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マッチョorバトルあり恋愛系

ラブ筋富む



 とある大国の辺境に、獰猛な魔獣はびこるオソレン山脈があった。
 その麓には、百年程前の大陸戦争時代に武勲を挙げ男爵位を得た男の一族が暮らしている。
 領地を賜った際、王命により、山々から溢れ出る脅威の排除を生業とすることを強いられた彼らは、しかし、成り上がり者を蔑む多くの中央貴族たちの目論見を余所に、そんな死と隣り合わせの日々をむしろ享楽として受け入れたのだった。

 風の噂によれば、彼ら一族は性別によらず逞しい肉体と太ましい精神性を有し、人の身でありながら、産まれて即座に立ち上がり、産声代わりに奇声を発しながら己が生涯において必殺になりうるであろう技を繰り出すのだという。
 あまりに荒唐無稽な話ゆえ、それを耳にした者は出来の悪い冗談だとして一笑に付したが、彼らの闘いを目の当たりにした人間に限っては、皆、惑い口を噤んでいた。
 アレらならば、有りうる……と。





 そんな戦闘一族が現当主マッソーズ男爵には、例に漏れず、はち切れんばかりの筋肉を誇る二人の息子と一人の娘がいた。
 花も恥らう年頃、正確には十七歳になったばかりの乙女である男爵令嬢は、名をガチムキアという。
 結婚適齢期真っ只中にある彼女だが、未だ決まった相手はおらず、兄たちと共に山の魔獣を間引くばかりの血生臭い日々を送っている。
 家族の推す厳つい猛者との見合い話もあるにはあったが、ガチムキアはその全てを物理的に一蹴し、独り身を貫いていた。
 己のワガママで周囲に迷惑をかけることに申し訳なさはあったが、それでも、どうしても彼らを受け入れる心情にはなれなかったのだ。
 彼女自身にすら根源を察せぬ違和感が、頑なに男たちを認めようとはしなかった。

 そんなある日のこと。

 時に魔境とさえ囁かれる国の最果てマッソーズ男爵領に、国家転覆の暗躍者である大罪人が逃げ込んだとして、十数名の騎士たちが派遣されてきた。
 団長と多くの団員たちは大捕り物の主な現場である中央都市から離れられず、しかし、首謀者の一人を捨て置くことも出来ぬと、副団長率いる少数精鋭による速度重視の追跡と相成ったらしい。

 当然の流れとして、男爵家が彼らに必要な寝床や物資、情報の提供をすることとなったのだが……。

 そこで、ガチムキアは生まれて初めての恋をした。
 一族のボディビルダーじみたガチガチの黒光りマッスルボーイたちとは違う、プロレスラーのようなどっしりと弾力あるプリムチ筋肉を持ち、かつ、野生的剛体毛を全身に纏うヒゲ達磨男、クローショ伯爵家次男、三十六歳、離婚歴ありの現独身、ジェントリオット副団長に、彼女は一目惚れをしたのだ。

 彼の蠱惑的な肉体を前にして、己が求めていたものはコレだったのだと、本能的に全てを……自身の性癖を悟るガチムキア。
 令嬢らしからぬ彼女の筋骨粒々さを影で揶揄する騎士たちに対し、ジェントリオットが「無辜(むこ)の淑女を侮辱するなど、それでも騎士か、恥を知れ!」と叱りつけている様子を動物的聴力で拾い上げた時などは、あまりの感激で休息していた東屋の石机を拳で真っ二つに割ってしまったほどである。
 剛毛ヒゲ達磨な見目に反する彼の紳士な態度に、ガチムキアの好感度はうなぎのぼりだった。
 けれど、一族の中では珍しく内気で控えめな性格の彼女に、はしたなくも女性側からアプローチを仕掛けるような真似など出来るはずもない。
 結果として、現代的にいえば十二.〇ほどの視力でキロ単位の遠距離から彼をストーカ……見守るばかりで、糸ほどの繋がりも紡げぬまま、ガチムキアの幸福の日々は終わりを迎えた。

 その後、分かりやすく塞ぎこむ彼女へ発破をかけたのは、実の母、ザガッツェミナである。
 相対し現状敵わぬと判断した上での戦略的撤退であるならばまだしも、一度として挑む気概すら見せぬとは何事か、ときつく娘を叱り付けたのだ。
 叱責の締めくくりに、ザガッツェミナは声高らかに初代から続くマッソーズの家訓の一部を唱える。

