「あなたにどうしても頼みたいことがあるの」
「・・・何?」
「私の・・・家族にならない?」
・・・どうせまた、能力絡みの話だよね。もう、うんざりだよ。
僕は、真剣に話をしている目の前の女の子を軽蔑した。
手を変え品を変えと言った所だろうか。それでも、僕の心が揺らぐことはない。
彼女は、通称『腐女子』と呼ばれている。
この高校でも、一握りの人間しか入ることの許されないA組の1人だ。
ちなみに僕は、J組。
10あるクラスで最低のクラスであり、所謂落ちこぼれの集まりに過ぎない。
僕は、返事を待っている彼女を嘲笑う。
「・・・冗談?」
それが僕の結論。
僕は席を立つと、がっくりと項垂れる彼女を無視して、教室を後にする。
廊下で、何人かの生徒とすれ違う。僕が通り過ぎると、後ろでひそひそと、だけどわざと聞こえるように話を始める。
つまり、彼らが言いたいことはこうだ。
「・・・何で、この学校に無能力者がいるの?裏口入学か?」と。
僕だって、望んで学校に通っているわけじゃない。
そもそも、ホームレスのような生活をしていた時、偶然の出会いがきっかけでこのような腐った場所に戻ることになった。
・・・出会わなければ、よかったのかな。人に馬鹿にされ続ける生活に戻るくらいならと、いっそ昔の方がどんなによかったことか。
あの日、偶然にも、もしかすると必然だったのかも知れないけど、路地裏でゴミを漁っていた僕は彼女と出会った。
そして、彼女は出会い頭に言った。
「・・・ねえ、君の名前は?」
「人の名前を聞くときは、自分から名乗るものだと思うけど?」
「・・・生意気な子ね。まあ、いいわ。ねえ、何か願いたいことはない?」
その時、僕はこの人は危ない人だと直感した。
けれども、自分でもよく分からないうちに願いを口にしていた。
「今すぐ死にたい。・・・だけど、自分じゃ怖くて死ぬことが出来ない。だから、殺してほしい」
彼女は、僕の言葉に眉1つ動かすことなかった。だけど、少しだけ面食らったようで、持っていた本を地面に落としていた。
そして、本を拾い上げると初めて笑顔を見せた。
「じゃあ、死んだら?」
・・・全く簡単に言ってくれるよ。
淡々と言う彼女に、僕は呆れるしかなかった。
「・・・初対面の人に変なこと言ってごめん。今のことは忘れてくれる?じゃあ、僕は忙しいから」
僕は、逃げるように彼女に背を向けると、収穫を手に歩き出した。
だが、彼女は僕の手を掴むと強引に引っ張った。
そして、今まで感情を表に出していなかったことが嘘のように叫んだ。
「待って!・・・どうして?どうして、どうして、どうして?」
「っ!?」
あー、何だかやばい人に関わったんじゃないよね。
彼女は、目を見開いて、得体の知れないものでも見るような目で僕を見ていた。
しばらく、彼女は僕をじろじろと観察していたが、急に携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。
「・・・もしもし、パパ?私よ、咲夜。・・・うん、ちょっと気になることがあるの。今から迎えに来てくれる?実は、私の能力が効かない子がいたの。うん、待ってるから」
・・・どう考えても、やばいじゃん。
僕は、咄嗟に彼女の腕を振り払うと、逃げ出した。
このままだと、よからぬ実験の材料にされてしまう。
この世界では、能力を持たざるものは人間と認めてはもらえない。
そして、無能力者は絶対的少数。
全人口の1%程度しかいないと言われている。
彼女もすぐに僕を追いかけてきた。
これでも、運動能力は自称だけどいい方だと思っている。けれども、そんなことが関係ない時だってある。
「待ちなさい。止まらないと、撃つわ」
そして、彼女は拳銃を構えると、発砲してきた。
幸い掠ることもなかったが・・・当たったら確実に死ぬと思う。よくて、大怪我だろう。
だが、上から何か妙な音が聞こえ、ふと上を見上げる。
「うわっ!?」
拳銃の弾1発にすら耐えられなかったのか、上から金属の塊が降ってきた。
