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第一章『二人の勇者』
始まりの日(3)

「で……今度はどこだ?」

一体どこに飛ばされるのか全く検討のつかない転送も三度目となると流石に慣れてくる。
今度は横やら背面やらからぶっ倒れる事は無かったものの、わりと高い位置から落とされたせいで着地の衝撃で足がジンジンする……。
周囲をきょろきょろ見渡すと、そこがディアノイアの校門前である事が直ぐに判った。突如空中に出現して落下したというのに、特に驚いている生徒が居ないのがまた凄いな……。

「ナナシー。どこだー」

「はいはい、ワタクシならこちらですよ」

声は背後から聞こえていた、というよりうさぎが背中にへばりついていた。耳を掴んで引っぺがすと、落ちそうになったシルクハットを足で掴みながらナナシがじたばたしていた。

「何故そこを持つのですか!?」

「いや、他に持つ所ないじゃん……」

「……とりあえず、前回から数日が経過しているはずです。ディアノイアに入学申請手続きに向かいましょう。道は分かりますか?」

「全然わかんねえけど、とりあえずエントランスに入って受付に訊けばいいんだろ?」

というわけで、再び駆け足で校内に入る。学生たちは殆どが私服なので、この格好でも目立たないのはありがたい。そもそもこれだけ人通りの多い学園なら一々通行するやつの顔なんて覚えちゃいないだろうが。
開かれたままになっている扉を潜り、エントランスに出る。例のでかい学園長、アルセリアの居る部屋へと続く螺旋階段を素通りし、受付へと向かう。
いくつかあるカウンターは生徒たちで賑わっていた。仕方が無いのでその中で一番空いているカウンターに並び、うさぎを肩に乗せたまましばし待つ。
その間行き交う生徒たちを眺めていたのだが、どいつもこいつも物騒窮まりない。平然と武器を持ち歩いているのがウヨウヨいるし、年齢もかなり千差万別で小さな子供も居ればおっさんみたいなのも歩いていた。

「つーか、ここ何する学校……?」

「ありとあらゆる学問と武芸を学ぶ学園、と言いましたよ」

「それには何……あんな剣とか使っちゃったりする学問とかあるの……?」

「ええ、ありますよ。あ、そろそろ順番ですよ」

前を見るとカウンターが開いていた。そして直後にぎょっとする。カウンターに並んでいるのはメイド服の女性……それはまだいい。ずらりと横に並んだ無数のカウンターそこに並んでいるメイドの顔が全て同じだったのだ。
全く同じ外見のメイドがにこにこしながら生徒からの用命を承っている姿に思わず冷や汗が走る。これ、かなり怖くないか……?

「ようこそディアノイアへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あ、えっと……」

なんだっけ。異様な光景に一瞬自分がここで何やってるのかわからなくなってきた。
いや、実際わからない。何やってんだ俺……駄目だ、割り切れ。割り切るんだ。多分全員姉とか妹とか親戚とかそういうのだ。気にするな、俺。

「申請は済んでるんだけど、編入手続きの……」

「お名前は?」

「本城夏流……あー、どう書けばいいんだ? スペルは……」

「ホンジョウナツル様ですね。学園長より承っております。特別英雄育成科に編入ですね」

何その胡散臭いことこの上ない学科。

「まだ設立して間もなく、この学科の生徒はナツル様一名のみとなっております。よって、チュートリアルセレクションには他の学科の生徒が付き添う事になります。こちらの書類をお持ち下さい」

メイドから手渡されたのはこの学園の紹介パンフレットと、チュートリアルセクション受諾書というものだった。もう全く判らないので適当にハイハイ言って話を聞き流す。
次から次へと出てくる書類にガンガン名前をサインして、右から左へとメイドたちが流して行くその書類を見送る間も無く、ワケの判らない質問にどんどん答えた。
魔法経験はあるかどうか、とか。出身国はどこか、とか。もう本当にワケがわからないのでそのまま本気で記入した。魔法経験はないし、出身国は日本だ馬鹿野郎。
もう半ばやけくそだったので引っかかっても仕方がないと思っていたが、学園長から話が通っていたのか手続きはパスする事が出来た。思わず安堵の息をつき、パンフレットを片手にカウンターを後にする。

