扉 ヲ 叩 ク 音 。縦書き表示RDF


扉 ヲ 叩 ク 音 。
作:小川原雨吉




《1,噂》


「ねぇ、知ってるでしょ?3階の女子トイレ…でるらしい、って」

「やだぁ…3階って…トイレ1つしかないんでしょ?3年生の教室の真ん前にあるっていう…。移動教室の時に行けなくなるからヤメテぇ〜!」

「……それがね、知ってれば大丈夫らしいの。だから、教えてあげる。絶対に助かる方法!」

「…絶対に…、助かる方法?」

「そう。あのね、午後の2時以降にトイレに入ったら、必ずノックされるんだ。有沢さんから」

「有沢さん?」

「名前はいいの。あ…でね、ノックが12回だったら『私じゃありません、お隣です』、ノックが13回だったら『有沢さん、コチラです』…こう答えれば有沢さんは大人しく帰ってくれるみたい」

「間違え 「殺される」

「え…?」

「間違えたら、殺される」



《2,転校生》



「初めまして。小田真弓です!今日からよろしくお願いします!」
卒業まであと少し。
そんな時、一人の転校生が来た。

「真弓ちゃん、初めまして。私明美っていうの、よろしくね」

「うん、よろしくね」

真弓は明るくて、とても話しやすい子だったから、私たちは直ぐに仲良くなることができた。
まるで、昔からの友人の様に…。

「じゃあ、また明日!」
その日もいつも通り校門前で別れるはずだった…のだけど…。

真弓が立ち止まる。
私も立ち止まった。

「どうしたの…?」

「ヤバイ…始まっちゃたみたい」

真弓の口調に私は苦笑をする。同じ女の子だから、嫌でもわかってしまう。
女の子の日がきたんだ…。

私は予備に持っていた生理ナプキンを素早く真弓のポケットに突っ込んだ。

「ありがとー!明美大好きー!それじゃ、私学校戻って着けてくるね。教室に忘れモノもしてたし、丁度いいや。また明日ね!」

真弓と別れると、私は家に向かって歩き始めた。
周りを見れば下校途中の学生でいっぱい。

「真弓も災難だなあ…、学校で始まっちゃうなんて」

学校…
トイレ…

私の頬を冷たい汗が伝う。

「ううん、トイレに行くだけなら1階でもいいはず…」



――教室に忘れモノもしてたし、丁度いいや。



「真弓…っ」

教室に戻ってからトイレに行くなら、そこから一番近い3階のトイレを使うかもしれない。

違うならそれでいい。

違うならそれでいいの。

「どうか、私の予想が外れていますように…!!」

私は鞄を投げ捨てると無我夢中で走っていた。
もう、大切な友人を失いたくなかった。



《3,過去(1)》



2年前……。


「3階のトイレには、近づかない方がいいよ。幽霊、いるから」

先輩たちは声を揃えてそう教えてくれた。

「ホームルーム後、部活が無い生徒はすみやかに下校すること!トイレに行きたいなら1階にある生徒用トイレを利用しなさい」有沢さんのことには触れずとも、先生たちからも必ず言われていた。
3階のトイレはだめだ、と。



「明美、帰ろ?」

話しかけて来たのは由香だった。
この高校に入学して、一番最初に仲良くなった友達。
知り合って三ヶ月程度なのに、私たちは親友と呼べる程に親しくなっていた。


いつもと変わらぬ下校途中、由香が悪戯っぽく笑みを浮かべて楽しそうに私を見た。

私は、知っている。
由香がこういう表情をした時は、大抵“イイ情報”を入手した時。

「由香……?」

私は気になって、聞かずにはいられなかった。

「ねぇ、知ってるでしょ?3階の女子トイレ…でるらしい、って」

由香は表情を変えず、楽しそうに話す。
知っているもなにも…先輩から、先生から、嫌という程聞かされてきた話題。

今更どうしたというのだろう…?

「やだぁ…3階って…トイレ1つしかないんでしょ?3年生の教室の真ん前にあるっていう…。移動教室の時に行けなくなるからヤメテぇ〜!」

1階を拠点にしている私にはあまりピンと来ない話だけど…3階には音楽室や被服室、それから美術室などがある。
移動教室の時が不便だなぁ、と呑気な事を考えていると隣で由香がクスリと笑った。

「……それがね、知ってれば大丈夫らしいの。だから、教えてあげる。絶対に助かる方法!」

由香は、笑っちゃいなかった。
声を1オクターブ低くして、目をキラリと輝かせる。

「…絶対に…、助かる方法?」

反射的に、無意識的に
だけどしっかりと、聞き返していた。

「そう。あのね、午後の2時以降にトイレに入ったら、必ずノックされるんだ。有沢さんから」

「有沢さん?」

同じクラスに有沢という名字の男子がいたから、つい反応してしまった。

「名前はいいの。あ…でね、ノックが12回だったら『私じゃありません、お隣です』、ノックが13回だったら『有沢さん、コチラです』…こう答えれば有沢さんは大人しく帰ってくれるみたい」