慌てて止まったおかげで、何とか突っ込まずに済んだけど、よく見るとその金属は所々完全錆びてしまって、ボロボロになっていた。
逃げ道がなくなった僕のところへ、彼女はゆっくりと近づいてくる。
さっきは、死にたいなどと言ったけど、今はどうにか生き延びたいと思っている。
非常に矛盾していると自分でも思うけど、心のどこかでは、きっと本当は死にたくないって思っているんだろう。
拳銃を向けながら、こちらに近づく彼女に僕は震えが止まらなかった。
だが、それに気付いた彼女は立ち止まり拳銃を仕舞うと言った。
「大丈夫よ。別に私は君を迫害しに来たわけじゃないわ。ただ、興味があるのよ。私の能力が効かなかった、君自身に。自己紹介がまだだったわね。私の名前は、葉月 咲夜 (はつき さくや)。能力は、『願いを叶える』こと。もう1度、光の当たる世界で暮らしたいとは思わない?」
「・・・じゃあ、1つだけ条件がある。・・・」
今思えば、あの時は仕方がなかったのかもしれない。
「・・・我ながら間違った選択だったよ」
僕は、今日もこうして授業をさぼって屋上でのんびりと過ごしている。
こうして日の当たる生活が出来ることは幸せなのかもしれない。
葉月さんと、その両親の口添えもあって僕は、今は学校に通い、小さなアパートに住み、アルバイトをしながら生活をしている。
葉月さんたちは、駅に近いマンションを用意すると言ってくれたけど、それは丁重に断った。
自分の生活は崩したくなかった。それは、意地なのかもしれない。
だけど、こうして学校にいること自体が、少しずつ変わったということなのかもしれない。
「・・・何というか・・・哲学だよね」
自分が変わったということに気付くということは難しいことだ。
僕自身、昔と何か変わったと問われれば、それは周囲の環境くらい。
でも、何だかんだ言っても、結局は他人の好意をほとんど受け入れてしまっていることに変わりはない。
「・・・僕も結局俗物でしかないってことだよね」
僕は、そう呟くと大きく伸びをして深呼吸をする。
そして、思う。今、こうして生活できることは、悪くないことだ。
能力のないものは淘汰される。それは、決して抗うことの出来ない運命。
「ほんと、世界って不平等だよね・・・」
この世界は、正直生まれながらにしてその地位が決まると言っても過言ではない。
生まれながらにある能力によって、今後の地位は決まってしまう。
能力はA、B、C、Dの全部4つに分けられる。
Aランクともなれば、数も少なくまた社会に対する影響も大きい。
その影響は、主にマイナス面が目立つ。そのため、Aランクは特別に保護、もとい監視されなければならない。
Bランクは、Aランクとは違い、実社会で役に立つとされる能力がここに属する。
だが、このAとBの境界は曖昧であり、結局は審査官に左右されることが多い。
Cランクは上記以外全てが含まれ、国民の大半はここに属している。
その能力は、はっきり言ってくだらないものが多い。または、非常に限られた使い方しかできず、普段は何の役に立つかすら分からない。
こんなのでも、能力があるという理由で威張っているのだから手に負えない。
そして、Dランクは、無能力者の総称だ。僕も、ここに属している。
所謂差別対象であり、人権もなければ保護すらもしてもらえない。そもそも、人として見てはもらえない。
その際たるものとしては、結婚が禁止されていることだろうか。根拠もなく親から子へと遺伝する、そう考えられている。
「・・・遺伝ね」
ふと、家族の顔を思い浮かべようとするけど、あまりいい思い出もないので止めておく。
まだ春の初め。今日は風も強く、決して温かいわけではない。
少し体が冷えた僕は、戻ろうと思い、伸びを1つすると起き上がった。
すると、屋上の扉がまるで手品でも見ているかのように消えていることに気付いた。
だけど、よく見ると所々扉だったものが残っている。
「・・・違う、あれは」
「そうだよ、あれは私の仕業」
「っ・・・」
突然聞こえた声に驚き少し視線ををずらすと、そこには朝教室で不快極まりない提案をした女の子がいた。
