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Act. 10-5
<<<< 栗子side >>>>
 
 帰りはあたし一人、夜道を自転車で走った。既に深夜をまわってるから、駅前から遠のくごとに人気も明かりも少なくなって、まぁわびしいっちゃわびしい。
 
 ほとんどの店がシャッターを閉めた小さな商店街を突っ切り、道路工事の標識が立てられた十字路で迂回路へまわる。
 
 寒い夜道に一人の行軍でも、あたしはご機嫌だった。
 
 明かりが乏しくてもなんのその。空から見下ろすお月さまがあたしを見守ってくれるし、籠の中のバッグがあたしの心を沸き立たせてくれるのだ。ちっとも心細いなんて思わない。
 
 うひひひ。大収穫♪
 
 バッグの中から漂ってくる芳しい素敵な香り。それは朽木さんからもらったお土産の特製カレー。
 
 明日もこれが食べれるのかと思うと、楽しみで顔がにやけてくる。
 
 なんのかんの言っても、朽木さんは結構優しいから不思議。坊ちゃん育ちだから基本的にジェントルマンなんだな。
 
 帰りも車で送るとか言ってくるし。足を捻挫してるからどう考えても無理なのに。
 
 拝島さんといい、朽木さんといい、心配性だな、みんな。自転車なんだから平気だっての。
 
 秋の夜風はちょうどいい冷たさであたしの頬を撫でていく。束ねた髪の下を吹き抜け、後ろの首筋にもひんやりとした空気を感じた。
 
 ……さっき、朽木さんに舐められたところだ。
 
 思い出すと途端に体が熱くなる。さっきの、ベッドでのこと。
 
 あたしとしたことが、あんな声を出すなんて。一瞬ゾッとしちゃって、つい怯えたような反応を……。
 
 くそぉ〜〜っ。記憶から抹消してしまいたい!
 
 だってさ、だってさ! めちゃくちゃキショかったんだよアレ!
 
 思わず鳥肌たっちゃったよ。鬼畜ゲイ、許すまじ! 顔がいいとか関係ない! 地獄の釜に茹でられろっ!!
 
 あの攻め男、ぶっころぉぉぉすっ!
 
 キキィーッ
 
 猛スピードで、危うく行き過ぎるところだった曲がり道をドリフト気味に曲がる。
 
 同時に朽木さんのため息顔が浮かんできて、怒りが少し和らいだ。
 
 まぁ……あたしに非がなかったわけでもないし。
 
 今回ばかりは許してやるかな。
 
 足の力と頬を同時に緩めて息をつく。
 
 うん。おあいこだもんな。美味しいカレー食べさせてもらったんだから、許してあげるか。
 
 それに怪我させたとか、遅刻していったとか多少負い目もあるし。
  
 からかい半分に持ってったBLのDVD、やっぱりお気に召さなかったようだし。ベッドを見てたらムラムラしてきてボイスレコーダー仕掛けたのは確かにちょっぴし悪かったし。
 
 って並べ立てたらあたしの方に非がありまくりな気がしなくもないけど、そこは深くは考えない方向で!
 
 ともかくお互いに悪かったんだから、帳消しだよね、うん。おあいこおあいこ。
 
 どツボにはまりそうな頭をぶるぶるっと振って思考を散らした。
 
 ちなみにちょっと遅れちゃったのは、なんとなく朽木さんと顔を合わせづらい気持ちがあったからだったりするけど。
 
 昨日、階段の下で折り重なったこと、妙に意識しちゃって頭が真っ白になりかけた。
 
 あろうことかラブコメキャラになるところだった。冗談じゃない。状況と雰囲気に流されてトキメキだとか感じるのは勘弁なのだ、あたしは。
 
 そんなんで、ぎくしゃくしたくない。
 
 だから本屋に寄ってBLで気持ちを落ち着けてたらあんな時間になっちゃって。いや、ちょっとは悪かったな〜って思ったよ?
 
 立ち読みしてたらつい没頭しちゃったのは、まぁあたしが悪かった。
 
 でもおかげでいつものペースを取り戻せたから助かった。朽木さんはゲイ。拝島さんとイチャイチャしてる時が一番ステキなのだ。
 
 あたしは二人の鼻血ものシーンを近くで見れればそれでいい。
 
 
 カラカラカラ……
 
 車輪の音が夜の住宅街に閑散と響く。帰路を急ぐ人の横を、安心できる距離をあけて通り過ぎる。
 
 夜道で自転車に近付かれると怖いもんね。
 
 カラカラカラ……
 
 ん?
 
 車輪の音がもうひとつ?
 
 思わず息を潜めて耳をすます。
 
 うん……確かにもうひとつある。
 
 人影の消えた住宅街。あたしの走る音に重なるそれは、近付きも遠のきもせず、ピッタリと一定距離を保って聞こえてくる。
  
 進行方向がたまたま一緒……ってことだろうか。
 
 ちょっと遠回りになるけど、気になるので、あたしは大きな道から試しに脇道にそれてみた。
  
 キキッ カラカラカラ……
  
 今度はもっと細い道に曲がってみる。
 
 カラカラカラ……
 
 ふむ。ついてくる。
 
 あたしのバッグ狙いだろうか。それとも怖がらせようと?
 
 どっちにしろ、まともな人間じゃないことは確かだ。
 
 どうしようかな。
 
 しばし思案。でもあたしの頭はいつものように、調子づいた答えを即決してしまう。
 
 あたしは籠からバッグを取り出し、肩にかけた。また大きな通りに出た後、視界のききにくい十字路の多い住宅街に入り込む。
 
 あたしを脅かそうなんて甘い甘い。
 
 もう二度と怯えたりするもんか。あたしは何があってもあたし。他人に感情を乱されるのなんてまっぴら御免!
 
 垣根のある家の角を曲がり、すぐさまUターン。バッグの革紐を手に取り、あたしは振りかぶりながらペダルを漕いだ。
 
「っ!」
 
 すぐに同じ角から姿を現した男に突進していく。
 
 残念でした〜〜!
 
 間髪入れず、野球帽を目深に被ったその男の顔めがけてバッグを思いっきり叩き付けた。
 
「がっ!」
 
 それから衝撃で自転車ごと倒れた男を振り返ることもなく、全速力で住宅街を走り抜ける。
 
 大通りを出ると、ちょうど点滅中の信号があったので、横断歩道を渡って息をついた。
 
 一旦止まって後ろを振り返る。動き出した車が流れる車道の向こうに、さっきの男がきょろきょろとあたしを探す姿が見えた。
 
 帽子は被りなおす暇がなかったのか、手に持って悔しそうに自転車を叩いてる。
 
 ば〜〜か。女がみんな怯えてるだけだと思うなよ!
 
 見えてないだろうけど、あっかんべーを送り、前に向き直る。
 
 自然と鼻唄を口ずさんでいた。
 
 たまにはこういうハプニングもアリだな♪
 
 すっきりした気持ちで再びペダルを漕ぎ出し、夜道を軽快に走りゆくあたしなのだった。
 
 
 
 
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