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首吊り先生 作者:陸 理明
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二、

 ひやりとあたしの首筋が冷たくなった。
 まるで氷でも当てられたかのように。
 でも、そんなことはなかった。
 あたしの首筋に触れていたのは……

 ロープだった。

 日本中、どこのホームセンターでも売られているみたいな、安っぽいロープ。
 人一人をぶら下げることぐらいなら余裕でできるけど、用途はそれっきりっといった感じの。
 じゃあ、どうしてあたしの首の周りにそんなものが触れているのかというと簡単だ。
 あたしの首を引っ張って今すぐにでも殺してやろうとしている奴がいるからだ。

 あたしは斜め後ろを睨んだ。
 本来は天井があるはずの場所にぽっかりと黒い穴が空いている。
 そして、そこからあたしを見下ろしている奴がいる。

「福崎……」

 あたしの担任はもう生前の面影はどこにも残していなかった。
 虚ろな何も入っていない眼窩と、唇の周囲の筋肉が退化したかのようにぼけっと開いた口、青っ白いエナメルみたいな肌、ぼさぼさの白髪……。
 どう見ても生きている人間には見えやしない。
 そのくせ、両手に握っているロープの先をいつでも引っ張れるように、がっしりと掴んでいるのだ。
 あたしをすぐにでも「吊れる」ように。
 片時もあたしから目を離さない。
 見張ることを止めようとはしない。

「くそったれ」

 あたしはロープの感触にびくびくしながら、教室の隅に座っていた。昼休みで大勢のクラスメートがいるけれども、誰もあたしには近寄らない。
 それはそうだ。
 福崎の死の原因があたしにあるとクラスメートは思っているからだ。

 福崎のじさつのね。

 仲が良かったはずのあっちゃんも―――もう敦子としか呼ばないことにしているのを忘れていた―――もうあたしには近寄らない。
 親しいと思われたくないのだ。
 んーなんといっても教師いじめの加害者だし。
 でも、それだけじゃない。
 みんなわかっているのだ。
 あたしの首に死の縄が巻き付いているのを。
 霊感のある奴にだったらきっと見えているのかもしれない。
 どこからともなく垂れている怨霊が持つロープを、犬のように引きずっているあたしの姿が。
 死神を背負っているようなものだし。
 基本的に手を後ろに回しても、死んだ福崎が持っているロープには触れることはできない。
 だけど、たまに伸びをしたりするときにあたるのがうっとおしい。
 生前の福崎みたいにイライラするほど気に障る。
 そんなときに後ろを見ると、必ずと言っていいほど死んだ福崎の怨霊みたいなのが宙に浮いている。
 うぜえ。
 キメえ。

「……澤口、これ」

 びくびくしながら、男子があたしにプリントを差し出してきた。
 修学旅行の関係書類だ。
 あたしが福崎のせいで学校に来られなくなっている間に進んでいたらしい。
 もう班分けとかも決まっている頃だろう。
 残念だけど、あたしは行かない。
 いや、行けない。
 隙を見てはあたしの首を吊ろうとする怨霊つきで楽しい旅行なんてできるものかよ。
 それにみんなだって、あたしなんかには来て欲しくないはずだ。
 担任を殺して、その担任に死んでも祟られているあたしなんかには……。


 ……その日は珍しく早起きをした。
 夜遅くまでTwitterをしていたとは思えないほどに爽やかな目覚めだった。
 あとで思い返すと、それも罠だった気がしなくもないが、調子に乗ったあたしはパパよりも早く家を出た。
 途中のコンビニでゼリーとおにぎりを買い、そのまま学校に向かう。
 雲一つない青い空だったので、あたしはあまりないことに文字通り晴れ晴れとしていたようだった。
 校舎の中に入っても誰もいない。
 しーんと静まり返っていた。
 だけどドアだけは開いていたので、早番の教師か校務員のおやじぐらいは来ているのだろうとは思った。
 だったら別にいいか、とあたしは鼻歌混じりに教室に向かう。
 特に部活とかをしているわけでもないあたしには、学校でいくところなんてほとんどない。
 教室か、友達とダベることの多い非常階段か……、そんなとこ。
 あたしは誰よりも早く登校したことを小学生のガキのように喜びつつ、戸をスライドさせた。
 中に入ると、いつもの教室のはず……だった。
 見慣れた教壇の方に、黒いものが浮かんでいた。
 でも、すぐにわかる。
 いびつな果実。
 大きめのブランコ。
 そんなイメージだった。
 黒いものは一か所からロープでぶら下がっているせいで、異常なほどにブサイクというか、バランスが崩れていた。
 それはそうだ。
 人間というものは首から縄で吊られてもきっちりとバランスがとれるようにはできていない。
 たいていは両足で立つことを想定された生き物なのだから。
 だが、別にどうということはないのだろう。
 その黒いものはもう生き物ではなくてただの死体で、採れたてホカホカの肉の塊でしかなかったのだから。
 でも、正直な話、あたしは首吊り死体を見たこと自体はそれほど衝撃的でもなかった。
 普通の場合ならばさすがに腰でも抜かして驚いていたかもしれないが、その時ばかりは例外だった。
 なぜなら、あたしは信じられない不気味な光景を目の当たりにしていたからだ。

「なによ、おまえ……」

 あたしは黒いものが担任ふくざきの死体であることには気づいていた。そして、その死因となったのがロープによる縊死だということも。
 ただ、そのロープの先を白いものが握っていることが怖かった。
 本来なら天井があるべき個所にぽっかりと空いた空間。
 そこから上半身だけを出して、握ったロープで福崎の死体を吊るす誰か。
 ぼんやりと白いことが気味悪かった。
 だけど、なによりもキモかったのは、その誰かがあたしが入ってきた途端に、こっちの方を睨みつけてきたからだった。
 もっともそいつには瞳がないので睨んでいたかどうかはわかんない。
 でも身動ぎもせずにあたしを見ているのだから、睨んでいるといっても過言じゃないでしょ。
 ずっとあたしだけを見てやがる。
 そして、キモすぎるそいつの顔が福崎のものと同じだというのがどんなことよりもあたしに吐き気を催させたのであった……。
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