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  獅子物語 作者:Strudel
王子様の憂鬱 (2)
「いやね、やっぱ可愛い妹がお世話になっている皇子に真っ先に会いに行くのが礼儀でしょ?だからさ、直接私室に行ってあげたんだよ。わかるかな、この優しい心づかいってもんがさ」
「わかるわけないでしょう!?案内された貴賓室で待っていればいいものを、わざわざ護衛につけていた兵士を気絶させて城内をうろついていればいかにドラヘィリャの王子といっても危険人物とみなされても文句は言えないですよ!!」
改めて本来おもてなしする予定だった部屋に場所を移した私たちだったが、ここに来る間から今にいたるまで現在進行形で二人は言い争いをしていた。
侍女にお茶をもらったイェオーシュア王子は優雅に飲みながら、自分は彼ほど似合う人間はいないんじゃないかっていうくらいの意地悪い笑みを浮かべて、激昂しているレーヴェを見ている。レーヴェは美貌も相まって怒るとけっこう怖いのだが、彼は涼しい顔でそれを受け流していた。
「聞いているのですか、イェオーシュア!?」
バンっとテーブルを叩いてレーヴェは怒鳴った。嫉妬深いけど怒りっぽい性格ではないレーヴェがこんな風になるのはなかなかない。
「聞いているとも。まぁ、全て受け流しているが」
「それ、聞いたことにならないね」
おもわずそう言ってしまった私を見て、彼は「そういうことになるな」と言った。なんだか変な人だ。レーヴェも変だけど、この人はまた違うタイプの変人か。つくづく王族ってマトモな人いないよ。
「ソレイユに話しかけないでくださいっ!」
「嫉妬深いお子様の婚約者なんて、君も大変だねぇ。けっこう苦労してるんじゃないの」
「・・・・ははは」
そりゃもう聞くも涙、語るも涙の連続です。王子。
しかしそれをわかっていらっしゃらないお子様は大いに憤慨して腰に差してある剣を抜きにかかろうとしていた。あー、もう、立場とか関係なしに感情で動くからお子様って言われちゃうんだよ!
「ちょっと、レーヴェ!?」
「アイツは斬ったほうがこの国の、いやこの世界のためになります!」
「ダメだって!国際問題になるじゃないの!!」
刃を向けた時点ですでに国際問題だけどね。この際、そのへんは多めに見てもらうしかないだろう。私も向けちゃったし。相手が強くてよかった。ミケアを滅ぼすところだった。
「落ち着けよ、レーヴェ。君の愛する人が困ってるじゃないか」
「ぐっ」
私を持ちだされるとすごく弱いレーヴェはものすごーく口惜しそうに剣から手を放した。
「そうそう、ちょっとは大人になったじゃないか」
「僕はもうとっくに大人ですよ」
「ふーん」
全然信じてないって顔をしてイェオーシュアは相槌をうった。
「それはそうと、何しに来たんですか?」
「いや、この前に妹がお世話になったからそのお礼をしようと思って」
「だったら書状でいいでしょう。わざわざ来る必要もないのに」
「いやぁ、そこはやっぱり自らお礼しに行くことに意味あるでしょ。それに、噂の婚約者さん見たかったし」
「だったらもうお礼はわかりましたし、ソレイユとも挨拶したんですから帰ってください」
「まぁまぁ、まだ知りあったばかりなんだし。せっかくだから“皇子のご友人”として仲良くしたいなー、って。さっきの剣術の腕前といい、お前みたいな猛獣をうまく懐かせている手腕といい、俺としてはかなり興味わいてるんだよね」
そう言ってイェオーシュア王子は私を見た。するとすかさずレーヴェが私に抱きついてきて叫んだ。
「ソレイユは僕の婚約者です!あなたには渡しません!!」
「そーか、そーか。なら“今度”はとられないように頑張るんだな」
その言葉にレーヴェは今度こそ剣を抜いて斬りかかった。イェオーシュアはそれを受けとめ、弾き返す。
「ま、からかうのはこのくらいにして。ソレイユ、ちょっと俺と二人でお話しよう」
すっと立ち上がり、彼は私の腕を掴んで立ちあがらせた。
「イェオーシュア、触るな!」
「レーヴェ皇子は仕事があるだろう?それまで彼女も退屈だし、俺も退屈。理にかなっているじゃないか」
「そういう問題じゃない!二人でいさせるなんて危険すぎるでしょう!」
「大丈夫だって。本当にお話するだけだからさ」
「でも!」
「レーヴェ様、イェオーシュア様の言うとおり今日中に終わらせなければいけないものもあります。ここはどうか」
後ろに控えていた優秀な側近シャルアールが言った。
「ということだ。じゃ、また後でな」
「レーヴェ、私なら大丈夫だから」
「・・・ソレイユ」
捨てられた子犬のようにしょんぼりとしているレーヴェを見て、私は彼をなだめるように言った。それでもまだしょげているので、私はレーヴェの頭を撫で撫でしてあげた。
「また後ですぐに会えるんだから」
「・・・・・・・。わかりました」
レーヴェはこくりとうなずいた。そしてぎゅっと私の手を握って言った。
「失礼なことがあったら、斬り殺していいですからね」
「いや、そりゃちょっと・・・・」
ないことを願うわー。マジで。

