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Act. 9-20
<<<< 栗子side >>>>
 
「朽木君、桑名さん、優勝おめでとうございます!」
 
 相変わらずホームズの格好した司会者さんが、ステージの中央に立たされたあたしと朽木さんにお祝いの言葉をかけてくる。
 
 朽木さんは汗で濡れた額を渡されたタオルで拭いながら聞こえない振りをした。もしくはもう、喋る気力もないのかもしれない。
 
「えへへ〜ありがとうございますっ」
 
 だから代わりにあたしが答えておいた。ほとんど役に立ってなかったけど、一応あたしも優勝者だもんね。
 
「いやぁ〜最後は凄い攻防でしたね〜〜二位の高地君、僅差で敗れて残念でしたね!」
 
 次に司会者さんはあたし達の斜め後方に立つ高地さんと祥子を振り返ってインタビューした。
 
 高地さんは頭からタオルを被り、がっくりとうなだれている。祥子はいつもの仏頂面に戻り、特に悔しげといった風には見えなかった。
 
「ごめんね祥子ちゃん……」
 
「別にいいわよ。……アンタもかなり頑張ったみたいだし」
 
 微かに表情を和らげて言う祥子。おおっ! 滅多にない祥子の褒め言葉!
 
「祥子ちゃん……」
 
 感激のあまりか、高地さんたら目がうるうる状態。おいおい公衆の面前でいちゃついてるよこの二人。祥子は高地さんをチラとも見てないけど。
 
 あたし達以外の参加者はレース終了ということで召集がかけられ、残念賞の粗品を手に後ろに並んでいた。
 
 ほとんどのペアがレース行程の半分も行かなかったらしい。それを考えると、改めて朽木さんと祥子の凄さが分かる。
 
 司会者さんはゴールできなかった人も含め、あたし達全員に労いの言葉をかけてくれたり、レースの模様を解説してくれたり、感想を訊いてきたりして、レース終了の余韻を盛り上げてくれた。
 
 あたしはその口上を聞きながら、Vサインや笑顔を送ってくれる観客席の拝島さんと真昼に笑顔を返したりしてた。
 
 隣に立つ朽木さんをちらっと見ると、汗で髪が貼りついた頬やうなじが色っぽくてどきどきする。
 
 ここがステージ上でなかったら写真撮りまくるのにちくしょー。
 
 いつか風呂上りの朽木さんをカメラに収める計画を立てよう。コレ絶対。その横に拝島さんも並べられたら最高だ。
 
「さて、ではいよいよ優勝ペアに御褒美といきましょう!」
 
 妄想に入り込むところだったあたしは司会者さんの言葉にハッと我を取り戻した。
 
 出たよ出たよ優勝賞品! 待ってましたぁぁ〜〜〜〜っ!!
  
「賞品はふたつあります。ひとつはまぁもらって嬉しい金目の物ですね! もうひとつの方は……それをこれから着ていただきましょう!」
 
 え?
 
 着るって、賞品を? 賞品って服なの?
 
 などと突っ込む暇なく。あれよあれよという間にあたしと朽木さんはスタッフに囲まれ、ステージの袖に押しやられて行った。
  
 そこにはカーテン付のボックスがあり、無理矢理中に押し込められる。
  
「これを着るのか!?」 
 
 隣のボックスから朽木さんの怒声が聞こえる。それを気にしてる余裕はあたしにもなかった。
 
 ボックスの中には着替えを手伝ってくれる人なのか、女性が一人にこにこ顔で立っていて、あたしと目が合った途端、
 
「じゃあこれを着てくださいね」
 
 となにやらヒラヒラした服を吊り上げてあたしに見せてくれたのだ。
 
 ちょっと待て。これってまさか……。
 
 それに気付いて一歩退くあたしに詰め寄り、抵抗する暇を与えないその女性。
 
 頭からずっぽり服を被せられ、思わず「うぎゃっ!」と悲鳴をあげてしまう。
 
 視界がきかなくなり、混乱した次にやってきたのは、体をもぞもぞ行き来する手の感触。
 
「ちょっ! やめっ! どこ触って……! うぎゃぁぁぁっ! やりすぎっ、やりすぎだってぇぇ!!」
 
「グリコッ!?」
 
 上に着たカーディガンを剥ぎ取られ、服の袖を通される。ジーンズを下ろされ、腰がスースーして泣きそうになる。
 
 やばい。この女プロだ。あっとゆー間に服を着せられ、背中のジッパーを上げられた。最後に腰を締め上げられ、「ぐえっ!」とか潰れた蛙よろしく叫んでしまった。
 
「靴と靴下もあるんだけど自分で履きます?」
 
「そんなもんまであんの!? あ、いや近寄んないで。自分で履くから!」
 
 不気味な笑顔で詰め寄ってくる女性から逃げ、慌てて渡された靴下を履く。リボンとレース付の黒いハイソックス。これまたリボン付の黒いがっしりとしたブーツを履いて立ち上がったところで頭に何かを被せられた。
 
 嫌な予感。滅茶苦茶嫌な予感がするぞヲイ。
 
「一丁出来上がり! 可愛いですよ。ハイ、行ってらっしゃい!」
 
 背中を押され、渋々ボックスの外に出ると。
 
 
『うおぉぉぉぉっ!!』
 
 
 不気味な雄叫びが観客席からあがった。
 
 なんだ今の。テレビかどっかで見たことあるようなヤバめの雄叫び。
 
 暑苦しい集団が熱を篭めて叫ぶ歓喜の響きがあった。
 
 同時に隣のボックスから出てきた朽木さんを見ると、こちらはあらまぁ。素敵なシャーロック・ホームズ!
 
