ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第五章『アーク・リヴァイヴ』
アーク・ウェポン(1)
「本当に具合は大丈夫か?」

「はい! すいません先生、ここまで送ってもらって」

 学生寮へと向かう坂道の途中、煙草を咥えたザイオンの言葉にマナは振り返る。すっかり復調し、ザイオンの回復魔法の効果もあり顔色は良くなったようだ。

「ま、生徒を守るのが教師の仕事だからな」

「えへへ……ザイオン先生って、見た目おっかないけどいい人ですねっ」

「そいつはどうかね。言って置くが次の試験、点数にイロをつけるような真似はしないからな」

 苦笑するマナ。そうして二人が別れ様としたその時――シャングリラを大きな異変が襲った。
 煙草を咥えて微笑むザイオンの遥か後方、シャングリラを守る城壁の一部が巨大な爆発と共に吹き飛んだのだ。呆然とするマナ、ザイオンは振り返りすぐさまマナへと駆け寄る。
 奇妙な音と共に吹っ飛んでくる巨大な瓦礫。つい先程まで城壁としてこの街の人々を守っていたそれらは今、流星となって降り注ぎつつあった。
 夜に浮かび上がる要塞都市シャングリラ。先の攻撃を受け、都市全体を覆うように半透明な光によるシールドが展開される。結界の光と共に街の中央に鎮座するラ・フィリアから無数の光が周囲に降り注ぐ。

「えっ、え? 何?」

「下がっていろ!」

 片手でマナの頭を掴み強引に地べたに這い蹲らせるザイオン。煙草を吐き捨て、虚空に腕を翳す。

詠唱速度五倍スペルスピード・ファイブ――!」

 片手、五本の指先にそれぞれ黄金の光が灯る。ザイオンはその片手を横薙ぎに振るい、一瞬で高位の攻撃魔法を射出する。その数、五発。
 散らばるように放たれた雷の弾丸は光の奇跡を帯び、街へ降り注ぐ岩の塊をそれぞれ的確に貫いた。更にザイオンそのものへ接近する巨大な岩へ跳躍、これを雷を纏った蹴りで木っ端微塵にする。

「マナ、お前は直ぐに避難しろ! 寮まで戻って上級生に保護して貰え!」

「せ、先生はどうするんです!?」

「言っただろ? 教師の仕事は生徒を守る事だ。お前は避難するんだ。いいな?」

「あ、ちょっと……ザイオン先生ーっ!!」

 マナの叫びを無視してザイオンは雷を全身に纏い加速。その足跡代わりに大地に電撃の光を残しつつ、城門へと向かっていった。

「っていわれても……私……どうしたら……」

 町中で悲鳴が上がるが、逃げる人々とは対照的に現場に向かって走っている生徒の姿も多く見られた。その多くが上級生である事に違いはないが、マナにとってそんな事はさしたる問題ではない。
 逃げている人々も居れば、その人たちを守ろうと戦おうとしている者もいる。これがディアノイアの生徒達なのだ。英雄を名乗るに値する者達なのだ。

「そうだよ……逃げてばっかりいちゃ駄目だ! 私なんかに何が出来るかはわかんないけど、魔法も初級クラスなら使える……!」

 それが何の役に立つかはわからない。だが何もしないで逃げ居ていたらプラスにもマイナスにもならない。

「どうせなら、一歩踏み出してやる!」

 シャングリラに住んでいるのは何もディアノイアの生徒だけではない。戦う力を持たない人たちがまだ残されているのなら、今は兎に角身体を動かすべき。少女の身体は迷いの無い真っ直ぐな思考に背中を押され、夜の混沌の中へ突き進んでいく。

「やはり結界を張って来たか」

 夜の草原を背に、破壊された城壁の前に立つ一人の男。長い髪を風に靡かせ、空を覆う光の膜を睨む。
 シャングリラは攻撃を受ければ即座に街全体が戦闘形態に移行する。これにより街全体に強固な魔術結界が展開され、都市内部に潜入した敵を常時魔道センサーが捉える仕組みになっている。
 この魔術結界は非常に強固で、以前からシャングリラにあった機能だ。しかし嘗ての神との戦いの際、その結界は大して効力を発揮しなかった。人外の力を持つ神の力に対し、防壁はあまりに無力であった。
 しかし現在、技術の進歩によりこの結界の強度は以前とは比べ物にならない程上昇している。かのヨト神の軍勢、天使の攻撃であっても破壊する事は不可能だろう。
 無尽蔵にエネルギーを生み出す魔術路であるラ・フィリア内のプロミネンスシステム。本来攻撃に使用されるその莫大な魔力を守りに変換した、いわば神すらも拒絶する絶対防壁。それがこの不可視の壁の正体である。