彼女の名前は確か・・・そう、白百合 唯 (しらゆり ゆい)さんだったと思う。
さっきも言ったけど、A能力者でA組に所属している。
『腐女子』というのは、別にBL云々ではない。彼女の能力に由来している。
彼女の能力は扉のことでも分かるかもしれないけど、『触れた物を腐らせる』というものだ。
自分に触っても大丈夫みたいだけど、自分の制服はアウトらしい。もちろん、人間だってアウト。A組きっての危険能力者だ。
見た目は、清楚でお淑やかな感じがするけれど、能力のせいでみんな離れて見ているだけだ。
どちらかというと、顔はまだ幼い印象が色濃く残っているけど、将来はきっと美人になるだろうと主観的に判断した。
その彼女は、その長い髪をなびかせながら近づいてくると、僕の近くで立ち止まりフェンスに寄りかかった。
「・・・もう1度、考えてくれないかな?」
そして、白百合さんはフェンスの金網に触れた。
「・・・」
「・・・あ」
彼女は意図的に触ったわけではなかったようで、その腐ってしまった部分を何の感慨もなく見つめると、溜息をついた。
「ね?」
「と、言われても・・・」
自分勝手な都合を押し付けられても困るのは、僕だけだろう。
ウィンクする姿は非常に可愛らしいのだけど、それとこれとでは話が違う。
すると、彼女は業を煮やしたようで僕に近づき、手が届く距離まで来ると僕に手を伸ばした。
「ほら、やっぱりね。・・・前にね、偶然気付いたんだよ。それで、あなたのことは色々と調べさせてもらったの」
僕の腕を掴みながら、白百合さんは心の底から嬉しそうだった。
「咲夜先輩からも少し話を聞いたんだよ。君の能力の及ぶ範囲とか・・・」
・・・あの人か。
確かにあの人は、面白そうとかいう理由で誰にでも話しそうな気がする。
出会ってから、そこまで長くはないけど、それだけは分かる。
でも、どうしても僕には解せないことがあった。
「・・・それで、僕の能力のことを聞いて、あの朝の話になるってこと?」
白百合さんは、こくりと頷いた。
・・・どうやったら、そこに辿り着くのだろうか?彼女は、たぶん普通ではない考え方の持ち主なんだろう。
僕が、呆れた視線を白百合さんに向けると、何故か彼女は照れた。
「はい。・・・家族と言っても、あなたを養子にもらうわけではありません。結婚しましょう、手っ取り早く」
「は?」
世界が凍りついたように、僕の周りの時は止まったように思えた。
邪険にしようにも、何だか言い返す気力が失せてしまった。
ネジが緩んでいるのか、はたまた抜けているのかは知らないけど、言っても理解してくれそうにないし・・・。
「高校1年では、法律上結婚は無理だけど・・・事実婚ならできると思うの。それに、あなたが近くにいてくれれば、私にだって可能性が色々と増える。人に触れる事だってできる」
白百合さんの言葉は聞いていると、何だか吐き気を覚える。
自分勝手なことばかり言っている彼女には、何の同情もできない。・・・きっと、僕自身も人を助けようという気持ちがないから、心が腐ってしまっているに違いない。
・・・どうして人に頼ろうとするんだろう。
都合のいい言い訳かもしれないけど、他人に近づかなければ他人に傷つけられることだってない。
だからこそ、彼女のためにもきっぱり拒絶しなくちゃいけない。
「・・・白百合さんが、結婚したいのは僕の能力でしょ?それに、僕には何のメリットもない」
僕は、これ以上話す余地はないと、白百合さんの横を通り抜けようとした。
しかし、白百合さんは僕の腕を強く掴むと、泣きそうな顔で言った。
「・・・やっと幸せになれるって思ったの。自分勝手だってことも十分に分かってる。・・・あなたに私の苦しみが分かる?昔はね、私の能力はまだ鉄を腐らせるだけだった。でも、今は違う。人にも物にも触れることができないんだよ。もう1人ぼっちは嫌なの・・・」
僕は、もう1人でいたいと思う。家族や友達だって僕が無能力者と分かると、僕を露骨に避けた。
