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ツギハギ
作:ふあ



22-3 命の義務


 腕の形をしている金属の塊を、愁はしばらくの間、どうするでもなく眺めていた。もう一度肩に繋げばこれが自分の四肢の一部に戻るのだとは、信じがたかったからだ。
 志田が言うには、ここに来る途中に見かけたとおり、これはコートと一緒に隅へ追いやられていたから、クロと協力して比較的楽にとってこられたらしい。しかし、いくら向こうにとって必要の無いものだといっても、気付かれるのは時間の問題だ。
 床に置いたそれに刃の尖った先端を使って、めり込んだままの弾丸を取り除き、猫たちに支えてもらって肩に当てると、外れかけていたネジを止めた。
「部品とか、壊れていたりしていないか」
今更ながらに心配になったのか、不安そうに志田が言った。
「いろいろ潰れちゃってますね。ネジも足りないし」
「それで、繋がるのか」
「一応、落ちないようにはなったけど……」
なんとか腕は肩に繋がり、床に落ちたりはしなくなった。だが、使えるかどうかといえば、また別問題だ。
「体内の接続部分は壊れてないと思うし、腕のケーブルも切れてないのが残ってたから、落ちなくてうまくいけばきっと動きますよ。多分」
残念ながら、修理に関する専門的な知識は殆ど持ち合わせていない。メンテナンス程度ならまだしも、銃で撃たれて力任せに取られた後の修理方法なんて、知っているわけがない。
「しょうがない」
そう呟くと、愁は腕の途中や手首辺りにあるネジを外し、丁度いい大きさのものを肩口に当てて器用に片手で付け替えだす。
「おいおい、そんなことしたら別のところが外れるぞ」
「一本や二本、大丈夫ですよ。それに装甲のところなら、手首が落ちるなんてことにはならないし」
ズボンを引き上げ、足からもそれらしいのを一本だけ外した。これで、外側の装甲部分が外れる危険性が高まったが、足自体の骨組みはしっかりしているし、きっと大丈夫だろう。確信はまったくないが。
 腕を固定し、なんとか形ばかりは元に戻すことができた。とはいっても、肩からぶら下がっているだけで、やはりぴくりとも動かない。しきりに指の辺りへ、クロが猫パンチを仕掛けてくるが、指は反応できない。
「どうしたらいいんだっけ」
「衝撃を与えてみるか。よし、次は肩に噛み付くぞ。いいか」
「いや、よくないです」
牙をむく猫を押しとどめ、愁は眉根を寄せて考えるが、あまりぐずぐずしてはいられない。戦う事になっても、動かない腕なんて、ただの重荷にしかならない。
「要するに、神経と、そのケーブルを繋げればいいんだろう。しかし、中に指は入れられない。やっぱり刺激を与えるしか……」
「電気だ」
「でんき?」
顔を上げた愁の視線の先、低い天井からぶら下がる裸電球を、志田はともに見上げた。配線すらむき出しになって、細いコードが天井をはっている。
 やがて、その真下に立った愁が掲げた左手、その上に乗っている黒猫の、更に上に乗っかったクロが、志田に言われたとおりに天井へ飛び出した。なんとなく、猫は人語が理解できるのが常識になってきていたが、やはりそんなわけはない。猫は猫としか話せない。
 猫特有のしなやかさで天井近くまで飛び上がり、床と壁にその大きく伸びた影が踊る。電球近くのコードに飛びつき、クロはひっしとしがみついた。大きくそれがしなり、今にもちぎれそうになる。
「軽すぎた……」
しかし、コードを引きちぎるには、小さなクロの体重は足りなかったらしい。予想外の事態に愁がそう呟き、彼の頭の上に移動した志田も、息を呑む。健気にも、クロは細い四本の足でしがみつき続けているが、いまにも落っこちそうだ。
「もういいよ、クロ」
落ちてきそうなクロの真下で、愁は左腕を伸ばして受けとめる姿勢をとった。上に向いて開いた左手。
「まだだ、いける!」
だが、そこに猫は落ちてこず、代わりに別の一匹が、愁の頭を蹴り飛ばし、伸ばした左手を四本足で叩き、天へ向けてダイブした。
 下斜め方向から跳んできた黒猫が、クロに勢い込んでぶつかり、二匹共に放物線を描いて飛んだ。その衝撃でケーブルが天井から離れ、幾分劣化していたそれが、電球とのつなぎ目で音もなく千切れると、先にある電球が重力の赴くまま、床へ叩きつけられる。
 高く派手な音が空気を震わせ、粉々になったガラスが飛び散り、一瞬であたりは暗闇に包まれる。唐突に静寂が訪れ、誰も言葉を発しない。僅かに差し込む月光が、床に飛び散ったガラス片に反射され、小さな粒があちこちで微かに光っている。
「……無事ですか」
反射的に腕で顔をかばった愁が、その腕をどけて始めにその静寂を破った。少しずつ眼が慣れてくると、暗闇の中に二匹の猫の姿が浮かび上がってくる。青い首輪の一匹と、青いリボンの一匹。ともに、闇に溶けてしまいそうに真っ黒な毛皮をしている。
「平気だ。猫の身体は、着地にむいている」
志田がそう返事をし、「くぅ」というようなこもった小さな声をクロも出す。気丈にも、彼はまだ、天井から伸びた配線の先を咥えていた。
 愁に褒められ、久しぶりに頭を撫でられると、クロは嬉しそうに鳴いてその左手に擦り寄った。もう一匹の方は、撫でられても複雑そうな憮然とした表情をしていたが。
