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ツギハギ
作:ふあ



30-1 過ちを知らない者は、いつだって側にいた


 強かった。地を埋める黒い影を蹴りつける二つの影は、他のどれよりも強かった。
 その間、闇を自由に駆け回る二匹の黒猫が無数の影に飛び掛り、鋭い爪が闇に閃く。その内の一匹は、常に飼い主の半径三メートル以内に納まっていたが。
「ね、猫が喋った!」
「猫が喋って何がおかしい、何が不満だ、おい、言ってみろ」
齧り付いた相手に頭突きをくらわせ、その反動で後ろへ回転すると、志田は見事に着地した。
「猫が喋るのはおかしいですよ」
「おかしくない。実際喋ってるじゃないか」
「志田さんは喋るけど」
「志田という名の猫は喋るんだ」
「あれ、猫じゃないんですよね」
「猫になってるが、わしはわしだ」
なんかよく分からないし、咬み合ってない。そんな椋の思いをよそに、愁が地面に投げ倒した相手の足に、黒猫がかっぷりと噛み付く。なるほど、確かに猫の歯は痛そうだ。
 それにしてもきりがない。こいつらは、この諦めの悪さをもっと別のことに向けられなかったのだろうか。
 屈みながら相手の腕をかいくぐり、左手でその胸を突きながら、椋は右手で銃を構えた。引き金にかけた指に力を込めると同時に、
「愁!」
と叫ぶ。
「わかった!」
返しながら壁の方へ駆け寄って地面を蹴り、もう一度壁を蹴って飛び上がった。
 壁に張り付いている錆びた簡易な階段の継ぎ目を、幾発かの銃弾が直撃し、愁が飛び降りた衝撃で、めきりと音を立てた。的確に部品が破壊され、それはコンクリートから剥がれていく。
 うそだろおいまじかよと、慌ててその下にいた者たちが逃げ出し、愁は落ちていく階段の上を駆け、その向こうへ飛び出した。状況を理解しきれていない者を上から殴り倒し、着地して蹴り飛ばした。彼らの持っていた銃が音を立てて地面に落ち、愁の頭の上にクロが飛びつく。
「わたべぇ!待てやこらぁ!」
「うるっせえ、今何時やと思っとんだてめーは!」
この騒動を一瞬かき消す騒ぎが、通りの向こうから急速に近づき、椋たちがいる巨大な影の塊の前で停止した。ということは、二人ともただ理性を失っているわけではないらしい。
「おいガキ共、今すぐ手ぇ上げて降伏せえ!」
渡部わたべの言葉に、もちろん誰も従わない。
「嫌だって言うんならな、この吹き溜まりこいつが焼き滅ぼすぞ!」
「お前は結局人任せか、んの前にできるかそんなもん!」
「やれってんだよ!」
「できねえっつの!」
「やればできるやろが、ドッキリ火種野郎が!」
「人をばけもんみたいに言うんじゃねーよ、お前焼き殺すぞこら!」
 必要以上に苛立っている二人に、仲間割れかと全ての人間が振り返りその成り行きを眺めた。が、当然の如く、その挑発的な台詞にすぐ反応が起こり、なんだこらやる気かてめーらといった悪態が周囲の建物にぶつかって反響する。
「これは何かの作戦なのだろうか」
「いや、素のままだと思いますけど」
作戦だとしたら、これがどうプラスに発展していくのだろう。しかし興味深そうに目を光らせる志田の台詞は、さりげなく否定された。好奇心で光る志田の目とは対照的な瞳で、椋も片手に銃をぶら下げて突っ立ったまま、彼らをただ見ている。ホールドオープンしているそれの銃倉を入れ替えようともしていない。
 四万たちの方へ向き直った愁は、あっと声を上げた。流石にそれより早く後ろの影に気付いた二人が、ばっと振り返り、渡部が銃を構える。
「それ、そいつが影渡りです!」
愁の指が、真っ直ぐその男に向いているのを見て、銃の引き金に指がかかった。政府機関として、最後の言葉がかけられる。
「OC犯罪対策部だ。手を上げて降伏を認めろ」
最高ランクの相手へ対する反射的な緊張を、はっきりした言葉で押し隠しながら渡部が告げる。
「今更渋るなよ。お前はもう包囲されてんだ」
「みたいだな」