『敗北は全て勝利のための糧とせよ!
 真なる敗北を認める時、それは全ての足掻きを尽くした先の、満足なる死を受け入れし刹那にのみ許されしものである!』

 促され、母親に続けて家訓を口から紡げば、不思議とガチムキアの胸に闘志が湧いてくる。
 轟々と燃焼を始めた心に応えるように、彼女は力強く椅子から立ち上がった。
 そんな娘の奮起に、僅かに唇の端を上げて迫力の笑みを浮かべるザガッツェミナ。
 彼女は、餞別だと言って、懐から取り出した小袋をガチムキアに投げつけた。
 中級までの魔獣なら一撃で滅してしまえそうな母の豪速球を難なく受け止めた娘は、その感触から中身が大量の硬貨であることを理解する。
 ガチムキアがこれから何をしようとしているかを……中央都市へ恋戦争(ラブウォーズ)を仕掛けに旅立とうとしているのを分かった上で、子の背を押してやろうという親としての愛の形だった。
 見目はともかく、仮にもマッソーズ領内でのみ育った世間知らずな貴族令嬢であるからして、道中、路銀はいくらあっても困るものではない。

 そうして母の支援を受けたガチムキアは、愛馬ならぬ魔獣の愛暴牙牛に跨り、雄叫びを上げながら住み慣れた我が家から一時の離別を果たしたのであった。
 ちなみに、彼女を溺愛していた父や兄たちはこぞって反対の声を上げていたが、家庭内最強であるザガッツェミナがその実力をもって物理的に黙らせていた。



~~~~~~~~~~



 道中、マッソーズ男爵領の外に生きる者たちの脆さとか細さに、彼女がカルチャーショックを受けたのは言うまでもない。
 先ごろ領地を訪れた騎士達も一族と比べれば大概は細かったのだが、その時のガチムキアの目には副団長の姿しか映っていなかったため、まったく記憶に残っていなかったのだ。
 これまで山脈の魔獣と身内のみを相手にしてきた彼女は、改めて、ごく一般的な人間に対する力加減というものを覚えることが急務となったのである。

 さて、その際に役立ったのが、なんと盗賊の存在であった。
 多人数で襲い来る彼らを退(しりぞ)けるにあたり、これならば例え失敗しても良心の呵責に悩まされることもなければ、罪に問われることもないと、暴牙牛の一鳴きで全ての馬を失神させ逃走の足を奪ったところで、手近な者からトライ&エラーもといタッチ&マーダーを繰り返して、最終的に一撃で木っ端微塵にせず軽症で生かして捕えるだけの技術を身に付けることに成功する。
 ガチムキアの腕力調整作業により刻まれた恐怖は凄まじいもので、町の衛兵に引き渡された盗賊たちはむしろ、早急な死刑を望んだほどであったという。

 その後も、一人旅の女を遠目に鴨と見誤ったか、魔獣や盗賊の襲撃は引きも切らず、彼女は中央都市に辿り着くまでの十数日、彼らを元手に少なくとも金に困ることのない旅生活を送ったのだった。

 各領を経由する際、魔獣である暴牙牛を連れている件で少々悶着が起きたという事実に関しては蛇足であろうか。
 通常の動物と違い、魔獣は凶暴でけして人に手懐けられるような生物ではない、というのが世の常識である。
 だが、そんなことは露とも知らぬ箱入りのご令嬢は、内心多大な焦りと混乱に見舞われながらも、表面上は毅然とした態度で領兵たちを説得しようと奮闘した。
 通常の馬では一族の筋肉や武器の重みに耐え切れるものではないし、徒歩以外の移動手段を持たぬのは不便の一言、戦闘においても役割は様々あり、そもそも愛情を持って育てあげた家族の一員であるリンリンを失うわけにはいかない、というのが彼女の主張だった。
