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ツギハギ
作:ふあ



16 届かない猫の祈り


「ところで、きみはこれからどうするんだ」
「取り合えず、そろそろここから離れようかなと」
 シオンの仲間の情報によると、政府の方も本格的に動き出したらしい。この辺りでも、それと思われる人間を見かけたと言っている。唯一助けになったのは、自分の他に残っている対象者は、あと一人のところまで迫っているらしい。つまり、その誰かが捕まるまで逃げ延びればいいのだ。
「そうか。彼らを巻き込まない為には、もう潮時かもな」
「ですね。一度出たら、今度はとにかくここから離れないと」
「当てはあるのか」
「あるわけ無いですよ」
「じゃあどうするんだ」
「さあ……。行く場所なんてないし、なるようにしかならないし」
はあ、と猫はため息をついた。呆れた顔で愁を見上げる。
「なるようにしかならないって、そんな考えなしじゃ捕まるぞ」
「じゃあ、志田さん考えてくださいよ」
「なんでそうなる」
笑いながらその黒い額を指でなでると、「やめろ」というように前足でぎゅっと押し返された。
 縦長の空は相変わらず高く、青い。緩く流れる風は穏やかで、暑くも寒くもない五月下旬のある日の昼。
 そういえば、もう一匹はどこにいったんだろう。
 そう思った途端、狭い路地裏の少し向こうにある、開け放たれた扉から黒い塊が飛び出し、すぐにそれを追うサラも姿を現した。直線を駆けて来たクロは、地面に座っている愁の身体を、だだっと駆け上り頭にしがみつく。
「クロちゃん、おりてきてよー。なにもしないから」
側までやってきたサラが、猫を見て不満げな声を出した。しかしクロは、ひしと、かじりついたまま動こうとしない。
「なんかやったの」
重い頭を僅かに傾げたが、クロは頭上でバランスをとってそれでも尚しがみついている。
「あのね、クロちゃんのおひげが長いからね、ちょっとひっぱってみたの。そしたら逃げちゃったの」
なるほど。だからこんなにびびってるのか。
 猫はかなりひげに敏感な動物らしく、切られでもしたら精神的なショックで死んでしまうものもいるらしい。ただでさえ臆病なクロが、逃げないわけがない。
「サラ、ひげは止めておけ」
「えーなんでー」
「なんでもだ」
妙に神妙な猫の言葉に、痛かったのかなと彼女は尋ねる。
「クロちゃんごめんね、もうやんないから」
「ほら、降りろ、クロ。いててて」
爪を立てるクロを両手で無理矢理引き剥がすと、猫はにゃおうと哀れな声で鳴く。しかし、可哀想だが降りてもらう。びくびくと小さい身体を更に縮めるのを膝に乗せ、柔らかい毛皮をなでた。サラもしゃがみこんで小さな手でそっとなでる。ようやく、何もされない事を知り、クロは目をぱちぱちさせながら少女を見上げた。つやの良い黒い毛が日の光を浴びて身体に白い筋が幾本か出来ており、サラの手に頭をなでられ、気持ちよさげに目を細めている。
「あ、忘れてた。こっちおいでー、よしよし」
「だから猫じゃないって何度も言ってるだろう。サラ、止めろ」
触れようとした手を肉球のついた手が押しのけた。諦めずに伸ばすが、するりとその腕を抜ける猫を、サラはしょんぼりと落ち込んだ声と目でじっと眺める。
「志田さん、サラのこときらい?」
「え、いや、別にそういうわけじゃ……」
「だって、いっつも逃げるんだもん。やめろやめろって……」
たちまち少女の大きな瞳が普段以上の潤いを含んでいく。
「あーあ、志田さんが泣かせた」
「泣かせたって、そんな泣くような事じゃ……」
愁がその背をなで、クロが側に寄り添うが、サラの涙は今にもこぼれ落ちそうだ。その上の涙声が見る者の哀れみを誘う。
「おい、泣かなくてもいいから。サラ、泣くな、な?」
「だってぇ……」
あたふたと戸惑いながら、明らかに自分が悪者になっていることに気付き、ようやく志田は彼女の側へ寄り、見上げた。
「好きにしていいから、泣き止んでくれ」
「……ほんとに?」
「ああ」
「おこらない?」
「怒らない」
「ぜったい?」
「絶対だ」
「やったぁ!」
「ぐぇっ!」
途端、サラは両腕で猫の身体をぎゅっと抱きしめた。力の加減を知らない子どもの強さに、猫は天に前足を伸ばして苦しみを表現している。しかし、それに気付きもしないサラは嬉しそうに飛び上がりながら、さっきとは裏腹の明るい声を上げる。
「うわぁ、ふわふわしてるー。やっとだっこできたよー、ねぇ!」
「よかったな」
「たすけてく……」
「あったかーい。クロちゃんとおんなじだー」
猫は強く頬ずりをされながら、分かってるくせに笑ってばかりで助けてくれない愁を、恨めしそうに眺めた。唯一、同情を含んだ眼でクロが見上げているが、彼になす術はない。
 観念して弛緩した柔らかい身体を、サラはもう一度強く抱きしめた。












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