「……予定通りだ。このまま裁きを継続する」

 男は虚空に手を伸ばし、歪より何かを取り出した。それは一冊の本。白いハードカバーの古めかしい本である。
 空に浮かぶ本を男が捲る。風が舞い、男を中心に広がった魔法陣から柄が迫り出してくる。その数六、そしてそのどれもが異常な迫力を放っている。

「我は両断する。不可視の結界――!」

 男が取り出したのは剣。その刀身は最早剣の形をしていない。細長く、昆虫の足のように無数の節で折れ曲がり、実に頼り無い印象を受ける。
 しかし男がそれを一振りすれば神をも拒絶する結界は両断された。大地に、壁に、空に一閃が迸り、轟音と共に爆ぜる。

「……行くぞ。これより救世の第一幕を開始する」

 本を閉じると異形の剣も消える。男はゆっくりと歩き出し、一息で城壁を飛び越えシャングリラへと進入を果たした。
 白銀のローブをはためかせ、屋根の上に着地する。再び本を開き、そこから新たな剣を取り出した。

「我は両断する。命無き石塊――!」

 繰り出される無数の斬撃。街に再び閃光が迸り、シャングリラという街そのものが盾に両断される。それは地下深くにまで及び、街の地盤そのものがずるりと僅かに傾いた。
 荒れ狂う風に佇む男。そこへ無数の矢と魔法が接近する。次々に襲う攻撃から素早く身をかわし、男は町の中心へ続く坂道へと降り立った。

「あいつがやったのか……? シャングリラの結界を、一撃で……?」

「まさか、あいつが噂の……! 行くわよ、これ以上街に侵入させちゃいけない!」

 ディアノイアの制服を着た少年少女が一斉に男へ攻撃を開始する。しかし男の周囲には見たことの無い結界が展開しており、傷一つ与える事も出来ない。

「なんだあの防御術……!?」

 大剣を担いだ生徒と槍と盾を持った生徒、二名がそれぞれ走る。一気に接近し男へ大剣を叩き付けるが、吹っ飛んだのは男の足元のレンガだけ。

「攻撃が効いてね……ぐぁっ!?」

 カウンターで入った蹴りが少年を遥か彼方まで吹き飛ばす。石造りの民家の壁を粉砕し、倒壊し、少年の姿は見えなくなった。

「邪魔をするな。私の敵は人間ではない」

 本を開き、更に別の剣を取り出す男。無数の歯車が組み込まれた白銀の奇妙な機械剣である。

「我は両断する。神の理――!」

 何も無い間合いをなでるように切り裂く。その次の瞬間、場に居た生徒達の動きがピタリと止まってしまった。男はその間を悠々と進んでいく。

「俺の生徒に何をしやがった、変態野郎」

 その行く先、魔術学科教師であるザイオン・カーツが立ち塞がる。怒りを露にした表情で、左右の指に光を灯す。

「まともな外見で死ねると思うなよ」

 一斉に放たれる上級雷系攻撃魔法、十連発。次々に着弾する雷の衝撃は男を遂に吹き飛ばす事に成功した。

「驚いたな。この世界の人間にも、お前の様な使い手がいるのか」

「何?」

「私を殺せるか、人間。いや、そうでなくてはな。私を殺すのは、いつだって人間。私を殺す権利を持つ者……それは人間だけなのだ」

 風が吹き天に巨大な魔方陣が浮かぶ。そこから次々に降り注ぐ剣、剣、剣……。侵入者はその剣の中から二つを手に取り、歩みを進める。

「お前に敬意を表し名乗ろう。我が名はウォルス。ウォルス・ヤナ・ターン……。世の理を両断し、人を救う救世主である」

「救世主……だと?」

 しかしそれは情報にあった者とは全く異なる。この男の外見、能力はスオンが報告した物とは全く一致していない。それは最悪の可能性を示唆している。

「こんな奴が、何人も居るって事か……面白いじゃねえか、ったくよ」

 全身に雷を間取るザイオン。髪の毛が逆立ち、瞳が黄金に染まる。咥えていた煙草を一気に吸い込み、それを零し敵へと走り出した。



アーク・ウェポン(1)