 領民を守る兵たちがそのような個人的な了見を通すなど有り得ないのだが、焦りと共に段々と濃厚に覇気を漏れさせていくガチムキアに、自らの死を垣間見た男たちは、最終的に恐怖から声を失い首を縦に振ることしか出来なくなってしまう。
 時に騒ぎを聞きつけた領主が出張ってくるような場面もあったが、大きな戦の経験もなければ直接的な命のやり取りの経験もない平和に慣れきった貴族ごときが日々魔獣狩りに勤しむ彼女の百戦錬磨オーラに対抗できるはずもない。
 結論、土地の最高責任者のお墨付きを受けて、むしろスムーズに事が進むようになったほどだった。


 そんなこんなで、中央都市をようやく視界に捉えようかという距離まで歩を延ばしたガチムキア。
 しかし、本来華々しく咲き誇るはずのその場所は、遠目にすら理解せざるをえない程の異常に襲われていた。
 さながら深い呪いに包まれているかのような暗雲に閉ざされる都市の中に、禍々しい気配を撒き散らす巨大な生物の影がぼんやりと映っている。
 ガチムキアが咄嗟に暴牙牛の名を呼べば、魔獣は主人の焦りを汲むように、雄叫びと共に怒涛の走りを開始した。
 経緯はともかく、脅威の出現に対して中央騎士団に所属する彼女の想い人が駆り出されぬ道理はない。
 ジェントリオットが今にも命の危機に晒されている可能性を考えれば、彼の愛を求めるガチムキアが逸る感情を抑えるなど出来るはずもなかった。

 一秒一秒と近付くにつれ、凄惨な現実が明らかになっていく。
 どうやら、都市を囲う暗雲には何らかの結界作用のようなものがあるらしく、避難を阻まれた人々が絶望の表情で不可視の壁に縋りついていた。
 すでに内部の建物は少なくない数が瓦礫と化しており、同時に多くの命が失われてしまったことが窺い知れる。
 更に闇の向こうへ視線をこらせば、やがて巨大生物の正体が伝説級の魔獣、世界の深遠に住まうとされる堕ちし黒氷の巨鳥ダールガであることが分かった。
 ダールガがひとたび翼をはためかせれば、風は竜巻となり瓦礫のツブテが降りそそぐ。
 また、巨鳥の周囲に生み出され続ける氷塊は無軌道に放たれ、家屋も人も儚く潰れた。
 注意をひきつけようとしてか幾人かの騎士達が果敢に弓を引いているが、その矢が遥か上空に届くことはない。
 ガチムキアの見る限り、中央都市の滅びはもはや時間の問題であるように思えた。

 いくら彼女が領地で魔獣狩りを日課にしていたとはいえ、まさかダールガほどの獲物を相手取った経験はない。
 しかし、ガチムキアはそんな圧倒的強者を前にして、逃げ帰ろうとは微塵も考えなかった。
 獣如きにみすみす初恋の人を屠られるわけにはいかないと、むしろ、十七年生きてこれ以上はないというくらいに闘志を漲らせていた。
 想定していたものとは違うが、これもまたひとつの恋戦争(ラブウォーズ)なのだ。

 燃え滾る感情とは裏腹に、愛牛を走らせながら狩りで培ってきた冷静な思考で観察を続けるうち、「出る方はともかく入るには問題がないようだ」と判断を下すガチムキア。
 ジェントリオットの姿は未だ確認できていないが、彼女は彼の生存を信じて、リンリンの背に揺られながら身の内に力を溜めることに集中した。
 不可思議な暗雲を払う方法など知る由もないが、魔獣を倒す術なら今この場にガチムキアほど精通している者もいないだろう。

 そうこうする内に、ついに中央都市内部へと侵入を果たす一人と一匹。
 グルリと都を覆う分厚い防壁を駆け上ったため、いたずらに人の波を脅かすような真似もしていない。
 突進の勢いそのままに、見張り塔の頂上から天高く跳躍する暴牙牛リンリン。
