―前― 退治屋
今より遥か未来――
突如出現した地球外生命体、通称ビジター。
ビジターの襲撃はあまりに突然で、人々は、都市は、文明は呆気なく崩壊し、地上から人が消えた。
しかし、人間もバカではない。地下に避難した人々は、残された僅かな資材から、対ビジター用兵器を開発した。
空気中に漂う窒素をエネルギーに変換し、高エネルギー体を打ち出す兵器。
姿形は長身銃だが、重量は拳銃より遥かに軽い。
その名は、ドミニオン
◆
ドミニオン完成から数百年。ビジターとの戦いにより、人間は徐々にではあるが生活領域を取り戻していた。
当然、文明は崩壊してしまったため、一から作り直している。
元日本列島、現フロンティア16。
フロンティア16とは、ビジターから16番目に奪取した地域、と言うなんともわかりやすい理由から付けられたネーミング。ネーミングに対するセンスまでも、文明とともに崩壊していたのか、それは定かではない。
フロンティア16、通称ジュウリクは古風な瓦屋根の家屋が並ぶ、到底化学が進んだ未来とは思えない町並み。着物、生活習慣、風習から、更には言語まで昔の日本のものを採用している。
その理由と言うのが、現ジュウリク大陸将軍、義久・L・太吉郎の『規律を重んじた時代』を目指した故だとか。実際は義久の趣味だろう。
一方で、エネルギー銃ドミニオンを扱いビジターを退治し、一方で、着物に袴、髷を結った者達が街道を歩く。おかしな世界だ。
ジュウリクの片田舎、信都と呼ばれる町に一人の退治屋が暮らしている。
噂によれば、漂う気配は犬猫を払い、銃を構えただけでビジターが逃げ出す程だとか。更に、その退治屋は若い女だと言うから驚きである。
「……ぅん」
見た目からすると、十と四、五程の少女は、窓から差し込む陽光に目を覚まし、体を起こした。
少女の名は刹。ジュウリクで知らぬ者無し、とまで言われるドミニオンの名手。
起き上がった刹の格好は、なんともはや、着物を腕に通しているだけで、前は開けっ広げ。はっきり言って裸と大差ない。
自分の横に眠る、これまた素っ裸の男に目を向け、幸せそうに微笑むと、布団の脇に乱暴に放られた帯を手に取り、開けっ広げたままの着物の前を合わせ、帯を手早くかた結びに絞めて立ち上がった。
少しよろけながら化粧台に歩み寄ると、そこに置かれた赤色の細い髪止めの紐を掴み、肩程まである黒髪を襟首でまとめ、紐で適当に括る。化粧台の鏡に横面を映し、髪が止められている事を確認すると、よし! とつぶやき炊事場に向かった。
朝ご飯は、白飯を緩く炊いた粥飯と大根の漬物だけ。貧乏なわけではなく、理由は刹が料理下手であるためだ。
今更説明するのもなんだが、刹は嫁いでいる。刹の横で寝息を立てていたのが旦那様。
嫁ぐまでは料理などはしたこともなく、包丁の扱いに関しては見ていられない程である。
しんなり漬かった細身の大根を、乱暴に叩き切りながらため息を一つ。
「たかだか刃物。どうしてこうもうまく扱えんのか。ドミニオンのようにはいかんなぁ」
刹は座敷に転がる二丁の長身銃を横目に、再びため息をついた。
「姉さん、おはようございます!」
「今日もやかましいな、良吉」
「つれない態度ですねぇ。竜次朗の旦那と上手くいってないんですかい?」
家の戸を開けて入って来たのは、仲渡しを生業にする良吉。
仲渡しとは、ビジターの退治依頼を退治屋に伝える仲介人の事だが、最近では依頼全てを施設側が管理しており、そこからこぼれた、金にもならない様な依頼を探し、教える程度の仕事に成り下がってしまっている。
ちなみに良吉の言う竜次朗とは、刹の伴侶の名前である。
「竜とはまあ、いつも通りだな。で、依頼か?」
刹はまな板に転がる大根をだん、だん、と包丁で豪快に輪切りにしていく。
「いえいえ、依頼取りの途中でして。
あの……俺、代わりにやりましょうか?」
良吉は刹の危なっかしい包丁捌きに、下ごしらえを代わろうと言ったわけだが、その申し出に刹は首を振って拒否すると、良吉の方に向いた。
「いや、嫁いで二年、いつまでも嫁が料理下手では、竜にも、竜の家族にも恥だからな」
言っている事は立派だが、そう言いながら良吉に包丁の刃先を向けるのは、いかがなものだろうか。
「わ、わかりましたよ。黙ってますから刃物を人に向けないで下さいよ!」
刃先を向けていた事にようやく気付き、いっそう深くため息をつくと、まな板の方へ向き直り、再び大根を切りはじめた。
「はぁー……。なんで私はこうも素行が雑なんだろうな。もっとこう、女らしく出来れば竜も……」
刹の言った言葉が相当以外だったのか、座敷にいつの間にか上がっていた良吉は声を上げて笑った。
「姉さんが女らしく!?
