生徒の波をかき分けて、渡り廊下を突っ切って、その先に建つ体育館へと進んでいく。今朝一度訪れた場所であるが、今目にしているそこは、あの時の静かな雰囲気とはまた違った雰囲気を漂わせていた。
体育館の入口は、生徒の出入りに支障が出ないように開け放たれている。そのため、俺たちが入るのにも時間はかからなかった。
俺の腕を引っ張るティアラ先輩は、無言のまま体育館の中をズカズカと進んでいく。体育館の中央には集まった生徒たちが列を作り始めていたので、俺と先輩は体育館の壁と一年生の列との間に空いたスペースへと進路を変更した。
「あれ? 和樹君?」
体育館の隅を通っている途中で、俺を呼ぶ誰かの声がした。聞き間違いかと思いながら、声のする方へ目を向ける。そこには、キョトンとした表情で俺を見ているカリンちゃんの姿があった。
「和樹く〜ん、おはよ〜」
「お、おはよう、カリンちゃん」
「今朝はどこにいってたの? 先にいるって聞いてたから、ずっと待ってたんだけど……」
そう言えば、カリンちゃんは俺がどんな事態に陥っているのか知らないんだった。
俺はティアラ先輩の引っ張る力に抗って、少し歩く速度を落とした。
「ご、ごめん。ちょっと用事が出来て……」
「そうなんだぁ〜。なら、連絡くらいして欲しいよ。キヨミちゃんと2人、和樹君の事を心配してたんだから」
頬を膨らませて少し怒ったような顔をするカリンちゃん。怒っているのに……かわいい♪ 俺、カリンちゃんになら何度怒られてもいいかも……なんて、変な気持ちを持ちそうになった。
「カリンちゃん、誰と話してるの?」
「あ、キヨミちゃん。ほら、あそこ」
「ん? ……………あ! ああぁ――!!」
カリンちゃんの隣で大声を上げる女の子。猫毛のサラサラした髪を揺らして、こっちに人差し指を突き出している女の子。俺が今の状況に至る原因を作った張本人――《春木 代美》がそこにいた。
「カズキ、あんたどこにいってたの! 心配してたんだからね!」
「ご、ごめん…………じゃなくて、全ておまえのせいなんだよ!!」
「ほぇ?」
俺が何を言っているのかわかっていない様子のキヨミ。仕方ない、ちゃんと説明してやるか。
「あのな――」
「ちょっと、矢代君。早く行くわよ!」
「――うわぁ!」
ティアラ先輩が俺の腕をグイッと引っ張る。俺はよろけながらも、何とか倒れまいと踏みとどまった。
「せ、せんぱい!?」
「何モタモタしてるの?」
「えっ、あ、ちょ、ちょっと……」
「もう、グズグズしているのは男らしくないわよ! さぁ、早く行きましょ♪」
強情な先輩は、俺の言葉を聞き入れてはくれなかった。
「ねぇ、キヨミちゃん。和樹君の横にいる人って……天ヶ崎先輩、かな?」
「天ヶ崎?」
「ほら、入学式の時、会長さんが『気をつけた方がいい』って言っていた――」
「あ、あぁ〜思い出した! “ピーヒャラ”っていう2年生よね?」
「違うよ〜。某マンガの主題歌『揺れるポンポロリン』に出てくるような名前じゃないよ! あの人は、天ヶ崎“ティアラ”!」
「そうだったね。で、なんでそんな人とカズキが一緒なの?」
「さぁ……」
後ろから微かに聞こえてくる2人の会話。それに耳を傾けながら、俺はティアラ先輩に抵抗していた。
「矢代君、抵抗しないの! 矢代君のためにやるんだから、あなたがそんなんじゃダメでしょ?」
「す、すみません。で、でも――」
「まさか怖気づいたの? そんな事じゃ、この先の試練を乗り越えられないわよ!」
この後に起こる事は、試練とも言える危ない事なのか……と、少しだけ気持ちが下を向いた。
「さぁ、行くわよ!」
腕を強引に引っ張る先輩は、女の子とは思えないほどの強い力で俺の抗う力を退けた。
「ちょっと、カズキィ〜! 聞きたい事が……」
「――ご、ごめん! 詳しい事は後で話す!」
俺は進む方向とは反対に顔を向けて、キヨミとカリンちゃんに言伝を残した。
◇
体育館の垂れ幕付近。周りでは生徒たちが各学年、各クラスに分かれて列を作っている。
その並びの一番左端――進行用に使われるマイクが設置されて、放送部の女の子と先生方が待機している場所――に俺と先輩はいた。
