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首吊り先生 作者:陸 理明
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1/3

一、

「こら、澤口。静かにしろ」

 チョークで板書をしていた担任の福崎が振り向いてあたしに言った。
 あたしが斜め後ろの席のあっちゃんと喋っていたのが気に入らないらしい。
 だけど、あたしからすれば福崎ごときが偉そうに注意してくる方がもっと気に食わない。

「なんで、あたしだけなんですぅ?」
「―――な、なんでって……」
「あたし以外にも喋くってる生徒はたっくさんいるんじゃないですかあ。あたしだけ注意されるのはおかしいと思いますけどぉ」

 できる限り、嫌味を込めてあたしは言い返す。
 実際のところ、あたしとあっちゃん以外、私語をしていた生徒はいない。
 でも、別にそんなことは構わない。
 こっちはあたしを名指しで注意してくる福崎の態度の悪さにムカついているのだから。

「授、授業中に静かにするのは、あ、あたりまえだ」
「そんなことは聞いてませーん。あたしはあんたが、わざわざあたしを狙い撃ちした理由が聞きたいだけなんですぅ」
「狙い撃ちしたわけじゃない……」
「だったら、偉そうにあたしに声かけんなよ。あんたみたいなのが教師面すんのがムカつくんだよ。死んでろよ、バーカ」
「なっ」

 あたしのぶっちゃけた暴言をきいて、鼻白む福崎。
 小太りのチビ教師の、イケてない顔が情けない形に歪む。
 なんだよ、それ。
 ダッセ。
 女に罵られてヘタレるって、ウケル。

「……もう静かにしてくれよ」
「ぺっ」

 あたしと目を合わそうともせずに、福崎はまた板書に戻った。
 話の続きをしようと振り返ると、あっちゃんが困った顔をしていた。
 なんだよ、と思ったら、ちょっと静かにしよっかと提案された。
 あっちゃんはわりと真面目だ。
 おかげであたしは不愉快極まりない。
 せっかく話の面白いところだったのに福崎のせいでダイナシだよ。
 ったく、死んでろよ、福崎。

 ……放課後、あたしがいつもの面子とつるんでいると、目の前の階段を辛気臭いのが降りていた。
 情けない背広姿のチビ教師だ。
 あたしらのことにはまったく気が付いていない。
 だから、ちょっと面白いことを考え付いた。
 あたしは仲間に待っているように合図してから、そいつに後ろから近づき、腰のあたりを思いっきり蹴り飛ばした。
 残りの段差が三つぐらいだったので怪我をするようなことはないだろう。
 いきなり蹴られて一瞬だけ宙を飛んだ福崎がビクビクした顔でちらりと振り向く。
 運動神経もなさそうなやつだから、当然うまく着地なんてできるはずがなく、慌てふためいて膝をついた。
 口が半開きだ。
 あたしを見て顔を引きつらせる。

「な、何をするんだ!」

 キョドってんじゃねえよ。
 恥ずかしい男だなー。
 なおさらこいつが嫌いになった。

「何って、あたしらが何かしたっての?」
「今、僕を蹴ったじゃないか!」
「証拠は?」

 すると福崎は周囲を見渡した。誰か証人がいないかを探した。
 いるはずがない。あたしはきちんと確認してから、おまえを蹴ったんだからさ。

「証拠もないのに、教え子に罪をなすりつけんじゃねえよ」
「おまえたちが……」
「あたしが何だって。おまえみたいな冴えないのがあたしみたいな可愛い子に蹴られたりしたら、それってご褒美ってやつなんじゃね?」
「……なにを」

 あたしはまだ立ちあがれない福崎の肩に足の裏を乗っけた。
 上履きの汚れが背広にくっきりとつく。
 スカートの中が見えるかもしれないけど、もし福崎が覗き込んで来たらそれもいいネタになるし。
 さあ、こいつは教え子のパンツを覗いた淫交教師だよってね。

「ほら、証拠がついたぜ。おまえ、それを職員室で他の教師に見せて来いよ。女子生徒に踏まれましたってさ。みんな、ニヤニヤして聞いてくれるよ。この変態がって顔しながらさ」
「さ、澤口……」

 あたしは足に力を入れた。
 足の裏に押し出されて、福崎が尻もちをつき、もっと惨めな姿勢のまま座り込む。
 あたしはとっておきのいい笑顔を浮かべてやった。
 こんなみっともない大人に相応しい言葉をのせて。