 上昇速度の落ちる一寸前にその背を蹴って更なる高みへ至ったガチムキアは、ついに空舞う覇者の眼前へと肉薄する。
 あまりに唐突に現れた令嬢の存在に、さしものダールガも金色(こんじき)の目を白黒させていた。

「んんんんんマッソォーーーーーーーーーーーーァッ!!!」

 直後、巨大生物の眉間に彼女の最も得意とするダブルスレッジハンマーが放たれた。
 両手を組んでそのまま振り下ろす打撃技なのだが、小指に多大な負荷がかかるため、派手な見栄えによらず、通常あまり威力の期待できる(たぐい)の攻撃ではない。
 ただし、ガチムキアのソレは「闘気を纏わせた鋼鉄すら容易く砕く分厚く硬い拳を光に迫る速度で繰り出す」という埒外の前提条件がついていた。

 結果、ダールガは憐れな悲鳴と共に地に叩きつけられ、頭部をイビツにひしゃげさせることとなる。
 マッソーズ一族の娘といえど、本来このように巨大な怪鳥を一撃で昏倒させるほどの豪腕は持ち合わせていないはずだったのだが、愛する人を守るというたった一つの感情が彼女の限界を大きく越えさせたようだった。
 これぞラブ場の馬鹿力である。

【グゥゥ……グォ……ォォン……】

 さすがに伝説級の魔獣だけあり、目に見えて弱りはしているが、未だ息がある様子の巨鳥。
 トドメを喰らわせようと、ガチムキアは再び彼女のために跳躍してきたリンリンを足場として利用し、力無く伏すダールガの頭上目指して自らの肉体を弾丸として撃ち放った。
 小さな隕石と化した令嬢は、空中で身体を捻り、肘を突き出してダイビングエルボードロップのような形で魔獣の頭蓋を貫く。

【グギャアアアァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!】

 断末魔と共に衝撃で羽が、肉が、脳が、巨大な金の目玉が、ことごとく宙に散っていった。
 だが、死のカケラたちは大地に迎え入れられることなく、闇色の粒子となって消えていく。
 巨大な本体もそれらを追うように、肉体の端から順に、まるで風に分解されるように流れて溶け去った。

 が、魔獣の頭のあったそこにガチムキアの姿はない。
 彼女の攻撃は分厚い骨を砕くのみにとどまらず、ダールガの内部を完全に貫通して、都市の地中に埋まることでようやく停止していた。

 一般的な魔獣であれば死骸が幻のように消滅することなどありえないのだが、此度の巨大生物は、人間の身にその荒ぶる魂の一部を宿して仮初の顕現を果たした、いわば限界まで張り詰めた風船のような存在であった。
 ゆえに、絶命と共に魂の制御が外れ、脆弱な器を原子レベルで破壊しつつ、己のあるべき場所、世界の深遠へと還っていったのである。
 また、いくら規格外扱いのマッソーズ一族の者とはいえ、堕ちし黒氷の巨鳥ダールガが人間ごときに排されたのは、本来の能力と比較して何十倍と弱体化された状態であったからに他ならない。
 ちなみに、宿主とされた人間は、国家転覆の暗躍者たちの中でもいいように使われるばかりであった雑魚、先の大捕り物から偶然に次ぐ偶然の重なりで運良く逃れただけの子爵、ダーマ・サレイスギー四十八歳であった。
 神出鬼没の異国の商人オモネルド・モミテデスの残した甘言と秘宝につられて、自らの卑小な魂が生きながらに浸食されるという地獄の苦痛に苛まれた上で命を失う破目に陥った自業自得かつ可哀相な人物である。

 まぁ、そんな諸々の真相は、ただ恋しい男を追ってきただけのガチムキアには何一つとして関係のない話であろう。
 埋まった穴からようやく這い出した筋肉令嬢は、いつの間にか暗雲の払われた空を見上げて、ホッと安堵の息を吐いた。

