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Act. 10-3
<<<< 朽木side >>>>
 
 頭に大きなたんこぶをこさえたグリコが「申し訳ありませんでした。即刻お掃除させていただきます」と風呂場に向かった後、俺はリビングに散らかされた荷物を片付けた。
 
 もう少し整理整頓とかできんのか、あいつは。最早ため息しか出てこない。
 
 グリコが持ってきたDVDを箱に戻し、取り出しっぱなしの同人誌をまとめ、奴のバッグに入れてやる。その横にビニール袋が置いてあった。
 
「ん?」
 
 何かと思えば、中にニンジンやらじゃがいもやらの食材が入っている。カレールウがあるところを見ると、カレーを作るつもりだったらしい。
 
 料理はしないって約束じゃなかったのか?
 
 俺は悪夢の再来を予感し、何がなんでも阻止すべく、その食材を持ってキッチンに向かった。
 
 俺が作ってしまえばあいつも諦めるだろう。そう判断したわけだ。
 
 丁度冷蔵庫の中身が乏しくなってきていたので、買い出しに行かねばと思っていたところだった。差し入れは素直にありがたい。
 
 まな板と包丁を取り出し、手早く野菜を切っていく。
 
 じゃがいもの皮を剥いていると、風呂場の方から「あっちー!」という悲鳴が聞こえてきたが、とりあえずは無視を決め込んだ。
 
 火傷でも何でも勝手にしてろ。
 
 鍋にシチュー肉を入れて炒め、香ばしい匂いに少し気分をよくする。肉を取り出し、今度は玉ねぎを入れ、木べらでかきまぜながら炒める。
 
「ふいー、アチかった。次は掃除機がけしてくんねー」
 
 キッチンにひょいと顔を出したグリコが言った。手には掃除機を持っている。
 
「ああ」と短く答え、鍋に注意を戻す。料理は気を抜くと一瞬で『最高の味』から脱落するのだ。特に炒めている時はそれに集中するのが俺の主義だ。
 
 ガーッという掃除機の吸引音が微かに聞こえてくる中、全ての肉・野菜と水を入れた鍋を木べらでゆっくりかき混ぜる。
 
 俺の好みではないがそこそこ美味そうな『二段熟』というルウも入れ、あとはトロ火で数十分煮込めばいいという段階まで完了させた。手を休め、ふうと息をつく。
 
 そろそろグリコにコーヒーでも淹れてやるか。
 
 迷惑ばかりかけられているが、一応責任を感じているようだし、買い物と掃除は正直助かった。
 
 多少は感謝してやってもいいかもしれない。
 
 そう思い、キッチンを出てみると、掃除機の音が止んでいることに気が付いた。
 
 片足を引き摺りながら、書斎と寝室が並ぶ廊下に出る。どちらも扉が開きっぱなしで、掃除中らしいことが窺える。
 
 その時、微かな物音が聞こえてきた。寝室の方からだ。「うししし」という怪しい笑い声がその後に続く。
 
 ……をい。
 
 不吉な予感に俺は足音を忍ばせ、寝室にそろそろと近付いていった。開きっぱなしの扉の枠に手をかけ、中をそっと覗いてみる。
 
 掃除機が、コンセントに繋がったままの状態で部屋の中央に放られていた。
 
 その奥のベッドの上いるのはグリコ。片手にデジカメを握り、ベッドヘッドと壁の隙間に手を差し込み、なにやらゴソゴソやっている。
 
 何をしているか理解するまで、さほど時間はかからなかった。
 
 俺は淡い笑みを浮かべ、しかし目には殺意を秘め、寝室の中にゆっくりと入っていった。
 
 俺の気配に気付いたグリコがハッと顔をあげ、慌てて身を起こす。デジカメを背中に隠し、それでも誤魔化してるつもりか、愛想笑いを俺に向ける。
 
「ベ、ベッドの裏もお掃除してあげようと思ってさー」
 
 逃げ道を探してるのだろう。目を泳がせながらベッド脇の窓に背中を貼り付け、ずりずりと横移動を開始するグリコ。
 
「そりゃありがたいな。疲れただろう? そこで肩でも揉んでやろうか?」
 
