3-29 クヌード・フォロニック神殿
翌日、ギルドに着いてスクードと話した。
「例の儀式の話っていうのは、どこで調べたらいいんだ?」
「そうだな。王都の神殿関係者あたりだと詳しいかもしれないが、なんとも言えない。グラヴァスへは立ち寄るのだろう? 伝が無いか聞いてみたらどうだ? 一応、こことグラヴァスにある神殿宛の書類は書いてやろう」
神殿か。どんな連中なんだろうか。そんなに清廉ってことは無いと思うが。むしろ、その方が付き合いやすいくらいだ。
「我らは神の使徒!」みたいな連中だったら、始末に負えない。
「王都に行ったら、真っ先にギルドに向かえ。どうにもならなかったら王都のゴルディス家を頼れ。よほど、いきなりとんでもない事になるとは思わないが。昨今の情勢もある」
ふうむ。車とかどうするかな。いきなり車で乗り付けると揉める可能性はある。王都はなあ。近隣の町から馬車で乗りつけるという手もあるが。
とりあえずは、この町の神殿からだ。
宿に戻って、みんなに神殿に行く旨伝える。どうなるか予想がつかないので、行くときは全員でと。
その前に一応色々品物なんかは仕入れておく。万一、俺達の存在がタブーを犯すようなものだという事になって、この世界を追われるような事にならないとは限らない。
今回も顧客からそれなりの希望を出されているので、最低限の仕入れをしてから帰らないとマズイのだ。今から買い物に行って、明日フォロニック、つまり今で言う邪神の神殿へ行く予定だ。
幸い、今は品揃えがいいらしくて、宝石類などもこの町では今までで最高の物が入手できた。
最後の夜になるかもしれない。みんなで、女の子と遊べる店には繰り出しておいた。
その後はマサで騒いだ。もうヤバかったら、正さんも連れて帰る。その話もそっと正さんに耳打ちしておいた。
「わかった」と短く答えてくれた。人生いつ何があっても立ち向かう気概はあるのだろう。その辺は、俺のような若造とは違う。今までも色んな経験はされてきているんだろうから。
翌日、全員「決死の覚悟」みたいな感じで『邪神神殿』へと訪れた。
だがこに溢れていた風景は、なんていうのか、ほら日本の神社とかの縁日みたいな。
参道に屋台が並び、にこやかに催しを楽しむ雰囲気だった。俺達は思いっきり脱力して、急に馬鹿馬鹿しくなって、ぶらぶらする事にした。
なんていったらいいんだろう。こういうのって、八幡さんに行ったりお稲荷さんに行ったり、お寺さんへ行ったり。何か、そんな雰囲気を感じる。
主神は主神。だが、この世界は多神教なのだ。どうしても主神でなくちゃ駄目なんて誰にも言われない。むしろ、神殿側の営業努力が強いられる、世知辛い世界なのではないか。
「うーん」
記録担当の合田も思わず唸る。
そして、せっかく来たのだからと、神殿の受付に行き紹介状を渡した。さっと目を通した若い神官は、少し鋭い目になって俺達を値踏みしているようだ。
お、これは何か緊迫してきたか?
俺達は若干期待したように彼を見た。
「ようこそおいでくださいました。聖魔法の資質がおありとか。いやあ、なかなかそういう方いないんですよね~」
彼は凄いにこにこ顔で案内してくれた。
迷彩服の集団が、ちょっとずっこけてしまった。この世界、今本当に切迫しているの!?