「状況は!?」

 職員室に飛び込むルーファウス。そこには数名の教師の姿、それからウロロフスの姿がある。

「芳しくはありませんね……異常事態です。それもとびきりの」

 目を瞑ったまま振り返る冒険学科教師、イルシュナ。その隣では医術学科担当のローズが腕を組んでいる。

「連中、私達の予想よりも随分と早く動いたわね。シャングリラに侵入者を許したわ。間違いなく、例の救世主ね」

「馬鹿な……シャングリラの結界はヨトの虚幻魔法以外では破壊出来ない筈……」

「それが出来るという時点で、この世界の物ではない術を使うという事ね。既に街中で戦闘が開始されているわ。近くに居たザイオン先生が迎撃に当たっているみたいだけど、恐らく長くは持たないわね」

 険しい表情で語るローズ。しかしルーファウスにはそれもいまいち信じられなかった。
 ザイオンは魔術師の中では上から五本の指に入る、列記とした最強候補の魔術師である。雷系呪文を使わせれば彼の右に出る者は居ない。
 上級魔法を無詠唱で発動するスピードスペル技術と雷系の術を応用した格闘術。生半可な戦士では彼の動きを捉えることすら不可能だろう。

「押されているのか、ザイオンが」

「相手の魔力はほぼ無尽蔵よ。魔力と呼んでいいのかもわからないけど、街中に異常な数値の魔力を確認しているわ。ザイオン先生……死ぬかもしれないわね」

「……救援にはゲルト先生とアクセル先生が向かいました。ローズ先生は負傷者の救援に向かいます」

「わかった。イルシュナ、奴らの狙いは何だと思う?」

 目を瞑ったままイルシュナは唇を指で撫でる。イルシュナは人間ではなく、ある特殊な能力を持った存在である。ルーファウスが彼女の直感を頼りにしているのは、一応の根拠という物があるのだ。

「シャングリラを強襲する理由……恐らく、ヨトの預言書かと」

「やはりあれか」

「あの原書にはヨトが本当の意味での創造神ではなく……トウカという神によって齎された常世造りの装置であるという事実が記されています。既に失墜しているヨト信仰に止めを刺す……最高の切り札になるでしょう」

 しかも原書にはこの世界にヨトがした様々な悪逆が記されている。そればかりではなく、現在では伝説として語り継がれている勇者が、救世主がどのような存在だったのかさえも。
 全ての真実を知り共に戦ってきた物ならば兎も角、勇者と救世主の決して真っ直ぐではなかった道程は世に知られれば或いは問題を起こすかもしれない。彼らは何度と無く、世界を滅ぼし得る存在でもあるのだから。

「ヨトの居ない今となっては預言書はただの記憶媒体に過ぎないが、信徒にとっては特別な聖遺物に変わりない。ラダの使徒があれを狙うのであれば、奴は最終的にはラ・フィリアにくるぞ」

「……でしょうね。私は部隊を率いてラ・フィリア周辺の防衛に当たります」

 マントを羽織るイルシュナ。次の瞬間、その姿は既に消えている。ルーファウスは窓辺に立ち、腰に手をやり眉を潜める。

「ウロロフス、前回と同じ奴か?」

「いや、違うね。この間の奴も変な力を持ってたけど、今度の奴もまたおかしな能力を持ってる。ザイオンが何とか抑えてるけど、多分一人で勝つのは無理だ」

 険しい表情のルーファウス。そこにウロロフスは片目を瞑り微笑みかける。

「でも大丈夫。ディアノイア最強コンビが間に合ったから」



 夜の街を駆け抜けながら何度も光を放つザイオン。連続して炸裂する雷撃はしかし侵入者を阻止するには至らない。
 確かに彼のスピードスペルの威力は完全詠唱時の凡そ60%程。決して高威力ではないのだが、こうも連打を受ければ生半可な竜種などあっという間に蜂の巣になってしまう筈。それがこの救世主を名乗る男にはろくに通用しないのだから、異常そのものである。

「これが異世界の力か……化物め」

 歯軋りし左右の拳を連続して繰り出すザイオン。その拳一発一発に上級雷系攻撃魔法が乗っている。機関銃のように連射される雷の矢を救世主は特に何も身構えずに防いでいる。

「しかし妙だ」

 ザイオンの攻撃は全く通じていないが、かといってウォルスが仕掛けて来る気配も無い。ウォルスは先程から防戦一方で反撃をしない為、ザイオンもまた無傷であった。
 確かにザイオンの猛攻は容易な反撃を許すほど温いものではないが、だからといってこの静寂は奇妙である。警戒しながらも打破出来ないザイオン、そこへウォルスは告げる。