私とイェオーシュア王子は空中庭園を散歩していた。
「先ほどは見苦しいところを見せたかな?俺とレーヴェは仲悪いから、会うといつもああいう感じになっちゃうんだよね」
「あぁ、殺しあいみたいになっちゃってましたよね」
「そうそう。って、けっこう物事はっきり言う人なんですね」
「だって事実じゃないですか」
「まぁ、ね」
そう言って彼は笑った。
「それにしても、あんな風にレーヴェが懐いている女性を見たのはひさしぶりだな。君はやはり類まれなる猛獣使いのようだ」
「猛獣使いって・・・・。まぁ、確かに猛獣と言えなくもないですが」
一応、獅子だしな。猛獣と言えなくもない。
それよりも、私は別のことが気にかかっていた。
「さっき、レーヴェに“今度は”とか言ってましたよね。ついさっきだって“ひさしぶり”って言ってたし。もしかして、猛獣使いの先代とかいたんですか?」
「うん、いたよ。ステラって言ってね、シャルアールの前任者でとても優秀な軍人であったし、同時に美しく魅力的な人だった。彼女は立場上のこともあったし、その面倒見のいい性格もあって、レーヴェの面倒を一番見てた。だからレーヴェも彼女のことを本当に心から慕っていたんだろう」
「でも、今はいないですよね」
今、レーヴェの側近はシャルアールだけだ。
「そう、今はいない。なぜかな?」
「なぜなんですか?」
「君は“リトニア事件”を知っているか?」
「・・・聞いたことはあります」
リトニアはドラヘィリャの同盟国で、熱烈な反レオハルト主義を掲げる国家だ。国自体が内乱や悪政で混乱し荒廃していて、現在は新政権が樹立して戦自体はなくなったものの、貧困にあえぎ犯罪が絶えない。そのリトニアが当時まだ旧政権だったころ、過激な連中が大胆にも皇族を暗殺しようとした事件があった。皇族は無事だったものの、敵の暗殺部隊によって数多くの兵士が犠牲になったという。結果として失敗に終わり、事件の関係者は自害または処刑という悲惨なものだった。
「レーヴェはね、暗殺されかけたんだ。当時はレーヴェも幼く、自分の身を守る力はなかった。レーヴェは言うまでもなく、この国の未来を担う人間だ。彼の側近である彼女はそれをよくわかっていた。だから“自分の命を犠牲にして”彼を守ったんだ」

その当時の状況を知る人間は、惨劇を見た。
血で染め上げられた室内で、泣きながらステラの亡骸を揺さぶっていた幼いレーヴェ。
惨劇の一部始終を見ていたであろうレーヴェを、一体誰がなぐさめられるというのだろう。

「愛しい人を目の前で殺されて、レーヴェはそれ以来強くなることを意識しつづけた。皇国一の剣使いの異名も伊達じゃないほどに。でもその反面、心は今も弱く幼いままだ。大事なものを失うことに対する異常なまでの恐怖、それが無意識のうちにレーヴェの心を蝕み成長を妨げているのかもしれない。俺たち王族っていう存在はさ、たくさんの愛しいものの犠牲の上に成り立つ因果なもんなんだってのに。それをレーヴェはわかろうとしない。今だって、君を失わないように必死じゃないか。ま、俺だって人のこと言えないけど」
そう言ってイェオーシュア王子は自嘲君に笑った。
手をのばし、私の長い髪をすく。優しく、まるで今にも脆く壊れてしまいそうなものを扱うかのように。
「はっきり言って、俺は君とレーヴェが一緒になることを良しとは思わない。庶民である君はこの世界の中ではあまりに無力な存在だ。いつ、どこで殺されようと不思議じゃない。もし君に何かあれば、レーヴェがどうなるかなんて想像つくだろう。それでも君は、傍にいる覚悟があるのか?」
イェオーシュア王子は髪を梳く手をとめ、私の瞳を見詰めた。そこには私の真意を問いただそうとする透徹した紅蓮の瞳があった。
「・・・仮にも敵国の王子なのに、変なことを聞いてきますね」
「確かに国同士の関係は良好とは言えないが。でも少なくとも俺にとってアイツは弟みたいなもんでね。手のかかる弟ほどかわいいって言うだろ?だから知りたいんだ。君がそれを受け止められるのか。今回の訪問はそれを確認しにわざわざ来てやったもんなんだぜ」
「・・・・だとすれば、とんだ無駄足ですよ」
「覚悟はできてるってこと?」
「いいえ。覚悟なんてできてません。だって出会ったばかりだし、もうほとんど拉致みたいな状況で連れて来られたし、婚約者って肩書きだってほとんど詐欺みたいな感じでもらっちゃったんですよ?それで覚悟なんてできるはずないでしょう。でも、私はレーヴェのことが好きです。愛してるとかじゃなくて、とりあえず今は大好きなんです。ワガママで子供で、でもバカみたいに一途に私を愛してくれる彼を裏切るようなマネは絶対にしない。どんな殺し屋が来たってフルボッコして返り討ちにしてみせる」
ぎゅっと手で握りこぶしを作った。自分自身の気持ちを確かめるように。