「先輩、今から何をするんですか?」
真っ直ぐ前を向いている先輩に、俺は問いかけた。だが、先輩がこっちを振り返る事はなく、また返事が返ってくる事もなかった。
ひたすら前進する先輩の背中を追って、チョコチョコとついていく俺。まるで先輩の付き人みたいな感じだ。右側にいる一年生の列からは、クラスメイトの俺を見つめる視線がちらほらと。反対の左側からは、先輩の姿を見て顔を引きつらせる先生方の不安げな視線がちらほらと……。
二通りの眼差しが交錯する道を歩き進めていると、突然前を行く先輩の足が止まった。
「――あら? ティアラじゃない。こんな所に何の用?」
先生たちが並んでいる体育館の端で、先生たちよりも偉そうな態度で腕組みをしている女の子がいる。前髪を中央で分けて、清純な雰囲気を醸し出している女の子は、俺の前にいるティアラ先輩を見つめていた。
「今日はみんなに“どうしても”報告したい事があるのよ。それで少しだけ話をする時間を頂きたいと思って、玲奈に相談に来たんだけど……どうにかならないかしら?」
「ふぅ〜ん……そうねぇ〜。あまり長い時間は取れないけど、少しだけなら何とかなるわよ。私用に設けられた時間があるから、それをあなたに少しだけあげる」
「ありがとう、玲奈」
「どういたしまして――と言っても、別に礼を言われる事じゃないわ」
「あら、奇遇ね。わたしもあなたに礼を言うつもりなんて本当は無かったから」
「そうなの? なら、言わないでほしいわ。あなたに『ありがとう』なんて言われたから、少し鳥肌が立っちゃったわ」
和やかな会話?
「フフフフ……」
「オホホホ……」
表面上は笑顔でやり取りをする2人――なのに、どうして刺々しい印象を受けるのだろう。おそらく目に見えない胸の内では、すごい事が起きているに違いない。
2人の危ない雰囲気を感じ取った俺は苦笑いを浮かべて、その場から離れるように身体も気持ちも一歩分後退させた。
俺が怯えている間に、体育館には全生徒が集合していた。準備が整った事を確認した先生は放送部の女の子に指示を出し、全校集会の開会宣言を速やかに実行させた。
「では最初に、生徒会長の《吹雪 玲奈》さんから挨拶があります」
マイクを伝って響く声に、ティアラ先輩と向き合っていた女子生徒がピクッと反応した。
俺の目の前にいる清純そうな女の子。この人が、この学園の生徒会長《吹雪 玲奈》先輩である。
玲奈先輩はアナウンスを受けて、壇上へ向って足を踏み出した。
「それじゃあ、ティアラ。また後で」
「ええ、また後で」
微笑み合う2人。その間で、火花が散っているような気がした。
壇上へ登った玲奈先輩は、全校生徒を前にしても気丈な態度を貫いている。さすが生徒会長といったところか。背筋の伸びた姿勢は何とも優雅で、生徒を見つめる瞳は輝きと優しさに包まれていた。
「皆さん、おはようございます。生徒会長の吹雪 玲奈です」
玲奈先輩の澄んだ声が、静かな場内にスッと染み込んでいく。朝の爽やかな時間帯に新鮮な風が舞いこんだように。
「新学期が始まって数日が経ちました。新入生の皆さん、学園の生活には慣れましたか? 2年生3年生の皆さん、人生の先輩として誇れる生活を送っていますか? 休み明けでまだ生活のリズムが作れていない方は、散りゆく桜のように流れに身を任せるのではなく、花びらを身に纏うそよ風のように、自分で流れを作るんだという気持ちを持って下さい」
優しく喝を入れる生徒会長に、生徒たちは真剣な顔つきで返答した。
「さて、本日は特に連絡事項もないので、私の話はここで終わりにしたいと思います……が、その前に。
実は先程、ある生徒さんから“皆さんとどうしても話がしたい”という要望がありました。皆さんの貴重な時間をその方に差し上げていいものか……と少し考えましたが、熱意ある姿に心打たれてお話し願おうと思います」
玲奈先輩がこっちに目を向ける。隣にいるティアラ先輩は顔を引き締めて、舞台へ上がる準備を整えていた。
「――風紀委員のティアラさん、どうぞ」