「大した使い手だ……私の世界にもお前のような物は数える程しか居なかっただろうな」

「上から目線で語ってるんじゃねえよ」

「ほう? ではどうすれば良い? 事実、私とお前とでは次元を別にしている。どう足掻いた所で、地が天に届く事はないように」

 歯軋りするザイオン。先程から攻撃魔法を連射している所為で魔力は底を尽きようとしている。そうなってしまえば奴を阻止する方法はない。
 どうしたものかと思考を巡らせる。そうしている間にも火力は低下し、いよいよ攻撃も打ち止めとなってしまった。

「……もう終わりか?」

 それでも構えを解かず拳で戦おうとするザイオン。ウォルスは剣を突きつけ、微かに微笑む。と、その時――。

「ザイオン――!」

 ザイオンの後方、何かが迫る。それは黒い竜巻――。あっという間にザイオンを隠し、それはウォルスすら飲み込んでしまう。

「よく持ち堪えてくれました。後は私達に任せてください」

 風の中、四方から声が聞こえる。竜巻の中、紅い花弁が舞う。それを引き裂き、ウォルスの死角より何かが襲い掛かった。
 暴風の加速力を得た剣。それは真っ直ぐに放たれた矢のようにウォルスの後頭部を穿つ。謎の防御術でそれは弾かれたが、ウォルスは攻撃を目で追う事も叶わなかった。

「……速い」

 そこからはもう、息つく間すらない。
 嵐の中を行き交う無数の剣。それは四方八方からウォルスに連続して襲い掛かり、その強固な守りを削っていく。
 飛んでくるのは細身の剣だが、その一撃一撃が上位の攻撃魔法を上回る火力を秘めている。更にウォルスには理解出来ない事だったが、飛び交う剣は赤い光でコーティングされており、その火力は通常時とは比べ物にならない。
 全身に突き刺さる剣、その数十二。風にずたずたに引き裂かれたウォルスが全身から血を流し、初めて膝を着いた。

「こっちだ、クソ救世主!」

 背後からの声、振り返ったウォルスの顔面に爪先が鋭く減り込んでいた。串刺し状態のウォルスを蹴り飛ばし、風をまとってアクセルは着地する。
 嵐が晴れ、空から紅い花弁が降り注ぐ。その中を吹き飛ぶウォルスの向かう先、二対の黒い剣を携えたゲルトの姿があった。

「身勝手もここまでにして貰いましょうか」

 吹っ飛んできたウォルスを二対の剣で真上に弾き飛ばすゲルト。更に二つの剣を組み合わせ、巨大な弓矢と成す。

漆黒魔法剣メギドエディシア……」

 剣の間に魔力が収束する。黒く螺旋を描く光を引き、ゲルトはそれを夜空へと放った。

射抜く極光サジタリウス――ッ!!」

 きらりと瞬く黒い光。それは空を穿ち、雲に穴を空け夜の街を昼間よりも明るく照らし出す。
 耳を劈く爆音と共に街を風が吹き抜ける。これを水平に射出すればシャングリラの半分が塵と化してしまう為、どうしても真上に放つ必要があった。

「まだです」

 更に矢を引くゲルト。三発連射で先程の一撃と同じ物が射出される。対人相手に放つような攻撃ではなく、数百数戦という大軍に向かって放っても余りある火力だ。完全な過剰殺傷――それはゲルトが救世主と言う存在を如何に危険視しているのかを示していた。
 塵すら残る事を許されぬ闇の閃光が晴れ、夜空に星が戻りだす。射出の反動で生じた小さなクレーターから飛び出し、ゲルトは剣を折り畳む。

「無事ですか、ザイオン?」

「おかげさまでな……」

「ゲルト、お前幾らなんでもやりすぎだろ……」

 煙草に火をつけるザイオン。アクセルはどん引きした様子だが、ゲルトはまだ空の彼方を睨んでいる。

「……そんな事はなかったようですね」

 視線を追うアクセル。夜に戻った空の向こう、月光を背に小さな点が浮いている。
 それは白い修道服。彼が嘗て異世界で何らかの神に仕えていた証。空に聳える無数の剣は、彼が救世に用いた最強の武具達。

「――アーク・ウェポンを起動する」

 瞳を輝かせるウォルス。風に黒髪を梳かれ、ゲルトは再び剣を構えるのであった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。