「あんなのでよかったんだろうか……」

「結構テキトーですから、よろしいのでは? とりあえずはチュートリアルセレクションを受けましょう」

「何それ?」

「学校案内のようなものです。在校生の誰かが案内をしてくれるはずです。本来ならば同じ学科の生徒が担当するのですが、貴方はちょっと事情が異なりますので」

資料に再び目を通す。俺のセレクションの待ち合わせ場所はこのエントランスで、担当者はアクセル・スキッドというらしい。名前からして男だろうか。とりあえずリリアじゃなかったのだけが幸いである。
ここで待っていればいいのだろうか? 壁際に立ち、背を預けてパンフレットを捲る。まるで何かのテーマパークにでも迷い込んだ気分になった。
しばらくぺらぺらとページを捲っていると、正面から一人の少年が真っ直ぐに歩いてくる。腰からは細身の剣を二つ提げ、軽装の鎧を装備している。髪は金髪で、歩いてくる様子からも顔つきからも気さくな雰囲気を感じ取れる。
少年は俺の前で立ち止まると、ポケットの中からくしゃくしゃになった紙っぺらを取り出し、皺を伸ばして俺に突き出した。

「ホンジョウナツルってお前? 俺、チュートリアルセレクションの担当しろって言われてんだけど」

紙にはつい先ほど俺が書類にサインしている時の混乱した表情がくっきりと描かれていた。写真かなにかをプリントアウトしたかのような精巧な画質だが、そんなもんいつのまにやられたんだ?

「ああ、俺が夏流だ。ってことはあんたがアクセル・スキッド?」

「そうそう、俺がアクセルだ。傭兵学科二年、得物はサーベル二刀流! かっこいいだろ? 好きな言葉は『成せば成る』で、このセレクションには遅刻回数をチャラにするからって絶賛タダ働き受領中だ。ヨロシクな、ナツル!」

俺の手を勝手に取り、ブンブン振り回すアクセル。遅刻回数をチャラにするからって……そんなやつに俺のセレクションを任せるなよ、学園長……。
言いたい事は色々あったが、アクセルの勢いで完全にすっ飛んでしまった。握手したまま手を握り締め、アクセルはそのまま強引に歩き出す。廊下をグイグイ進み、どこかへ向かっているようだ。

「お、おいっ!?」

「いや〜しかしホンジョウナツルって変な名前だよな〜! 生まれどこ? 日本って何? どっかの田舎町? あーそういや服装なにそれ? 初めて見んだけど、俺」

「いや、だからっ!? どこ行くんだよっ!?」

「どこ行くって……学校案内するんだろ? 俺この後バイト入ってんだよ。時間ぶっちゃけヤバイからさ、とっとと行こうぜ」

「腕を引っ張るなああああああっ!!」

こちらの話はまるで聞いて居ない強引な男、アクセル。
その学校案内は、予想通り順調には行かないものだった。


⇒始まりの日(3)


アクセルに腕を引かれてやってきたのは講堂が大量に並んでいる校舎だった。沢山の生徒が授業中だというのに行き交っている。

「うちの学校は基本的に授業は選択制で、自分でカリキュラムを組んで月の初めと途中、二回に分けて提出するんだ。学科によって違うらしいが、必要な授業数と単位が決まってて、それが必要最低限の必修授業になる。でまあ、他の授業は好きに出られるわけ」

だから授業をやっている横で他の生徒は平然と歩き回っているのか。賑やかな廊下から講堂を覗き込んでみると、生徒たちが熱心に授業を聴いていた。その様子は向こうと……いや、むしろ現実よりも真面目な雰囲気だった。
俺の高校はこんなに熱心に勉強しているやつなんていない。まあ多分どこの学校でもそうなんだろうが……そういう意味ではちょっと異常な空間だった。

「俺は傭兵科だから、あー……戦闘技術と格闘術……あとは兵法術? それから……まあ四つか五つくらい必修の課目がある。お前も多分あると思うから、後でマニュアルチェックしとくといいぞ」

「それ以外の授業には勝手に参加していいのか?」

「勿論事前にカリキュラム申請が必要だけどな。学科に全く関係ない授業もタダで受けられるぜ。傭兵学科だからって魔法学を学んじゃいけないわけじゃないし、魔術学科だからって剣術を学んじゃいけないわけじゃない。ま、その自由な育成方針がこの学校のウリなんだけどな」

