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ツギハギ
作:ふあ



13-3 路地裏の住人たち


 月の明るいある夜、志田とシオンもやってきて、ただ空を眺めていた。時折発する言葉は、静かに空気を震わせ、夜闇の中へ消えていく。
「クロちゃん、抱っこさせてー」
小さな足音を立てて、扉の向こうからサラが駆けて来た。扉の側にちょこんと座っていたクロを両手で抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。クロは抵抗せず、大人しく腕の中で、されるがままになっていた。
「志田さんちょっとどいて、サラも座るー」
「……扱いひどくないか」
そう言いながらも場所を空け、そこにクロを抱いたサラが代わりに座った。
「だって、いっつも猫じゃないって言ってるじゃん」
「それはそうだが」
「分かった分かった、いいこいいこ」
頭を撫でられている猫を見て、シオンが可笑しそうに笑った。志田は、憮然とした表情で彼を見上げて言う。
「言う事が兄妹そっくりだな」
「だな。移っちまった」
 クロを胸に抱くサラの両肩に、そっと後ろから手が乗せられ、彼女の肩を抱くようにして、その隣にアオイが腰を下ろした。
「おねーちゃん、クロちゃんかわいいよ。ほら」
「そうね、いいこだね」
アオイの細い指がクロの喉をそっと撫で、猫はごろごろとその喉を鳴らす。
 青い首輪をした猫は、所在無げに、その身体を愁とシオンの間に収めた。月明かりに照らされた黒い毛皮が、流れるように光っている。
「父さんらがいた頃から、よく見てたな」
「何を見てたんだ」
「月。変わらないな、当たり前だけど」
志田の質問に、シオンは静かに答えた。その頃を思い出しているのか、その顔は穏やかに笑っている。
「ねえねえ、愁のおかーさんとかって、どこにいるの」
突然、サラが振り返った。
「サラのね、おかーさんとおとーさんはね、すぐに死んじゃったの。だから、なんにも覚えてないの」
彼女が屈託のない笑顔で話すのを、シオンもアオイも止めようとはせず、そんな過去さえも包み込む暖かさがそこにあった。サラはそのことで、孤独を背負うことも負い目を感じることも無かったのだろう。事実、彼女の笑顔がそう物語っている。
「……さあ、どこにいるんだろう」
困ったように愁は答えた。サラが、きょとんとした顔をする。
「分かんないの?」
「生きてるとは思うけど、僕は知らない」
「顔とか知ってるの?」
「よく、覚えてない。……ただ何か、すごく悲しい事があった気がするだけ」
その何かはよく覚えていないし、分からないが、思い出したくないことがあった気がするので、普段は考えないようにしている。思い出そうとする事自体、今となっては殆ど無いし、その必要もない。
「ふうん」
と、サラは不思議そうに首を傾げ、シオンが壁にもたれて立ったまま、口を開いた。
「思い出せるんなら、全部忘れる前に思い出したほうがいい。最初に君のことを認めたのは親だったろうし」
「何でそう言い切れるんですか!」
思わず、愁は声を荒げて立ち上がった。すぐに、驚いた顔をしているシオンが視界に入り、「すみません……」
と声を落として再び座りこんだ。
「いや、悪い。おれが軽率だった」
そう言うシオンの声が、痛々しく染み込んでくる。俯いて奥歯を噛み締める愁を、心配そうに志田が覗き込んだ。
「親にもきょうだいにも見捨てられるような僕が、誰かに認めてもらえるわけないんです」
潰れるように小さく、そう呟くと、横にいる猫に大丈夫だと笑いかけて顔を上げた。
「僕は、ずっと前に捨てられたんです」
自嘲気味に笑いながら話す愁を、シオンは穏やかな瞳で見下ろす。その瞳の中に、どこか寂しさが混じっているのを見つけて、込み上げてきた懐かしさに苦しくなった。
「四つ上のきょうだいがいるんですけど、その背中に僕を背負わせて、本部の前に置いていったんです」
 そして、両親は二度と戻ってこなかった。
 ふいに降って来た雨にさらされ、異常な量の睡眠薬で死んだように眠る弟を背負い、まだ幼かった椋は、いったい何を思っただろう。どれだけ辛かっただろう。それを考える度に、苦しくなる。そのとき感じたはずの不安と孤独の大きさは、想像もつかない。
 捨てられたのだということは、きっとその時の彼には分かっていただろう。それでも、愁を捨てて両親を追いかけようとはせず、あまりにも大きすぎる悲しみに耐えていた。犬のように捨てられ、雨に打たれながら、それでも、言われたとおりに椋は愁を背負って立ち続けていた。
「どうしてきみの親は、そんなことをしたのだろうな」
「分からない。いらなかったからだろうし、それまでに何があったか、よく覚えてないから」
志田の言葉に、薄く笑ったまま答えた。
「それでも、きみのその、兄、か」
愁が一度頷き、猫は青色の瞳の隅に月を映しながら彼を見上げる。
「四つも上なら、その両親の事も覚えているんじゃないか。聞けばいいだろうに」
「僕らはね、あんまりそのことは話さなかったんですよ。僕自身、普段は全然考えないし、まず聞いても教えてくれなかった。忘れてるならその方がいいって」
「それに」と、愁は続ける。
「きっともう、兄弟には戻ってくれない」
「それは、さっき見捨てられたといったあれか」
「しょうがないんです。僕が、そうなっても仕方ない事をしたから」
 そこで言葉を区切って周囲を見渡したが、誰の目にも、同情の色は欠片も滲んでいなかった。捨て子だと知った途端、可哀想な子だと、同情を湛えた目で見てくる者が今までに幾人もいたが、彼らに救われた事は一度も無い。そんな目を見るたびに、自分は普通じゃないのだと、不幸な人間なのだと言われているようで、腹立たしく、そして虚しくなる。
 だが、ここでは誰もそんな目はしていなかった。相変わらずの、穏やかな瞳。
 言葉にして自分の中で整理をつけたかったのか、本当のことを誰かに知っていてほしかったからなのか、分からない。
「僕の話、聞いてくれますか」
そう訊ねると、シオンはいつものように、笑って頷いた。












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