また、人が自分から去っていくのが怖いんだ。だから、最初から人を近づけない。
僕もまた自分を守るために必死なのかもしれない。
「・・・だったら、能力制限用の首輪でもしていればいいと思う」
「効果はほとんど無いに等しいよ、そんなの」
僕の提案はあっさりと否定された。
確かに、あれはC能力用に開発されたもので、A能力にはほとんど意味を成さない。
国は、全力で開発しているけど一向に完成する気配すら見せていない。
しばらく話の糸口を見つけることができずにいると、1時間目の終わりを告げるチャイムが僕たちに聞こえた。
「それじゃあ、もう僕は行くよ。・・・応援はするよ」
「・・・」
彼女は、もう何も言わなかった。
・・・冷酷だと思われたかもしれないけど、知ったことじゃない。
僕は、もう振り返ることはしなかった。
校舎に入ると、何だかひんやりとして涼しかった。さっきまでは、太陽の下でずっと話していたのだから、仕方が無い。
階段を下りようとすると、後ろから声をかけられた。
「・・・君もなかなか悪ね」
背後からくすくすと笑う声に僕はすぐにその正体に気づく。
僕は立ち止まると、振り向くことはせずに言う。
「葉月さん、聞いていたんですか?で。介入するんですか?」
声の主は、含みを持たせた言葉を使った。
「さあ、どうかしら?・・・ふふっ、応援『は』するわ」
葉月さんの言葉を聞いて、僕は無責任な言葉を言うもんじゃないと痛感した。
僕は、珍しく放課後まで学校に残っていた。
理由は、特に無い。
「・・・今日も寄っていくか」
僕が、教室を出ると、教室の中から笑い声が聞こえた。
もう慣れてしまったけど、集団で人を馬鹿にすることしかできない奴らなんて無能でしかないと、僕は思う。
あいつらは、何かしてくるわけじゃない。ただ、集団で僕の方を見て、嫌らしい笑みを浮かべているだけだ。
・・・どうでもいいけど。
学校から、1時間ほど歩いていくと、あたりの景色ががらりと変わった。
建物は、ボロボロ。地面で寝ている人があちこちにいる。いわゆる、スラム街って所になる。
僕のことを知らない人がじろじろとこっちを見ているけど、大抵は知り合いだ。気軽に挨拶をしてくる。
その中を、僕は縫うようにして真っ直ぐに僕は進んでいく。
そして、所々壁が抜け落ち、中がむき出しになっている建物へとたどり着いた。
そこには、3人ほどの子供が遊んでいた。その中の1人が僕に気付くとこちらに駆け寄ってきた。
「あっ、りーにぃー」
僕は近くに来たその女の子の頭をなでる。
そうしていると、中から年老いた老婆が出てくる。僕も一時期世話になっていた人だ。
「こんにちは、須島さん」
「まあ、利久ちゃん。また、大きくなったのね」
須島さんは、笑顔で僕のことを出迎えてくれた。僕もここでは笑顔でいることができる。たぶん、唯一落ち着ける場所かもしれない。
ここは、無能力者の孤児が集まる孤児院だ。
中には、ここの存在を聞いてわざわざ子供を捨てていく親もいるという。
それに、子供だと放って置くと、犯罪グループに入ったりするために保護をする必要がどうしてもある。
だから、集団でこうして生活している。少なくとも1人でいるよりは安全なはずだ。
「須島さん。これ、少ないですけど今月のお金です。あとで、買ってきてほしいものがあったら僕が買ってきますから言ってください」
僕がお金を渡すと、須島さんは申し訳なさそうに受け取る。
「本当にありがとう、利久ちゃん。利久ちゃんに斗貴ちゃん、それに怜ちゃんが助けてくれるから私たちは本当に助かってるわ」
正直な話、ここの経営だって崖っぷちだ。
食料や水の確保は、子供と須島さんだけでは、どうしても無理が出てくる。
だから、僕はあの時、葉月さんに交換条件を出した。あれだけ、不利な状況でも、交換条件をあちらが飲んだのは、僕の能力のおかげに過ぎない。
そのため、食費だけでなく、最近ではテレビやボールなどのおもちゃも買うこともできるようになった。
「・・・便利なんだか、不便なんだか」