ムリムリ! そんな事、世界がひっくり返っても無理で……っ!」
良吉は急に笑うのを止めた。それは、自分の首筋横を包丁が通り抜けて行ったため。
刹は雑に輪切りにされた大根を見つめたまま、振り向く事もない。
「悪い、包丁がすっぽ抜けた。怪我は無いか?」
そう言った刹の背中が放つ気配は、殺意以外言い表しようがない。
良吉は、だ、大丈夫ですよぉー、と弱々しく言うが、大丈夫な顔色ではない。 その時、刹の舌打ちが聞こえたのは恐らく気のせいだろう。
朝の用意が出来上がり、刹は座敷に敷かれた布団で今だ寝息を立てる竜次朗に近寄り、体を揺すって起こしはじめた。
「朝だぞー、起きろー」
耳元で声を掛けると、竜次朗は目を覚ました。しかし、どうやら寝ぼけているらしく、刹を抱き寄せ、乱暴に口付けした。
「んっ!? んー! んーー!」
後頭部を押さえ付けられ、唇どころか顔を離す事すら許されず、かぶり付くように口付けをしている。
その光景に良吉はにやけるばかりで、竜次朗を引き離すなりしない。
実はこの行為、毎朝の事なのだ。
「んーー! ……ぷぁ!
竜! いい加減に、ひやっ!?」
竜次朗は刹の着物の裾から片方の手を内側に突っ込むと、背中に回し逃げられないように抱きしめ、もう片方の手で下半身をまさぐりはじめた。
それを見ていた良吉は黙って退散。いくら助平な良吉であっても、夫婦の営みを邪魔するような野暮な事はしない。
「良、吉……たすけっ」
刹の願い虚しく、良吉は家を出ると、戸を閉めた。 そこへ、近所に住む恰幅の良いおばさんが現れた。
「おや、良吉さん。刹ちゃんに用事かい?
あたしもね、ほら、畑で取れた野菜、持ってきたんだよ。
ところでなんで外にいるのさ? 刹ちゃんいないのかい?」
「いや、いつもの……」
そう言って入口の戸に横目を向けると、奥から刹の喘ぐ声が聞こえて来た。
家は少々厚めの板を組んだ造りで、防音性能など当然期待出来ない。そのため、声を上げれば外に筒抜け。
「あらー、若いっていいわねぇ」
昼夜問わず刹の喘ぐ声が聞こえるのも、この辺りでは日常の事なのだ。
しばらくの後、家の戸を開けて良吉を招き入れたのは、ボロ雑巾のようにされた竜次朗。頬には真っ赤な手形が付けられている。
「良吉、待たせたか?」
「旦那、朝から元気なのはいいんすけどねぇ、せめて客のいない時にお願いしますよ」
良吉が玄関口をまたいで家に入ると、袴に羽織り姿の刹が足に脚半を巻いているところだった。
脚半とは、歩きやすいようにすねに巻き付け、紐で結ぶ布の事で、ゲートルとも呼ばれる。
「姉さん、もう準備出来たんですか?」
「ビジターどもは待ってくれんしな。それに家に居ると、その、あれだ……」
口ごもらせながら刹は竜次朗を睨み付けた。
家でもたついていると、再び襲われかねないと言う事なのだろう。まったくもって、竜次朗は節操が無い。その節操の無さときたら、発情した動物など目じゃない。隙あらば、と言った感じだ。
「そんな怖い顔するなって。さて、俺も仕事の支度するかなっと」
竜次朗が座敷に上がるのとは逆に、刹は玄関口をまたいで外に出た。
「行って来る」
「無理、するなよ」
《続く》
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