優しく囁かれる、麗しき美声。導かれるように、ティアラ先輩は力強く一歩を踏み出した。
「矢代君、行くわよ!」
「は、はい!」
俺も先輩に続いて壇上へと歩き始めた。
全校生徒の顔が一望できる場所。俺は今そこに立っている。大勢の前に立つなんてそう経験できる事ではないから、今俺は心臓バクバクの超緊張状態。そして、注がれる視線は“あいつ、誰?”って感じのモノ。そりゃあ、入学してまだ4日しか経ってない俺の事を知っている人なんて、クラスメイト以外ではいないだろう。何とも落ち着かない雰囲気に、俺は気を休める事が出来ないでいた。
一方ティアラ先輩は、壇上に上がるなり直ぐに中央の机に向かい、取り付けられたマイクを握って話をする姿勢をとっていた。少し騒がしくなった場内にも怖ける様子なく、なんとも堂々とした姿である。
「みんな、おはよう!」
第一声を放ったティアラ先輩。その言葉に耳を傾ける生徒はほとんどなく、辺りからひそひそと話し声が聞こえてくる。視界には、やや引き気味の生徒の表情。先程先生たちも同じ表情していた事を考えると、どうやら先輩はみんなから距離を置かれた存在らしい。触らぬ神に触れてしまい同行する破目となった俺には、同情の眼差しが少なからず向けられていた。
「今からする話は、とても重要なことです。みんな、集中して聞いてちょうだい」
ついに真相が明かされる。“なぜ俺がここに立たされているのか?”それが解るという事で、俺はいつも以上に集中していた。
「最近、この体育館で不思議な事が起きているのは、みんな知ってるでしょ? ――そう、学園の怪談に新たに加わった『朝から奇声のする体育館』って話のこと」
騒がしかった場内に静けさが戻ってくる。学園の怪談になるくらい広まっていた話とあって、みんなの関心が集まったようだ。
「わたしはその真相を探るべく、今朝単独調査に踏み切りました」
ちょっと淋しい事を言いますが、先輩はみんなから謙遜されてますよね?
なら、常に行動は“単独”のような……。
あまりに注意深く聞いていたために、妙な所に気を取られてしまった。そんな俺をよそに、先輩の話はどんどん進んでいった。
「朝の清々しい時間帯。静寂に包まれている学校。今日に限って笑う声を聞くことはできませんでした……。
――しかし、そこで断念するわたしではありません! “もしかすると……”と思って、体育館に向かいました。そして体育館に踏み込んだ私は、真実をこの目で目撃しました」
突然騒ぎ立てる生徒たち。「早く続きを聞かせろ!!」と声を上げている。
「みんな、慌てないで。ちゃんと話すから」
聞き分けの良い生徒ばかりなのか、一瞬にして元の静かな場所に戻っていく。
「それじゃあ、言うわね。わたしが体育館で見たモノは……」
ゴクンと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「誰もいないはずのこの場所に、一人寂しく佇む少年でした」
先輩の声がこだまする。それだけ、周りがシーンとしていた。
「わたしは彼を捕まえて問いただしました。そして、彼の口から聞きました。『笑い声を上げていたのは、俺です』と……」
ひんやりとした空気の中を、言葉だけが流れていく。そして、山彦のように熱のこもった声が返ってきた。
「それは誰なんだよ!」
「お化けじゃなかったの!?」
「ちょっと気持ちわる〜い!!」
「もしかして、うちの生徒?」
「そいつ頭おかしいんじゃねぇ!?」
誰に向けられているのかわからない罵声は、的確に俺の心を打ちのめしていった。
「みんな正体が知りたいみたいね? いいわ、教えてあげる。その少年とは……みんなの目の前にいる――」
先輩が俺の方に手のひらを向ける。微笑みを浮かべている先輩は、嬉しそうに言った。
「矢代 和樹君です♪」
俺の名前を公表した先輩。まるで有名な偉人を見ているかのように瞳が輝いている。
だが、ティアラ先輩以外の人たちは冷たい視線を送っていた。まるで異人を見たかのように顔が引きつっている。
先輩、俺のためにやっているんですよね?
