相棒
俺は足元に倒れて動かない人影を見おろし、ため息をついた。相棒を殺してしまった。いや、殺したというのは正しくはない。相手はロボットなのだから。
俺は月面の採掘基地の技術者として地球から派遣されることになり、宇宙船に乗り込んだ。基地はコスト削減のために全てが自動化されており、そこで働く人間は俺一人だった。だが、契約期間の一年をたった一人で過ごすのはとても寂しい。だから俺は会社から支給される助手用ロボットを一体同行させた。
ロボットは外見は人間と全く同じに作られ、高度なAI技術により感情に近いものを持っている。俺のロボットは同年代の男の姿をしていた。
設定された性格も俺と相性が良かったし、助手としても有能で、様々な作業をよく手伝ってくれた。俺はこのロボットがとても気に入ってしまい、本当の相棒と思うようになった。
良好だった俺達の関係が変わったのは半年程過ぎた頃だった。俺達は設備修理の為に基地の外に出ていた。その時、太陽面でかつてないほどの大規模な爆発が起こった。強力な電波障害が続き、別の場所で作業をしていた相棒との交信が完全に途絶した。仕事を終えた俺が一人基地に戻ると、相棒も既に帰っていたが、その姿を見て俺は驚愕した。
相棒は水を飲んでいたのだ。ロボットは水など必要としない。飲んでも故障はしないが、いずれ目や口などの開口部から流れ出てしまう。
その日から相棒の行動は人間と同じになってきた。食事をし、水を飲み、排泄する。俺は困惑した。水はそのまま体外に出てしまうが、相棒の口から内部に入った食料は、ロボットを動かすための薬品やオイルに汚染されてしまうので、排泄されたものはとても食べられない。基地には食料も水も一人分しかない。つまり、俺の分だ。
俺は相棒に注意した。お前はロボットだから食料をとる必要はない。そんなことは止めろと。だが、相棒の返事は俺を恐怖させた。
何を言っているんだ、お前こそロボットじゃないか、俺の食料をとるな、と相棒は言ったのだ。
電波障害のせいで相棒のAIが暴走してしまったのだ。自分と俺の立場を逆だと思い込んでいる。このままでは食料が底をついて地球に帰る前に俺は餓死してしまう。相棒は何を言っても聞く耳を持たなかった。電波障害が続いているので会社と連絡も取れない。焦った俺はやむを得ず、緊急措置を取ることにした。
俺は作業用のハンマーを抱えて、相棒に気付かれずにその背後に回り込み、AIが入っている後頭部を思い切り殴った。相棒は体を一回転させて倒れこみ、それきり動かなくなった。
俺はその姿をみて罪悪感に襲われた。外見が人に酷似しているので、本当に殺人をしたような気分だ。
こいつはもう二度と動くことはないだろう。自我を形成しているAIが壊れてしまったのだから。人ではないが、やはり相棒は本当に死んだのだ。
俺は悲しくなってきた。こんなことになってしまったが、俺はこいつを本当の相棒だと思っていたのだ。俺の目尻に涙が浮かび、頬を伝って唇まで流れた。
だが、その涙は塩気の全くない、ただの水だった。