こうして聞いていると本当に学校のようだ。ただ勉強している内容がちょっとぶっ飛んでいるのがあれなんだけど。
アクセルは横で物凄い勢いで喋くり続けている。ちょっとついていけない感じの元気の良さだ。圧倒されたまま苦笑を浮かべていると、うさぎが耳元に口を寄せて言った。

「ちょっと楽しくなってきたでしょう?」

余計なお世話だった。
アクセルの案内は続く。巨大な食堂、中庭の公園、螺旋階段を上った二階、三階にも講堂があること、寮の場所、等等……。
一緒に学園を周っていくと確かに学園の事が分かってきた。だが逆にわけのわからない情報が増えまくり、自分の世界との違いをまざまざと見せ付けられる事になった。
そうして最後にアクセルが案内してくえれたのが学園の裏にある巨大な闘技場だった。中では何かイベントでもやっているのか、人々の盛況が聞こえてくる。

「ここが闘技場。生徒同士で戦ったり、試験会場になったりするから何度か来る事になると思うぜ。まあざっとだけど案内はこんなとこかねえ〜。どうだ、勉強になったろ?」

「ああ、ありがとう。ところでアクセル、バイトはいいのか?」

「おっといけねえ! そんじゃ俺はもう行くけど、また何かわかんない事があったら遠慮なく訊ねに来いよ? 傭兵学科二年、アクセル・スキッドだ。名前だけ覚えとけばまた会えるのがこの学園だからな。ほんじゃまたな〜、ナツル〜!」

気さくな笑顔と共に少年は手を振って走り去って行った。その様子を見送り、深々と溜息をついた。

「どうでしたか?」

「とりあえずファンタジーって事は分かった……」

額に手を当てる。まあ、そろそろビックリしたりドッキリしたりするのは卒業した方がいいのかもしれない。こういうもん――ゲームなのだ。楽しむにはそれなりに適応しなければ。

「さて、とりあえずどうしたものか……」

一人でそんな事を呟きながらパンフレットを開くと、背後に何か違和感を覚えた。
違和感……そう、とても弱弱しい力でジャケットの裾が引っ張られているのだ。振り返るとそこには案の定見覚えのあるちっこい女の子の姿があった。

「またお前か、リリア」

「は、はい! あの……この間はごめんなさ……あれ? なんでお兄さん、リリアの名前知ってるんですか?」

ぎくっ。そういえばそうだ。当たり前のように説明を受けてこいつがリリアだというのが頭の中にしっかり認識されていたのが裏目に出てしまった。

「そういえばこの間の時も、リリア〜って呼んでましたよね? なんでですか? なんでですか?」

「別になんでだっていいだろ? お前は人にいちゃもんつける為に呼び止めたのか……?」

「ちち、違いますよぉう! あの、この間はなんか……その、怒らせちゃったみたいだから、ごめんなさいしようと思って……そのう……」

胸の前で指先をちまちま弄りながら上目遣いにちらちらとこちらの様子を窺うリリア。そんなにビビられても正直困っちゃうんだけどなあ。
まあ、仕方が無い。肩をポンと叩くとリリアの体が跳ね上がった。しかし俺が怒っているわけではないというのが分かると、ぱあっと花が開くように笑ってくれた。
何だかんだで悪い奴ではないのだ。ただまあちょっと、うっとうしいだけで。

「リリアはどうしてここに?」

「はいっ! 今日は校内のランキング戦の日ですからっ! 大好きな人が出るので、ちょっとだけでも見ようと思って来たんですっ!!」

校内ランキング戦――。
戦闘学科の生徒にはそれぞれ戦闘能力によるランキング付けがされているらしい。成績や学園からの学費の融資など、様々な分野に関係するそのランキング戦は月に何度かここ闘技場で行われ、一般客もこの日は学園内に入り、観戦が許されるらしい。
生徒たちはこのランキング戦で自分の英雄の資質を競い合い、将来の夢の為に日々刃を交えている……様な事がパンフレットに書いてあった。
確か戦闘学科の奴は強制参加のはずだから、リリアも闘技場には馴染みがあるはずだが……このはしゃぎよう、まるでスポーツの観戦に来たかのようだ。

「大好きな人って?」

「大好きっていうか、憧れっていうか……えへへ。ゲルト・シュヴァインの観戦チケットって、結構手に入らないんですよ〜! はい!」

チケットを見せびらかすように俺に差し出した瞬間、強風がリリアの手からチケットを攫って行った。何が起きたのか全く理解できないと言った様子でリリアは目を真ん丸くしてぱちくりさせている。
その首がゆっくりとチケットの飛んで言った方へ向けられる。俺は冷や汗を流しながらその様子をひたすらに眺める。しばらくするとリリアは泣き出しそうな顔で俺のジャケットを引っ張った。

「リリアの目がちょっと腐ってるのかもしれないですけど……もしかしてチケット、飛んできました?」

「…………飛んでったな」

「いやあああああああああっ!? なっ、なっ! 並んで買ったのにぃいいいい!! わあああんっ!!」

「泣いてないで早く探しに行った方がいいんじゃないか?」

「うあ、あああ……あうあ……っ」

どう見ても一緒に探してくださいって感じだった。
しょうがないので一緒に坂道を下り、学園の中庭に向かった。中庭は生徒で賑わっているし、やたらと多い水路と木々のお陰でどこにチケットが飛んでいったのかまるで推測出来ない。

「参ったな……。これじゃどこに行ったのか全然わからないぞ」

「う、うぅ〜……! どこ行っちゃったの〜……? 返事をしておくれ〜……!」

この子のお脳が心配でしょうがない今日この頃。床を這いずり回っているリリアに溜息を漏らし、俺も木々の中に顔を突っ込んで探し始めた。
そもそも、中庭の広さが普通ではないのだ。あっちこっち顔を突っ込んで捜してみるものの、どうにもチケットが見つかる様子はない。
リリアはぽろぽろ涙を流しながら顔を泥だらけにして一生懸命捜している。こうして横から見ていると、なんでこうこいつはいつもいつもこんなんなのだろうかと真面目に疑問に思えてくる。

「お前、本当についてないな……」

「そ、そうですか?」

「ついてないっていうか……なんか憑いてんじゃねえの」

「何が憑いてるんですか!?」

「なんかこう、疫病神みたいな……あ、あったぞ」

水路をぷかぷか流れていく、リリアが一生懸命手に入れたチケット。何を思ったか、俺が止める間も無くリリアは水路に飛び込んでいた。
水しぶきが盛大に上がり、リリアが浮かんでくる。手にはチケットを握り締め、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
仕方なく陸に引っ張り上げると、リリアの全身はびっしょびしょだった。ぽたぽた水が滴る状態でチケットを一生懸命乾かそうとふーふーしている。

「お前……無茶するなあ」

「だって、ゲルト・シュヴァインのチケットですから……へくちっ!!」

「おいおい、大丈夫かよ……。タオルなんか持ってないしなあ」

「大丈夫ですよ〜。結構しょっちゅう転んで水路におっこちるんで、慣れてますから」

それって慣れてても全然いい事じゃないと思うのは俺だけか?
そんな会話をしていると、リリアは何かを思い出したように半ズボンのポケットに手を突っ込んだ。そこから取り出したのは、以前俺が彼女に差し出したハンカチだった。
鼻血の痕は残って居ない、が……当然ながらずぶ濡れだった。俺達はお互いに苦笑を浮かべたまま停止する。

「いや、それ返すのは後にしねえ?」

「……そ、そうですね」

「ていうか、そのゲルト・シュヴァインの試合、いつから開始なんだ? もう大分探し回ってるけど」

「……ほああああっ!? い、急ぎましょう! 試合が終わっちゃうよおっ!!」

俺の手をびしょびしょの手で掴み、リリアは走り出す。なんだか今日はずっとこんな具合のような気がする。
リリアの遅い足取りにあわせノンビリ走って闘技場へ逆戻り。受付の前に立ち、リリアはへなへなのチケットを差し出した。

