4-5 バンデッド
木のベンチは乗り心地が悪いが、乗客で文句を言う奴らはいない。これが当たり前なのだから。俺は予めクッションと酔い止めを配給しておいたので、前2列はまだ幸せな空間が生み出されていた。
順調に行けば正味6時間の予定だ。まあ、昼一番くらいには着くだろう。さすがに王都に近いこんなところでは、そうそうトラブルも無いだろうと高を括っていた。
2時間ほど走って御者が休憩を告げた、まさにその時。唸りを上げて矢が飛来した。休憩所へ着くという心の弛緩する、まさにその隙を突いて襲撃してくるあざとさだった。
『盗賊よ!』
サーニャさんが恐ろしさに身を竦め俺にしがみ付いてきた。あのう、それだと俺が戦えないんですけど。
既にイージスは展開していたが、その前に御者は肩に矢を付きたてられ呻いていた。しかし御者には悪いが、客席に矢が飛び込まなくてよかった。
なんということだ……王都の目と鼻の先だというのに、これはまた。
これが東京へ行くんだったら、横浜過ぎたあたりでドライブインか何かに入ろうとした瞬間に弓矢で襲われるようなもんだよな。この世界は物騒すぎるぜ。
いかにも盗賊というような薄汚れた格好で、弓や剣で武装した連中が出てきた。革の装備も、あまり体を覆っている感じではなく、肌の露出も多い。人相は総じて良くない。
「この連中を始末しても、お咎めは無いですか?」
俺にそう訊かれて、サーニャさんは目を丸くした。この人は一体何を言い出すのかといった感じの顔で俺をまじまじと見る。
『当たり前ではないですか。やらなければ殺されてしまいますよ』
で、ですよねー。
「俺がやる。馬車にはイージスをかけてあるから、お前らは外に出るな」
そう言うなり俺は外へ出て軽機関銃を引っ張り出す。相手は10人。
俺は半数を1連射でなぎ倒した。残りの奴らは驚きの声を上げていたようだ。
だが、間髪入れずに大地を蹴り、馬車を飛び越えて残りの連中も機銃弾でなぎ倒す。あ、1人逃げた。躊躇わずに背中から蜂の巣にしてやった。
乗客は驚いていたようだったが、それよりも盗賊が倒されたので安堵しているような様子だ。やれやれ、命の安い世界だな。
まあ、日本でだって、こういうのは経験していたわけだが。そうでなければ、俺だって簡単には撃てない。
相手は人間なのだから。だが仲間には、なるべくやらせたくはない。だから強引にすべて撃ち倒した。
「お、お前、随分とあっさりとやったな」
佐藤が少し呆れたような感じで感想を漏らした。
「しょうがない、向こうが仕掛けてきたんだから。逃がしても、また別の馬車が狙われるだけだろう」
「まあ、それはそうだが」
自分に撃てただろうか、と自問自答しているかのようだ。こいつは性格が優しいからな。本来は、直接銃を持って戦う戦闘職じゃないし。
野戦特科だって大砲は撃つんだが、基本的に後方から撃つわけだから。日頃、銃を持って陣地を守る訓練はしてはいるが。
「大丈夫か?」
俺は御者に声をかけて、突き刺さった矢を収納し回復魔法で治療してやった。
『いや、済まんな。しかし、凄い腕をしているじゃないか。そんな武器も見た事はないな』
「はは、特注の魔道具だぜ。じゃあ、休憩だな。俺達も見張りをしておくから、安心してくれ」
『助かるよ。お前さんみたいな凄腕がいてくれて、幸運だった』
他の乗客も口々に礼を言ってくれた。
「あの連中はどういう奴らなんです? 何故こんな王都の近くに出没するんでしょうか」
客の1人、身なりの良さそうな人が教えてくれた。
『あいつらは、地方から王都に出てきて、色々失敗した奴らだ。いわば食い詰め者というわけだ。元は兵士だったり、探索者だったりする奴も多いから、出くわすとかなりやっかいなのさ。
危険を承知で、王都の近くで馬車に乗るような客を狙っているんだ。王国の兵士も巡回してはいるんだがな、いたちごっこだ』
それで、こんなところに湧いてくるんだな。はた迷惑な奴らだなあ。まあ、無事でよかった。
やはり車両がないと、移動に危険がつきまとうな。車両が出せないような状況なら、もう王都へは行かない事にしよう。今回はそのつもりで、しっかり調査して帰るぞ。
「馬車に護衛はつけないのですか?」
『1人銀貨5枚の乗り合い馬車にか?』
うーん、無理……かな。楽な旅ができない世界だ。
長めに休憩して、その後も警戒しつつ馬車は進んだが、もう盗賊が現れる事はなかった。さすがに、どんどん王都に近くなっているのだから安全にはなっているはずだと思うのだが。
盗賊の元は王都から次々と湧いてくるんだから、いなくなる事は無いんだろうな。
途中でもう1度休憩してから王都へと着いた。付近は、この世界に来て以来の賑いだった。
あちこちから伸びる街道から集まってくる、あるいは出て行く人の群。そして、目の前に聳え立つ石の壁。かなりのゴツイ岩の壁だ。
ピラミッドのような幾何学的な建造物ではなく、戦時建造物を思わせる別の意味での荘厳さを感じる。
この壁がどんなサーガを見届けてきたものやら。あちこちが欠けて、風情のようなものを感じさせる。
思わず、自分が超スペクタクルな映画のエキストラにでもなったような気分だ。こりゃあ、今までとスケールが違うわ。
綿雲をあちこちに鏤めた抜けるように青い空をバックに、そんな風景が展開されていた。
そして、どんどん近づいてくる城壁。そこには「王城」が聳え立っているのが目に移った。宮殿ではなく、城か。思ったよりも、きな臭い世界なのかもしれない。
今までテレビでしか見た事が無かった海外の雄大な土地へ、海外旅行に来たような錯覚を起こさせる。
さんざん、王都王都と聞かされていたが、やっと来られたのだ。このあたりの盟主であるラプシア王国の首都である王都マルシェ。穏便に調査が済めばいいんだがな。
別作品ですが、「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
も書いております。