3-24 中将の思い
月曜日の朝に、会社経由でブラックジャックに顔を出した。
「やあ、鈴木。よく来てくれた。」
エバートソン中将は、笑顔で俺を出迎えてくれた。
「こんにちは。今日は何の用件でしたか」
「まあ、かけたまえ」
秘書官の人が、コーヒーを持ってきてくれた。会釈をすると、向こうも軽く返してくれた。無愛想だとか、そういう問題ではない。
きびきびしているというかな。ビジネスライクなのではなく、なんていうか「軍人ライク」とでも言おうか。俺も曲がりなりにも「軍」と呼ばれるのに近い組織に身をおいていたから、なんとなくわかる。
ここには、「戦えない人間」は必要ない。それこそ映画ではないが、戦うコックさんとか。補給所の人間だって不意を突かれたりしなければ、ああもあっさりと全滅したりはしないのだ。
「何か、動きのようなものがあるのですか?」
「うむ、それなのだがな。君達の齎したレポートから、日本政府の中で動揺するとか、そういう動きが見られた」
「というと?」
俺はコーヒーにミルクと砂糖を入れながら訊ねた。
「なんというかな。これ以上被害が拡大した場合の、自民党の与党政党としての基盤とか、そういうものだな。まあ、例えて言うならば、極端な話をすれば日本の半分がダンジョン化したなどという場合、与党としての責任追及というか」
ああ、やっぱりそういう程度の話か。
「まあ、政治の話は俺には関係ないです。それよりも、魔物グルメのレポートをコンプリートしたいですね」
「はっはっはっ。お前は本当に面白いな。どうだ、私には今年15になる孫娘がいるんだが、『お見合い』せんか。はっはっは」
うわあ。面白いって言えば、面白い話だけどな。
「あははは。また縁が会ったら紹介してください。その娘、銃の腕前はどれくらいです?」
「はっはっはっ」
中将は楽しそうに笑うとコーヒーを一口啜り、真顔でこちらを見た。
「スズキ、どうだ。私を異世界へ連れていってくれないか」
これはまた。しかしなあ。
「私のレポートはお読みに?」
「うむ。現時点で、米軍関係者が向こうの世界へいける可能性は非常に少ないと」
「俺の考えが正しければ、皆無になるかと」
「それでもいい。試してみたい」
「それなら、連れていくアメリカの関係者は閣下だけ。そして、もし行けたとしても、安全を考慮して、クヌードからは一歩も出ないという条件で」
「なんでも構わないよ。行ければいいんだ。私の家はね、4代前から軍人一筋だった。そんな私が、この歳になってからダンジョンなんて不可思議な物に係わって。しかも総指揮官ときたもんだ。見てみたいのだよ。そのダンジョンの向こうに広がる世界を。年若い部下達が熱に浮かされるが如く夢にまで見た不思議な異世界とやらを」
ああ、将軍さんともなると、俺達とは見る観点が違うんだな。
連れて行ってあげたい気もするけど、かなり無理があるんじゃないか?
「1度で駄目だったら、諦めてくださいね。あと、大統領の許可も貰っておいてください」
「わかった、ありがとう」
「ところで、米軍の連中のテストはいつやります?」
「いつでもいいぞ。休みの間、買い物三昧だったそうじゃないか。支度はできているんだろう?」
「ええ、いいですよ、今からやりますか? そいつらの仕度ができていれば」
「うむ。お前達!」
ドアが開いて、武装した、迷彩服の男達が入ってきた。
『よお、ハジメ』
先頭にいた黒人のロバートソン軍曹が挨拶してくれた。後に続く連中も全て顔見知りだ。
「紹介はいらないだろう? さっそく出かけてくれたまえ」
次は私の番だぞ、と言わんばかりに急かされた。
俺達は、ハンヴィーを走らせていた。
『異世界はどんなところだい?』
俺の隣にいるベンソンが聞いてきた。
『可愛い女がいるところさ。ただ、魔物も多いけどな』
『あっちの酒は美味いか?』
『俺の行きつけならな』
『奢れよ』
『ああ、行けたらな。大体、お前ら向こうの金持ってねーだろ』
そんな会話をしつつ走っていたが、案の定魔物のお迎えはやってこなかった。
3日間走らせて、米軍も諦めたらしい。
『ハジメ、またなー。今度奢れよ~』
『おーう。またな~』
1時間後、俺はブラックジャックで中将と向かい合っていた。
「行けなかったか」
「残念ながら」
「私の番だな」
「どうなりますかねえ」
「では、明日の午前9時に待っている」
何かわくわくしている、そんな感じで中将は俺を見送ってくれた。
俺はブラックジャックをお暇して家に向かったが、途中で電話があった。山崎からだ。苦しそうな声で一言だけポツリと言った。
「今日、明さんの家族を訪ねた。師団長と一緒に」
俺も思わず沈黙した。
山崎が行くのかよ。まあ現地の指揮を取った自衛隊リーダーだったけど。まだ3等陸曹だぜ。
「さすがに応えたな。遺族の人は泣いていた。捜索中の戦闘記録は渡しておいた。11日間探したことも伝えた」
俺達に、それ以上何ができただろう。見つけたその日に駆け出していって救えたのなら、迷わずにそうしただろう。だが。
あのリュックに刻まれた血痕は、その時間の経過を如実に伝えてきていた。正さんも、明さんが消えてから、もう3か月になると。なんだか、みんなと飲みたい気分でいっぱいだった。
「お疲れ」
俺は山崎にそれしか言えなかった。
俺は帰ってから、最寄りの居酒屋へ向かった。駐屯地内にある、今の自衛隊クラブ(軍人クラブというか、ただの居酒屋だ)を運営しているチェーンの店だった。
走っていった。走らずにはいられなかった。きっと、あいつらも今日は自衛隊クラブの居酒屋に集まっているな。守山で1人の山崎はどうしているかな。やっぱり自衛隊クラブだろうか。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。