「あの! 入れますか!?」

水滴の滴るチケットと入場客を見て受付のおじさんは顔を顰めた。どう考えてもこんなやつは俺だったら入場させない。

「あのねえ、お嬢ちゃん……。悪いけど、流石にその状態の……チケットは兎も角君を客席に上げるわけには……」

おじさんの発言をリリアは目に一杯の涙を溜めながら聞いていた。あと一歩でも不幸が重なればここで彼女は思い切り泣き出す――そんなカウントダウンのようにも思える。
たじろぐおしさん。二人の間、視線が激突する。客席にずぶ濡れの女の子を入れるべきか、追い返してここで泣かれるべきか……多分おじさんの中でそんな選択肢がグルグル回転していたはずだ。
しばらくすると根負けしたのはおじさんの方だった。溜息をつき、しおれたチケットを受け取る。

「入って見といで。その代わりもう試合は終わっちゃうと思うけどね」

「うそっ!? わあ、は、早くしなきゃ……なつるさん、こっちこっち!」

「え? 俺も!?」

「お兄ちゃん、チケットは!? コラーッ!!」

なにやら怒号が飛び交う中、俺はリリアに手を引かれて闘技場の中に入る事になった。
中に入ってしまえばこの想像を絶する人ごみ。俺たちの姿を見つけ出す事は不可能に近い。リリアに手を引かれ、俺は闘技場の最後列に立っていた。
闘技場内部はすごい熱気だった。実際に何をやっているのかはよく見えないが、闘技場の中に設置された大型の映像モニターに試合の内容が映し出されている。
リリアが目を輝かせながら見つめている憧れの人は、黒髪の少女だった。ゲルト・シュヴァイン――黒い髪に巨大な剣を握り締める少女は、リリアよりも幾分か年上に見える、しかしただの少女だった。
相手はでかい斧を担いだ男だというのに、ゲルトは全く怯む様子がない。むしろその鋭い眼差しに対戦相手の方が気圧されているくらいだった。
確かにリリアが憧れる気持ちもわからないでもない。凛々しく、鋭い存在感。美しい瞳から放たれる敵意は自分に向けられてもやはり胸を打つのだろう。
男が斧を振り上げ、雄叫びと共に突進する。同時にゲルトも走り出し、二人の武器は空中で激突した。
打ち合う武器の衝撃に火花が舞う。しかしゲルトは大剣をしなやかに操り、斧の重圧をいなして体を回す。
紅い瞳が軌跡を描く――そんな幻想さえ抱くような、美しく無駄のない動き。刃は小さく振り上げられ、しかし的確に、迅速に、男の首元へと振り下ろされる――。

「っぶね……!?」

思わず声を上げてしまった。それほど早く、強く、ゲルトの刃は男の首筋を取られていたのだ。しかし、首が刎ねられたと思った一瞬、ゲルトは刃を見事に止めていた。
男の首筋から血がうっすらと流れ出し、勝敗は決した。割れんばかりの歓声の中、ゲルトは剣を背中に担いで背を向ける。試合が終われば興味はない――そんなあっさりとした態度が更に男らしく見える。
実況中継者と思われる男の叫び声が響き渡る。リリアも飛び跳ねて喜んでいるのだが、俺は全くそんな事は眼中になかった。
退場直前、ゲルトは一瞬だけ振り返ったのだ。その視線は確かに俺とリリアを射抜いていた。この数百人いる観客の中、彼女が俺たちを見つめた意味……。それを考えると素直に興奮する気にはなれなかった。
しかし恐らくリリアはそれに気づかなかったのだろう。きゃあきゃあいいながら飛び回り、水しぶきを俺にひっかけて笑っていた。その時だけは、リリアは本当に楽しそうに……幸せそうに見えたのだった。
試合が終わり、俺達は他の観客の流れに紛れ込んで闘技場を後にした。出入り口が四方にあったのが何よりも救いだ。
二人で闘技場を出て歩き、再び中庭へ来る頃にはリリアもちょっとだけ乾いていた。嬉しそうにニコニコしながら立ち止まったリリアの姿に俺も少しだけ嬉しくなった。

「すごいですよね、ゲルトさん……。かっこよくて、きれいで……何でも出来ちゃうんですよ? 今日の試合相手は弱かったから、魔法は使ってなかったみたいでしたけど、ゲルトさんは魔法も凄くて……あ、ごめんなさい、なんか…・・・喋りすぎですよね?」

