35. 東西女子高校生探偵の推理
『もしかしたら、服部君は新一に関わっているのかもしれない。』
久しぶりに聞いた人物の登場に、和葉の声が上擦る。
「どういうことなん?何で、工藤君がでてくるん?」
「うん。和葉ちゃん、実はね・・・。」
そう言って、蘭はあの夜から誰にも話せずにいた出来事のあらましを和葉に話し出した。
新一からの電話、彼を知る女性との出会い、渡された携帯電話と約束―――
黙って最後まで聞いていた和葉は、その内容に涙し俯いている。
話し終わった蘭は、和葉の手を取りそっと握り締めた。
「和葉ちゃん、泣かないで。」
「やって・・・もし、あたしが平次にそんなん言われたら、辛くて耐えられへんもん。」
「ありがとう。」
自分のことのように思ってくれている和葉の優しさが伝わってきて、辛そうに話していた蘭の表情が柔らかいもの
へと変わる。
「私ね、ずっとこの事を誰にも言えなかったの。でも、和葉ちゃんには話せちゃった。和葉ちゃんなら私の気持ち
分かってくれる気がして、だから話せたのかも。」
探偵を志す男性を幼馴染に持ち、恋に落ちた2人。
彼らと連絡が取れなくなることも、無事でいるのかと心配で眠れない夜を過ごすことも経験している2人。
想いを共感できるのは、目の前の相手以外いないのだろう。
蘭の言葉に和葉にも笑顔が浮かぶ。
それを確認すると、蘭は話を本題へと戻した。
「でね、私の体調のことを知ってるのは、お父さんとお母さんと園子くらいなの。もちろん学校のみんなも、私が体調を
崩していることは知ってはいるんだけど、話を大きくしない為にも詳しいことは伝えてないはずだから。で、服部君と
お母さんは面識がないし、お父さんや園子に聞いたんだったら、2人が私にその事を話すと思うの。となると、その3人
以外で私の現状を知っているのはあの女の人だけだから、服部君は彼女から聞いたんじゃないかな。」
「でもその人、蘭ちゃんの知らん人やったんやろ?」
「うん。最初はそう思ったの。でも、あれから考えている内にどこかで会ったことがあるような気がして・・・。」
その時は思い当たらなかったのだが、志保との対面以降いろいろと落ち着いて考えているうちに、蘭は彼女を知って
いるような感覚を覚えていた。
それが、彼女本人に会ったことがあるのか、それともただの他人の空似なのかはわからないのだが、それでも志保の
ことを全くの他人とは思えなくなっていた。
そして蘭は、志保が言った言葉の中で一番気になっていることを和葉に伝える。
「それに、彼女は新一のことを知ってるってハッキリ言ってたから。」
「平次とその女の人も、工藤君でつながってるかもしれへんってことやね。」
「うん。だから服部君は新一の事、何か知ってると思うの。」
そして、蘭には気に掛かっていることがもう1つ。
それは、あの女性を連れてきたのがFBI捜査官であるジョディだったということだ。
新一が言っていた『厄介な事件』にFBIも関係しているとしたら、それはとてつもなく危険なことなのではないか。
そして、その事件に平次も関わっているのではないか。
そう思うと辻褄が合っているようで。
でも、それがもし事実であれば、彼らの身に危険が迫っていることを意味する。
たどり着いた予測は、蘭にとって信じたくないものだった。
「全ては、明日やね。」
今はあれこれ考えていても、結論など出ない。
和葉の言葉に蘭は大きく頷いた。
そして、彼女たちは不安を抱えたまま夜を明かす事になる。
翌日、太陽も空高く昇り、もうすぐ影が一番短くなる頃、平次は毛利探偵事務所へ向かう車中にいた。
昨日は何とか和葉の疑惑を振り切ってきたが、今日は避けられるはずもない。
(どう説明したら、納得するやろか。)
もちろん、彼女たちに全てを話す事はできない。
真実に近づけば、それだけ彼女達にも危険が迫る。
しかし、全てを隠して説得する事は、この状況下で不可能だと平次は考えていた。
ギリギリのラインを判断しその範囲内のことは話さないと、きっと彼女達は納得しない。
そのラインを昨晩から考えているが、彼女たちがどこまで感付いているかが今ひとつ掴めないため判断できずにいた。
(ポイントは姉ちゃんやな。)
志保と会っている蘭が、この数日間のことをどう考えているか。
それが鍵を握っている。
(まぁ、会うてみなわからへんわな。)
あれこれ考えてみても、相手のカードがわからなければ対処しようがない。
そう結論付けたところで、車は目的地に到着した。
インターホンを押すと、中から聞こえてきたのは聞きなれない声。
そして、ドアが開いたかと思うと綺麗で聡明な女性が顔を覗かせた。
「あの・・・。」
平次が困惑していると、相手の女性は彼に笑顔を向ける。
