ツギハギ(30/57)縦書き表示RDF


ツギハギ
作:ふあ



14-1 記憶と傷痕


 夕月直哉ゆうづきなおやという人がいた。
 OC犯罪対策部に在籍していた彼がまだ二十歳にもならない頃、その本部で二人の兄弟が拾われ、一時的に面倒を見る役を、彼が買って出た。
 誰がこんな事をしたのか。戸籍を調べればすぐに両親の名前は判明したが、その姿は見つからず終いで、保護者のいない二人は、当然、施設行きが決まっていたが、夕月はそれを渋った。
 二度も捨ててやらないでくれと、そんなことを言っていたが、必要以上に彼は必死だった。そして、普通なら鼻であしらわれるところだが、非常に優秀な構成員であった彼が言った事だから、まだ問題にされたのだ。全ての責任を負うことを筆頭に、様々な条件を重ねてようやく、対策部に置いておく事が許可されたとき、兄弟以上に彼は喜んだ。よかったと子供のように笑って、未だ警戒を解こうとしない二人を抱きしめた。
 優しい、穏やかな瞳をしている人だった。その奥底には、拭いきれない寂しさのような哀しみのようなものが、影のようにいつも張り付いていたが、それでもいつも笑っていた。
 幾年かして、ある大きな仕事が山を迎えたとき、夕月は愁をその現場に連れて行った。すでに椋は、戦力の一つとして成り立っていた頃だから、それも当たり前だったのだ。しかしそれが、割と危険な仕事だと想定していたのか、夕月は無線機だけを手渡し、
「おれらが危ないと思ったら、それで他のやつ呼んでくれるだけでいいから。使い方、分かるな」
それだけ言うと、頷く愁の頭を右手で軽くなでた。そして、その暖かさがまだ残っているうちに、戦闘が始まった。
 危険だといっても、相手の位置も能力も把握している状態だったので、プロである彼らがそう簡単に負けるような状況ではなく、現に最初は随分と優勢だった。このまま全て終わるんじゃないかと、誰にでも容易に予想できた。
 だが、時間が経つにつれて予想は覆されだした。把握しきれていなかった想定外の能力、それもかなり強力なものを持っていた相手は、こちら側の人間を一人また一人と倒し、容赦なく止めをさす。今思っても、滅多に例を見ない強さだった。油断していたわけではない、ただまるで桁の違う相手だったのだ。
 応援を呼べば、なんとかなる。多勢に無勢だ、包囲を固めるなり、こちらも、もっと強力な手駒を呼び寄せれば、いくら相手が強くても流石に負ける事はない。そう、これ以上誰かが死ぬこともなかったのだ。
 しかし、愁は助けを呼ばなかった。呼べなかった。
 あまりの恐ろしさに、手渡された機械を強く握り締め、ただ立ち尽くしていた。自分に優しくしてくれた人たちが、刺し貫かれ、血を流し、地に倒れるのをただ見ていた。それを、楽しげに行っている者がいる。その圧倒的な強さが、ただひたすら怖くてたまらない。
 一歩も動けずに、目を見開いて全てを見ていた。やがて、傷だらけになった夕月の背後に敵が回りこみ、彼が振り返ってそれに触れようとした直前、相手の指が先に彼に触れた。夕月は、切り裂かれた腹から血を噴き出しながら、血の中にくずおれた。
 ずっと見ていたはずなのに、気が付くとあたり一面に血の海が広がっていた。みんな死んでいる。不気味なほど静かだ。愁が目立たない位置にいたためか、それとも敵方は子供なんて殺そうとも思わなかったのか、そこでは愁一人しか生きてはいなかった。
 時間の感覚は全くなかったが、敵がいなくなってそう経っていなかったように思える。後ろから響いてきた足音に、ゆっくりと振り向くと、椋が呆然と同じ光景を眺めていた。この付近で活動していた彼は、自分の担当が済むとすぐに様子を見に来たらしい。
「だれか、呼んだのか……」
愁の姿を見つけた彼は、かすれた声で訊ねた。ぼやけた頭でなんとか言葉の意味を理解した愁が、僅かに首を振って否定すると、
「何やってんだ!」
そう怒鳴りながら駆け寄り、その手から無線機を奪い取ると、早口で何ごとか喋る。しかしそれすらも、愁はただ見ているだけだった。
 それから人が集まりだし、手際よく後片づけが始まったが、処置のしようもなくやはり全員が息絶えてしまっていた。
 赤い地面に膝をつき、ごめんなさいを繰り返す愁を、誰も止めようとはしなかった。
 数時間前までは生きていた人達に、ひたすら謝り続けることしかできない。彼らは、信じてくれていたのだ。それなのに、臆病な自分は、ただ死ぬのを見ていただけだった。悲しくて悲しくて堪らない心から、涙は零れてくれない。一杯になりすぎた心は、何もないようにからっぽで溢れはしない。
 だが、時間が経つにつれ、からっぽのはずの心から、堪え切れない感情が形になって零れだした。一度滲んだ涙は、止まることを知らない。
 血と泥にまみれた夕月の身体はひどく冷たく、その虚ろな瞳は、何も映してはいなかった。
「どうして、何もしなかったんだよ……」
その身体のあった場所で、泣きながらひたすら謝り続ける愁の傍らに立った椋が呟き、顔を上げた愁は、思わず目を見開いた。
 椋の眼から、涙が一筋だけ零れ、頬を伝って落ちた。愁が見た、最初で最後の涙。親に捨てられても、そのことを学校で責められても、自分達を厄介ものだと嫌悪を露にする人がいても、一度だって椋が泣いたことはなかった。しかし、何があっても毅然と前を見つめている瞳から、そのとき一度だけ、透明な涙が零れて落ちた。
 お前のせいだと罵られることも、殴られることも覚悟していたし、それぐらいは当然だとも思っていたのに、椋はそのどちらもせず、ただほんの少しだけ泣いた。だがそれが最も、彼のこれまでにない悲しみを表していて、
「兄ちゃん……」
背を向けた椋に声をかけたが、振り返ってはくれなかった。遠ざかっていく背中を、愁はただ一人で、見えなくなるまで見つめ続けた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう