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Act. 19-3
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 勢い込んで開いた扉の向こうでは、予想通りの場面が展開されていた。
 
 テーブルを挟んで向かい合う神薙とグリコ。
 
 神薙は動揺し、グリコは黒服に背中を押さえつけられている。既にひと悶着あった様子の部屋中に満ちる緊迫感。
 
 
 ――やっぱり大人しくしていなかったか。
 
 
 空気が凍りつき全員の視線が俺に集まる中、いち早く反応したのはグリコだった。
 
「にょわぁぁぁ!! カッコイイ朽木さんっ! 黒い革ジャン、ワイルドバージョン~!」
 
 興奮に息を荒げ、黒服の腕を跳ね除けて立ち上がる。
 
「さわらせてさわらせて写真撮らせてぇ~~~っ!!」
 
 両手を広げて飛びかかってくるのを、俺は前足一本で蹴り返した。「ぎゃひん!」と奇声を発しながら後ろ倒しになるグリコ。
 
「まったく。余計な妄言を吐いてないか心配したら案の定だ。よっぽど俺に殺されたいらしいな、お前は」
 
「半殺しにまけといてください」
 
 よろよろと腹を押さえながら立ち上がろうとするグリコの首根っこを、仔猫よろしく掴んで引っ張り上げる。その時、グリコの片頬が赤く腫れていることに気づいた。
 
「殴られたのか?」
 
「あ、うん。一発だけ。おじさんの図星ついちゃったみたい」
 
「冬也!」
 
 それまで唖然と固まっていた他の面々も硬直状態が解けたらしく、俺の名を呼ぶ神薙に視線を移す。
 
 額が少し汗ばんでいる。背広にもやや乱れの跡が見られる。
 
 これほど動揺している神薙を、俺は初めて見た気がする。一体グリコに何を言われたのやら。
 
「こいつを使って俺をどうこうできると思われるのは心外です。こんな変態でよければ煮るなり焼くなり好きにしてください」
 
 俺に背中を突き出されたグリコが「ひっでぇ~」と抗議の声をあげる。
 
「なら何故ここに来た」
 
 立ち上がり、テーブルの傍らに立つ神薙が落ち着きを取り戻したのか、厳しい瞳で問うのに対し。
 
 俺は肩をすくめ、ゆっくりと神薙のもとに近づいていった。
 
 黒服の一人がすぐさま警戒し、神薙の傍につく。もう一人が俺の背後についた。
 
 馬鹿な奴らだ。グリコをフリーにするとはな。
 
「もちろん、あなたを笑うためです」
 
「なんだと」
 
 ぴくりと眉を上げる神薙の代わり映えしないしかめっ面にじっと見入る。
 
 もはや恐怖心も何も湧いてこない。あれほど怯えていたのが馬鹿らしくなるほどだ。
 
 そう思うと、自然と口元が笑った。
 
 
「人質などというせこい手を使ってまで俺を縛りたいですか。憐れな人だ」
 
 
「――っ!」
 
 
 中学時代最後の日を思い起こす。
 
 絶望の淵に立ち、一度はこの男に捕まった。俺の居場所がここしかないのなら、それが運命かもしれないと思った。
 
 孤独を怖れた自分の弱さが、この男に屈服することを選ばせたのだと思っていた。
 
 だが違った。俺は昔も今も、この男に負けたことなどない。
 
 負けたことなどない。
 
 今、はっきりとそれがわかった。
 
「あんたみたいな器の小さな人間がトップを張れる、そんな猿山に興味はない。もう二度と俺を誘いにくるな――それを言うためにここに来た」
 
「冬也――」
 
 神薙から立ち昇る怒りのオーラが辺りに満ちる。
 
 それに従うかのように、黒服たちがじりじりと俺に迫ってくる。
 
「神薙を甘くみるな。お前はこの家から逃れられん」
 
「自分がそうだったからといって俺まで巻き込まないでいただきたい。あんたを縛ってるのはあんた自身だ」
 
「っ!」
 
「それを運命づけるなりなんなり勝手にやっていろ。俺には関係のないことだ。帰らせてもらう」
 
 言い捨て、身を翻そうとしたその瞬間。
 
 
「捕えろ! 逃がすな!」
 
 
 神薙の号令のもとに黒服たちが動く。俺は素早く身を捻り、神薙の傍の一人に殴りかかった。
 
 頬と顎に連続で拳を叩き込むと、横からもう一人が飛びかかってくる。背中を抱きこまれた。だが。
 
 
「すとぉぉぉぉぉぉ~~~~~っぷ!!!」
 
 
 グリコの一喝に黒服たちの動きが止まる。グリコがジジッ、ジジッと不吉な音を立てるスタンガンを神薙の首元に突きつけていた。
 
「し~びれちゃうよ、し~びれちゃうよ。おじさんがし~びれちゃってもいいのかな~♪」
 
「会長!」
 
 黒服たちの注意が逸れた隙に、俺は背中をとった黒服の顎を鋭く肘打ちし、背負い投げで床に叩きつけた。
 
「朽木さん! 無線!」
 
 グリコの指示に了解して倒れた黒服の腰の無線機を抜き取る。身を強張らせるもう一人からも無線機を取り上げた。
 
 ほんの少しだが仲間を呼ばれるまでの時間を稼げるだろう。
 
 俺は神薙にスタンガンを突きつけながらじりじりと戸口に移動していくグリコの傍に寄った。
 
 額に玉の汗を浮かべる神薙の目を最高の殺意をもって睨みつけ、
 
「俺に継いで欲しいなら、俺が魅力を感じるほどの企業にしてから頭を下げに来るんだな!」
 
 侮蔑の笑みを一瞬浮かべた後、これまでの恨み全てをのせた拳を、全力で頬に叩き込んだ。
 
 ついでに蹴りも一発入れたのはグリコの分だ。
 
 
「会長!」
 
 
 駆け寄る黒服に背を向け、俺とグリコは部屋を飛び出すと同時に扉を閉めた。
 
 すぐに追ってきたもう一人がノブを回したが。
 
 
 バリッ!
 
