表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

正体みたり

作者: 朝笙 玖一

 私は柄にもないのだが、あまりの嬉しさに薄暗い大学の一室で歓喜の声を上げた。


「やったぞっ!」


 遂に、全人類共通の夢【透明人間薬】を秘密裏に開発することに成功した。いや、まだ人間には使用していないので成功と呼べるかは微妙なのだが……。

 先ず、なぜ秘密裏に一人で開発したかと云うと、もちろん皆をあっと驚かせたかったからに決まっている。

 私は、自他共に認めるほどのイタズラ好きで、こんな面白いネタを他人にバラすほどお人好しではないし、大学の教授であり超一流企業からヘッドハンティングがくる程の頭脳明晰な科学者でもある。

 薬は既に動物実験でネズミ、猫、犬、猿、キジに至るまですべてに於いて成功している。

 あとは、人間なのだ。



 うむ、やはり自分で服用してみなければな。他人に悪用されては今までの苦労が水泡に帰してしまう。

 では、早速飲んでみるとしよう。


『ゴクリ!』


 味は私の好きなヨーグルト味だ。

 ヨーグルト特有の粘性で、少々喉が、いがらっぽくなったが、なかなかイケる。


「!?」


 おぉ! みるみる内に私の身体は足元から薄れ、背後の景色が鮮明になっていく。つまり透明になっているということだ。

 とくに身体の異常は感じられない。喉が少々いがらっぽいがそれ以外は、むしろ高揚感で心地よいくらいだ。


 さて、鏡の前に立ってみる。足、胴体はすでに消えてしまった。

 そして、首、アゴ、口、鼻……。


 やった! 消えていく。どんどん消えていくぞ。やはり、薬は成功だ!

 身震いするような喜びに浸っていると、目から下はすっかり消えていた。

 そして、目まで来たその瞬間――。


《パッ!》


 闇夜に停電が起きたときの様に、私の視界はすっかり真っ暗になり目が見えなくなってしまった。

 な、なんだ? 一体これはどういう事なんだ?

 私は、激しくうろたえた。

 しかし、教授でありながら優秀な科学者でもある頭脳明晰な私の脳は、光よりも速くある仮説を導き出していた。

 もしかして見えなくなるという事は同時に、“見る事も出来なくなる”という事だったのか!



 なんたる大誤算! だが、私はもう一つ重大なミスを犯していた。

 助けを呼ぼうと大声を出してみたが、どう叫んでも声が出ない。しゅーしゅーと息の漏れる音しか出せないのだ。

 さっきから喉がいがらっぽかったのは、きっと声帯にも薬が作用して喉を侵食したせいだろう。


 その時、運良く教え子の学生が私の研究室のドアをノックした。


「教授、失礼してもよろしいでしょうか?」


「しゅーしゅー!(お、おい君、助けてくれぇ!)」


「あれ? 返事がない。おかしいな、入室中の札が出てるのに」


 学生は不思議がってもっと声をかける。


「どうかしたんですか? 教授!」


「しゅーしゅー!(助けてくれ!)」


「もしかして、事故でも起きた……」


 学生は、勢いよくドアを開け放ち研究室の中へ押し入ってきた。


「失礼します! えっ!? 教授、何処にいらっしゃるんですか?」


 そのとき、私は何も見えないままドアのほうへ歩み寄ったものだから、学生と思い切り頭をぶつけてしまった。


「痛っ〜、なんにぶつかったんだ? また、教授のイタズラですか。勘弁してくださいよー」


 学生は完全に、私が仕掛けたイタズラだと思っている。

 脳震とうが起きて、ふらふらしていると足がもつれて大袈裟に実験器材に突っ込んでしまった。

 学生側からすれば、突然、器材が倒れだし、薬剤が撒き散らされ、ガラスが飛び散る。認識できない、透明ななにかが暴れ回る。それを見て驚かないものはいない。


「えーっ! なにこれ、なにこれ! 教授ーっ、イタズラにしてはほどが過ぎますってー」


 そのとき、学生が何かを見つけて叫ぶ。


「あーっ! 教授が大事にしてるエンジェルちゃんが死んでる……」


 私は自他共に認める淡水魚マニアだ。それは、この学生もよく知っている。エンジェルちゃんとは、私がこの研究室の水槽で大事に飼っているエンゼルフィッシュのことなのだ。


「まてよ、大事にしている淡水魚を殺してまで教授がイタズラをするワケがない。と云うことは……、これは、純粋なポルターガイスト現象!」


 目は見えない、声は出せない、それに加え私の大事なエンジェルちゃんが逝ってしまったショックとで、私は声にならない叫び声を上げた。


「しゅーしゅしゅー!」


 それがいけなかった。学生はわたしが起き上がった真横に居たらしく、私の口から射出された荒息は、まともに学生の顔に浴びせ掛けられた。


「えっ、あっ、臭っ! な、なんだこりゃー。うわー! ギャアーお化け~! 助けてぇ~!」


 しこたま驚いた学生は私を跳ね飛ばし、一目散に研究室から逃げ去ってしまった。



 そう、その日を境に私の"身体"は、この大学の研究室から姿を消した。そのうえ研究室に幽霊が出るという噂が流れて私の研究室は瞬く間に閉鎖されてしまったのだ。





――それから数ヶ月後。


 私は世間の晒し者にだけはなりたくないと必死に逃げのびて、今はひっそりと学食の片隅で暮らしている。

 結局、逃げている間も周りの反応を考えてみると、姿も声も元には戻っていない。

 ふと、昔読んだ歴史書や伝記が頭をよぎった。

 有名な学者、科学者、偉人、宗教家や権力者が忽然と姿を消したという一文。失踪や誘拐、神隠しの類いがそれにあたるのだろう。


 だが、私はもっとおそろしいことを考えていた。

 本当は昔から『透明人間になれる薬』は存在していて、そして、その、幽霊の、正体というのは、実は、その……。




最後までご覧いただきありがとうございました。


思わぬ落とし穴ってあるもんです。

題名の『正体みたり』というのは、ことわざの

【幽霊の正体みたり枯れ尾花】

から取っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