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  獅子物語 作者:Strudel
恋する王子は面倒くさい (2)
「はぁ」
手に持ったグラスワインを無意味に転がしながら、私はバルコニーにいた。
もう何度目なのかもわからないため息。“夕食”と称されたトンデモ晩餐会にすっかりうんざりしていたのだった。
ダンスホールには国内外からの上流階級の人間たちが集まっての立食パーティが催され、人々はダンスを踊ったり歓談に興じたりで、庶民の私には到底楽しめる空間ではない。レーヴェもさすがに皇子として私ばかりに構っていられる場合ではないらしく、接待で忙しいのか全然寄ってこない。ま、私としては気ぃ使わなくていいしいいんだけどね。それよりも、一部のお嬢様たちに睨まれたり、こそこそと噂話をされたりするのが個人的に不愉快でここに避難していた。これが荒くれだったら問答無用で殴り倒すのだが、かよわい女性相手にそんなこともできない。一応、それくらいの良識はわきまえているつもりである。
「ここにいらっしゃったのですか」
「あぁ、あなたは」
誰でしたっけ?
言葉が続かない私に彼は苦笑しつつも「シャルアール=エヴァートです」と答えた。そういえば、皇子の側近で闘技大会で戦った相手だ。
「ごめん、顔と名前覚えるの苦手で」
「構いませんよ。自分は典型的なレオハルト皇国の人間ですからね、印象が薄いと言われるのには慣れてます」
それに、隠密行動する時には便利なんですよ。と、彼は茶目っ気たっぷりにつけ足した。
「印象薄いけど、良い男だね」
「光栄です」
別にお世辞を言ったわけじゃない。シャルアールは確かに目立たないけど、見た目は爽やかな好青年だ。レーヴェのようなちょっと人並み外れた美貌とは違い、安心する格好よさである。いかにも二枚目といった容貌は、実は私の好みだったりする。
「ソレイユ様はどうしてこのような場所におひとりで?」
「ん?あぁ、だって面倒じゃない。あーゆーの」
「そうですか。なんだかソレイユ様らしいですね」
「私だけじゃなくて、世間一般の庶民ならみんな同じこと考えるって。あなただって、私と同じこと考えてたからここにいるんじゃないの?」
「そうですね。ま、自分の場合は根っからの軍人でこういった華やかな場所にはそぐわないのでここに来たわけですが」
「レーヴェのお守りしなくていいの?」
「大丈夫でしょう。自分以外にも近衛兵はいますし、なによりレーヴェ様自身も相当な実力者ですから。そこらの暗殺者じゃまず太刀打ちできないでしょう」
「強いの?」
「えぇ、実力は皇国一とも言われているのですよ」
「へー、見えないけどねぇ」
「強いと言えば、ソレイユ様も強いですよね」
「あれはね、人間誰でも旅してそれなりに修羅場をくぐれば到達しちゃうのよ」
「いいえ、あれはそういった経験以前に誰か優れた指導者に剣術を教えてもらわなければ身につかないものですよ。特にああいった独特の剣術は独学で身につくものではない。たとえば、かつて“ミケアの剣”と呼ばれた人に指南してもらわないとね」
私はおもいっきり渋い顔をした。それを見てシャルアールは笑う。生粋の軍人であれば、わかってしまうものなのか。ま、その世界じゃ有名だってことは知ってたが。
「やはり、カティス様の剣術でしたか」
「そーよ、あなたのご想像のとおり。あれはカティス将軍直伝のもの」
カティスはかつてドラヘィリャ帝国の属国になっていたミケアを解放した英雄的人物だ。自身の武勇もさることながら、その卓越した軍師としての実力もすでに軍部内では伝説として語り継がれている。カティスの偉大なところは、それだけの力を有していながら他国を侵略して領土拡張をしなかったことだ。当時の上層部はそれを主張したが、カティスは「身の程をわきまえない愚者は滅亡するのがこの世界の常識だ」と一言で切り捨てたという。その後はミケアを他国に侵略されず、侵略しない安定した国家の基盤を作ったあとはさっさと退役。私の住んでた村にやってきて細々と暮らす傍ら、私のような子供たちに剣術を教えていたのだった。
「羨ましいな」
「みんなそう言うけどね、冗談抜きで何度死にかけたかわからない」
「だからこそ、その強さを得たのでしょう」
「ま、ね。おかげで一人旅しても安全だったもん、その点に関しては感謝してる」
「皇子との婚約も叶いましたしね」
「それは嬉しくないオプション。別にいらなかった」
「皇子の婚約者なんて、なりたくてなれるものではない。将来は国母になられるかもしれないのですよ」
「いーよ、そういうの。私の夢は世界をまわって旅して勇者になって魔王を倒すことなんだから」
「魔王どころか魔物もいない、この平和なご時世にそれは無理ですよ」
