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もう一度だけ会いたい(仮) 作者:音無 優
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 ない、あるはずのものがない。そんな経験は人生で何度もよくあることだ。
例えば、僕の机の上を見てみるとペンと消しゴムがある。これらがなくなることはよくあることだ。僕自身もよくなくすのだが、まあそんなことはどうでもよく、それらの文具などの小さいものはなくなりやすい。時は経たずともそれよりも大きいもの、そのまま文具で例えるならば、ノートやルーズリーフがなくなることもある。いや、物理的にいえばそのもの自体が消えてなくなることはほぼない。殆どの場合、地球上のどこかにはある。実際はもっと狭い範囲、自宅、学校、図書館、塾にある。では何故人間はものはなくなると思うのか。何故そう錯覚するのか。それは単純にものを探すことを諦めたからである。その諦めの精神が新しいものに買い換えるという行動に変化し、やがて経済効果となる。しかし、僕はそんなことが言いたいのではない。日本の経済効果など知ったことではない。唯一言及したいのは、その枠組みにもとらわれない、諦められないものがこの世に存在するということだ。かけがえのないもの、それがなくなったとき人はどう立ち直ることができるのだろう。それがまだ僕には分からない。何年経てば分かるのだろう。

 さんさんと照りつける太陽からどうにか隠れようと影を探す毎日。僕は中学校を入学して初めての夏休みを迎えていた。今、嫌いなものは?と聞かれれば間違えなく紫外線と答える自信があるくらい暑い夏。この季節、部活動に励む若人を僕は心から尊敬する。体育、スポーツは別に苦手な訳ではなく、もしアンケートで好きか嫌いかを問われれば迷いなくどちらかといえば好きを選ぶ。しかし、夏に炎天下に身をさらすこと、唯一、そのことで僕の運動部入りは選択肢に無かった。僕が所属している文芸部は入部前の予想通り夏休みの活動はなく、無論、僕は家に引きこもっていた。朝か昼かよくわからない時間に起きてはゲームを始め、飽きたら漫画を読み、それまた飽きたらゲームに戻る。それを繰り返し暑い夏を凌いでいた。まるでニート、社会不適合者とたまに自分で劣等感を覚えることはあるが、慣れてくるとそれも一種の快感にも思えてくるようになった。だが、そんなニートも学生、かたや、義務教育に囚われた中学生であるからには勿論、夏休みには大量の宿題がある。一般家庭ではそれを強要し、ましてや僕みたいな生活を送っていたら咎めるのが親というものなのだろうが、そんな存在も家にはいるはずもなく、手をつける気すらなかった。

 そんな中でも生きていくためにはどうしても外出せざるを得ない場合が必ずある。その典型的な例はやはり食料調達である。ネット通販でも十分と思うかもしれないが、生鮮食品には対応出来ない。ニートとはいえ、食事には案外気を遣い、自炊もする僕からすればスーパーは欠かせない。なので僕は日が暮れ、多少涼しい時間帯に外に出ることにした。

 その日も多分、午後8時過ぎだった。部活帰りの中学生や高校生、バイト帰りの大学生、会社帰りの社会人。彼ら全てがまるで戦から帰還した勇者のように輝いて見えた。その足取りは謎の達成感があり、僕とは逆方向へその歩みを進めていく。だからその日も泣いていたんだろう。静寂に包まれている狭い路地裏。スーパーへの道のりにはない路地裏に意味もなく入り無意識にただただ涙を流していた。僕はわからなかった。自分が何故いつも外出するたびに泣いてしまうのか。その流れる涙の正体が。
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