 周囲が異様なまでの静寂に包まれているのは、怒涛の展開についていけない民草らがただただ呆然としていたからである。
 そんな総ポカーン空間の中で、真っ先に正気を取り戻したのは、誰であろうガチムキアの想い人、ジェントリオット・クローショ中央騎士団副団長であった。
 弓引く騎士達を率いていた彼は、己が手も足も出なかった魔獣を討伐した人物が、つい半月ほど前に顔を合わせたマッソーズ男爵家の御令嬢だという事実に気が付いたのだ。
 意識を戻したのであれば、彼の立場上すべきは、まず事情聴取のために筋肉令嬢を確保することである。
 ジェントリオットは、土塗れのドレスを困り顔ではたいている彼女の元へ駆け寄り、遠慮がちに声をかけた。

「……失礼。マッソーズ家のガチムキア様でしょうか?」
「えっ」
「っあー、お嬢様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、先の日、お父君にお世話になりました、私、中央騎士団のジェントリオットと申します。
 突然のこと、不躾かとは存じますが、少々話をお聞かせ願いたく……」
「じっ、じじじジェントリオット様ッ!?」

 初恋相手の登場に、ガチムキアの声が分かりやすく裏返る。
 約半月ぶりのジェントリオットは、全身ボロボロで顔面には疲労の色が濃く現れ、団服を土埃と自らや他者の血液で汚し、いかにも憐れな姿を晒していたが、彼女の愛したプリムチ筋肉に衰えは見られず、むしろ、使用後のいい具合に熟成された色香を漂わせており、令嬢は前回一目惚れをした時以上のトキメキを感じて無意識に胸筋を振るわせた。

「ごごっ、ご無事で良か、いえ、えっと、ガチムキアは(わたくし)で、は、っ話、えっ、話!?
 待っ、えっ、ジェントリオット様がわた私に話でごじゃいますかッ!?」

 どれだけの筋肉を纏おうと、幾匹の魔獣を狩っていようと、基本的に彼女は内気な十七歳の淑女なのだ。
 憧れの男性を前にすれば、もはや冷静な思考など保っていられるはずもない。
 無事に再び(まみ)えることが叶った歓喜、あまつさえ会話まで交わしているという現状に対する感激、恋する彼に戦闘行為で乱れた格好を見られたことに対する羞恥や、上手く言葉が紡げない己への焦燥、その他様々な感情がガチムキアの身の内で暴れまわり、彼女は半ばパニック状態に陥ってしまっていた。
 肩を小さく縮めて、下げた腕の先で頼りなげにドレスを握り、顔を真っ赤に染めて涙目になる筋肉娘。
 先ほどダールガへ一直線で向かって行った際に燃えていた闘志は、今やすっかり雲散霧消している。

「わ、わ、(わたくし)、あのっ……」

 弱々しく言葉を震わせるガチムキアに、なぜここまで緊張されてしまっているのかとジェントリオットは戸惑いの表情を浮かべた。

「……いえ、魔獣を退治してくださった件で、お話をお伺いしたいと」
「えっ。あっ、あ、そ、そういう……」

 単に職務であったということが分かり、令嬢は僅かばかり平常心を取り戻した。
 もちろん、相手が相手なので緊張は継続しているが。

「このあと王城の詰め所まで部下に案内させますので、そちらで少々お待ちいただきたく……貴女の貴重なお時間を無為にさせるようで申し訳ありませんが……」
「いえ、だぃ、あっ、はい、問題、ありません。
 この様な状況下で、ええと、騎士の皆様がお忙しいのは理解しておりますし……こちらの土地には明るくないので、い、居場所を与えてくださるなら、むしろ、あの、そう、ありがたいことです」
「……お心遣い、痛み入ります」