「…間違え 「殺される」

「え…?」

「間違えたら、殺される」


背筋が凍る。
素直に怖いと感じた。

「でもさ、私…自分で見たこと無いモノって信じないんだよね」

由香はニィ、と口元をつり上げて笑う。そして私に腕時計を見せつけた。

――5時3分

時計をみて思わず硬まってしまう。
私は由香が何を考えているのかわかってしまった。
体がカタカタと震える。

そんな私を余所に由香は携帯電話を取り出して、器用に数字を打ち込んでいく。

数秒後、私の携帯が鳴った。
画面には“伊藤由香”の文字。

「もしもーし、明美〜?」

電話にでてみると、当たり前のように由香の声が聞こえてきた。

「…何を…何をするつもりなの?」

私は電話を耳に当てたまま、目の前にいる由香に問う。
返事は直ぐにかえってきた。

「証明したいの。幽霊なんて嘘だ、って。だから明美が聞いてて?明美に証人になってほしいの」

私は首を振った。
由香を止めなきゃ…、そう思うのに、声が、おもうように出せない。

「お願い!私たち親友でしょ?」

親友…。
それを言われてしまっては、断れなかった。
由香のお願いは聞いてあげたい。

「明美、絶対に電話切っちゃダメだからね。一緒に証明するんだから!」
「……う、うん」
私は渋々由香の背中を見送った。



《4,過去(2)》



辺りは普段通りの5時の風景。
歩道は帰宅途中の高校生やサラリーマンで溢れている。

なのに―…。
それなのに…私の周りだけは、妙に静かで。
私は本能的に“何かが起こる”と感じていた。

「明美、着いたよ。3階のトイレ」

先生に見付からなくて良かった、と独り言の様に呟く由香の声が電話越しにでも響いているのが伝わってきた。

「本当に、する気なの?」

「もちろん」

――キイィ……バタン…

扉が開いて、閉まる。

ただ立っているだけなのに、呼吸が苦しかった。

沈黙が、重い。





そして、10分が経った。

「ほら、ね?な〜んにもなかったでしょ」

由香がそう行って個室の扉を開けようとした時、それは、起こってしまった。

コン、コン、コン
   コン、コン、コン






ノックが鳴った。






コン、コン、コン
   コン、コン、コン



ノックの音は12回。

震えが止まらない…。

カチコチになった私の手から、携帯電話が滑り落ちた。

「有沢さん、コチラです!!!」

地面へ落ちた電話の受話器から、由香の叫ぶ声が聞こえた。
違う…、違うでしょ由香…!
ノックが12回の時は『私じゃありません、お隣です』って言うんでしょう!?


次の瞬間、由香の悲鳴と共に水の流される音を聞いた。


――ガラガラガラ……ジャァァア……






聞き慣れた、水洗トイレ特有の、その音を…。



《5,過去(3)》



次の日、学校で由香のことが伝えられた。
――亡くなった、と…。

「由香ちゃん、トイレで死んでたらしいよ。しかも…3階の…例のトイレ!」

「えー、マジィ〜?」

「マジ!マジ!!すんごい死に方してたって」

「やっぱり有沢さんかな」

耳を塞ぐ。
何も思い出したくない。

いやだ。
聞きたくない!

いやだいやだいやだ!!!

「中山、ちょっといいか」

先生から呼ばれて、顔を上げる。
担任の先生が廊下で私を呼んでいた。

「これ、お前のだろ」

そう言って差し出されたのは、私の携帯電話……。

頭が真っ白になる。

「なん、で…」

「3階のトイレに落ちてたらしいぞ。あとで信田先生にお礼を言っておくように」

「………」

先生が行ってしまった後も私は動くことが出来ずにいた。

3階のトイレに、あるはずがない。

由香の悲鳴を忘れようと思って、その携帯電話は昨日川に捨てたのだから。



《6,12回》



「真弓…っ!」
3階までの階段を一気にかけ上がりトイレに到着すると私は泣き叫んでいた。

「明美……」

真弓の声が震えていた。

やっぱり、真弓は来ていたんだ。
何も知らずに、3階のトイレへと。

と、その時…。

コン、コン、コン
   コン、コン、コン

コン、コン、コン
   コン、コン、コン

扉が叩かれた。

聞いたことがある。

由香の時と同じだった。

でも、…ノックの音は聞こえるのに、私には有沢さんの姿は見えない。

「12回だから…真弓、扉に向かって『私じゃありません、お隣です』って答えて!」

「…え?」

「早くっっ!!!!」

私は喉が破けるぐらいに大きな声で叫んでいた。

「私じゃありません、お隣です」

私が言った通りの言葉を真弓は繰り返す。

良かった…
これで、助かるんだ…

私は急いで真弓がいると思われる個室へ飛び込んだ。

「明美ぃ…」
「真弓…っ真弓…っ」

私たちは抱き合って涙を流す。
お互いのぐしゃぐしゃの顔を見て小さく笑った。



――バタン…

突然、扉が閉まった。

笑顔がひきつる。



――コン…

13回目のノック音が、トイレに響いた。












――ガラガラガラ……ジャァアア…














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