俺にとって“良い事”をやっているつもりなんですよね?
でも、これって良い事?
ただ“晒し者”にされているだけのような……。
公開処刑されている気分なんですけど……もしかして、みんなの前で罪を償えと?
突き刺さるような無数の視線に、俺は立っているのがやっとだった。
場内を飛び交う酷い言葉。悪口を言われている方がまだマシなくらいだ。そんな現状に何を思ったのか、ティアラ先輩は声を荒げて怒りを露わにした。
「みんな、うるさぁ――い!!」
強い感情のこもった言葉は、みんなの行動を停止させた。
「和樹君が“なぜ笑っていたのか?”その理由も知らずに、悪者扱いするなんてどういうこと?」
先輩。悪者じゃなくて腫れ者ですよ。
あと、先輩のせいでこうなりました。
「理由を聞いたら、きっと考えを改めるわ。いい〜? ちゃんと聞きなさいよ!
矢代君はね……矢代君はね、なんとあの偉大なるアニ○浜口大先生が考案した『笑って健康になる体操』を行っていたのよ!」
…………。
無音となる体育館内。カチンと固まってしまった生徒たち。
冷たいレーザー砲の嵐から一変して、完全に場が凍りついている。
ここは何かの被災地ですか?
先輩……状況が悪化しています。
フォローしたつもりかもしれませんが、全くフォローになっていません。
状況の変化を読めていない先輩は、さらに言葉を続けた。
「矢代君は素晴らしい人なのよ! だって、アニ○浜口大先生を神と称える人なんだから」
称えてません、称えてませんよ〜。
「そして、矢代君はわたしに言ったわ。『俺は笑って健康になる体操を広めます。だから、“笑って健康になる体操部”を作ります』って」
言ってない! 言ってない!
「だから、みんな……笑って健康になる体操部 部長《矢代 和樹》君をどうぞよろしく! 入部者募集中だから、興味を持った人は入ってあげてね♪」
楽しそうに話す先輩とは真逆の反応を示す全校生徒。痛い人を見るように、俺を完全に拒絶している。
俺はこの瞬間、人生の終わりを感じた……。
「はぁ〜。ちょっとだけあなたに感心してたんだけど、やっぱりティアラはティアラね?」
今まで壇上の脇に身を潜めていた玲奈先輩が、ティアラ先輩の元に歩み寄る。
「それはどういう事かしら?」
「あら、わからない? 風紀を乱す者を取り押さえた所までは良いけど、最終的に風紀を乱す手伝いをしているのよ? 変な部活を設立しようなんて、ホント理解に苦しむわ」
「玲奈には理解できなくて当然よ。偉大な人間が為し得ようとすることは、常に一般人には理解できない事なんだから」
「あなたと話していると、ホント頭が痛いわ。常識の範囲内で行動してくれない?」
「それはできないわね。わたしと矢代君は“この世界を変える者”になるんだから」
「……そう」
玲奈先輩は呆れたように溜息をついて、ティアラ先輩(と、ついでに俺)を憐れむように切なげな瞳で見つめていた。
「そこにいる“彼”も、あなたと同種の人間なのね……」
ち、ちがいます!