~~~~~~~~~~



「そもそもなぜマッソーズ家の御令嬢である貴女が中央都市へ?
 かの地の方々は、王からの出頭命令でもない限り領外に出たがらないものと聞き及んでおりましたが」
「んぶふぅッ」

 数時間後、待機していた小部屋へ現れたジェントリオットに、質疑一番、核心を突かれ噴出するガチムキア。
 彼女の現れたタイミングや先日首謀者の一人がマッソーズ領へ逃げ込んだ事実を合わせて考えればマッチポンプを疑われかねない状況であったのだが、もちろん動揺に喘ぐ当の乙女がそんな悲しい可能性に気が付けるわけもない。
 ジェントリオットとて無駄に年齢を重ねてきたわけではないので、目の前の令嬢が悪意ある存在でないことは見抜いていたのだが……とはいえ、いかにも不審な態度を取られれば自然と眉尻も下がってしまう。

「いえ、あの、おおっ、あ、えと、す、やっ、わた、あの、おお、おー、おっおおおっ」
「ガチムキア様……? もしや、どこか怪我でも……」
「おっ、お慕いしておりまふッ!!」

 彼が向かい合わせの椅子から立ち上がりかけた瞬間、場違いかつどこかヤケクソじみた叫びが小部屋内部にコダマした。

「……………………………………はぃ?」

 はちきれんばかりの筋肉はともかく、仮にも年頃のレディから想定外も想定外のセリフをぶつけられ、中央騎士団副団長三十六歳独身はたっぷり十数秒思考を停止させられてしまう。
 その間にも、一度心情を吐露したことで開きなおったのか、ガチムキアは必死に言葉を紡ぎ始めた。

「あの、我が家で、(わたくし)、ひ、ひ、一目惚れで、いえ、えっと、そもそも、み、身分違いとか、ジェントリオット様のような、素敵な都会の男性が、まさか田舎の小娘ごとき、つり合う相手ではないと、理解、は、して、いて……でも、それでも、き、気持ちだけでもお伝えしたいと、それで、私、ここまで、ええと、ご、ご迷惑だとは、承知して、お、おりましたが……そういったことで、たひ、旅を、母からも戦う前から諦めないようにと、私、決意を、家を出まして、はい、そうして、こちらへ参りましたところ、あの、魔獣が、大きくて、ええと、皆様、難儀しておりましたように、見受けられたので、じぇ、き、騎士であらせられるジェントリオット様に多少なりと、ご助力できればと、未熟者ながら、思い、と、ひ、リンリンと、必死に飛び込んでみますれば、これが、まぁ、その、普段の実力以上の力が出ましたようで、ほ、屠るに到りまして、ええと、それで、埋まって、出てきて、それから、い、今、が、ここにおります」

 終始しどろもどろな早口の説明を終えて、彼女は視線を左右に忙しなく揺らしながら泣きそうな表情を浮かべて顔を伏せる。
 どこもかしこもツッコミどころ満載の内容だったが、唯一それを出来る立場のジェントリオットは、未だ心身共に岩のように固まったままだ。
 こみ上げる妙な情けなさから強く拳を握りこむ令嬢の右隣には、いつの間にか部屋の隅に丸まっていたはずの暴牙牛リンリンが寄り添っており、主人を慰めるかのようなしおらしい鳴声を上げていた。
 厳つい魔獣を預かれるだけの度胸のある人間がいなかったので、飼い主である彼女と共に室内に押し込められていたのだ。

「ぶおおん」
「あっ、リンリン。うん、だ、大丈夫、ありがとう」

 心優しい愛牛の眼差しを受けて、ガチムキアは手を緩ませ彼女の頬毛を軽く撫で擦る。 

「うぉっ魔獣!?」
「あっ!?」

 巨鳥に次ぐ新たな脅威の出現にようやくの再起動を果たしたジェントリオットは、反射的に腰の剣を引き抜いていた。
 彼の反応から随所でのいざこざを思い出した令嬢は、慌てた様子でリンリンの前方に躍り出、危険から庇うように両腕を大きく横に広げる。

「やめ、りっ、リンリンは私の家族でっ、けして無闇に人を傷つけるような子ではありませんっ。
 ジェントリオット様……お願い、信じてっ」
「む、むぅ?」

 彼女が正面に立ちふさがったことにより、自身がうら若き乙女へ剣先を向けているという事実に躊躇いを覚えた副団長は、僅かに構えを崩して困惑の唸りを零した。
 不安の感情からか、ガチムキアはまたも無意識に体外へと覇気をダダ漏れさせ始めている。
 殺意が含まれていないので何とか正気を保ったが、凶悪なソレを至近距離で受けた彼は、「目の前の猛者と比べれば、背後に控えている魔獣など、なるほど遥かに可愛いものだろう。手懐けるのも頷ける」などと、妙な方向に納得させられてしまっていた。
 直後、あっさりと鞘に剣を収めて、軽く頭を下げるジェントリオット。

「……失礼。
 本日は色々とありましたもので、気が昂ぶってしまっていたようです。
 罪なき淑女に刃を向けるなど、騎士として許されざる蛮行でありましょう。
 さぞ恐ろしかったことと思います、大変申し訳ありませんでした」
「い、いえ……」

