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Act. 11-6
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 翌日、俺は何食わぬ顔で拝島に声をかけ、前日の非礼をわびた。
 
「昨日は乱暴して悪かった、拝島。取り乱してしまって……大人げなかったと反省したよ。あれから考えたんだが、母とはゆっくり和解していこうと思う」
 
 心にもないことをすらすらと述べ、拝島と友情を深めたふりをした。
 
 拝島は何の疑いもない顔で「そっか、良かった」と俺の言葉を受け入れた。「カーネーション、きっとお母さん、喜ぶと思うから」
 
 いちいち癇に障る台詞に内心舌打ちしたが、心とは裏腹に照れくさがってる表情を作り、「そうかな?」と答えておいた。
 
 この笑顔が泣き顔に変わるところを想像しながら――
 
 それからしばらく、親密な付き合いを続けた。
 
 学内では共に行動し、外では仲良く本屋に行くやら、互いの家に遊びに行くやら、身の上を相談するやら、反吐の出るような友達ごっこを演じた。
 
 親友としての信用を得るためだ。
 
 信じていた者に裏切られ、穢された時の衝撃は計り知れない。
 
 信頼度が高ければ高いほど精神的ダメージは大きくなる。
 
 俺はその時が来るのをじっと待った。俺への信頼が最高に高まる時を。
 
 しかし――――これには幾分か誤算もあった。
 
 親密になればなるほど、拝島拓斗という人間が誠実で嘘偽りなく優しい男だということが知れてきたのだ。
 
 
 
「バイトを替える?」
 
「うん。もっと時給のいいところにね。ちょうど道路工事のバイトの募集があったんだ」
 
「更にきつくなるじゃないか。頑張りすぎだ、拝島。今は学業を優先するべき時じゃないか? バイトはほどほどにしておかないと」
 
「ん……分かってはいるんだけど、ここんところ母さんの体調が悪くて。ちょっと生活が苦しいんだ」
 
 母親のことを話す時の拝島の顔は少しだけいつもの明るさを失う。俺とは正反対の”愛情”ゆえに。
 
 初めてそのことを聞かされた時から、あれほど激昂していた俺の心は静まり返り、拝島への苛立ちも徐々に勢いをなくしていった。
 
 拝島の母は病魔に体を蝕まれ、大きな病院に長く入院しているのだ。
 
 検査代など、かさむ費用に家計は圧迫され、拝島もバイトを余儀なくされている。
 
 本当は高校卒業と同時に就職するつもりだったらしい。
 
 しかし両親に止められたそうだ。自分の行きたい道を行くよう説得され、拝島は罪悪感を抱えながら進学した。
 
 拝島に彼女がいないのは恋愛事に関心がないからではない。
 
 単純に、女と付き合う時間も金もないからだ。
 
 俺につきまとい、母との和解を勧めてきたのも、自分が必死に守ろうとしているものを無下に扱う俺を見ていられなかったからなのだろう。
 
 家族を大切にする拝島はどこまでも俺と対極の位置にあった。
 
 いや、家族だけではない。
 
 拝島はどんな人間をも分け隔てなく大切にする。時には呆れるほどに。
 
 
 
 母との会合を見られたあの日から約半年。
 
 拝島のあまりの人の好さに段々と毒気を抜かれてきた俺は、これ以上友人関係を続けるのも馬鹿馬鹿しいと思い始めていたが、意外と居心地のいい拝島の隣から離れ難くなっていた。
 
 秋の色に染まり始めた街路樹が街灯に照らされ、ぼんやりと闇に浮かび上がるさまを遠目に見ながら、外に出たはいいものの夜遊びする気になれず、夜の歓楽街をあてどもなく歩いていた。
 
 突然、ビルの間の細い路地から人の声が聞こえてきた。
 
「こんなことはもうやめるって言ったじゃないか!」
 
 すっかり聞きなれた声。
 
 間違えるはずもない。拝島だ。
 
 しかしこれほど激昂してる声を聞くのは初めてで驚いた。
 
「えっと……その……分かってる。分かってるけどさ……」
 
「まっとうに働いて返すんじゃなかったのか!?」
 
「あ、あの時はそのつもりだったんだ。でも奴らが……そんな稼ぎ方で金返せると思ってんのか、って……」
 
 見るとやはり声の主は拝島で、道の奥の行き止まりで見知らぬ男と口論している。
 
 話の内容からするとどうやらこの男は拝島の知り合いで、厄介なところから金を借りてしまったようだと見てとれた。
 
 盗み聞きは趣味ではない。無視して立ち去ろうかと思ったが、人の好い拝島がこの厄介事に巻き込まれるのではないかと心配になり、しばらく見守ることにした。
 
 すると案の定、
 
「金なら俺もいくらか貸すから! なんとか待ってもらうよう頼みなよ!」
 
 泥沼に片足を突っ込んでいる。
 
 この――――お人好しがっ。
 
 金はお前にとっても大事なものだろうが!
 