「っひゃぁぁ――っ! 朽木さんかっこいい――っ!」
 
 思わず両手を組んでウットリ眺める。鹿撃ち帽にインバネスコート、右手にパイプまで持たされてる。
 
 だけど今、その端正な顔はポカンとしていて、なんとなく可愛く見える。
 
「グリコ……その格好は……」
 
 驚きで目を丸くしたまま呟く朽木さん。その言葉にハッとなった。
 
 自分の置かれた窮状に血の気が引いていく。
 
 ま、まさか。やっぱりこの格好……。
 
「おぉ――っと、これは可愛い――――っ! なんと、猫耳メイドさんだぁぁ――っ!!」
 
 やっぱりかぁぁぁぁっ!!
 
 ステージ中央に用意されてた姿見に駆け寄り、慌てて自分の姿を映してみると。
 
 
「なんっじゃこりゃあぁぁぁぁっっ!!」
 
 
 白いフリルたっぷりのエプロンと、ふわっとした黒のドレスを合わせた膝丈メイド服。
 
 長袖の袖口はレースのフレアーになっていて、ここには白のフリル。足は黒のハイソックスとブーツで甘めのゴツゴツ感があり、全体的にどことなくゴスロリ風な衣装だった。
 
 メイド服はまぁ百歩譲って良しとしよう。いや譲りたくないけど。
 
 だけどこれは……これだけは……。
 
 頭に被せられたレースのヘッドドレスからピンと立ち上がる物――それは紛れもない、黒の猫耳だったのだ!
 
 
『萌えぇぇぇ――――っ!』
 
 
 再び不気味な雄叫びが観客席からあがった。
 
 萌え? 萌えとか言われました? このあたしが。
 
 背筋がゾゾーッと寒くなる。
 
 このあたしが萌えキャラ扱いされてるだとぉぉぉっ!?
 
「優勝しなくて良かったわ」
 
 背後でボソッと呟く祥子の声が聞こえた。
 
「脱ぐっ! 今すぐ脱いでくるっ!」
 
「あっ! メイドさん、まだ賞品授与がありますよっ!」
 
「メイドさん言うなぁぁぁっ!!」
 
 呼び止める司会者の股間を蹴り上げ、着替えのボックスに走るあたし。
 
 しかし腕をがっしと掴まれ、足止めを余儀なくされた。
 
「まぁ待てグリコ」
  
 朽木さんだ。にっこり笑顔をあたしに向けて呼び止める。その爽やかな笑顔とは裏腹の、凄い力で掴まれた腕がぎりぎりと痛い。
 
「俺がこのコスプレに我慢してるんだ。お前だけ逃げる気か?」
 
 ぐは。それを言われると痛い。
 
「で、でも、ホームズはまだいいじゃん! ゴスロリ猫耳メイドだよこれ!? 探偵と何の関係があんの!?」
 
「たん・てい・には、メイド・さん・が、付き物……」
 
 股間を押さえてうずくまり、沈痛な声で補足してくれる司会者さん。
 
「むぅ……だからってなんで猫耳……」
 
 その時微かに響いたパシャッという不吉な音を、あたしの地獄耳は聞き漏らさなかった。
 
「くぉらぁぁぁっ! 写真撮るんじゃねぇぇ――っ! 撮ったら殺すぞお前らっ!」
 
 反射的にぐわっと観客席に牙を剥いてがなる。
 
「どいつだっ! 今どいつが写真撮ったっ!? そこのお前かっ!? データを消せこのやろぉぉぉっ!!」
 
「落ち着けグリコ。賞品をもらうまでの我慢だ。さっさと終わらせて脱げばいいだろ」
 
 観客席に飛び込んでいこうかと思ったけど、朽木さんに後ろから肩を叩かれ、渋々足を止める。
 
 うっ……確かに。さっさと終わらせてしまった方がいい。
 
 ここで無駄に暴れて時間を食っても仕方がない。分かっちゃいるけどなんか朽木さん、妙に楽しそうじゃないか?
 
 ちと納得いかない気分に囚われつつも、あたしは観念した。
 
 仕方なく司会者さんに向き直る。
 
「賞品よこせ。オラ今すぐよこせ」
 
 殺気を篭めた目で睨みつけると、司会者さんは青い顔で立ち上がり、
 
「で、では賞品授与と参りましょう!」
 
 やや震える声を張り上げたのだった。
  
 
 
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