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  残されたモノ 作者:momo
口は災いのもと
 




 のぼせと空腹で倒れて、思いっきり迷惑をかけた事は分かっている。

 早く謝らなければ―――

 セラはスープをスプーンですくって口に運びなが銀色の髪の青年をちらりと見やった。
 その青年は先程から呆れたようにセラを見下ろしている。そして時々、知られぬようにこっそりと小さく溜息をついているのだ。

 イクサーン王国の宰相の肩書を持つ第一王子で、王位継承権を放棄していると言ってもその事実は変わらない。
 二十五年後の世界でカオスが王になっていたのには驚いたが、セラにとっては王だと言う事実よりも彼がカオスだと言う事に何ら変わりはない。ただ、一気に二十五歳年を取ってしまった姿には戸惑いは残る、が。

 だが、カオスの息子だと言うシールは別だ。
 彼は出会った瞬間からセラにとっては雲の上のような身分にある人。よくよく思い起こせば最初から今まで失礼極まりない態度ばかりで、あろう事か…

 (裸…みられた、よね?)

 素直に謝り、お礼を言えないのはそのせいだ。
 意識を取り戻した時セラは、大きな体を拭く為の布にくるまれ柔らかな寝具に包まれていた。
 医者がセラの脈をとる腕をぼんやり見ていると傍にいたあの若い侍女が、セラが浴場で意識を失いシールがここまで運んでくれたのだと笑顔で状況を説明してくれた。
 
 鳥の丸焼に素手でかぶりつきはしてもその辺はうら若き乙女?である。
 カオスの息子?とは言え、今日初めて会ったばかりの医者でもない男に裸を見られたと思うと恥ずかしさは募るばかりだ。

 食事を食べ終えたセラの前に、給仕が白いカップに入れたお茶を差し出す。
 セラがそれに口を付けるとシールは給仕を下がらせ、セラの向かい側に腰を下ろした。セラはカップを戻そうとしたがシールの眼差しがさっきと打って変って真剣なものだったので、慌てて再びカップを持ち視線をカップの中のお茶に落とした。

 「セラ殿、貴方にお聞きしたい事があるのです。」

 カップを置いて目の前に座るシールに顔を向けるが視線は僅かに反らす。

 「貴方がレバノの封印から現れたのは丁度昨日のこの時間です。それまでずっとあなたは封印の中でアスギルと戦っていたと言う事ですが、その時の状況を話していただけますか。」

 昨日のこの時間…昨日の昼から丸一日が過ぎた。セラ自身はもっと時間が経ってしまったように思えていたが案外短かかったのかと思いつつ、結界の外では二十五年が過ぎていたのだと思いだす。

 「状況…ですか?」

 質問を繰り返す。

 「何故、今になって貴方だけが封印から出て来る事が出来たのです?」
 「そんなのわたしにだって分かりません。」

 カオスの言葉通り結界の中と外では時間の流れが違うと言うしか説明がつかない。

 「あの…わたしがこんな姿で結界から出て来たのでカオスも気付いていると思いますけど―――」
 「封印の中で時間が過ぎないという事は、その中にいるアスギルはどんなに時が流れても封印の中で朽ちる事がないって事でしょうね。」

 世界の認識では、闇の魔法使いは封印されたが死んだわけではない。残された者達はレバノの封印を守りながら、封印の中で闇の魔法使いの命が尽きるのを待っていた。
 しかし、二十五年前に闇の魔法使いと共に結界へ身を投じた少女が、その時の姿のまま現れた事でその願いは断たれたに等しい。
 闇の魔法使いはまだ封印されているとはいえ、その封印から少女は抜け出して来れた。その事実一つで世界は再び闇の魔法使いの恐怖にさらされて生きて行く事になるのだ。
 
 「でもフィルの作った結界は絶対よ、そう簡単に破られる物ではないわ。」
 「しかし貴方はその結界から出てきました。」
 「それはフィルが扉を開けていてくれたからだわ。」
 
 フィルネスの魔法がどれほどの力を持っているかを説明するのは難しい。魔法はその目で見たとしても理解し難いものだ。
 セラとてアスギルと結界に飛び込んだ時はこの世界に戻れない事、命がない事を確信していた。だからそれを思うと今ここに生きてこうしている事が不思議でならない程だ。
 
 セラがフィルネスの作った結界から出られたのは一重にあの状況で、フィルネスがセラだけが外に出られるように結界を形成したからだろう。
 フィルネスはセラがアスギルを倒すと、そして生きていると信じたのだろうか。
 そうだとしたら、セラは半分フィルネスの期待に答える事が出来なかったという事になる。

 「そうですか…私は魔法を使えませんのでそれを理解するのは難しい。」

 ですが…と、シールは灰色の瞳でセラを見据えた。

 「封印から出てきた貴方は、昨日までアスギルと戦ったと言うわりには全くの無傷でした。」
 
 魔法で傷を癒せる事は知っているが、それにしてもセラの体には小さな傷一つすらない。
 封印から出てからは意識がなく、セラが目覚めていた時間は殆どシールが傍にいたので傷を癒しているそぶりすらなかった。
 
