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ツギハギ
作:ふあ



3-1 そして黒猫はかく語る


 師走と呼ばれる月は、文字通り走るように早く過ぎる。師があたふたと走り回る月だ。例年のようにいつの間にか通り過ぎていた。
 ついこの間まで、ばかでかい緑の木を夜に光らせたり、三角帽子を被った熊のぬいぐるみを並べたりしていた百貨店の出入り口からは、そんなものは始めからなかったかのようにきれいさっぱり姿を消していた。代わりに斜めに切った竹を並べたものが表においてあったり、数段重ねにした餅の上に葉のついたみかんをちょこんとのせた鏡餅が中に並べられているのが見える。
 開店前のその入り口にすでに幾人かの人が並んでいるのを見て、日本人の祭り好きさに感心した。自分もその一人であるはずなのだが、なんとも彼らの気持ちが分からないというのは変わっているのだろうか。
 そんなどうでもいいことを考えていると、どこからか自分の名前が聞こえてきた。振り返ると、自転車に乗った同い年ぐらいの学生服の少年がそこにいた。きちんと並べば愁より少しだけ身長は高そうだが、それでもたいした差はない。いたずらっ子のような笑顔で自転車の上から見下ろす。
「あれ、佑輔?」
「お、やっぱ愁だった」
久しぶりに会った友人を眺めた。自転車の荷台に鞄が載っているし、時間帯的にみても学校へ行く途中だったのだろう。
「なにしてんの、こんなとこで」
「こっちの台詞だって。お前こそ何してんだよ」
そう彼は訝しげに聞いた。
「ちょっと用事があっただけだよ。佑輔こそ、冬休みじゃないのか?」
「俺は今日から補習。冬休み終わり」
めんどくせぇとぼやく佑輔の鞄についている小さなイノシシのストラップをいじりながら、愁は「はぁ」と気のない声を洩らした。そういえば今年は亥年だったな。
「まぁ、赤点だったんならしょうがないよ」
「違ぇよ、赤点だから補習になったんじゃねぇよ」
佑輔は少し声を荒げた。
「俺は、もうすぐ、受験なんですよ」
台詞を区切りながら言われ、「ああ」と納得した。
「そっか、中三の三学期ってそんなもんがあったんだ」
「そんなもん言うな」
同年齢のくせにそんなことを言う愁に呆れながら、彼はペダルに足を乗せる。
「俺そろそろ行くわ。……あ、これやるよ」
思いついた表情をして、ポケットから折りたたまれた紙を取り出して愁に手渡した。
「なにこれ」
「さっきもらった」
「いや、こんなのいらねえって……」
「じゃあな」
顔を上げたときにはすでに自転車は走り出していて、片手を振るその背中はすぐに見えなくなった。
「これもってんだけど」
そう一人ごちた。信号前に待ち伏せていたチラシ配りのバイトに、つい数十分ほど前に同じものを手渡されたばかりだった。「選挙に行こう」のチラシなど二枚どころか一枚もいらない。しかも同時に配られたはずのポケットティッシュは要領よくとってある。
 立ちっぱなしで冷えた為か、くしゃみがでた。どうしようもないので、とりあえずたたんで、もう一枚と一緒にポケットにしまった。

「っくし」
くしゃみがでた。本日三十八回目。窓の外は既に暗く、これ以上はあまり記録更新されなさそうだ。
「おい、片岡」
四万は、時折自分のことを苗字で呼ぶ。たいてい苛立っているときが多いのだが、怒らせるような事をした覚えはないので、きっと気まぐれだろう。
「はい?」
「お前、風邪引いたのか?」
「……じゃなかったらいいんですけど」
事務よりも外回りの方が好きだという思考を持った四万と、他の部署に行った帰りのこと。帰宅ラッシュの時間を少し過ぎていて、廊下を歩いている人はあまりいない。
「風邪ですかね」
「さあな。初期症状かもな」
前聞いた話によると、風邪の初期症状は人によって違うらしい。愁は四万を見上げた。
「四万さんって初期症状はどんなんですか」
「俺?おれは……」
言葉に詰まって四万は頭を掻いた。
「わかんねぇ。ここ何年か風邪なんて引いてないし」
「そうなんですか」
「俺、生まれが東北だから寒さには強ぇし。中学んときには引っ越したけど」
「どこらへんでしたっけ」
「秋田」
 あきた。秋田といえば何かあったような……。
「秋田ってなんか出るんですよね」
「なんかってなんだよ」
「あれ、えっと。えー、なんとか……なんとかはげってやつ」
「なんとかはげ。……お前、俺の親父見たことあんのか」
「あるわけないですよ」
なんだっけ。と、愁は眉間にしわを寄せて考える。
「包丁もって人の家に押し入って脅して子供さらっていくやつ」
「……なまはげ、な」
「それだ!」
わだかまりがなくなって、嬉しそうに愁は声を上げた。
「因みに子供拉致したりしねえから。てゆーか流石にそこまでしたら捕まるから」
そう付け足したが唐突なくしゃみの音に被ってしまい、ちゃんと伝わったのかは定かではない。
「お前は絶対東北じゃないだろ」
「残念ながら生まれも育ちも千葉です、覚えてる限りだけど」
二人は足を止めた。ここを真っ直ぐ進めば犯罪対策部で、右に曲がれば出入り口に向かう。元は帰るつもりだったのを、四万によって半強制的に能力開発部まで引っ張られたのだ。それが終わった今はもう、犯罪対策部に戻る必要はない。
「あ、そうだ、これいりますか」
そう言って愁はポケットから紙を取り出す。
 それを受け取って少し眺めてから、四万はそれを突きかえした。
「いらねえって。大体俺は、言われんでもちゃんと行ってるから」
「裏紙使えるのに」
「いや、表も裏も印刷してあるじゃねえか」
やっぱ駄目かと笑いながらそれを再びしまい、
「じゃあ、僕先に帰ります」
そう言って頭を下げた。
「ああ、またな」
少しの間四万は、その背中が小さくなっていくのを眺めた。一度だけくしゃみが聞こえた。












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