「いや? かっこよかったぞ、ゲルト。お前が好きになるのも分かるよ」

「ホントですかっ!? リリア、ゲルトさんの大、大、大ファンなんですっ! 試合、チョットしか見られなかったけど……えへへ、大満足ですよ〜」

リリアはそれから捲くし立てるようにゲルトがいかに偉大な存在なのかを俺に身振り手振り語ってくれた。
そうしているうちに俺は自分の目的をようやく思い出したのだ。

「なあ、リリア。お前、ゲルトみたいになりたいんだろ?」

「う? そうですけど……無理ですよう。リリア、ほら……落ち零れなので……えへへ」

「えへへ、じゃない!!」

リリアの顔をビシっと指差して俺は叫び声を上げる。突然の出来事にリリアは目を白黒させていた。

「いいか! お前がそんなつもりじゃ色々と俺は都合が悪いんだよ! よし、決めたぞ。お前……ゲルトを倒せ」

「…………え? えぇええええええっ!? む、むり! むりむり、むりっ! 無理ですようっ!?」

「無理かどうかはお前が決めるんじゃない、俺が決めるんだ!! いいか良く聞けリリア……。お前がとことんついてない奴だって言うのは良く分かった。だが、それに甘んじているようでは駄目だ!」

自分でも何を熱くなっているのか良くわからなくなってきたが、こういうヤツはこのままノリで押し切ってその気にさせてしまった方が早い。
どちらにせよ、こいつには立派な勇者ってやつになってもらわねばならないのだ。ならば目標は居ないより居た方がいい。こいつ自身のやる気に繋がるのなら、利用しない手はない。

「打倒ゲルト! さあ、お前も口にしてみろ!」

「そんなの恐れ多くて無理ですよう〜……」

「やれば出来る!! 打倒ゲルト!! さあ、言って見ろ! 言わないと泣かす」

「ひいっ!? だ、だとうゲルト!」

「打倒ゲルト!」

「だとうゲルト!」

「よし、それでいい。今日から俺の事は師匠と呼ぶんだ」

「な、なんでですか!?」

「いいから呼べ!! 呼ばないと……」

「わ、わかりました! 師匠!!」

リリアは俺の前で背筋をぴんと伸ばして立っている。なんだか気合が入りすぎているような気がするが、これくらいで丁度いいだろう。
それにしても、打倒ゲルトとは言ったもののゲルトとこいつの間にどれくらいの力の差があるのかよくわからない。とりあえずそこから訊いて見る事にした。

「ところで、ゲルトはランキングの何位なんだ?」

「その月にもよりますけど、えっと……大体上位三位くらいには入ってます」

「お前は?」

「はい、毎月最下位です」

俺は生まれて初めて自分の耳を疑った。
腕を組み、リリアに背を向ける。青空を見上げると、ふわふわと白い雲が流れていった。ああ、きれいだなあ。

「あのう、師匠? どうしたんですか?」

「……ちょ、待って。お前って勇者だよね……?」

「はい!」

「えっと……毎月最下位なの? たまに勝てるとか、そういうのはないの?」

「今まで勝率0%ですよ〜、えへへ〜」

俺はリリアをその場に残し、ダッシュで中庭の隅っこまで移動した。肩に乗っているうさぎの耳を掴んで下ろし、叫ぶ。

「どういうことだよっ!?」

「……お気持ちはわかりますが、現実ですので……」

「最下位? 勝率0%? どうやってそれがゲルトに勝てるわけあるんだよっ!?」

「それは貴方が言い出した目標ですからワタクシは悪くないですよ!?」

俺達はしばらくそこで言い合った。とりあえず言い合うしかなかった。自分で言っておいてなんだが、それがどれだけ途方も無く遠い目標なのかを再認識させられた。
うさぎを片手にぶら下げたままリリアのところにとぼとぼ歩いて戻ると、リリアは少しずつやる気に成ってきたのか、両手を挙げて笑っていた。

「よぉし、ゲルトさんみたいにかっこよくなるぞ〜! 師匠、よろしく御願しますね!」

「……ああ、うん。こちらこそ、よろしくね……」

俺の手を取り、ぶんぶん振り回す最下位勇者。
なんだかとんでもない事になってきてしまった――――。
こうして俺とリリアの打倒ゲルトの特訓が始まったのであった……。


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