なんだか、ある意味で非常に怪しい雰囲気になってしまった。
(なんやねん、この世界)
「まあまあ、こちらへどうぞ~。私はベスター、ここの一等神官です」
白い、いかにも神官服といった感じの服装に身を包んだ、まだ若そうな彼は俺達を神殿の建物に誘った。白色系の岩石で作られた建物は、とても邪神などというイメージとは程遠かった。まあ、そうかもしれない。
主神交替までは、ここが主神の神殿であり、邪神なんて呼ぶのは今の主神を崇める人達だ。その上、特に排撃されているわけでもない。同じこの世界の神として崇められている。
特にこのクヌードのような大きなダンジョンには各地からいろんな神を崇める人がやってきて、このフォロニックは前主神という事もあり、それなりの勢力を保っている。
神殿内部も立派なものであり、本当に凋落したのかと思うほどだった。参拝する大勢の信者の人達とすれ違いながら、それなりに広い神殿内部を通り抜け神殿事務所を訪れた。
事務所の中にあるソファに勧められるままに腰を降ろした。今、俺達は戦闘装備ではなく、通常の課業に使う軽量の迷彩服を着ていた。
「それでお話というのは、迷宮の儀式に関する話を聞きたいという事でしたね。あれは今の主神ファドニールへと変わる時、そのために必要な力を迷宮から得ようと一部の勢力のものが画策したものです。
もとより古代の秘儀のようなもので、正確な儀式の技術はとうに失われたものでして、当然うまくはいきませんでした。主神が我がフォロニックより交代したのは、時の流れによる自然なものです」
へー、そういうものだったのか。
「その儀式というのは、うまくいかなかったというのは、まったく効果が無かったというわけですか?」
「いえ、ダンジョンから力を吸い取ることはできたようです。ただ、それが効果的に使われたという事がなかっただけで。それを神の力の増幅に結びつけられるかどうかは、信仰の力が大きいかどうかが問題だと思います。
つまり、信仰を集めないとその力を意図的に神の力とする事はできないというものでして。結局信仰が廃れて、凋落していくのなら最終的な結果は変わらないのです。その前の主神交替時にも、行なわれたのですが、やはりうまくいかなかったようです」
「あの、それでは……一体何のために、その儀式をやるのでしょう?」
もう、かなり会話ができるようになった合田が訊ねた。念話持ちが入れ替わりで、残りのメンバーに通訳してやる。
「なんというのですか。成功した場合にはその効果が桁違いとなり、その神が主神として崇められる期間も長くなるわけでして。あと劇的に時代が変わるとでもいうような。
実際にファドニール神が主神となられてからも、それほど差が無いほどというか、我がフォロニック神も未だに多くの人の信仰を集めているというか。
ただ、その方がいいのですよ。穏やかに交替していく感じが平和なのです。激しい変化は災いを齎すでしょう。嘗てはそういう事もあったようですが」
ふうん、とって替わられた方がそんな事を言っているのか。
「それは、フォロニック派にとっては普通の考えなのですか?」
「ええ、大体の人はそのように考えています。時の流れには逆らっても無駄なのですから。しかし、そうは考えない方達もいらっしゃるのですよ。それがいわゆる『邪神派』と呼ばれる方達です。本当に困ったものです」
えーと、なんていうかフォロニック原理主義者とでもいうようなものなんだろうか?
「その、フォロニック派の本山みたいなところでは、どう考えておられるのですか?」
「それは、私達と同じような感じですよ。元々フォロニック神とファドニール神は兄弟神でございまして。我々がこんな事を言うのはなんですが、それほど代わり映えはしないのです。それが変わるのは……まあその、お偉い方々の、なんと申しますか、利益というかそういうものくらいですかな」
なんかやっているのが、そういう方々であると。それは係わり合いたくないな。特に聖魔法の資質を持つ人間としては。
スクードが忠告するはずだ。神自身にも信仰する人々にも実は全く関係ないと。神殿自体もあまり関わっていないような感じだな。
これは、神にかこつけただけのただの利権争い、勢力争いか。まったくもって異世界風味に欠けるお話だな、おい。
「で、その邪神派の方が何かやっていらっしゃると?」
「はっきりとした事はわかってはいないのです。噂レベルの事ではありますが、あちこちでそういう話は絶えない状態でして。実際に何かがあったとしても不思議ではありませんな。
ただ、交替した主神が返り咲くというような事は今までありませんので。そういうのは、むしろ不自然に感じられるでしょう。我々からしてみてもね」
もっと詳しい話が聞きたいな。
「この話は、もっと詳しい話を聞きたかったら、どこで聞けば宜しいですか?」
「まあ、この国でしたら、王都のこの国におけるフォロニック本神殿でお伺いしてみたらよいでしょう。宜しければ紹介状を書かせていただきましょう。
あ、お布施とかは結構ですよ。探索者ギルドとは、よい関係を保ちたいのです。スクードは我らにいつもよくしてくれますのでね。
あの男があなた方を寄越したという事は、このクヌードでも調査が必要と判断したという事なのでしょう。お行きなさい、王都マルシェのフォロニック本神殿へ」
俺達は礼を言い、その場を辞して帰ろうとしたが、後ろから声がかかった。
「そうそう。聖魔法なのですがね。その儀式には不可欠であったといわれています。ただ聖魔法自体が希少であり、その魔法も今では多くが失われたと聞きます。あなたも聖魔法適性があるのですから御気をつけなさい。
よからぬ事をたくらむ者に関わらないように。それは不幸しか齎さないでしょう。この世界にとっても、あなたにとっても」
スクードが言っていたのは、この事か。かといって調べに行かないなんて事はできないし。やはりダンジョンが俺を招くのは、この聖魔法適性のせいなのか。
また調べ物が増えたなと思いつつ、今度こそ神殿を辞する事にした。