「服部君ね。はじめまして。私、蘭の母で妃英理です。いつも蘭がお世話になっているそうで。」
(この人が、法曹界のクイーンか。)
「あ・・・はじめまして。服部平次です。こちらこそ、世話になってます。」
以前、蘭の母親のことを新一から苦手なタイプだと聞いた事があるが、それは理解できる。
平次も彼女から、なんとも言いようもない威圧感を感じていた。
「あの、毛利のおっさんは?」
「あの人は急に仕事が入ってしまって、私が代わりに蘭の様子を見に来たの。夕方には戻るって言ってたけど。」
「そうですか。」
小五郎の説得も必須事項である平次は、自分と親友の幼馴染みに気をとられ、彼が不在になる可能性を見落として
いたことを悔やんだ。
(しゃーないな。夕方、もう一遍来よか。)
諦めを込めたため息をついた平次に、英理が先程より表情を硬くして呼びかける。
「服部君。」
その先を言いかけて、彼女は口を噤んだ。
「なんですか?」
次の台詞は聞かない方がいいような雰囲気を感じながらも、平次は聞かずにはいられなかった。
彼に促されて、英理は迷った言葉を口にする。
「新一君って、元気にしてるのかしら?」
予想外の質問に驚き、一瞬目が泳いでしまったことを後悔しながらも、平次は平静を装って尋ね返す。
「何でですか?よう知りませんけど、元気でやってるんやないんですか?」
英理は黙って彼の顔を見つめた後、一言呟いた。
「そう。」
彼女は、それ以上は彼を追求しなかった。
そして、再び笑顔を見せると階段を指し示す。
「2人は、蘭の部屋にいるわ。どうぞ、上がって。」
「お邪魔させてもらいます。」
平次は英理の態度に少しホッとしながら、足早に3階への階段を上った。
「オレやけど。」
ノックと共に声を掛けた平次の前のドアが開き、姿を見せたのは和葉だった。
「どうぞ、入って。服部君。」
その奥から聞こえてきた声に従い部屋の中へ入って目にした蘭の姿に、覚悟していた平次でも驚かずにいられ
なかった。
一瞬呆然と彼女を見ていたが、すぐに意識を戻して声を掛ける。
「大丈夫なんか?」
「うん。心配掛けて、ほんとにごめんね。」
ベッドから上半身だけを起こして心苦しそうに微笑む蘭は、それでも志保と会った時よりマシになったのだろう。
予想以上に、彼女の表情が豊かであることに平次は安心するが、それ以上言葉が続かない。
重苦しい沈黙だけが蘭の部屋を流れていた。
それを破るかのようにドアを軽くたたく音と、その音の主である英理の声が聞こえた。
「蘭。入っていい?」
「う、うん!」
吃った蘭の返事で扉を開けた英理の手には、コーヒーカップが3つとお茶菓子が載ったトレー。
「どうぞ。」
そう言って、英理がベッドのそばにあるローテーブルにトレーの上のものを置くと、和葉と平次は自然とその前に腰を
下ろした。
そんな2人を英理は、申し訳なさそうな眼差しで見つめる。
「和葉さん、服部君。悪いんだけど、私も急な仕事が入ってしまって、急いで事務所に戻らなければならなくなったの。
あの人が帰って来るまでの間、蘭の事を2人に任せてもいいかしら?」
「お母さん。私、もう大丈夫よ。」
英理の言葉に最初に反応したのは蘭だった。
彼女の強がりとも取れる台詞に悲しそうな表情をした英理に向かって、和葉は力強く答える。
「心配せんとって下さい。あたしと平次でちゃんと蘭ちゃんのこと看ときます。」
「ありがとう、お願いね。」
幾分かホッとした様子を見せた英理は2人に頭を下げた後、蘭に目線を移す。
「蘭、無理しちゃだめよ。」
そう優しくいい残すと、彼女は蘭の部屋を後にした。
英理を目で見送った平次は、ひとり苦笑いを浮かべていた。
小五郎の不在もそうだが、英理の存在も彼にとっては誤算だった。
しかし、幸いなことに彼女はこの家を離れる。
(これで、この家にいるんは、ここにいる3人だけっちゅうことか。)
結果オーライともいえる状況に、自分の悪運が尽きていないことに感謝した。
そして、英理が階段を下りる音が聞こえなくなったと同時に口火を切ったのは、和葉だった。
「で、平次。話してくれるんやろ?」
彼女の言葉で、少し緩んでいた部屋の空気が堅くなる。
その変化を感じ取りつつ、どこから話そうかと平次が迷っていると、蘭がそれを遮った。
「和葉ちゃん。私に服部君と話させてもらってもいい?」
「え?」
彼女の申し出に憂慮の面持ちを見せた和葉は、蘭の眼差しから確固たる意志を見つける。
「これは、私と新一の問題だから。」
そう言うと、蘭は平次と目線を合わせ背筋を伸ばすと、少し震えた声で尋ねた。
「服部君。新一のこと何か知ってるよね?」
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