 聞いてるうちに苛ついてきて、思わず口を挟んでしまった。
 
「拝島。安易な金の貸し借りはそいつのためにもならないからよせ」
 
 驚いて振り返った拝島の奥にいる男が慌てて何かを懐に隠す。
 
 見るまでもなくおおよその見当はついた。怪しいサラ金に手をだしたバカが薬の売人に使われるのはよくある話だ。
 
「朽木! なんでここに!?」
 
「偶然通りがかっただけだ。話を黙って聞いたのは悪かったが、そういう手合いに関わるとろくな事にならないぞ。警察にでも通報させればいい」
 
「けっ、警察っ!?」
 
 途端、男が震え上がって俺を凝視した。
 
「そ、そんなことしたら、俺、こ、殺されちまうよっ!」
 
「朽木……こいつ、俺の友達なんだ。できれば穏便に事をすませてあげたいんだよ。親にもお金借りたこと、話せてないらしくってさ」
 
 だからといって甘やかせばこいつは何度でも同じ事を繰り返すだろう。
 
 余程痛い目を見ないと懲りないというのがこういうバカの特徴だ。
 
「ここまできたらどう転んでも穏便になんかならないだろ。警察に事情を話して保護してもらえば……」
 
「おっと。そいつは困るな、兄ちゃん」
 
 言いかけた言葉を飲み込む。
 
 いつのまにか背後にやばい空気を撒き散らす連中が立っていたのだ。
 
 ――まずいことになったな。
 
 さすがの俺も内心焦った。
 
 逃げるにはもう遅い。唯一の退路である路地の入り口を数人の男たちに塞がれてしまっていた。
 
「余計なことはしないでもらおうか。そいつにゃバリバリ稼いでもらわなきゃなんねぇんだよ」
 
 拝島さえいなければ、こんな人生落伍者、とっとと置いて去ったものを。
 
 面倒なことになってしまった。
 
 どう切り抜けるか――
 
「あ、あの、すみません、彼の借金、もう少し待ってもらえませんか?」
 
 と、その時空気が読めないのか、拝島が一歩身を乗り出し、男たちに申し出た。
 
「他のバイトでなんとかお金を稼いで返しますから。こんなこと、もうさせないでください」
 
 馬鹿かこいつ。
 
 そんなお願いを聞いてくれる連中じゃないだろう。
 
「おいおい兄ちゃん。こいつの借金、いくらあるか分かってんのか? 百万だよ、百万。ちびちびコンビニのバイトしてるだけじゃあ何年かかるか分かったもんじゃねぇんだよ」
 
 百万――たった百万で己の人生をふいにしたのか。呆れてものも言えない。
 
 道を踏み外すことなど簡単だ。しかし真っ当な人生に戻るのは難しい。
 
 拝島の友人はどこまでも転落していくタイプに見えた。他人に食いものにされながら。
 
「百万ならなんとか一年あれば返せるんじゃないか? ほら北村、お前からもお願いしなよ」
 
「か、簡単に言うなよ拝島。百万なんてどうやって稼げばいいんだよ。普通のバイトじゃ利子を返すのがやっとなんだ。拝島…………俺はもう…………ダメなんだよ……」
 
「なに言ってんだ! 俺も手伝うから。割のいいバイト見つけて、一緒に頑張ればなんとかなるよ!」
 
「おう、兄ちゃんも一緒にやるってんなら、いいバイトを紹介してやるぜ。兄ちゃん顔がいいからな。一日十万だって稼げるかもしれねぇ」
 
「え?」
 
 きょとんとした顔で振り返る拝島。北村と呼ばれた拝島の友人が救いを得たとばかりに顔を輝かせた。
 
「一日十万! す、すげぇ!」
 
「お前じゃダメだ。そっちの兄ちゃんじゃなきゃ稼げねぇ。興味があんなら今から俺たちと一緒に来るんだな」
 
「拝島……頼むっ。借金返したら絶対何年かかってもお前に返すからさっ」
 
「北村……」
 
 拝島は迷っている様子だった。何故そこで迷うのかさっぱり分からない。
 
 余りの馬鹿馬鹿しさに苛つきが頂点に達した俺は、とうとう黙っていられなくなり、そこで初めて口を挟んだ。
 
「ちょっと待て。どう考えてもまともな仕事じゃないだろう」
 
 
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