僕が、思わず溜息をつくと、ここで一番懐いてくれている家守 愛莉 (いえもり あいり)が心配そうに寄ってきた。
この子だけは、実は他の子供とは違って能力者、しかもA能力の持ち主だ。
そして、その能力が厄介で、『消去』と呼ばれている。簡単に言うと、触れるだけで相手の能力を消してしまうというものだ。
結果として両親は無能力者になってしまい、彼女を捨てるとどこかへ行ってしまったという。
現在は11歳だけど、今いる中では最もここの暮らしが長い子供になる。
「どうしたの・・・疲れてる?」
「そんなことないよ」
僕がそう言うと、彼女はボールを差し出し言った。
「・・・みんなで遊ぼ」
「分かったよ。みんな、ドッジボールするよ」
僕がそう呼びかけると、その辺りにいた子供たちが集まってきた。
・・・また増えたんじゃ。呼びかけで集まった子供を数えながらそう思った。
1時間ほど、ドッジボールをしていると辺りが段々と暗くなってきた。
すると、近隣の人たちが集まってきた。
夜は、みんなで食事をするのが、ここのルール。
食料は各自持参するのは、その中でも鉄則だ。
「今日は、味噌持って来たぜ」
「俺なんか、魚貰ってきたもんね」
「・・・ぱくったんだろうが」
こうして、相互に助け合いながら、僕たちは生きている。
だけど、今日はのんびりとしている暇なんてなかった。
急に誰かが駆け込んでくると、叫んだ。
「おいっ、こっちに警察が来るぞ!」
その声を聞いた途端、みんなは次々と荷物を持つとその場を離れていく。
僕は、その声の主が誰だかすぐに分かった。
近くに行くと、片手を挙げて呼びかける。
「斗貴、久しぶり」
すると、斗貴はこっちへやって来た。彼もまた無能力者だ。
僕と同じ年齢で今は、何でも屋をやっていると聞いた事がある。結局、汚い仕事しか無能力者には回ってこない。
「おっ、利久、戻ってたんか。すまんな、ヘマして厄介なのがついて来た」
・・・全く暢気なものだよ。僕は、斗貴の適当さに呆れ返る。
一応、人とは付き合わない僕だけど、出会ってから3年ほどになる。僕が、能力があることも知っているけど、何も気にしていないようで、いつも役に立たない能力だと言われている。
僕たちが話をしていると、近くで物音がし、数人の足音が聞こえてきた。
「で、迎え撃つ気?」
「こんなとこで戦ったら迷惑や。いっぺん外に逃げてそこでケリつけたる」
そう言うと、斗貴は護身用の拳銃に弾を込める。
しかし、僕らにとって想定外のことが起きた。
足音の聞こえるのとは反対側、孤児院のみんなが逃げたほうから何やら泣き声が聞こえる。
僕らは、顔を見合すとその声の聞こえるほうへと走り出した。
段々と泣き声は大きくなってくるのが分かった。
そして、少し開けた所で須島さんが倒れていて、その周りで子供たちが泣いているのが見えた。
その中心で、高笑いする1人の男を見て、斗貴はあからさまに舌打ちをした。
「・・・ちっ、こいつもおったんか」
僕もその姿を確認すると思わず舌打ちをする。
・・・よりにもよって、能力者か。たぶん、斗貴の仕事絡みの相手なんだろう。
そいつは、斗貴を見つけるとにたにたと気色の悪い笑いを浮かべながら近づいてきた。
「正直、困るんだよねえ。白百合の所の指輪盗られちゃあ、俺の面子は丸潰れな訳よ。早いとこ返してくれないか?」
・・・今日の仕事は泥棒って訳か。僕は1人納得する。
だが、斗貴は何も言わずにいきなり発砲した。
「げっ、みんながいるじゃないか」
僕は斗貴に注意するが、斗貴は涼しい顔だ。
その理由を僕はすぐに知ることになる。
「・・・鉛玉が当たったくらいじゃ、痛くもない」
・・・硬化か。僕は、何となく目処をつける。
すると、彼は近くにいた愛莉を捕まえると言った。
「この譲ちゃんを助けたいなら、さっさと指輪を返しやがれ、このクズが!」
あーあ、キレたよ。
でも、僕も斗貴もその男に哀れみの視線しか送ることができない。人質が人質だし・・・。
しかも、愛莉は手袋をこんな時にしていないし。
でも、あの興奮した男からどう助ければいいんだろう?