「電圧が足りれば……」
床に座り込み、両脇を猫に挟まれたままで、その導線の先を腕と肩の僅かな隙間に差し込んだ。壁に穴のように開いた窓から差し込む月明かりで、狭い室内の様子がぼんやりと浮かび上がっている。まだ壁の付け根には暗闇が立ち込めているが、この作業を可能にしてくれるほどの光源にはなっていた。
 探るように、導線を抜いては少し角度を変えて再び差し入れるのを繰り返した。その何度目かに、愁の右手の指がびくりと跳ねる。
 「おお」と、祈るように見つめていた志田が、思わず声を漏らした。
「直った……かな」
「ちゃんと動くのか」
「一応。あまり派手な事はしないほうがいいけど」
答えながら手を開いて閉じ、肘を曲げ、そっと肩を回す。見た目はともかく、動きに異常はない。改めて、愁は安堵の溜め息をついた。
「よし。じゃあ、行こう」
元気よくそう言った志田を振り返る。
「僕じゃ、あそこは通れませんよ」
「だろうな。いくらなんでも」
ドアの下の隙間は、どんなに身体が平均未満だといっても、通り抜けるには不可能だ。まさか、あそこからと言われるのではないかと思ったのだが、流石にそれはないらしい。
「鍵は無理だった。やはりそれはちゃんと眼の届くところにあったからな」
「一番気になってたんですけど、逃げるってどこから」
言葉では答えず、猫は顔を壁の方に向けた。その視線の先には、ガラスのない窓がある。
「まさか」
「そのまさかだ。頑張れ、愁」
「……二番目に気になってたんですけど、ここって何階ですか」
「さあ。ちゃんとは数えてないからよく分からんが……六階か七階ぐらいだろう」
猫は、軽くそう言ってのけた。すぐには返事が出来ず、数度瞬きをして、愁はなにか不思議なものを見るかのように猫を見つめた。
「死にますね」
「いや、死なない」
「無理だ」
「いや、無理じゃない。最初から諦めるな」
そんな次元じゃないだろうと思ったが、かといって自分になにが思いつくわけでもないので、愁は口を閉ざした。
「頑張れ。やればできる」
何故、彼はこうまで自信を持って言えるのだろうか。というより、どうしろと言うのか。いっそ清々しささえ感じながら、愁は再び月明かりの差し込む窓枠の形をした穴をを見上げた。せめて様子ぐらい見ておこう。そう思い、立ち上がってコートに袖を通す。手袋は、両方ともどこかで失くしてしまった。
 窓枠の高さまで、二メートルもない。反対側の壁へ数歩下がり、軽く助走を付けると、床を蹴り枠に手をかけた。そのまま軽く身体を引き上げ、そこにしゃがみ込んだ姿勢でバランスをとりながら外の様子を伺う。
 工場か何かの跡地なのだろうか。遥か下の地面に、二階建てほどの箱型のような建物がいくつか林立している。人の姿は無い。
 枠に手をかけて支えているのに、下へと吸い込まれ、落ちてしまいそうな錯覚に陥り、はっと顔を上げた。いつの間にか両側にクロと志田が登ってきていて、そこに座り込んでいる。
「あそこに、雨水用の水道管があるだろう」
そう言われて右方向に顔を向けると、彼の言うとおりに、更に上の屋上から伝う管が壁に張り付いていた。
「あれなら、下まで続いている」
「あれを伝っていくんですか……」
自殺行為だとしか思えない。そう上手く下まで降りられるわけがない。
 愁はそう思うのだが、猫はそう思わないらしい。
「志田さんは、どうするんですか」
「さて、どうするか。きみのポケットに入っていようか」
どうやら本気で言っているらしい。
「じゃあ、僕が死んだら」
「わしらも死ぬな」
命をかけたこれ以上ない最大限のプレッシャー。まだ何もしていないのに、眩暈がした。
「他に何か、方法はないんですかね」
「ない」
きっぱりと断言する。彼の言うとおり、愁にも思いつかないし、第一、時間もない。しかし、人一人と猫二匹を支えるには、あまりにもその管は儚げで、頼りない。
「あまり派手な事すると、腕が……」
「ほら、つべこべ言うな。大丈夫だ、ここで死んでもきみを恨まない」
尋常じゃない台詞だが、あくまでもその口調は軽い。
 自分が落ちても、それは自分のせいなので仕方がないが、ポケットに入っている以上、間違いなくクロと志田も同じ運命を辿ることになる。愁はそれが嫌なのだが、分かっていながらこの猫はそんなことを言っている。
「本当ですか」
「これが、嘘をついている目か」
そう言って、純粋そのものの真っ直ぐな青い瞳で見上げた。動物に、嘘つきの眼ができるわけがない。そんな眼ができる生き物は、人間ぐらいだ。
 ようやく、愁は諦めたように笑って、分かったと返事をした。

 するりとコートの両側のポケットに猫が一匹ずつ収まり、愁は身を乗り出す形で立ち上がった。遥か下から吹き上げた風が、そのまま空へと昇っていった。枠をしっかり掴んだまま、右方向へ身体を向ける。
 じっとその管を見つめる。目標まで、三メートルもない。行けないことはない。一度息を吸って吐く。
 と、ぐっと息を止め、僅か二歩の助走で踏み切り、その身体は完全に足場を失った。












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