14. 決断
『私・・・もう辛い・・・。』
彼は絶句した。
そしてその言葉が、彼女の無事に安心し一時忘れていた、彼の現状のすべてを呼び覚ました。
つい数時間前まで、FBI本部で何を話していたのか。
大切な幼馴染がどういう状況におかれることになるのか。
それらが、走馬灯のように彼の頭を駆け巡っていく。
『あ・・・。ごめん!新一。今の冗談だから!!』
沈黙に気付いた蘭が慌てて訂正する。
彼女自身、その言葉が口から出たことに驚いていた。
(こんなこと言うつもりなかったのに・・・。)
後悔の念が彼女を襲う。
事実、彼女はコナンがいなくなったことが、予想以上に堪えていた。
コナンがいなくなってからというもの、涙が零れない日がないのだ。
この10日ほどで、あの少年にどれだけ自分が寄り掛かっていたのかを思い知らされていた。
(知らないうちに、コナン君が新一のいない寂しさを紛らわしてくれていたのかも・・・。)
そう思うようになっていた。
だから、コナンが自分の許を去った後の寂しさに耐えられない。
そして、新一が傍にいないことがこんなにも辛いことだったのだと、身に染みて理解させられる。
『ホントにごめんね・・・。新一、私大丈夫だから・・・。』
(怒ってるのかな・・・。どうしよう・・・。)
何も言わない彼が怖くなる。
(嫌われたかも・・・。新一・・・お願い、何か言って・・・。)
蘭は、祈るような思いで彼の言葉を待っていた。
「もう・・・辛いか?」
彼女が待ち望んだ返事は、今まで耳にしたことのない暗い声で返ってきた。
『え・・・?』
「そうだよな・・・。オレ、お前を泣かせてばかりで・・・苦しめてばかりで・・・何もしてやれない。蘭が辛いと思うの
当たり前だよな・・・。」
『そんな事ないよ・・・!』
意外な彼の言葉に戸惑いながらも、彼女は必死で弁明する。
『わたし・・・新一のこと信じてるから・・・。』
懸命に自分の気持ちを伝えようとする。
『絶対帰ってくるって・・・言ってくれたでしょ?だから・・・。』
そんな彼女の想いを感じながら、彼はあるものに囚われていた。
(この言葉・・・さっきもどこかで聞いたような・・・。)
彼は、記憶を辿る。
そして、再び思い出す。つい先程まで苦しめられていた夢を。
あの恐ろしい映像も、あの時感じた感情もすべて、頭に焼きついて離れない。
その途端、恐怖が体を駆け巡り、彼は悪寒と吐き気に襲われた。
彼は、決断すべき時がきたと悟った。
あの夢を現実にしないために、自分がやらなければいけないこと。
それは、組織へ突入し、やつらを倒すことに他ならない。
それを実行することは、自らの死を意味するのかもしれない。
それでも、
彼女の平穏な生活は・・・
彼女の笑顔は・・・
他の誰でもない自分が守りたい。
そう答えを出したのだ。
あの恐ろしい出来事は夢でも、見つけた答えは夢ではない。
『待ってて欲しい』
今も、その言葉で彼女を縛り付けている。
それが結局、彼女を苦しめている。
『もう辛い』
そんな事を言わせるくらいなら、彼女の中から苦しみの元凶である自分がいなくなった方が、彼女にとって
幸せなのだろう。
(限界だな・・・。)
彼は、そう思った。
「蘭・・・もういい・・・。」
『え・・・?』
「もう・・・待たなくていい。もう、自由になって・・・いいんだ・・・蘭。」
『な・・・に言って・・・。』
「オレのことは・・・忘れてくれ・・・。」
『し・・・んい・・・ち・・・・・・』
今にも消え入りそうになる彼女の声。
「今まで、ほんとにごめんな・・・蘭。」
彼は、精一杯の誠意を込めて彼女に謝罪する。
『じょ・・・だん・・・で・・・しょ・・・?お・・・ねがい・・・。嘘だ・・・って・・・いって・・・。』
徐々に彼の言葉の意味が、彼女の身体に浸透し始める。
『もう・・・戻ってこれないって事なの?もう・・・会えない・・・って事なの・・・?私、新一のこと・・・待っていたら・・・
いけない・・・ってこと・・・なの・・・・・・?』
「・・・・・・・。」
『待っててくれって・・・言ったじゃない!!何とか言ってよ!新一!!』
本当は、忘れてなど欲しくない。
本当は、自分の帰りを待っていて欲しい。
しかし、それはエゴなのだ。
そんなことを言えば最悪の事態が起きた場合、彼女は一生自分の影から逃れられなくなる。
自分が枷となって彼女の人生を狂わせてしまうくらいなら、忘れさってくれるほうがいい。
(オレが蘭を守ってやる・・・。)
彼はもう1度、悪夢の中で手にした答えを確認した。
『おねが・・・い・・・。もう・・・いちど・・・待ってろ・・・って・・・言って・・・。』
彼女が懇願する。
「・・・・・・ごめん・・・蘭。」
彼はそれを拒んだ。
『し・・・いち・・・。』
彼女はきっと受話器の向こうで、涙を流している。
しかし、それが最後の涙であって欲しい。彼はそう願わずにはいられなかった。
「一つだけ約束してくれ・・・蘭。」
『や・・・くそく・・・?』
「必ず・・・幸せになってくれ。」
『・・・・・・・・』
彼女からの答えはない。
「じゃあ・・・な、蘭・・・。元気で。」
そう言うと、彼は通話を断ち切った。
そして、どうしようもない喪失感が彼を支配していった。
|