「確かにね、でもそういうのに憧れる女なの」
そう言って見つめあうとなんだかおかしくて、いつのまにか二人で笑っていた。
「一曲踊りませんか?気分直しに」
「そうね。それもいいかもしれない」
室内の音楽は外のバルコニーにも聞こえている。二人はバルコニーの中央に立ち、音楽に合わせて踊った。ソレイユは踊りがあまりうまいほうではなかったが、シャルアールはソレイユがもつれないようにしっかりとエスコートしている。こういったそつのなさもやっぱポイント高いよなー、とソレイユは思っていた。女に恥をかかさないのは、良い男の絶対条件である。深い蒼の瞳に惹きこまれるように、ソレイユはじっとシャルアールを見つめていた。
「何をしている?」
二人は同時に手を放し、声のしたほうを見た。そこには怒りを隠そうともしないレーヴェが立っていた。レーヴェはソレイユの腕を掴み、シャルアールから引き剥がした。
「ちょっと、レーヴェ!」
「どういうことだ、シャルアール?彼女は僕の婚約者だぞ!」
「申し訳ございません、レーヴェ様」
「レーヴェ、違うんだってば。彼は私が退屈そうにしてたから相手してくれてただけで」
「仮にそうだとしても!」
あまりに激しいレーヴェの言葉にソレイユの言葉は続かない。
「あんな楽しそうに他の男といるあなたなんか見たくもない」
激しすぎる感情を押し殺そうとするかのような声音。
「レーヴェ様」
「消えろ、シャルアール」
レーヴェの有無を言わせぬ言葉にシャルアールは何か言葉を紡ごうとしたが、諦めた。彼は一礼すると、去って行った。
バルコニーにレーヴェと取り残されたソレイユは、どうすればいいのかわからずにその場に立ちすくんでいた。腕はレーヴェに掴まれたままだ。レーヴェはソレイユから見えないところに顔を向けていたので、ソレイユには彼が何を考えているのかわからなかった。
「・・・・レーヴェ?」
恐る恐る聞いてみると、一瞬の間があってレーヴェは言った。
「僕とシャルアール、どちらを愛していますか?」
「え?」
「先ほどの二人は、まるで恋人同士のように見えました。あのような姿を見せつけられては、僕はまるで一人であなたに想いを寄せて空回っている道化のようだ。本来、あなたとそうなるべきなのは僕のほうなのに」
「それは・・・」
「何がいけないのです?僕は、全てを持っています。あなたが望むものなら、何でも叶えてあげられる力もある。見目だって自信がある。誰もが僕を敬い、愛してくれる。それなのに、僕が最も愛してくれることを望むあなたはそうではない」
ソレイユに向ける空色の瞳はすがるような眼差しだった。
「嫌だ、嫌だよぅ」
レーヴェはソレイユの首筋に顔を埋めて、子供のように同じ言葉を繰り返した。首筋のあたりがわずかに湿っている。レーヴェは泣いていた。
「泣かないで、良い子だから。レーヴェ」
ソレイユはレーヴェの柔らかい金色の髪を優しく撫でて言った。レーヴェの心が落ち着くまで、ソレイユはずっとレーヴェの傍にいた。
しばらくすると、レーヴェはようやく落ち着きを取り戻した。顔は全体的に涙と鼻水にまみれてぐちょぐちょだったが、皇子としてやらなければいけないことはまだある。いつまでも泣いていられるわけではないのだ。
「・・・・ごめんなさい」
か細い声でレーヴェは謝った。レーヴェの顔をドレスのすそでふいてあげながら、ソレイユは「気にしてないから」と言った。言いたいことはあったし、シャルアールにも謝るべきだとは思ったが、彼の今の精神状態では無理に違いない。そこまでソレイユも鬼ではない。
「お願いだから、嫌いにならないでください」
「こんなことで嫌いになんかならないよ」
レーヴェはほんの少しだけ、ほっとしたような顔をした。
「これから顔を洗って、最後に晩餐に招待した客の相手もしなくちゃいけません。でも、そのあとであなたのこと迎えに行きますから待っててくださいね」
鼻水をずずっとして、レーヴェは言葉を続ける。
「わかった、今度は浮気しないで待ってるから」
「はいっ」
やっと笑顔を取り戻したレーヴェは、ソレイユの頬に軽くキスをすると走って行った。その後姿を見送って、やっぱり子供だねとソレイユは思った。今のところ、レーヴェに抱く思いは恋人に対する愛情というよりは、姉が弟を可愛いと思う感情のほうが近い。
「先がおもいやられるなぁ」
けれども、あんな風に一途にまっすぐに相手を想えるということは微笑ましいと思う。その対象が自分だということも、なんだかこそばゆい。
「頑張ってね、皇子様」
ソレイユはバルコニーから見える星空を眺めた。
星は優しく、闇夜を照らして瞬いている。



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