 俺は笑みの形で表情を固めたまま、ベッドの中央まで隙なく歩み寄った。左右どちらに逃げたとしても手を伸ばせば捕まえられる位置を確保する。
 
「まだそんなに疲れてないからダイジョブ! さーて、続きをやろうかな〜……」
 
 そう言ってどさくさまぎれにベッドから降り、俺から離れようとするグリコ。
 
 俺は問答無用にその後ろ襟首を掴み、ぐいっと引き戻した。
 
「むぎゃっ!」という悲鳴があがる。
 
 俺から逃げおおせるなどと本気で思っているなら心外だ。
 
 ここら辺でたっぷりお灸をすえておく必要があるだろう。
 
「ベッドの裏はなかなか目がいかない場所だからな。さぞ汚れてたんだろうな?」
 
 ベッドに放り込み、倒れたグリコの首根っこを上からしっかり押さえつけた状態でベッドの裏に手を差し込む。
 
 目的の品はほどなくして見つかった。
 
 携帯電話に近い形状の機械がテープでベッドの裏に貼り付けられている。それを剥がし取り、グリコの目の前、枕の上に置く。
 
「ボイスレコーダーか……。こんな物まで仕掛けて来るとはな」
 
「え、えへへへ。色っぽい寝言とか録れるかな〜と思って……」
 
「ああ、録れるとも。なんなら喘ぎ声や悲鳴も録ってみるか?」
 
 にっこり笑って言う。目は笑っていない。そういう表情を作るのは得意だ。
 
「すみませんもうしません許してください」
 
「気にするな。謝る必要はない。何を言っても俺の気持ちは変わらないからな」
 
 ぎしっ、とベッドを軋ませ、グリコの上に覆いかぶさる。腰に腕をまわし、しっかりと引き寄せ、顔を動かせないよう顎を掴む。
 
 態度とは反比例して小さめの体を、背中から羽交い絞めする恰好で俺は布団の上に倒れこんだ。
 
「ふぎゃっ!」
 
 悲鳴があがる。
 
「お前の声をしっかり録音してやるよ」
 
「ぎえぇぇぇ!! ごめんっ! ごめんってばぁぁ!!」
 
 もう遅い。身をよじるグリコの体をがっちりと固定し、耳元に息を吹きかけた。途端、
 
「ふぎっ!」
 
 大きく肩が竦みあがった。
 
「や、やめっ! きしょい! きしょいぃぃ〜〜!!」
 
 どうやらこいつはこういうのが苦手らしい。なんのかんの強がっても、男に免疫がないのは一歩距離を置こうとする普段の様子から察された。
 
 男をなめすぎだ、こいつは。
 
 耳たぶに舌を這わせ、軽く噛む。腰にまわした手を蠢かせ、さわさわと擦る。
 
「ひゃ・ひゃ・ひゃっ。く・くく・くすぐったいぃぃ〜〜っ」
 
「くすぐったいようにやってるんだ」
 
「やめっ! やめっ! ふぎゃぁぁぁっ!」
 
 手足をばたつかせて逃れようとするグリコ。
 
 逃がすわけがない。今日はたっぷりとお仕置きさせてもらう。
 
 腰を掴む手に、力を籠めた。
 
 それにしても…………もう少し色っぽい悲鳴は出ないのかこいつは。俺は何の怪獣を相手にしてるんだ?
 
「もうしないから! ね? ね? きしょいのもうカンベンして〜〜!」
 
 おまけに失礼だ。俺に触れられて喜ばない女はいなかったというのに。ここまで嫌がられたのは初めてで、少しムッとくる。
 
 俺のことを好きなのかという疑念は最早きれいさっぱり消えていた。
 
 疑う余地もない。こいつにとって俺は観賞物以外の何者でもないのだ。
 
 気を揉んだのが馬鹿らしくなる。と同時に腹立たしくもなった。
 
 こんな奴に乙女心があると、一瞬でも感じてしまうとは――――
 
「ここも気持ちいいだろう?」
 
 嫌がらせとばかりに、首筋の敏感な部分に唇を這わせて囁いた。
 
 ここまでしてもこいつは懲りないんだろうが……。
 
 と。
 
 
「やっ・やだっ!」
 
 
 身を震わせたグリコから信じられない声があがった。
 
 
 
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