殺し屋の苦悩PDFで表示縦書き表示RDF


この作品は弥生祐先生主催の「五分企画」参加作品です。5分で楽しめる短編企画♪
「五分企画作品」で検索すれば、他の作家さんの作品を読むことができます。因みに今回のテーマは「争い事」です。
殺し屋の苦悩
作:北加チヤ


 高木は煙草を一本口にくわえた。上着のポケットをまさぐり、古びたライターで煙草に火を付ける。静まりかえった部屋の中では、煙草の小さな火が燻る音さえ鮮明に聞こえた。

「さや子……」

 一人っきりの部屋で、高木は小さく女の名を呟いた。
 煙草から立ち上る煙はゆらゆら揺れながら天井へと上っていく。その煙が高木に女の幻影を見せた。
 長い黒髪、すこしきつめのつり目。笑うと赤い唇が恐ろしいほど美しく見え、肌は雪のように白い。
 ――さや子。
 妖艶な女の姿に、高木は思わず手を伸ばした。
 だが女を掴もうとした手はただ空を切るだけで、女の幻は一瞬にして空気の中へと溶け、消えた。
 高木は所在なくなった手を下ろすと、卓上に落とした煙草を拾い上げた。
 ――居るはずのない女の姿を見るなど滑稽だ。
 高木は自嘲気味に笑った。
 今まで何人もの人間を死なせてきたくせに、感傷的になるような年でもあるまいしと彼は思った。





 その日高木が風呂から上がると、居間に置いた携帯電話に一件着信が入っていた。
 緑色に点滅するランプ。それを見て誰からの電話なのか悟った高木は慌てて携帯電話を手に取った。画面を開くと留守番メッセージが一件保存されている。高木は一度深呼吸すると、メッセージ確認のボタンを押した。

「進藤だ。例の件決まったよ……やはり、さや子には死んで貰う」
 受話器から、聞き慣れた男の声がした。

 進藤――彼は高木にこの業界で生き残っていくためのすべを教えた男だ。世間知らずの若造だった高木に、世の中の厳しさを教えた男。齢52歳。今年30歳になる高木とは10年来のつき合いだ。
 高木は進藤からの短いメッセージを聞き終えると携帯電話を置いた。
 上が決めたことには逆らえない。さや子が死ななければならないなら、その舞台を用意するのは高木の役目だ。
 高木はため息をつくと、ぼんやりと天井を仰いだ。
 ただ命令するだけの人間は楽だなと高木は思う。彼らはそれを実際にやる人間の気持ちなど知りもしない。高木がさや子にどんな想いを抱いていたかなど全く考えもしないのだ。彼らが一番に考えるのは自分たちの利益。高木が苦労した結果によって生み出される金なのだ。
 しかし、と高木は頭を振った。高木は上に文句を言える立場ではない。結局彼はその連中から金を貰って生活している。こうして都内の高級マンションで暮らせるのも、彼をちやほやしてくれる女がたくさんいるのも、そういう連中のお陰なのだ。
 高木は頭を振ると、雑誌や書類に埋もれたノートパソコンの電源を入れた。そして、いつもの様に文書作成のアプリケーションを開く。

「……『淡雪の恋、紅華の愛』最終回。サブタイトルは、永遠の別れと誓い……か」
 彼は静かに呟くと、キーボードを叩き始めた。



 

 小説『雪の恋、紅華の愛』のヒロイン・さや子の死は、大きな反響を呼んだ。
 高木は自身のホームページに寄せられたメールや、出版社に届いたファンレターを読んでその事を知り複雑な心境になった。最後はハッピーエンドにしようと思っていた話を、出版社の意向で悲恋に変えた。それがより読者の心を打つとは……その事実は物書きとして喜べるものではなかった。
 高木の気持ちをよそに編集長である進藤は読者からの反響に大変満足し、新しい連載枠を用意していることを高木に告げた。彼は「悲恋ものを書かせたら高木先生の右に出る者はいない」と上機嫌だった。

(なんでも悲恋ものに書き直させているくせに……)
 高木は喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、進藤から原稿料を受け取って出版社を後にした。



 物語の最後、登場人物の中の誰かが必ず死ぬ。
 そのことから高木は『殺し屋』とあだ名されていた。毎回毎回飽きもせずに悲恋もの。その高木の作風をワンパターンだと貶す者も多かったが、どういうわけか高木の作品は若い女性達から絶大な支持を受けていた。
 もちろん高木は好きでそんな悲恋話ばかりを書いているわけではない。元々彼はSF小説家志望だった。そして大学生の頃から色々な賞に公募しては落とされていた。
 自分には才能がないのかもしれない。そう思い始めていた高木を拾ったのは、当時急激に売り上げが落ちていたN出版の『ラぶるるノベル』編集長・進藤だった。
 進藤は高木に恋愛小説を書くことを薦めた。読者が求めているような『売れる小説』を書けと彼は言った。
 高木はそれまで小説というのは一種の芸術だと思っていた。文字を使って造り出される空想世界。小説家というのは有る意味“神”だと若い頃の高木は思っていた。
 だが進藤が語るのはもっと俗っぽい話だった。
 世の中で評価されるものは全てがビジネスと繋がっている。ただ面白いことを書けば売れるのではなく、競争社会で生き残って行くための知恵が必要だと進藤は語った。
 処女作だけ売れて消えていった作者がどれだけいるか。世の中に受け入れられなければ、どんなに良作を生み出しても一瞬にして消えてしまう。
 進藤は高木に、

「俺に口出しされたくなかったら、口出しできないような作品を書け」
 といった。

 その言葉は高木の胸にずしんと響いた。





 一人きりの部屋で煙草を燻らせながら、高木はパソコンのディスプレイを睨んでいた。
 自身の小説『雪の恋、紅華の愛』の最後を読み返し、ため息をつく。
 結局の所、小説のヒロインを死なせたのは高木自身なのだ。
 高木の能力不足。出版社の方針とか読者の好みとなんてものは言い訳に過ぎない。高木が進藤を納得させる作品を書けなかった、それだけのことなのだ。
 高木は静かにノートパソコンを閉じる。煙草を灰皿に押しつけると大きく深呼吸をした。

 明日からまた小説を書く。
 ワンパターンの話しか書けず『殺し屋』と馬鹿にされようが、いつか進藤が口出しできないような作品を生み出すために、高木は物語を書き続けるしかないのだ。
 小説家、として。


ばればれだったらごめんなさい。前半のミスリード狙い、正体が分かってて読むと不自然じゃなく仕上がってるはず(汗)
争い事がどこに含まれているのか、コーヒーで言うところのキャラメルモカマキアートくらいにアレンジしちゃってるんで、伝わりにくかったと思います。
酷評お待ちしてます…






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