「ダッセ」

 福崎の顔がゆがむ。
 くちゃくちゃの、泣く寸前の。
 ばーか。大人が泣くんじゃねえよ、ばーか。
 そのまま無言で福崎は這うように立ち上がると、こちらを見ずに逃げ出していった。
 ホント惨めだ。
 まあ、見ているあたしは楽しくて笑えて仕方ないんだけどね。
 だが、あたしの隣にやってきた仲間たちは少し妙な顔をしていた。

「何よ」
「……さわぐっちゃんさ、ちょっとやりすぎだよ」
「どこがさ」
「福崎って確かにおどおどしてっけど、先生なんだよ。就職とか進学に響いたらヤバイよ」
「そんなことないって。福崎がそっちの方面であたしらに仕返しする度胸なんかないから」

 なのに、仲間たちの顔色は冴えない。
 どうしてなのかと聞くと、

「『首吊り先生』って聞いたことがない?」
「……なに、それ?」
「うちの学校の七不思議というか怪談なんだけど……」

 もう一人が続ける。

「昔、うちの学校で校内暴力?ってのが流行った時に、ヤンキーたちに毎日のようにタコ殴りにされた先生がいてね。ヤンキーたちはただの遊びのつもりだったんだけど、そのせいで自殺しちゃったらしいんだ」
「で、それがどうしたのさ」
「その自殺方法が首吊りなんだけど……。朝、珍しく早起きしちゃって柄にもなく早い登校をしたヤンキーグループのリーダーが見ちゃったらしいの」
「……なにを」
「教室の天井からぶらさがるその先生の死体。ぶらんぶらんと揺れていたそうだよ。それで思わず職員室に行こうとしたリーダーだったんだけど、変なことに気づいたの。首を吊っているロープの先がどこか変な場所に通じていて……、誰かが握っているの」
「へっ、誰が握っているっていうのさ」
「リーダーにはすぐわかったんだって。だって、それは死んだ教師だったんだから。……要するにリーダーには自殺という手段で自分自身を殺した教師の怨霊のようなものがはっきりと見えたんだそうだよ」

 少し沈黙してから。

「そのあと、そのリーダーもすぐに首を吊って死んで、仲間のヤンキーも一人残らず自殺したそうだよ。で、残ったのが『首吊り先生』の噂。うちの学校で先生を自殺に追い込んだ生徒は、自殺した先生の怨霊に、自分で死ぬまで追い詰められるっていう……」

 あたしは絶句した。
 下手な怪談だ。
 そもそも色々と破たんしている。
 リーダーの証言をもとにしているように見えて、自殺した教師の怨霊とやらを誰も確認していないんだから、要するに自殺に追い込んだ教師への罪悪感に耐えられなくなっただけだろう。
 それをまるで霊の仕業であるかのように言い換えているだけだ。

「で、できの悪い怪談だね」
「そうでもないんだよ。今までだって何度も先生の首吊り自殺があったらしいし……」
「そこがデマだってのさ。教師の自殺なんてたくさんあるはずがないだろ。あんたら、あたしが福崎をしめてんのを止めようと思ってそんな話をはじめたんだろうけど、逆効果だよ。あたしはあいつみたいなの、怖気が走るほど嫌いだから懲罰してやっているだけさ。別に死んだって構やしないけど、あたしは別に罪悪感なんてないね。福崎なんて死んでも誰も損しないし」
「……さわぐっちゃん……」

 あたしは話を打ち切った。
 ただでさえ、福崎なんかの顔を見てしまったのにここで友達に説教されるなんて気分が悪すぎる。
 しかも怪談を根拠にだなんて、いまどき子供でも聞くはずがない。

「あんたらもあたしと一緒にいるのが嫌だってんなら、別に付き合わなくたっていいよ。嫌々一緒にいられたりしたらあたしだって気分悪いし」
「……感じ悪いこと言うね」
「事実だし」

 そう吐き捨てると、あたしは振り向きもせずに歩き出した。
 これ以上、誰かにごちゃごちゃ言われるのはたまんない。
 皆して偉そうに文句ばかりをあたしにぶつける。
 気分が悪いったらありゃしないよ。

 あたしはさっさと家に帰った。


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