玲奈先輩、俺は良識ある人間です!
「理解できない人たちと、これ以上会話するのは憂鬱だわ」
「仕方無いわよ。わたし達は人間の枠を超えて、超越者になるんだから」
既に常識の枠を大きく超えてますねぇ〜、ある意味。
先輩と違って、俺は遠慮させてもらいますが……。
「話終わったんだから、さっさと降りて」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「――あ、それと……部活の申請はまだ出してないでしょ?」
「ん?」
「……いいわ。可哀想だから、私が許可出しといてあげる」
「へぇ〜、たまには良い事するわね」
「お礼の言葉は要らないから、さっさと降りて」
変な空気の中、俺とティアラ先輩は退場した。
壇上を降りた後、クラスの列に戻る事など出来そうになかったので、俺は一足先に自分のクラスへ戻ることにした。
その後は、思い出すのも苦痛なほど悲惨な事態が待っていた。唯一キヨミとカリンちゃんだけが『笑って健康になる体操部』の設立に喜んでくれた。
【笑って健康になる体操部】……現在、部員数3名。部長《矢代 和樹》、部員《春木 代美》《三日月 歌鈴》……以上。
◇
この出来事があったせいで、俺はKYと呼ばれるように……なるには、ちょっと不十分かもしれない。というのも、実はこの話には続きがある。
大惨事の起こった日の翌日。俺は“学校に行きたくない”と思いつつも、重い足を引きずりながら登校した。
学校の門を潜ると、数名の生徒が声かけをしながらビラのようなものを配っていた。
「四ノ宮学園ニュースの新刊で〜す! どうぞ、お受け取り下さ〜い!」
通りゆく生徒に片っ端から声をかけて、抱えているプリントの束から器用に一枚だけを取り出して渡している。
初めて見る光景に戸惑ったが、突っ立っていても仕方ないので登校する生徒に紛れて歩みを進めた。
「四ノ宮学園ニュースの新刊で〜す……って、あ!?」
俺の顔を見るなり、驚いた表情を見せるビラ配りの少年。昨日あれだけの事を仕出かしたのだから、こういう反応は当たり前かぁ……。
怯えた表情を見せる少年は、震えながらも俺に新聞を渡してきた。
「ど、どうぞ……」
「え? あ、ああ……」
俺も受け取るか受け取るまいか躊躇したが、結局受け取ってしまった。
下駄箱に向かって歩く中で、手にした新聞に目を向ける。『スクープ!! 四ノ宮学園の怪談《笑い声のする体育館》の真相』というトピックスが、まず目に入った。
続きを読むと、そこには昨日の出来事を思い出させる内容がビッシリと載せられていた。
『――早朝、体育館から笑い声が聞こえてくる。本来笑い声は人の心に心地よく響くモノだが、誰もいない学校から聞こえてくるとなると非常に不気味である。そんな奇妙な出来事に見舞われていた四ノ宮学園。正直、登校するのが怖いと思っていた生徒もいただろう。
しかし、昨日その真相が明らかになった。なんと、新入生であるKY君が起こしていた事だった(プライバシー保護のため実名は伏せてさせていただきます)。理由は――』
その後も長々と綴られている文章。最後はこういう文で締めくくられていた。
『【KY君についての豆知識】
学年:1年A組 出席番号:35番
生年月日:19××年3月20日
身長:172センチ 体重:57キロ
所属:笑って健康になる体操部(部長)
一言:天ヶ崎さんと並ぶほどの変人です。皆さん、注意しましょう☆』
……。
えぇ〜と……コレは何ですか?
最初に書かれていたプライバシーの保護は、どこに?
個人情報満載なんですけど……なぜ??
そして、最後の一言。アレは余計だろ――!!
