺とシアを案内してくれた。
シアはそれほど動揺してないにしても、混乱しているのか一切言葉を出さなかった。
ドワーフの村の入り口まで着いた。
村に入ると、村人たちが木の上の家々からこちらを覗いていた。
出迎えてくれたのはドドロト村長だ。
「村長さん、お久しぶりです」
「ふむふむふむ……」
「起きてます?」
「起きとるわい」
この人目元が長い眉毛で隠れているし、ふむふむ言いながら寝るからちゃんと聞かないと分からないんだよな。
「シルフィード様からお前さんたちが来ることは聞いておるが……なにしにきた?」
「シルフィード様に聞きたいことがあって来ました」
「贅沢なやつじゃ……まぁこないだのことに免じて許可しよう」
こないだのことってのはオーク狩りのことだな。
あのときはすごく感謝されたのに、今は警戒心が強いな。
元々そういう種族なんだろうか。
それから大木の根元に案内された。
その根元の間の奥、シルフィード様のいる平たい祭壇の間へと入った。
そこに纏っていた風が解放されるようにして姿を現したシルフィード様。
その光景に、隣にいるシアの空圧制御スキルを思い出した。
「お久しぶりです」
「ごきげんよう。今度は私の姿が見えますか?」
「はい」
俺にはしっかりと見える。緑色の髪に緑色の瞳。白いシルクドレス。
神々しいな。
「人間の子よ、今は何と名乗っているのでしょう?」
「ロストです。この隣のシアに名付けてもらいました」
ちらりとシアの方を見た。
「私にはシルフィード様が見えません」
シルフィード様はシアへ近寄って俺にしたときと同じように手のひらを瞼に乗せて、風の魔法を送り込んだ。
「あ……」
シルフィード様はシアにウィンクして遠ざかった。
「それで、聞きたいことというのはなんでしょうか?」
「この本で見かけました。シルフィード様は5人の賢者の1人だとか」
「ずいぶん昔の話です。今はこの森を見守るただの精霊ですよ」
謙遜する精霊様。優しさがにじみ出てる。
「今日はその、ボルガ・シリーズのことを教えてほしいんです。シルフィード様も1つ造りだしたんですよね?」
「ボルガ……」
シルフィード様は呟いて、目を伏せた。
「私はあなたには感謝していますし、記憶を取り戻すための協力は出来うる限りしたいと思っています」
「それじゃあ―――」
「ただ、ボルガの力については教えることはできません」
少し冷たく言い放たれた。
「ボルガの力はヒトが持つべきものではないのです。大魔術師エンペドはそれを間違った事に使おうとしました。私はあの悲劇を繰り返さないよう、ボルガの力を封印しておくべきだと考えてます」
「そうですか……」
せっかく手がかりが見つかりそうだったのに残念だ。
「リゾーマタ・ボルガで記憶を取り戻せると考えたのですか?」
記憶を取り戻せる?
そんな発想はなかったし、そんな力が秘められてるってことか?
「いや……。ただボルカニック・ボルガを見た覚えがあります」
「ボルカニック・ボルガを?」
シルフィード様は何かにはっとなったが、でも口を紡いで黙ってしまった。
「何か知ってますか?」
「いえ――――火の精霊サラマンドとは長い間話をしていませんから」
何か含んでそうな言い方だが、でもこれ以上意固地になってる人に聞いても仕方がないか。
またしても収穫はなし。
振りだしに戻る、か。
「申し訳ありませんが、今回の件は―――」
「エンペドさんという方は何をしたのですか? 本当にエルフの国を侵略したんですか?」
そこにシアが口を挟んだ。
エンペドという人物は、シアにとって先祖の敵みたいなものか。
「シア・ランドール。あなたはお母さんと同じことを聞くのですね」
「母を知っているんですか?」
「ええ、とてもよく知ってますよ」
シルフィード様はシアに優しげな目を向けた。
どういう関係があるんだろう。
「エンペドは探究心の強い魔術師でした。絵本で描かれているような悪い男ではありません。国を乗っ取ったり、王様を騙したりもしていません。ただ魔法の起源を追い求め、その果てに失敗して国を巻き込んでしまった。その後始末をしたのが我々、五大精霊というだけですよ」
フォローの言葉を添えるような言い方じゃなかった。
絵本で語られている誤解を解いてあげるわけではなく、ただ淡々と事実を口にするような言い方だった。
それからシルフィード様は俺たちが何を聞いても、ボルガ・シリーズのヒントになるような事は教えてくれなかった。
○
帰り際、シルフィード様から俺だけ呼び止められて、2人だけで話をした。
「シア・ランドールのことですが……」
「なんでしょうか、シルフィード様」
「彼女の両親は、ある魔術師に殺されました」
「こ、殺された!?」
指を口に当てられて静かにするように合図された。
俺は声のトーンを落として再度口を開いた。
「すみません……。殺されたというのは初耳です」
「彼女もそれを知らないでしょう。彼女の両親は考古学者としてアザリーグラードを調査してました。当然、大魔術師エンペドやボルガ・シリーズのことも」
あぁ、それでシルフィード様とも知り合いなのか。
「私は考古学者である彼女の両親なら大丈夫だと思い、ボルガの力の秘密を話しました。しかし、世の中にはエンペドのようにその力をつけ狙う魔術師もまだまだいるのです」
その魔術師連中に殺された、ということか。
「両親を失ったシア・ランドールは初めは私が保護していました。空圧制御の力もそのとき与えたのです」
「あ、それであの力が……」
「もうご覧になりましたか?」
シルフィード様は満足そうに頷いてから、また気を引き締めて話を戻した。
「私は彼女の両親が殺されて以来、この秘密を誰にも話さないと決めました。だから今回のことはご容赦ください」
「いえ、いいんです。自分の記憶の手がかりくらい。俺もたかが子どもだってことが分かりましたし、第二の人生としてスタートしようかと開き直ってるくらいです」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
シルフィード様は平静を装っているように見えるけど、ボルガ・シリーズと俺を遠ざけているように感じる。
直感でしかないけど。
それだけ危険なものなんだろうな。
俺ももう少し別の手がかりをつかむことにしよう。