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Act. 8-2
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 池上と作業を分担して鍋に入れる野菜や魚介類の準備を完了した。
 
 六人分がどれ程の量になるか分からないので適当にあるだけ切ったが、これは物凄い量のような気がする。大ざる三つ分山盛り状態だ。
 
 というかそもそも六人に対して鍋がひとつというのが問題じゃないだろうか。
 
「鍋用の材料でなにか一品作ってみます?」
 
 丁度同じことを考えたらしい池上がこちらを向いて提案した。
 
 彼女は海に行った時に披露した弁当の腕前からしても手先が器用そうだとは思っていたが、なかなかどうして、俺より余程包丁の扱いに長けていた。
 
 店を構えるプロのそれに近い気がする。
 
「そうだな。何か作ってみてくれるか?」
 
 腕のいい料理人が隣にいるのに、俺が作る必要はない。心もち出来上がりを楽しみにして追加の一品を頼んだ。
 
「朽木、俺も何か手伝おうか?」
 
 背後からの声に振り返る。拝島が空になったカップを盆に載せてやって来たところだった。
 
 だがその足はダイニングテーブルに並べられた山盛り野菜のざるを見た途端止まり、驚きの声があがる。
 
「わっ。もう全部切り終わったんだ? 来るの遅かったね、ごめん」
 
「池上の包丁捌きが良かったんだ。俺もほとんど出る幕がなかった」
 
「凄いね真昼ちゃん。こないだのお弁当も美味しかったし、きっといい奥さんになるよ」
 
「あんまり持ち上げないでくれます? この後失敗しづらいじゃないですか」
 
 褒め言葉の上手な流し方といい、池上は社交性が高い。グリコが「めちゃくちゃ男にモテる」と評するのも頷ける。
 
 俺たちは軽く談笑してカセットコンロなどをリビングに運んだ。立倉がソファーから立ち上がってテーブルの上を片し始める。
 
『きたー!』
 
 グリコと高地は手伝うという考えが頭に浮かばないようだ。待ってましたとばかりにテレビの前から離れてテーブルについた。
 
「お前らも皿を運ぶとかしないか」
 
 はっきり言ってやると、「お、おうっ」と高地は素直に返事してキッチンへ向かう。残るグリコは無言で立ち上がり、俺の前にまでやって来て、
 
「ハイ」
 
 と何故かつんと澄ました顔で俺の手からコンロを取り上げた。
 
 なんだその態度は。喧嘩売ってるのかこいつは。
 
「感じ悪いなお前」
 
「そう? 別にいつも通りデスヨ?」
 
 途端、うすら寒くなるほど上品なにっこり笑いを浮かべるグリコ。
 
 なんだ? 笑ってるのに妙に殺伐としている。風の吹きすさぶ荒野が背景に見えるのは気のせいだろうか。
 
「あれ? ガスが入ってないですよこれ」
「あ、こっちにあるよ。今入れるから待ってて」
「お〜〜。拝島さん手慣れてる〜」
 
 寒い笑顔の後は俺を振り返りもせず拝島と鍋の準備を進めだす。
 
 ……………………。
 
 
 反抗期か?
 
 
 ともかく、ほどなくして準備は整った。
 
 
 * * * * * *
 
 
「いやぁ〜やっぱ大人数で囲む鍋は美味いよなぁ!」」
 
 缶ビールで乾杯した後、真っ先に鍋に箸を突っ込んだ高地が喜びを露にしながら言う。魚を一切れ頬張り、
 
「うんめぇ〜〜しあわしぇ〜〜」
 
 確かに幸せそうに顔を蕩けさせる。
 
「牡蠣牡蠣〜♪ うわぁ〜〜美味しそう〜〜!」
 
 続いてグリコも喜色満面な笑顔で牡蠣を口に運んだ。その顔からすると、もう機嫌は治ったようだ。一体何でへそを曲げてたのやら。
 
 ちなみに今回の鍋は、味噌仕立ての牡蠣鍋だ。もつ鍋と意見が分かれたようだが、グリコの強い押しで牡蠣鍋になったらしい。
 
 たっぷりの野菜と新鮮な魚介類。病み上がりの体には、確かに嬉しい栄養だ。体も温まる。
 
 味噌は、池上が知り合いからもらったという特製合わせ味噌を使ったのだが、これがなかなか美味い。聞いた話によると、池上は祖母が旅館の女将をやってるらしく、特選素材は祖母経由で手に入るそうだ。料理の腕も恐らく祖母仕込みなのだろう。納得のいく話だ。
 
