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ツギハギ
作:ふあ



30-2 過ちを知らない者は、いつだって側にいた


 やっぱり機転が利く子だと、彼の後を追いながら志田は改めて感心する。挑発通り、標的を変更した相手を、三方向を囲む建物の屋上に、ついさっき据えられた強力なライトの光が照らし、その影を持ち主自身の足元にとどめている。戦闘の合間に行っていた僅か数秒間の通信で、状況説明をしていたのだろう。右手で銃を、左手で無線機を握り、同時に使う人間なんて今まで見たことがなかった。やはり長生きするものだな。
 影を通して憑依されるのならば、明るい方に向かうのが常識だろうに、わざわざ閉鎖された建物内へ向かうなんて。きっと作戦なんだろうが、危険すぎる。なんだかんだいって無鉄砲だ。まるで愁みたいだと、志田は状況に似合わず、おかしくなった。
 愁が窓枠へ飛び込み、直ぐ後ろのクロが続いた。薄暗い内部の壁に影が映り、いっそう濃い黒が浮かぶ。
「突っ切れ!」
志田と共にガラスを踏みしめた椋が、指示しながら後ろの影渡りへ銃弾を打ち込む。淡い光だけが差し込むここでは、全てが相手の攻撃範囲だ。自分のものと他とを遮断する光はない、攻撃を遮る唯一の方法は、憑依するまでの僅かな隙を与えない事だけ。そしてそれが出来ると思ったから、椋は指示を与えた。
 一、二、三……。銃声を十数えたところで愁は振り返り、
「六回!」
と叫んだ。
 模糊とした闇を、鋭い刃が裁断する。隙間のない一定のタイミングでそれが六本飛来し終えたと同時に、弾倉を入れ替えた銃で、再び椋が相手を狙う。もし止まってしまえば、能力を使うことに集中されれば、勝ち目はない。
 弾の数も、刃の数も限られている。切れた時点で、負けだし、一度でも外せばやられる。無機質な廊下を駆け、ドアを蹴り開け、交互に攻撃を仕掛け続けた。
 どこかの事務所なのだろうか、並列した机の合間を疾走していると、愁の少し先にあるペン立てが僅かに振動した。顔を目掛けて跳んできたボールペン類を右手で弾くと同時に再び十を数える。五本投げると言葉で示しながら振り返る。
 どこだ。ペンの先に気をとられ、一瞬だけ集中が途切れてしまった。「左だ!」と、叫ぶ夜行性の猫の声。言われたとおりに投げつける。
 ドアを蹴りとばし、最後の廊下の先にある窓を全力で目指す。既に、傷の痛みも心の悲鳴も、聞こえなくなっていた。透明な心は、ただ真っ直ぐ、その先へ向かう。他には何もない。
 飛び散ったガラスの破片は、星の最後のように、一度、強く輝いて消えていった。その前まではガラスという物として存在し、後には飛び散ったガラス片として汚れてゆくそれらが、きらきらと光を反射し、ひとつひとつが存在を強く証明して散っていく。
 かなりの銃弾を消費した椋のすぐ後に、影を渡る男が窓を飛び越え、地面に着地する。
 しかしその足元にある影は、他のどれとも繋がっていなかった。ただ背後の壁に、一部が張り付いているだけ。
「朝か」
淡い光の中に、嘆息とも、かといって安堵ともとれない、ただ事実を告げるだけの声が溶け込んでいく。
 朝が来ていた。建物に囲まれていたときには、誰にも気付かれなかった朝日が姿を現し、低い住宅地を柔らかく包み始めている。寸分の狂いなく、過ちを知らず、全てを照らしてきた太陽が、そこにある。
 太陽を真正面に捉え、自分の影を出来るだけ、背にした壁にだけ映るようにし、愁は左手で握ったナイフを横の男に向けていた。彼を挟んだ向こうで、同じ様に椋が一発だけ弾の残った銃を右手で構えている。そして彼の足元には青い首輪をした黒猫が、自分の足元には青いリボンをした黒猫がいる。
 前髪の間から差し込む朝日に、愁は僅かに目を細め、視線を向けた。一度の間違いもしたことのない存在が、その先でいつものように、終わりと始まりを告げていた。












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