全校生徒に配布された新聞。
昨日の出来事と新聞部の計らいによって、見事俺はKYと呼ばれるようになりました、とさ。
めでたし、めでたし……。
…………。
まあ、そういうわけですよ。
今俺はこの学園における“時の人”になっちゃったわけですよ。
はぁ……死にたい……。
「――ねぇ、KYは嫌なの?」
うん、嫌……。
…………ん? いったい誰の声?
ふと我に返って、顔を上げる。そこには困った顔をしたカリンちゃんがいた。
ああ〜そう言えば俺、今キヨミとカリンちゃんと話をしていたんだった。
あまりにも長い回想をしていたために、現実を忘れてた。
「ねぇ、KYは嫌?」
再度問いかけてくるカリンちゃん。
現実に戻ってきた俺は、真面目な顔で答えた。
「ゼッタイ嫌です!」
「そ、そうなんだ……。なら、しょうがない。いつも通り和樹君って呼ぶね」
「うん、そうして下さい」
「は〜い」
明るく笑みを見せるカリンちゃんに、ちょっと救われた気がした。
「それよりもカズキ、もうそろそろ活動しないの?」
何か思い出したようにキヨミが尋ねてくる。
「活動って?」
「ぶ か つ☆ 部活だよ」
「あ〜あ……」
「カズキが何もしないんじゃ、私たち動けないんだけど……」
「確かにそうだよね。部長が率先しないと、僕たち動けないよ」
「でしょ〜? ねぇ、何かしようよ!」
「何かって言われても……」
ベンチに深く座りなおして、思考を巡らせる。
その時、俺の肩に誰かの手が触れてきた。
「それなら、良いアイディアがあるわよ!」
俺の後ろで声がする。
そっと振り向いてみると、自信満々な表情をしたティアラ先輩が立っていた。
「あ、ティ―ちゃん!」
「あ、天ヶ崎先輩!?」
「ハルちゃん、ミカリン、こんにちは」
「ティアラ先輩、いつからそこにいたんですか?」
「ヤッシー、わたしは神出鬼没なのよ。あなた達が気配を察知できるには、あと20年くらいは必要よ!」
満面の笑みを浮かべるティアラ先輩。実はこの人、現在『笑って健康になる体操部』の一員となっている。入部にあたって色々な事があったんんだけど……話すと長くなるので、また別の機会に。
先輩は入部してすぐに、キヨミ、カリンちゃんと仲良しになった。かくいう俺も“ヤッシー”とあだ名で呼ばれるくらいの仲になっているが……。
「神出鬼没!? それって、カッコイイ♪」
「ありがとう、ハルちゃん」
「あの〜天ヶ崎先輩、良いアイディアって何ですか?」
「あ、そうだったわね」
先輩はコホンと一回咳をついて、真面目な顔で口を開いた。
「あのね、みんなで花見をしたいと思っているんだけど、どうかしら?」
「花見ですか?」
「そうよ。ちょうど季節は春だし、部活の今後を考えて、親睦会というのも有りじゃないかなって思ったの」
「花見……良いですね!」
「でしょ?」
「うんうん、すごく良い。ティーちゃん、最高!」
「ありがと♪」
花見かぁ〜、確かに良いかもしれない。
最近モグラのように真っ暗な生活を送っていたから、そういうイベントは大歓迎だ。
「ヤッシーはどう?」
「俺も賛成です」
「よ〜し、決まりね。早速だけど、明日辺り……どうかしら?」
「明日って、土曜日?」
「学校もお昼までだし、良いですよ」
「俺も大丈夫です」
「オッケ〜♪ それじゃあ、明日のお昼に花見を決行で! 場所は駅の近くにあるフレッシュパーク!」
「りょうか〜い♪」
「それと、各自でお弁当を準備してきてね? 出来るなら、みんなで食べれるようにピクニック仕様で!」
「は〜い♪」
こうして俺たちは、初の部活動“花見”を行う事となった。
お弁当かぁ……。俺料理作れないからなぁ〜。
母さんにでも頼むかぁ。
久々の楽しいイベントに俺の心は弾んでいた。
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