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ツギハギ
作:ふあ



5-1 群青の夜空まで


「で、六回が終わるまで一対ゼロだったんだ」
「はい」
 記憶を辿りながら四万が語る。
「こっちがリードしてたのによ、次の表で二点入れられてんだ」
「危ないですね」
「だろ。なのに八回目の表でまた一点入ってさ」
「はあ」
「九回目で一対四まで離されてよ」
「うん」
「うわ見てらんねえって思って。分かるだろ、この心境」
「はい」
「でさ、目え離してる間に逆転満塁ホームランでひっくり返ってんだよ。この二時間、いや三時間返せってよな」
「はい」
「で、お前俺の話聞いてないだろ」
「うん。……あ、間違えた」
そう言った瞬間、頭に腕が回された。
 廊下でヘッドロックをかけるのを不審な目で見て行く人がいるが、四万は別に気にしていないし、愁にいたってはそんな余裕もない。
「ごめん、ごめんなさい……痛っ!いたたた」
まだ声が出るうちに、なんとか腕から頭を抜き出した。血流の止まっていた頭が酸欠でくらくらする。
「今までくらったヘッドロックの中で、二番目に痛かったですよ……」
「じゃあ一番は誰だよ」
「明日香さん」
あー、と言葉にならない声を出して、四万は遠い目をして呟く。
「あの人は、まあ、別だ、な」
「あの時はほんとに、殺す気かと思いましたよ」
「俺も思った。こいつは絶対死んだなって」
 数年前に、愁は入院していた事があったのだが、そのとき何とか一人で階下まで出歩いたのが悪かった。そのとき、長谷川明日香と入れ違いになったのが最大の間違いだったのだ。「なに治った気になってんだお前は」と出会い頭で言われるのと同時に、頭に酸素が回らなくなった。手加減はしていたと言っていたが、ブラックアウト寸前というのはどうなのだろうか。
「何してんだ」
と、背後から突然そんな声が聞こえ、四万と愁はびくっと身体を震わせて同時に振り向いた。
「驚かすんじゃねーよ、このバカ梨!」
瞬時に激しい動悸に襲われながら声を上げる四万に、高梨は顔をしかめる。
「何で声かけただけで、そこまで言われるんだよ」
「どーもこーもねえっての。あー、心臓止まるかと思った」
何故か逆切れする四万をほっておいて、彼は同じ様に心臓辺りを押さえる愁を見下ろした。
「もうすぐ今度の作戦の説明があるから、早めに集まったほうがいいよ。遅刻したらことだから」
「……分かりました、すぐ行きます」
全力で走った後のような鼓動を抑えながら、愁はなんとか答えた。改めて、OC犯罪対策部長の存在の大きさを実感しながら。