 
 グリコが咄嗟にスタンガンをノブに突きつけ、大きな音と共に火花が散った。
 
「うぁちっ!」
 
 扉の向こうでも悲鳴があがったが、グリコも驚いて飛びすさった。
 
 おい。どうなるかわからずにやったのか。相変わらず無茶するなこいつは。
 
「行くぞ!」
 
「ほいさっ!」
 
 それからはただ全速力で逃げるのみ。正面玄関を目指し、俺が先導して廊下を走る。
 
 だが広い屋敷なだけに、何事もなく玄関まで辿り着くのは不可能だ。監視カメラに逃げる俺とグリコの姿も映っている。
 
 やがて駆けつけた他の黒服が廊下に現れ、俺はグリコを行かせるために捨て身で飛びかかった。
 
 
「先に外で待ってろ!」
 
「アイサー!」
 
 
 あまり一人一人に時間をかけると追っ手に包囲されてしまう。かといって一撃で沈んでくれるほど黒服は甘くない。
 
 内心焦りを覚えつつ左腕を締めてくる黒服の足に蹴りを入れようとした時。
 
 
「あなたたち。廊下で何を暴れているの。はしたなくってよ」
 
 
 悠々と背後に立つ神薙蓮実が俺たちに場違いな注意を投げかけてきた。
 
「お、奥さまっ」
 
 この屋敷で二番目の権威に黒服が動揺する。その隙をついて俺は黒服を殴り飛ばした。
 
「本当に何をやってるのあなたたち。それでも神薙家の――」
 
「も、申し訳ありません奥さま。しかし今はそれどころでは」
 
 そんなやり取りを背後に聞き流しつつ、ちらりと神薙蓮実を見ると、笑みを浮かべた瞳が一瞬俺を見返した。
 
 ああ。言われずとも逃げ切ってみせるさ。
 
 あんたとは相容れなかったが、俺たちは同じだった。同じ神薙という檻に繋がれた囚人。
 
 次に会う時は、もう少しましな会話ができるかもしれないな、などと思いつつ再び駆け出す。
 
 ほどなくして大きな正面玄関に辿り着き、その扉の横で俺を待つグリコの姿を見つけた。
 
 傍ではおろおろとするメイドが「困りますお客さま」とグリコを引き止めている。俺は駆け寄ると「悪い」と一言断ってメイドを押しのけさせてもらった。
 
「遅いよ朽木さん!」
 
「やかましい! そこにあるバイクで脱出するぞ!」
 
 外に出るが、まだグリコはなにやら扉をいじっている。
 
「グリコ!」
 
「今いく!」
 
 声をかけると勢いよく扉を閉め、グリコが続いてやってくる。
 
 玄関の石段を駆け降り、そこに置いておいたバイクにキーを差し込んだ時、扉がバンッと揺れ動いた。
 
「なんだ?」
 
 怪訝に思って振り返る俺に、
 
「これ」
 
 ニッと笑いながらグリコが掲げて見せたものは、忘れもしないグリコの必殺武器。
 
 
「――アロンアルファか」
 
 
 おかしくて、そんな余裕もないというのに笑い転げたくなった。
 
 こいつ、やはりとんでもない。
 
 
「あの海の日以来、なんとなくお守りとして持ってたんだよね」
 
 言いながらグリコがひらりと俺の後ろに飛び乗る。
 
 あの海の日か。こいつと初めて一緒に走ったあの日のことは、俺もよく覚えている。
 
 思えば、あの時から感じていた。
 
 湧き上がる不思議な高揚感。俺の中で動き出すなにか――
  
 
 
『そいつと出会えば、途端に世の中面白くなる』
 
 
 
 邪魔なメットを放り捨て、スロットをまわす俺の脳裏に、じいさんの声が響く。
 
 ああ。そうかもしれない。
 
 こいつのことを好きかどうかはまだわからない。
 
 あれが運命の出会いだったなどと、大袈裟に考えるほどのものじゃない。
 
 だが。
 
 たったひとつだけ。
 
 
 
「朽木さん、門はどうするの!?」
 
「大丈夫だ!」
 
 一気に走り抜けた道の先に現れる鉄の門扉を見て、グリコが驚愕の声をあげる。
 
「あれ、朽木さんが壊したの!?」
 
「ああ! 閉じれないようにな!」
  
 片側だけ開きっぱなしになっている巨大な門を抜け。
 
 
 俺たちは、広大な神薙家の敷地を。
 
 
 深い底なし沼だと思っていたその場所を。
 
 
 俺の心をずっと縛り続けていたまやかしの金の檻を――――
 
 
 
 
 風と共に、飛び出した。
 
 
 
 
「あはははははっ!」
 
 
 
 俺の背中でグリコが体を揺らしながら笑う。どこまで楽しげな声が風に流されていく。
 
「やっぱ朽木さんといるのは面白いや! わくわくするね!」
 
 知ってか知らずか、叫ばれる同じ感想に、緩みっぱなしの頬はしばらく元に戻せそうもない。
 
 ああ、じいさん。認めるよ。
 
 こいつといると、確かに面白い。
 
 どんな逆境の中でもきっと楽しく生きられる。そう思えるエネルギー。
 
 やりたい放題、好き放題生きているこいつだから。
 
 こいつの傍にいると思えるんだ。もう自分を押し殺さなくていいのだと。
 
 俺も、好きに生きていいのだと。
 
 
 
『ああ、坊主。好きなように生きてこい』
 
 
 
「かっとばせー! 朽木さん!」
 
「振り飛ばされるなよ!」
 
 
 
 暮れなずむ空の下。
 
 
 唸りをあげる風の中。
 
 
 こうしてとんだ騒乱を巻き起こした俺とグリコは沈む夕日に向かって走り続け――――
 
 
 
 
 
 
 
 一時間後。
 
 
 ノーヘル二人乗りでパトカーに捕まっていた。
 
 
 
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