僕も斗貴も打開策を見出せずにいた。
とりあえず、交渉をしてみようかな・・・かなりダメっぽいけど・・・。
「今の地位が惜しかったら、絶対にその子に触れないでくださいよ」
「ああっ!?立場分かってるんか、ボケがっ!」
・・・とりあえず我慢だ、我慢。
「その子には、指1本触れないくださいよ」
「そんなにこのガキが大切か?」
「あなたに言う必要はない」
「・・・お前、ロリコンか。幼女は止めておけ」
・・・何で僕が説教されてるんだ?
「いや、むしろあなたの身を心配しているんですけど・・・」
「・・・悪い、俺はその気持ちには答えられない」
「・・・1回、パンの耳に頭ぶつけてみたら?」
「んだと、こらっ!?」
・・・はい、交渉決裂。
無駄な時間を過ごしていると、後ろからこちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。
・・・まずいな、どうすればいい。みんなを置いて逃げるわけにもいかないし。
僕は、色々と考えるが答えは出なかった。
「お嬢様、いました」
結局、僕らは完全に道を塞がれてしまった。
僕が向いている方には、硬化男。斗貴は、スーツの男たちと対峙している。
「ご苦労様。さあ、盗んだものを返してもらえる?あれがないと、私結婚できないんだから」
・・・何だか聞いた事があるような。
嫌々振り向くと、そこには白百合さんが立っていた。でも、スラム街には似つかわしくないドレス姿だった。
「・・・どうしてここにいるの?」
「あー、やっと見つけた」
彼女は、僕の質問を無視すると、僕に飛びついてきた。
周りのみんなは、唖然として僕らを見ていた。
でも、すぐに孤児院の子や斗貴の視線が変わった。
「お前、裏切ったのか?」
こんなに冷たい斗貴の言葉を聞くのは久々だった。
拳銃を構えると、僕の方に向ける。返答しだいでは、撃つと言わんばかりだった。
僕が、とりあえず落ち着かせようとすると、白百合さんが先に口を開いた。
「そこの拳銃を持ったあなた。案内してくれてありがとう。おかげで彼に会うことが出来ました。金堂さん、もうその子は離して上げて下さい」
彼女がそう言うと、あっさりと愛莉は解放される。そして、すぐに僕のところへと走り寄ってきた。
「よく頑張ったね、愛莉ちゃん」
「・・・うん。でも、お婆ちゃんが・・・」
そう言って、緊張の糸が切れたように泣き始めた。
しばらく、僕は愛莉ちゃんの頭を撫でながら、そっと抱きしめた。
しかし、須島さんは、気絶していただけのようで、その後目覚めた。
子供たちが、みんな嬉しそうだったのは言うまでもない。
そして、僕らは今孤児院にいる。
机に座っているのは、僕と右隣に斗貴。左隣には白百合さん。そして、正面には、須島さんが座っている。・・・何故か、僕の膝の上には、愛莉ちゃんが座っていて、白百合さんと睨み合っている。
他の子供たちは、奥で遊ぶように須島さんが言うと、素直に奥に行った。
子供たちがいなくなったのを見て白百合さんが、事情を説明すると担がれていただけだったということに気付いた斗貴が怒りを抑えながら言う。
「・・・全部、あんたらの手の平で踊らされてたちゅーことか」
真相は、白百合さんは僕に断られた後、既に調べてあった人間関係を使って僕を探し出すことにしたらしい。
まずは、何でも屋をやっている斗貴に自分の家の宝石を盗ませる。
僕が、孤児院に行くことは知っていたようで、場所を知るためのエサにしたということだ。