 早々に誤解がとけてホッと胸筋を撫で下ろしたガチムキアは、それと同時に、彼の紳士的態度にジンと感じ入っていた。
 他の領兵たちと違い怯えることも睨み付けることもなく、逆に彼女の心境を(おもんばか)る様子は、辺境の田舎娘のラブラブメーターをマッハで押し上げるだけの効果があった。
 例え見目がムサ苦しいムッチリ筋肉ヒゲ達磨なバツイチオッサンであろうとも、かの副団長は真の騎士道を邁進する男であり、逞しい肉体を有している程度で乙女に対しぞんざいな扱いを良しとするような軽薄な真似は、けっしてしないのである。
 不慮の停止から再び正常に働き出した脳内で記憶を掘り起こして、改めてガチムキアのセリフを吟味したジェントリオット。
 次いで、彼は静かに椅子に座り直して、向かいの彼女が同じく腰を落とすのを見届けてから、ヒゲに覆われた唇を開いた。

「さて、先ほどの話を受けて、ひとつお聞きしたいことがございます」
「え、あっ……う、は、はいぃ」

 その伺いに触発され、己が拙くも想いを告げた事実を思い出して、彼女の目尻が朱色に染まる。
 ジェントリオットの真摯な視線が、純情なガチムキアの恋情を貫き焦がしていた。

「ガチムキア様……貴女は私との婚姻を望まれますか?」
「はひっ!? きょんぃん!?」

 思いも寄らぬ問いかけに、筋肉令嬢は珍妙な雄叫びを上げる。
 分かりやすく狼狽えるガチムキアを、彼はさながら母が子に向けるような慈愛を湛えた眼差しで見つめていた。

「私は、ともすれば貴女の父君よりも年嵩の男です」
「えっ……あ、は、はい」
「女性の心情に疎く、過去上司の紹介で妻となった者には早々に愛想を尽かされ、一年後には、彼女は心から愛する別の男性と挙式を上げました。
 更に言えば、見目も……貴女は一目惚れとおっしゃられたが、花盛りの乙女たちからはむしろ、一目で忌避される(たぐい)の容姿であることは自覚しています。
 つり合わぬと、第三者にそう告げられるとすれば、おそらく対象は私の方でしょう」
「な、え、何を……?」

 唐突に自らを貶し始めたジェントリオットに、筋肉令嬢は当惑した。
 しかし、そんな彼女を前にしても、彼の語りは止まらない。

「ガチムキア様は若く、健康で、心優しさと素直さを兼ね備えた、素晴らしい淑女でいらっしゃる。
 私のような無粋な男が僅かな会話からでもここまで察することができるのですから、若く才気に溢れた求婚者はこれからいくらでも現れるでしょう。
 ようやく開いたばかりの瑞々しい大輪の花を、もはや枯れるを待つばかりの男に手折らせようなどとは、正直に申し上げて、気が引けるというもの……」

 聞くにしたがい、それらは告白に対する断り文句であるようにガチムキアは認識した。
 途端、絶望にも似た暗い感情が纏わりついて、彼女の顔色がみるみる青ざめていく。

「わたっ、(わたくし)の気持ちは、やはり、迷惑であったと、そっ、そういうことですか。
 それなら、そのように迂遠なおっしゃりようは止めて、ハッキリと引導を……」
「まさか。貴女のような珠玉の華に好意を寄せられて、悪く思う者はいないでしょう」
「ジェントリオット様っ、けれど、たった今っ」
「ガチムキア様の御心に触れさせていただいたというのに、こちらが真実を隠したままでは、あまりに不誠実ではありませんか」
「ええ?」

 彼の回答は、ガチムキアには全くと言っていいほど理解の及ばないものだった。
 ある意味、最初に女心に疎いと語ったことは正しいのだろう。
 彼女に公平であろうとするあまり、実際には知る必要もない余計な情報を一方的に押し付けているのだから。
 正直であることは美徳であっても、必ずしも最良の選択にはなり得ないのだ。

「こうして言葉を交わす内、やはり恋情は勘違いであったと、また想いを吐露したことで満足がいったと、踵を返されるのであれば、それでも一向に構いません。
 反して、心は変わらぬと、私のような男との今後を本気で望んでくださるというのであれば、貴女に恥をかかせるつもりもございません」
「っ待……えっ…………え?」

