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ツギハギ
作:ふあ



5-2 群青の夜空まで


 休憩室といえなくもない休憩室。若干広い廊下の右側の壁はガラスになっていて、外の景色がよく見える。その側に数脚のテーブルと椅子が置かれ、反対側の壁に自販機が設置されているだけの、名前ばかりの休憩室だ。
 テーブルの上に紙を広げたまま、愁は側頭部をそこに打ちつけた。ごん、という鈍い音が響く。頭を起こしもせずに、横を向いたままでぼんやりと窓の外を眺める。
 四階の高さまで上ってきた数羽の鳥が数メートル先で、互いにもつれながらじゃれあうように飛んでいる。鳴き声なんかは聞こえないが、楽しそうだ。大分近づいてきた春を思わせた後、やがて彼らは連なり、向こうのビルの方へ流れるように羽ばたいていった。
 残された冬の最後の日差しが窓ガラスを通して、廊下の床の一部を照らしている。それに背中を温められ、思い出すようにやってきた眠気に任せ、愁は目を閉じた。
「鉛筆折れてるよ」
ふいにそんな声がして頭を上げた。右手で握っている鉛筆を見ると、それは見事に手の中で三等分されていた。集中していたり無意識のうちに力を入れていたりすると、こんなになってしまう。三本折ったところでボールペンなんかは、なかなか使わせてもらえなくなった。
「左利きじゃなかったっけ」
「元は右利きですよ。左にしようとしてるだけで」
「そうなんだ」
 そう言って彼女、温海瑞穂あつみみずほは笑った。年齢は二十代中頃で、優し気な空気をまとっている。実際その笑顔は柔らかく朗らかで、人を安堵させる効果を持っている。
 そんな彼女は、この休憩室のカウンセラー的存在だ。といっても、研究部に在籍している彼女がそんな資格を持っているわけではなく、ただ、ここに来る人の話や愚痴を聞く相手をするだけである。しかし人というのは、自分の意見や思いを受け止めてくれる人がいるというだけで大きな安心感を得る。ただ和やかな雰囲気で話をし、疲れている人々の拠り所となっている彼女は、長谷川明日香とは違ったタイプの有名人だった。
「これ、何?」
愁が頭の下に敷いていた紙を目にして、彼女は近くの椅子に座った。真ん中分けにしている肩までの黒髪を耳にかけて、小さな文字を覗き込む。
「五日後に高速道路で作戦がありますよね」
「うん」
「そこで、向こうが使ってくるかもしれない能力です」
 今までの情報部の調査から、「フリークス」に加わっているOCが持っていると予測される能力を収集し、その中から今度対峙することになるかもしれないと判断された能力のリストだ。あくまでも予測だから絶対ではないが、自分の相手になる者のことは一つでも知っておいたほうが断然有利である。その能力への対処法をあらかじめ決めていれば、本番でもしその相手に当たった場合に少しでも優位に立てる。判断が遅れればこちらが死んでしまうのだから、一つでも知っておいたほうがいい。
「どれが来ると思う」
瑞穂にそう聞かれ、小さくうなって少し考えた後、折れて短くなった鉛筆でその中の一つを示した。
「僕のとこは木が多いから、これかもしれないって思ったんですけど」
「これ、かなり危ないね」
命のあるものに直に触れ、その体温を急激に上昇させる。それは動物だけでなく植物にも有効らしい。木が密集しているところで使われ、発火したりすれば大事になる。
「どうですかね」
しかしいくら考えたって答えが出るわけはない。
「うーん、どうだろう」
困った顔をした彼女は、急に思いついた風に続けた。
「椋くんに聞いたら分かるかもしれないよ。すごい頭いいから」
愁は「いきなり何を」という表情で、
「そうですね」
と呟いた。
「あの人は、僕とは違うから」
そして窓と逆の瑞穂の方を向いたまま、再び側頭部をテーブルに打ち付けた。
「大丈夫?結構痛そうな音したけど」
「大丈夫です。基本的に丈夫だから」
「でも、この前風邪で休んでたよね」
「よく覚えてますね」
先月の事だ。しかも違う部署なのに。
「偶然二班に用事があったし。愁くんが来ないの珍しかったから」
瑞穂はそう笑顔で言う。
「それに基本ってことは、応用的には丈夫じゃないってことでしょ」
「……応用的にも丈夫だと思うんだけどなあ」
「いいえ、そんなことありません」
笑顔のまま彼女ははっきり否定した。
「だから、無理し過ぎたら身体は壊れちゃうんだよ。心だって。やっぱり無理だったっていう頃には、もう遅すぎたりするんだから」
「じゃあ、無理しないといけないときは、どうしたらいいんですか」
「無理しなくても、ときには逃げたっていいんだよ」
「それなら逃げっぱなしになるかもしれない」
「それもいいよ」
楽しそうに言うと、愁の背中を軽く叩き、
「もう行かなきゃ」
と言って瑞穂は席を立った。
 顔を上げてそれを見送ると、再び窓の外に眼を向けた。青い空は遠くまで続き、はるか向こうにある雲の切れ間から差し込む太陽の光が、カーテンのように街を柔らかく覆っていた。












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