 先日、三月一日に、犯罪組織「フリークス」から犯行予告なるものがあったらしい。対象の現場は、京葉道路から千葉東金道路間。時刻は九日後の三月十日、午前零時。目的は一切不明だが、堂々とお隣の首都高などを狙わなかったのは彼らの力不足ではなく、ただ本部を挑発するためだろう。彼らは、特に金品強奪だとか著名人の誘拐だとかいうのを目的にはしていないようで、過去に何件かそういう事件も起きているが、彼らの活動の九割以上は単純な破壊活動だ。その内容は分別のない子供が、ブロックで造ったものをためらいなく壊していく行動に似通っている。しかしそれがブロックで済めばいいのだが、彼らの場合はそれが実際の建築物や公共の建物、そして人の命だったりする。そこには、警察と一般人という区別はなく、子供のように大胆かつ予測不可能なことをやってのけていく。
 彼らが、高速道路なんて何もないようなところをわざわざ選んだのは、どういうことか。これは彼らの今回の目的がただの破壊活動であるということを示している。それも、人命に対してという可能性が高い。壊すものがないのだから。ここで食い止めなければ、通りすがりの人間でも殺すつもりなのだろうが、ただ、それだけは絶対にあってはならない。
 ……というようなことがさっきから延々と語られている。
「今度の担当は、宮口さんと、関さんとりょうだね」
この会議室に入ったとき、高梨が最初にそう呟いた。
「最近のフリークスへの対応には、幾つもの失態が数えられる。今回は東京支部の協力もあり、百名近くを動員する作戦になっている。民間人に被害の及ぶような事は何があっても避けねばならない」
とさっきから勢いよく演説しているのが、宮口だ。今回の作戦を取り仕切ることになっており、そのがたいのいい体が発している熱気と意気込みはこの部屋、いやこの建物中の誰よりも強そうだ。
 同じ様にその隣に立って、千葉東金道路を担当する二斑に、三班の半数を加えた三十二名と向かい合っているのが、関という男だ。六十を越している彼は、とても戦えるようには見えないが、通信班を仕切る彼の問題ではない。隣の人間とは異なり、年相応の穏やかな雰囲気を湛えている。
 そして彼とは反対側の、宮口の隣に立っているのが椋だ。何故彼だけ呼び捨てなのかというと、まだ彼が十代後半ほどの年齢であり、高梨よりいくつも年下であるためだった。肩には届かないほどの黒髪に、真っ黒な瞳をしている。その眼に隣の二人とは異なった静けさを保ち、少しそれを伏せたままでいる。
 責任者である宮口が何故か立っているので、この場の全員が起立した状態が続いていた。数脚の机を残し、全ての椅子が壁際に下げられているというのは偶然か、はたまただれかの思惑なのか。
「これは本部に対するあからさまな挑発だが、それに乗せられて自己を見失わず冷静に対処しなければならない。各IC等を基準にして人員を配置するが、一人でも取り逃がせば二次災害になりかねない、必ず全員捕らえるように」
何か個人的な恨みでもあるのかといった剣幕で、要約すると十五分で終わる内容を二倍に引き伸ばして宮口の話は終わった。多少、酸素欠乏な様子だ。
 すぐに通信班と活動班に分かれて、それぞれ一つずつの机に集まった。犯罪対策部は三班に分かれており、今回はほぼ全員を半数に分けてそれぞれの道路に配置し、もしものために、それぞれの高速道路の先に東京支部の人間が置かれるらしい。
 机の上に、椋は大きめの地図を広げた。ところどころに附箋が貼られており、名前が書かれている。
「一定の距離を置いて、各二名ずつ配置している」
と彼は説明を始めた。一人一人名前を呼んで、各々が担当することになっている場所を示す。
「OCは単独で担当することになっている」
数人目でそう付け足し、やがて四万を呼んで指示を出した。
「そんな距離を一人で見んのかよ。見逃すかもしれねえのに」
そうぼやいた四万に、
「わざわざ予告してきたんだし、今までの傾向と場所から考えても、挑発の為には最初にこっちを狙ってくる。取り逃す事はあっても見逃す事はない」
椋は淡々と返すと、言葉に詰まった四万から視線を外し、次の名前を呼んで説明を続ける。
「片岡愁」
やっと名前を呼ばれて、愁は地図から顔を上げた。示されたのは、山間部の一部。
「お前も単独だ」
冷たく静かな眼で、彼は愁を見据えて言い放つ。
「またお前のせいで、仲間を失うわけにはいかないからな」
何も言い返せずに愁は視線を逸らし、椋は再び作業を再開する。だが、その空気はすぐに破られることになった。
「おい待てよ、そんな言い方ねえだろ」
驚いて愁が見上げる前に、四万は椋の方へ一歩近づいて彼を見下ろす。少しだけ四万の方が背が高いからだ。
「こいつに謝れ、今すぐだ」
「俺は本当のことを言っただけだ」
衝動的にその胸倉を掴んだ四万を、椋は少し眉を寄せただけで見上げた。その眼は深く波の無い水面のようで、何の焦燥も動揺も無い。
「違う。愁は被害者だ」
「本当にそう言い切れるのか」
一瞬返事に詰まってしまった自分に後悔し苛立ちながらも、四万はなるべく声を押し殺す。
「だれも……だれも望んで、あんなこと」
「望んでやったのなら、俺はこいつを殺していた」
思わず息を呑んだ彼に、何事もなかったかのように椋は続ける。
「どっちにしても、死んだ人間は戻ってこない。だから、俺は許すことは出来ない」
「四万さん、すいません、止めてください。一人がいいって言ったのは僕なんです」
取りすがる様な声が聞こえ、
「おい、もういいだろ」
という同僚の言葉と共に四万は腕を掴まれ、力の抜けていた手を離した。
 言われるままに元の位置へ下がりながら前に顔を向けると、それまで微動だにしなかった椋のその眼は苦しそうに伏せられていた。が、それも瞬きをする間には再び前を見つめており、毅然とした静けさだけがそこにあった。












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