 「本当はわたしがアスギルとでも?」
 「疑ってみたくはななりますね、ですが…」
 
 残念ながら全くそうは見えない。
 しかし、イクサーンの宰相としてはそうではないと言えるだけの何かが欲しかった。
 
 全てがその目でみれば分かるものばかりではない。世界の優先順位がアスギルの脅威から人間の欲望へと傾いている今、セラの立場は良くも悪くも微妙なものだった。
 
 「全て陛下の申される通りなのでしょう。」
  
 シールはふっと小さく息をもらす。
 いったい何をしているのだろう、自分で質問しながら自分で答えを出している。
 もしかして自分はこの少女に嫉妬しているのではないだろうか。
 
 二十二年父であるカオス王の傍にいたと言うのに、セラの出現によって息子である自分の全く知らない王を見せつけられた。それもほんの僅かな時間でだ。
 シールの知る父は物心ついた時にはイクサーンの王であった。王としての責務に追われる父とは、普通の親子と言える関係を築けなかったのかもしれない。カオス王は常に威厳に満ち、自分にも他者にも厳しい人だった。だがそれに不満を持った事など一度足りとない。王とは、そう言うものなのだ。

 「貴方は陛下の恋人だったのですか?」
 「ぶッ…ごふっっ!!!?」

 突然の言葉にセラは飲みかけのお茶を色気も何もなく吹き出す。吹き出しつつも気管に入ったのかそのままゲホゲホとせき込んだ。

 「あ…ありがとう…」

 答えながらシールの差し出す布巾を受け取り口を拭う。

 「違いましたか?」

 同時にシールがテーブルに零れたお茶を拭きながら再び聞いた。

 「違うわよ、安心して。あなたの父親とどうこうなったりしないから…」

 セラの口調が最初の時に戻っていた。

 「シールです。」
 「シール?」
 「シールと、そうお呼びください。」

 一度も名前を呼ばれた事がありませんと、シールは灰色の瞳を細めて笑顔を覗かせた。

 「一国の宰相様ともあろう方を呼び捨てになんてできないわ。」
 「おや、一国の王を呼び捨てにしている方とは思えぬ言葉ですね。」

 それもそうですけど…とセラは口を噤む。
 いまさらカオスをカオス様…と、呼べるだろうか。なんだかお互い虫唾が走りそうではないか。
 う~ん…と、セラは腕を組み考える。

 「…シール、さん。」

 セラは青と赤の困った眼差しをむけた。

 「分かりました。取りあえずはそれで手を打ちましょう。」
 「ありがとう…それと―――」

 セラは布巾をぐっと握りしめて頬を染める。

 「さっきは迷惑をかけして申し訳ありませんでした。」

 目が泳いでいた。

 「さっき?」
 はて、それはどれの事だろうとシールは首をかしげる。

 「…その、お風呂で倒れて…ごめんなさぃぃ…」

 最後の方は消え入りそうだ。
 最初にセラが目覚めた時に起こった頭激突事件の時とは思えぬセラの様子に、意外にも素直な一面があったのだなとシールは微笑をもらす。

 「いえいえ、こちらこそ目の保養になりました。」

 答えたシールはほんの軽い冗談のつもりだったのだが…
 その言葉にセラの体が硬直し、その身がわなわなと震えだし―――
 シールの左頬にセラの拳が飛んだかと思うと、セラはそのままシールに飛びかかる。
 急に起こったセラの攻撃にシールは対処しきれず、そのままセラ共々床に倒れ落ちた。

 「やっぱり見たのね、見たんでしょうっ! おかしいと思ったのよっ、全くの無傷だなんて言うからまさかとは思っていたけどっ、何の抵抗も出来ない気を失った女の体を勝手に調べまくるなんて最低最悪っ!!!」

 セラはシールに馬乗りになり胸倉を掴んで一気に捲し立てる。

 「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!!」

 誤解です、冗談ですというシールの言葉はさらにセラの怒りを煽った。

 「何が冗談よっ!冗談で人の体を調べるなんてありえないっ、この変態っっッ!!!」

 セラの拳が再び握られたのを見て、シールはその腕を掴むとセラの肩を押してそのまま床に押し付ける。
 形勢逆転。
 シールがセラの腕と肩を押さえて床に固定しセラを見下ろした、が―――
 見下ろしたセラの瞳に涙が滲んでいるのを認め、シールははっとして言葉を失ってしまう。
 
 自分が口にした一言でこの少女はとても傷ついているのだ。セラがまだ十六の無垢な娘なのだと感じ、シールは自分の言葉を後悔した。
 
 「貴方の体を確認したのは女性の医師です。」
 
 最初にここに来た時セラは汚れてボロボロだった。男の医師ではなくわざわざ女性を選んだのはカオス王の指示。
 
 「湯殿から貴方を運んだのは私ですが布を使いましたので裸を見た訳ではありません。」

 嘘である。

 湯の中からセラの体を洗い場に出す時に、目をそらしはしたがちらりとは見えてしまった。だが、その事実を話してしまったらセラは再び暴れだすだろう。

 「手を離しますから…」

 もう暴れないでください―――そう言おうとした瞬間。
 扉が開かれた。

 セラとシールが開いた扉へと同時に顔を向ける。

 開かれた扉に立っていたのはセラの事を手伝ってくれた年若い、大きな声の持ち主の侍女だ。
 侍女は大きく目を見開きしばらく言葉を失っていたが…

 「失礼いたしました…」

 そう言い残すと硬直したまま静かに扉を閉じた。
 
 
  
 
 
 
 
  
 


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