「牡蠣って美味しいよね。栗子ちゃんも好きなんだ?」
 
「ハイ! 一度あたって死にかけてから癖になりました!」
 
「え……普通、あたったら嫌いになるもんじゃないの?」
 
「そこがグリコの常人とはかけ離れたところなんですよ」
 
「頭のネジがぶっ飛んでんのよ」
 
 和気藹々から微妙に外れた会話が流れる。会話を盛り上げようと気を使ってるのは拝島くらいのものだ。あとは各々、好き勝手にやっている。
 
「そろそろ蒸し煮ができたかな」
 
 池上がおもむろに箸を置き、立ち上がってキッチンに向かった。
 
「えっ! 蒸し煮ってなになに〜〜!?」
 
 グリコが興味津々といった様子で後を追う。
 
 しばらくして、二人は見るからに熱々のホーロー鍋を持って戻ってきた。蓋を開けると、なんとも美味そうな肉と酒の匂いが香り立つ一品が顔を覗かせた。
 
「豚と白菜の蒸し煮。キノコも入れといたの」
 
「ひゃあ〜〜っ! 美味そうだなソレ!」
 
 高地が目を輝かせて鍋の中を覗き込む。
 
 それはまるで、牡丹の花が咲いてるようだった。
 
 切断面を上に、円を描くように詰め込まれた白菜。その隙間に肉が適度に埋め込まれている。丁寧な仕上がりだ。改めて池上の腕に感心させられる。
 
 箸で一皿ずつよそう池上。グリコがそれを皆に配る。あいつは結局、物見遊山でついて行っただけで、やった仕事はこれだけか。「食べる専門」とはあいつのためにあるような言葉だ。
 
「うにゃ〜〜っ! 美味しいよコレ!」
「美味い! すげーよ真昼ちゃん!」
 
 一応全員に皿が行き渡るのを待ってから口に入れた途端、グリコと高地が美味い美味いと大袈裟に囃し立て始める。
 
 だがそれも同感な美味さなのは確かだ。白菜の甘みが存分に引き出され、肉の旨みと見事に絡み合っている。
 
 味付けはシンプルな塩胡椒。微かにコンソメの味もする。それがまた素材の旨みが溶け込んだ酒によく合うし、さじ加減も絶妙だ。
 
「ホントよくこういうの作るわよね真昼。感心するわ」
 
 立倉も素直に賞賛し、池上にさりげなくおかわりを要求する。
 
「作ってみると意外と簡単なのよ」
 
 控えめな笑みを浮かべながら次々に差し出されるおかわりの皿を満たしていく池上。旅館の女将になったらさぞかし繁盛しそうだ。
 
「本当、料理上手だね真昼ちゃん。俺も教えてもらおうかな」
 
 ゆっくり箸を進める拝島が拝島らしい社交的な褒め言葉を池上に送り、俺も上等な料理に機嫌を良くしてビールの缶を傾けた。
 
 しかし、気分良くいられたのはそこまでだった。
 
 次に発された高地の台詞に思わず箸の手が止まる。
 
 
「拝島ぁ〜いっそ真昼ちゃんをお嫁さんにもらったらどうだぁ?」
 
 
 おい。
 
 余計なことを。
 
「それは魅力的な話だけど、真昼ちゃんのファンに殺されちゃうよ俺」
 
 少し困った顔で答える拝島。池上への配慮が窺える。
 
「拝島なら文句言える奴なんてそうそういねぇだろ? 俺と祥子ちゃん、拝島と真昼ちゃんでダブル結婚式挙げようぜ!」
 
 その言葉に今度は立倉が眉を吊り上げた。
 
「勝手な計画立てんじゃないわよ。誰がアンタと結婚するって?」
 
「そーだそーだ! 真昼と祥子なら、あたしだってお嫁にもらいたいです!」
 
「いやそのセリフは違うでしょグリコ」
 
 すかさず突っ込む池上。
 
 段々話がややこしくなってくる。
 
「だってぇ〜〜こんな美味しい料理、あたしだって毎日作って欲しいもんっ」
 
「げげっ! グリコちゃんて百合族だったの!?」
 
「グリコの言うことは真面目に受け取らない方がいいですよ、高地さん」
 
「性癖も根性も腐りきってるからね」
 
「ああっ。そんな冷たい言葉、毎日浴びせられたい……っ。やっぱ高地さんなんかにゃ祥子はもったいないね!」
 
「『なんか』!? 俺、『なんか』扱い!? 俺ってグリコちゃんの中でどんだけ地位低いの!?」
 
 どうにも収拾がつかない状態だ。
 
 俺は隣の拝島がこの泥沼に引きずり込まれないよう、さりげなく耳元に口を寄せ、「酒が足りないようだから取りにいくか?」と誘って席を立った。
 
 避難場所を求めてたらしい拝島が「助かった」という顔で応じ、俺の後に続く。
 
 高地の奴は、本人に悪気はないのだが、どうもトラブルメーカーの気がある。こないだダブルデートを提案したことといい、拝島に近付けるのは危険かもしれない。
 
「いい加減にしなバカ地!」
 
 とうとうキレた立倉が席を立つ音と高地の悲鳴を後に、我関せずの態度を貫きながら、すたすたとその場を退散した。
 
 
 