レーヴェが泣くのは見たくない。彼が傷つく姿は見たくない。
だから、そのためならどんな危険があろうが乗り越えてみせるよ。
それが、彼の想いに対する私の精一杯の気持ちだから。

「・・・・不思議な関係だな。恋愛とはまた別の気持ちか?」
「今のところは王子と一緒です。手のかかる弟ほどかわいいんでしょう?」
意趣返ししてやった。イェオーシュア王子はそんな私を見て、笑みを浮かべる。
「なるほど。今のところは、そういうことってわけね」
「そう。今後の彼の頑張り次第に期待、ってとこです」
「ふむ。これはまずいな」
「何がまずいんですか?」
「俺、初めて見た時からずーっと思ってたんだけどさ。これ言うと絶対レーヴェ怒るかなと思って遠慮してたんだけど」
イェオーシュア王子は私の肩をがしぃぃっと掴み、あっけらかんと言った。
「俺、君のこと好きになっちゃった❤ 結婚してください」
「・・・・・はい?」
ん、なんかこの展開にデジャヴを覚えるぞ・・・。
「やっぱねー、あんなお子様より俺みたいな大人の魅力に溢れた男のほうが君には似合うよー。ほら、俺は20で聞いた話では君は18でしょ。年齢的にはこっちのほうがよっぽどしっくりくるじゃん。レーヴェとだと明らかに釣り合ってないしー。レーヴェにはどーせ妹いるしー」
「ちょっと待ってください!?そんなこと迂闊に言うとレーヴェに抹殺されますよ!?」
「ソレイユ、ちょっと離れてください。今、そこにいる害虫を駆除しますから♪」
「ぎゃー!!れ、レーヴェ!?いつからそこにっっ!」
「つい先ほど。何か嫌な予感がしたので大急ぎで駆けつけてみたら、案の定これですね」
「ちょうどいいタイミングだな、レーヴェ。さっそくだが、ソレイユを俺によこせ」
「ははは、死ね」
今までに聞いたこともないような不穏当な発言をし、レーヴェはすさまじい早さでイェオーシュア王子に斬りかかった。ん、もしかして二重人格!?あっちのレーヴェが出ちゃってるんじゃないでしょーね!?あぁ、今日で何度目なんだろ。これ。
「ケチケチすんなよー、女はよりどりみどりだろーが」
「そっくりそのまま返します。謝罪とか結構ですからとりあえず僕に殺されてください」
「物騒なお子様だなー。でも、あいにくこっちも引く気はないんでね」
適当に剣を弾き返したイェオーシュア王子は、そのまま私の腰を抱くと何か言葉を紡いだ。
「な、何!?」
次の瞬間、強烈な炎が彼の周囲に発生しレーヴェに襲いかかる!
レーヴェは避けたが、その間にさらに紡がれた炎の渦がソレイユとイェオーシュア王子を飲み込んだ。
「ソレイユ!」
レーヴェの声は聞こえるが、炎で何も見えない。
「ソレイユはいただくぜ!それじゃな、レーヴェ」
炎の渦が跡形もなく消失したが、そこには誰もいない。
「ソレイユ!!」
「レーヴェ様!」
遅れてシャルアールがやってきた。レーヴェは剣を戻し、足早に地下に向かう。
「ソレイユ様とイェオーシュア様は!?」
「あいつめ、ソレイユをさらっていった」
「何ですって!?」
「助けにいかなくちゃ。あいつは手が早いから心配だ」
「いけません、皇子!ドラヘィリャに行くにはそれ相応の手続きが必要です。無断であちらへ渡れば身柄の安全を保障できなくなります!」
「そんなことを言っている場合か!?」
「皇子、イェオーシュア様もソレイユ様を乱暴には扱わないでしょう。ここは明日、再度こちらから然るべき対応をとって向こうに行きましょう」
「しかし!」
「レーヴェ様、ソレイユ様はただ守られるだけの姫ではありません。芯の通った強い方です。彼女を信じましょう」
「・・・・・・わかった。シャルアール、あとの雑事は任せるぞ」
「御意」
シャルアールが去り、レーヴェは一人空中庭園にたたずんだ。
「どうか無事でいてください、ソレイユ」
レーヴェの言葉は静かにこぼれ落ち、消えた。


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