19. 救世主
(こんな時間に誰だ・・・?)
時間はすでに、20時を回っていた。
突然の来客に、コナンは自分の顔が徐々に固くなっていくのがわかる。
博士がまだ戻ってきていないが、自分の家に入るのにチャイムを鳴らすはずがない。
それ以外でここに誰か来るとなると、火急の用件を従えたFBIか自分達の居場所を見つけた黒の組織・・・。
どちらにしても、あまり歓迎できる事態ではない。
「どう・・・するの?」
危惧の念を含んだ哀の言葉に覚悟を決めたコナンは、静かに玄関へ行き、扉ののぞき穴を確認して目を疑った。
慌てて開けられたドアの前に立っていた少年は、ずぶぬれの顔に不敵な笑みを浮かべて言った。
「救世主登場・・・やろ?」
「なんで、こっちは雨やねん!ほんま、最悪やったわ!」
タオルで身体を拭きながら不満を言う彼は、言わずと知れた西の高校生探偵。
「オメー・・・なんでココにいるんだよ・・・。」
唖然としているコナンと、何も言わずに彼の冷えた身体を温める為のココアを取り敢えず用意している哀。
「なんで・・・って、2〜3日で連絡くれ言うたんは、お前やろ?」
「連絡って、フツー電話だろ?!なんで、わざわざ東京まで来るんだよ!」
文句を言いながらも、コナンはどこかホッとしている自分に気付いていた。
正直、チャイムを鳴らした犯人が平次で良かった。
組織に見つかったのではないかと、冷汗をかいていたのも事実だった。
だが、いつ奴らが踏み込んでくるかもわからない状況で、平次をここに置いておく訳にはいかない。
「とりあえず、明日朝一で大阪へ帰れよ!」
半分怒ったような口調で言ったコナンに、平次が飄々と言ってのける。
「それはできんひんな。しばらく、厄介になるつもりやから。」
「ちょっと、どういう事なの?」
平次にココアを渡した哀が、二人の話に割り込んできた。
「あなた・・・彼に何か話したの?」
哀は懐疑的な眼差しをコナンに向ける。
それに気付いた平次は、横からフォローした。
「いや、コイツは何も言うてへんで。オレに嘘つきよったくらいやからな。」
「うそ?」
話が見えない哀は聞き返す。
「あぁ。コイツ、オレに組織のこと調べるから春休みの間、あの姉ちゃんの事預かってくれって
大阪まで頼みに来よったんや。でも工藤・・・、やっぱり組織との間に進展があったんやな・・・。」
知っている素振りで話す平次と今し方の出来事が、コナンの頭の中で繋がった。
「さっきの物音・・・オメーか?」
コナンの言葉に、平次はしてやったりという表情を見せる。
「アタリ。お前とこの姉ちゃんの話は、しっかり聞かせてもろたで。」
「なっ・・・。」
コナンと哀は愕然とし、言葉を失う。
「念のため言うとくけどな、盗み聞きするつもりはなかったで。チャイム鳴らそうと思ったらな、この
姉ちゃんの大きな声が聞こえたから、入りにくなってしもうたんや。」
「だからって・・・オメー・・・。」
あの時、確かに窓の外に人の気配も不審な点もなかった。
組織かもしれないという疑念を持っていたコナンは、隈なく周辺を観察したつもりだった。
しかし、相手は平次だ。うまく誤魔化されたのだと悟った。
「まぁ、大阪に来た時のお前の話なんか、ひとーっつも信じてへんかったからな、オレは。お前がオレに
あの姉ちゃん預けて、組織をぶっ壊しに行くことくらい簡単に推理できたわ。そやから、オレはココに
来たんや。正直、事態がそんなに緊迫しとるとは思わへんかったけどな。」
(コイツ、最初からそのつもりで・・・。)
大阪で平次と別れた時の、何かを企んでいるような表情を思い出す。
「オレが来たからには、もう大丈夫や。工藤。」
余裕綽々と言ってのける平次の言葉に、コナンは苛立ちを覚えた。
「バーロ!オメーが考えているほど、簡単な話じゃねーんだ!オメーにできることなんてねーよ。大阪へ帰れ!」
怒鳴った彼に平次は臆する事もなく、コナンに向かって真正面から尋ねた。
「お前は・・・オレのこと、そんなに信用できひんのか?」
「服部・・・。」
その真剣な眼差しにコナンは気後れする。
「この姉ちゃんの言う通りや。一人で悲劇のヒーローになって、満足なんか?そんなん、オレが絶対許さへん!
何が何でも、お前を連れて生きてココに戻ってきたる!」
『生きて・・・』
そんな可能性があるなら、コナンもそれに賭けたい。
しかし、限りなく低いその希望に縋って全てを壊してしまうくらいなら、自分が犠牲になったとしても
大事な人達の生活を守りたい。
だから、やるせない思いを抱えていながら・・・それでも大切な幼馴染に別れを告げた。
そして、あんなに傷つけてしまった彼女を託せるのは、平次しかいない。
彼を巻き添いにするわけにはいかないのだ。
「そんな事されられるかよ!オメーは関係ねーんだ!!」
(頼む・・・あきらめてくれ・・・。)
祈るような思いとは裏腹に、コナンの口調がきつくなる。
すると、平次は一呼吸置いた後、コナンを見据えて言った。
「お前がオレの立場やったら・・・どうするんや?お前は、黙って待ってられるんか?」
「・・・・・・。」
「お前の気持ちもわかるで。オレがお前の立場やったら、お前を巻き込みたくないと思うやろうからな。
そやけど・・・、オレが危ない目に遭うかも知れへんのに、なんもせえへんなんて・・・お前もできんやろ?」
それはまさに、大阪行きの新幹線の中で考えた事だった。
だから、平次の気持ちはわかる。
でも、自分と蘭のような思いは、やはり彼らにさせたくない。
一瞬、コナンの脳裏に涙を浮かべた蘭の顔が浮かぶ。
「オメーに何か遭ったとき、悲しむのは・・・和葉ちゃんなんだぞ。そういうことも考えてんのかよ。」
「オレは、必ず生きて帰ってくるからな。そんな心配はしてへん!」
思わずコナンは、目を細める。
自分自身を信じて疑わない平次の強さが、眩しく見えた。
ほんの数日前までは、自分にも平次と同じものがあった気がする。
どこに置き忘れてきたのだろう。
急に、自分がちっぽけでつまらなく思えた。
「工藤、お前・・・いつからそんなヨワなったんや」
悲しそうに呟いた平次に、コナンは何も言い返すことができなかった。
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