 乱暴に要約すれば、「どっちでもいいから、お前が決めろ」である。
 一世一代の乙女の告白に対して、あまりに優柔不断がすぎる返答ではないだろうか。
 当のガチムキアとしては、すっかり叶わぬ恋と諦めていただけに、彼に示された可能性には、湧き上がる興奮を隠しきれない様子であった。

「わ、(わたくし)を受け入れてくださるの?」
「今はまだ愛を囁けるほどの感情はありませんが、婚姻を結ぶにあたり問題のない程度の好意はございます。
 また、そうした未来が実際のものとなった時、最低限ガチムキア様と同じだけの熱量を返せるよう、私なりの努力をさせていただく心積もりも、当然ながらございます」
「ああっ!」

 感激に、令嬢は胸筋の前で祈るように手を組んだ。
 先々における自身の心境の変化については知りようもないが、例え婚後ジェントリオットが好意以上の気持ちを抱けなかったとしても、最も近距離で彼という存在を愛で続けることが出来る立場にあれるというのは、現在のガチムキアが想像するに充分幸福な日々であるように思えたのだ。

「でしたら、(わたくし)は、じぇ、ジェントリオット様と、その、本当に、ゆ、許されるのなら……っあ、け、けれど、やはり、あの、身分の違いはどうにも……わ、私、貴方様にご迷惑をおかけしてまで己の我儘を通したいわけではっ」
「ん?
 身分の問題ならば、すでにご自身で解決なさったではございませんか」
「へぃっ?」
「衆人環境の中、あれだけの魔獣を御一人で退治してしまわれたのですから、当然、王より褒賞を賜る流れとなるでしょう。
 功績の度合いから申し上げて、私との婚姻程度であれば容易に叶えられる範囲かと思われますが」
「ええええっ!?」

 事実、ジェントリオットが駆け付けたのも、彼女の褒賞選定の際の判断材料を得るため、という側面があった。
 讃えるべき英雄か、はたまた悪の一員か、そんな危うい立場の人間を聴取するのに生半な者を寄越すわけにはいかないが、さりとて、騎士団のトップである団長は未だ事後処理に奔走中。
 ということで、当人にすでに一度接触した事実もあり、副団長の彼に白羽の矢が立ったのだ。
 自身も忙しい中でどうにか無理やり時間を割いてみれば、何と正体はただの恋する乙女だったというのだから脱力感も甚だしい。
 ただ、筋肉はともかく気弱に震える目の前の淑女が、あの圧倒的な存在に単身立ち向かった理由の大半が己にあると知った時、ジェントリオットは彼女に堪らぬいじらしさを感じていた。

 ゆえの…………現状である。

「では、本当に(わたくし)とジェントリオット様が、ふっ、夫婦にっ?
 あ、あぁ、そんな、そんなことが……っ」

 真っ赤に熟れる頬を両の手で覆って、喜びと戸惑いに(かぶり)を振るガチムキア。
 彼女の初々しい有り様に思わずといった体で笑みをこぼしたジェントリオットは、副団長の仮面を外して、親しみの滲むからかいの言葉を投げかけた。

「はは。では、俺も今から首を長くしてその日を待つこととしよう。
 楽しみにしているよ、未来の奥方」
「お、お、おくぅっ………ッ………あひゅんッ!」

 優しく穏やかな微笑み、硬質さの抜けた柔らかな声色、崩れた言葉遣いに、荒い一人称、まるで両想いの恋人同士ような甘いセリフ内容に、トドメと言わんばかりの奥方呼び。
 突然かつ凶悪すぎる萌えの連続波状攻撃を喰らったガチムキアは、ラブハートをフルボッコにされ秒で失神した。
 完全なオーバーキルだった。
 倒れ込んだ際、床に大きくヒビが入ってしまったことについては、言及してやらぬが優しさだろう。

「なぁっ!?
 が、ガチムキア! ガチムキアーーーっ!?」

 慌てて駆け寄ったジェントリオットが、彼女の上半身を抱き起こそうとして、予想外の重さに一度失敗してしまったなどという哀しすぎる事実は、お互いの矜持のためにも正直を発揮せず墓まで持っていっていただきたいものである。

「……ぶおぅん」

 未来といわず今からでもお騒がせ筋肉夫婦の名を欲しいままにしそうな二人に、リンリンがヤレヤレと呆れた風情で首を横に振った。









 おわり。

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