がっくりと、斗貴は項垂れると、僕に力なく言った。
「・・・お前、変なのに好かれたな」
「・・・否定はしないよ」
すると、不満そうに白百合さんは反論する。
「私は、そんなに変じゃありません。確かに能力者だけど、それ以外は普通の女の子です」
・・・絶対普通じゃない。
けれども、段々と空気が険悪になると、今まで黙っていた須島さんが口を開いた。
「白百合さんだったかしら。あなたは、どうしてここまでして彼を・・・利久ちゃんを追ってきたの?」
倒れた拍子に頭を打ったらしく、巻いている包帯が痛々しい。
白百合さんは、それを見て申し訳なそうな顔をする。
「実は・・・」
彼女は、僕に話したのと同じことをそのまま話し始めた。
彼女が話し終えると、しばらくその場は静まり返った。
でも、しばらくすると斗貴が急に吹くと、僕に向かって馬鹿にしたように喋り始めた。
「ぶっ・・ありえん。利久、お前やっぱり変なのに好かれるんやな。ただの自己中やないか、この女」
机をバンバンと叩きながら、笑う斗貴に僕は少しだけ殺意を覚えた。
しかし、すぐに須島さんが注意する。
「斗貴ちゃん、やめなさい。お客様を馬鹿にしてはいけません」
「・・・はい」
須島さんに注意されると、斗貴はしゅんとなる。何だかんだ言っても、僕たちは須島さんには、頭が上がらない。
今も、これからも。
そして、斗貴に注意した須島さんは、僕と白百合さんにある提案を持ち出した。
それは、僕の人生を変える大きな言葉になった。
「・・・ねえ、本当にこれ家?」
僕は、今見たこともない大きな屋敷の前にいる。こんなに大きな建物は学校くらいしか知らない。
それに、今まで住んでいたアパートやスラム街とは比べ物にならないほど綺麗で整った場所だった。
僕が、驚きと興奮で辺りをきょろきょろとしていると、くすくすと笑いながら白百合さんが言う。
「・・・そんなに緊張しなくていいよ。今日から、あなた・・・じゃなくて利久さんの家なんだから」
「・・・借りて来た猫のように大人しく過ごすよ」
「うーん、釣れないなあ、もう。でも、そこが可愛いんだけど」
・・・勝手に言ってれば?
僕は、もう何も言い返さない。さっきまで初めて巨大な屋敷を見た興奮が一気に冷めてしまった。
どうして僕がここにいるかというと、須島さんのあの提案のせいだったりする。
あの時、須島さんはこう言った。
「相手のことを何も知らないのに、いきなり否定するのは、利久ちゃんの悪い癖ね。1ヶ月ほど、一緒に住んでみたらいいんじゃないかしら。それでも、ダメだと思ったら・・・白百合さん、あなたもすっぱりと諦めてもらいます」
・・・まあ、たった1ヶ月。そうすれば、またいつもの日々だ。
でも、まあ・・・これだけ大きな敷地があるなら、少しくらい分けてくれればいいのに。無駄に広い庭を見ながら、切実に思う。
「どうです、広い庭でしょ?気に入りました?」
・・・白百合さんは何にも分かってないし。
すると、白百合さんは、深呼吸をすると僕の前に立った。
「ようこそ、私の家へ。そして、利久さんの新しい我が家へ。私は、ここに宣言するよ。1ヵ月後、みんなを招いて結婚式を挙げるって」
そう言って彼女は、生き生きとした笑顔を僕に見せた。
・・・笑顔は可愛いとは思うけど、1ヵ月後に結婚って。
何だか物凄く先が思いやられる気がした。
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