そう言う背後に、銃を構える者が幾人か並んでいる。どう見ても逃げ場はないのに、この余裕には反対に焦燥を募らされる。
「なかなか感心したよ」
「は?」
「全国の違法者をこの速さで取り締まれるとは予想外だった。思っていたほどの無能さではなかったようだ」
この状況であからさまな挑発に乗るほど、子どもではないし、そんな精神じゃ今まで生き残っていない。
「退屈な国民のちょっとした非現実くらいにはなっただろう。もしかしたら更に深いものを望んでいる者もいるかもしれないが、安心してくれ、我々はその要求に率先して答えよう」
「いい加減にしろ。祭りは終わったんだ」
四万の低い声。結局、彼らの遊びにつき合わされたのだということは誰もが知っている。「フリークス」は、子どもと同じだ。ただ壊したいから壊し、殺してみたいから殺す。しかしそれは、誰でも持っている破壊衝動、心の奥の暗い部分、そのくせ殆どの人が非常識だといって隠している場所。彼らはそれを隠さないから非常識だといわれる。ある意味、「フリークス」と「一般市民」の差は紙一重なのかもしれない。だが、自分の持つ非常識を代弁された気がして、常識に浸っている市民は興味本意でその非現実を安全な場所から眺め、恐ろしいと言いながらもスリルのようなものを感じる。いわばジェットコースターのような、安全性が保障された上での恐怖。本当に恐ろしさを感じるのは、その保障が切れたときだけ。
 だから、それを取り締まる事が、時々酷くうすっぺらく感じられる。命を張るような価値が本当にあるのか、傷つく意味があるのか。もしかしたら、間違っているのは、自分たちなのかもしれない、対策部のだれもが一度はそんな錯覚に陥り、抜け出せなかった者は、辞めてしまうか、精神が耐えられなくなってしまうか。
 失い続けるこのいたちごっこに、意味などあるのだろうか。終わりは、来るのだろうか。
 だが、誰かが食い止めなければならない。一部の人間であっても、無関係に傷つけられていいはずはない。動機は、ありきたりな正義感でも、ただ時間を埋める為でも、なんでもいいのだ。許されることではないから、辛い思いをする人がいるから、そして自分の居場所を守る為に、対立する。彼らに諦める気がないのなら、真正面から向かってやる。
 銃口の先で、男がごく自然に足を踏み出し、それに合わせて渡部も向きを変える。歩みはいたってスローで、この状況でなければ、なんら不審な点はない。
 闇を照らす街灯の元、ゆっくりと影が動いた。ゆるく伸びた渡部の影が、街灯のそれと重なり、それを男の片足が踏みしめた。途端、
「離れろ!」
四万が片手で思いきり渡部を突き飛ばし、その影が大きくぶれる。急激な寒気に襲われ、強張った渡部の手から滑り落ちる銃を受け止め、発砲した。一発、二発。五発目で弾切れ。その半数ほどは本来なら傷を与えているはずだったが、あり得ないはずの金属の四肢に遮られた。
 弾切れを知らせる無慈悲な音が響き、四万が焦りを顔に出す。リロード。とてもじゃないが間に合わない。向こうにいる仲間は狙いをつけにくいだろうが、すぐ発砲するだろう。だが、その弾が届くだけの時間があれば、十分こいつは。
 絶望的な一瞬の思考の元、次の行動に移ることを脳が決定する直前、たどり着いた銃弾が男の肩口を掠めた。
 あのバカ、これじゃ狙ってくれと言ってるのと同じじゃないか。あんな一面の影の中じゃ、どこにも逃げ場はないのに。そんな考えが全ての思考を遮断する。
 分かっているはずなのに、椋は立て続けに五発を弾き出し、残りの一発を、愁が向かっている先の建物の窓へ向け、それを割った。鋭い音が響き、破片がきらきらと僅かな光をはねかえして宙に舞う。
 彼の誘い通り、男は最後の鬼ごっこにのった。


ホールドオープンとは、銃が弾切れした状態の事です。スライドが停止して、弾切れを知らせるそうです。











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