 夜も深まり、鍋の中身がほとんど空になる頃には高地とグリコの馬鹿騒ぎも一応の落ち着きを見せ、すっかり満腹状態の二人が床にごろりと転がった。
 
「はぁ〜〜。美味しかったぁ〜〜」
 
「もう食えねぇ〜〜。あ、でもデザートは別腹よ?」
 
 調子のいい催促をする高地をじろりと睨み、
 
「お前ら後片付けはちゃんとやるんだろうな……」
 
 念を押すと、「頑張りまぁ〜す」と気の抜けた返事が二人同時に返ってきた。まったくもって期待できない。
 
「えへへ〜皆で鍋つつくのって楽しいですね〜。またやりたいな」
 
 クッションを横抱きに頬を埋めながらグリコが言う。俺としては、もう勘弁して欲しい。明日、部屋に染み込んだ酒の臭いを取る作業があるかと思うとげんなりする。
 
「おう、またやろうぜ。朽木んちで!」
 
「勝手に決めるな」
 
「いいじゃねぇか、こうやって皆でワイワイやんのも楽しいだろ?」
 
「全然楽しくない」
 
 憮然として答えると、「またまたぁ〜」と言いながら起き上がった高地が俺の横にやって来て馴れ馴れしく肩に手を置いてきた。
 
「素直じゃないのな朽木くんは。まんざらでもないくせにぃ」
 
 なんだそのニヤニヤは。気持ち悪い。
 
「そうそう、朽木って素直じゃないんだよね」
 
 ちょっと待て拝島。なんでそこで同意するんだ。
 
「分かってる。俺には分かってるぞ朽木。お前はホントは淋しがりやなんだ。俺たちの熱い友情で包んでやるよ!」
 
「お前のは遠慮する」
 
 高地の友情など誰がいるか。
 
「ったく氷壁のプリンスは伊達じゃねぇなぁ」
 
「氷壁のプリンス? なんだそれは」
 
「あ、いや、気にすんな。――それよりさ、『皆でワイワイ』で思い出したけど、来週うちの大学で学祭あるだろ?」
 
 突然話題を変えられた。はぐらかされたようで面白くないが、これ以上続けたい話でもなかったので蒸し返すのはやめておき、「ああ」と頷いた。
 
「そうだね。すっかり忘れてたよ」
 
 拝島も思い出したように顔を上げる。
 
 確かに来週、我が校では学園祭が行われる。といっても部にサークルにも所属してない俺と拝島のような学生にはあまり関係なく、いつも通り家で過ごすつもりだった。
 
「俺のダチが実行委員やってんだけどよ。今年はすんごいビッグイベントやるらしいぜ」
 
「ビッグイベント? どんな?」
 
 基本的に楽しいこと好きな拝島が身を乗り出してくる。俺は高地と拝島に挟まれた形になった。
 
「さぁ〜当日のお楽しみだっつって教えてくれなかったんだけどよ」
 
「なんだ。結局何も知らないのか」
 
「いやでも気になるだろ? なっ、当日見に行ってみようぜ!」
 
 勢い込んで肩に手を回してくる高地。
 
「お前はそんなに暇なのか? 勉強はどうした」
 
 呆れた奴だ。皆、毎日必死に勉強してるというのに。
 
「いいじゃねぇかちょっとくらい! こういう息抜きでもないとやってらんねぇのよ実際! ねね、祥子ちゃんたちも来週おいでよ、うちの学園祭!」
 
 結局言いたかったことはそれらしい。女三人に期待の眼差しを向けて誘う。
 
「学園祭! 楽しそうですね!」
 
 お約束通り、お祭り好きのグリコが真っ先に反応する。
 
「十一月三日? なら行けるわね」
 
 池上も乗り気なようだ。だが肝心の立倉は渋ってる様子で、「面倒くさい」の一言で斬って捨てる。それをグリコと池上が説得にかかった。
 
「文化の日に文化祭はお約束でしょ〜〜っ。行こうよ祥子!」
「研究発表とかあるわよきっと。他の大学の研究って気にならない?」
 
 なにやら口々に口実を並べ立てる。息もつかせぬ勧誘に最後にはとうとう立倉も顔を歪ませ、
 
「あ〜〜もう煩いっ! 分かったわよ! 行きゃいいんでしょっ!」
 
 そう敗北宣言すると、高地を非難するような目で睨みつけた。しかし高地からは全く怯むことのない満面の笑顔を返され、悔しげに奥歯を噛み鳴らす。
 
「俺、案内するから一緒に色々見てまわろうね〜祥子ちゃん♪」
 
 分かるぞ立倉。その気持ち。
 
 同情の涙を禁じえなかった。
 
 
 
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