3-20 買い物
早苗さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら、俺と課長はダンジョン関係の話し合いをしていた。やっぱり会社は落ち着くぜ。
「それで、結局行き来できるのは、やはりお前だけという感じか」
「まだ、はっきりわからないんですけどね。スクードに聞いたところだと、なんとなく裏が取れたっていうか納得したというか。まあ来週は米軍連れて1回トライしてみるという感じですか」
「そうか」
小山田さんは言葉短く答えると、少し考え込む様子だ。
まあ、アメリカとの約束は果たした。これで後金の10億も会社には振り込まれるだろう。
「ところで、俺はまだ自由行動していていいわけですか?」
「いいも悪いも、アメリカが納得せんよ。色々区切りがつくまでは、今のままやっていてくれ」
まあ、会社にたっぷり金は落ちたわけだし。会社としても、後は米軍のご機嫌でも取っておいてくれれば御の字といった感じか。
「わかりました。それで、日本の方はどうなんです?」
俺的には、そっちの方が問題だ。
日本のお役所は融通が利かない。やたらいばっているし。アメリカの方は自分達の利益になると思えば、その場で掌返すのに。その辺は見習ってもらいたいもんだ。
「まあ、どうだかな。お前はただの民間人だ。何を言ってきても突っぱねたって構わん。なんだったら、アメリカ経由で言ってもらえ」
「まあ、そうなんですけどね」
あまり強引にやると、あいつらを出してもらえなくなるので、それはやりたくないんだ。信用できる仲間がいるのといないのとでは雲泥の差だ。変な奴を連れていって足元を掬われたら命に関わる。
「まあ、今日は帰ってゆっくりしろ。また来週からへたすると、あっちへ行くんだから」
「はあ。わかりました。じゃ課長お先に失礼します」
俺は会社の奴らと、なんという事のない挨拶や軽い立ち話をしながら、駐車場へと歩いていった。
「ねー。お兄ちゃん~」
家に帰るそうそうに、妹の亜理紗が気持ちの悪い猫撫で声を出してきた。こういう時は大概ろくでもない用件なんだが。
「なんだ、気持ち悪い声を出すなよ」
どうせ、何かおねだりがあるのだ。
もう大学2年生になる。パッと見に可愛くないとは言わないが、性格はキツイんでお勧めはしない物件だ。猫かぶりだし。
「ひどーい。ちょっと、おねだりがあるだけなのにー」
「どこに行くんだ?」
「明日、栄のブランド店へ!」
「わかった」
たまにはいいだろう。こいつと出かける事も最近はめっきりと無くなった。小さい頃は、それはもう可愛かったのに。お手々引いて、よく遊びにいったな。
「えー、いいのー。やったあ!」
こいつは昔から本当に現金な奴だ。
まあ、見ていて心配になるような奴よりはいいが。世界中どこへ行っても逞しくやっていけそうな気がする。それこそ、あの異世界でもな。
「あー、兄ちゃん。俺も行きたい」
弟の淳も行きたがった。
「美希ちゃんも呼ぶか?」
「うん!」
まあ、賑やかなほうがいいさ。俺も声かけとくか。多分、来週にはまた異世界に行っているだろう。御大に電話した。
「おーい、山崎ー。明日、栄方面出るんで来ねえ? 妹や弟も一緒だけど」
「ああ、いいぜー。なんだったら、泊まりでも付き合うぞ」
「おー、久しぶりに泊まりに来るか?」
書類申請なんかもあるが、まあ通るだろ。俺と打ち合わせだと師団長に言えば文句無く通る。異世界談義に花咲かすのもいいもんだ。油断すると本当に打ち合わせになりかねんが。
朝の9時ごろには美希ちゃんがうちに来た。そして、何故か妹の友達が3人ほど来ていた。
「「「お早うございまーす」」」
なんでだよ。まあ、大体の魂胆はわかるが。顔見知りの子が2人、1人は知らないな。大学に入ってからの友達だろう。うん、挨拶は可愛いんだけどね。
「お兄さん、おはようさんですー」
美希ちゃんは、態度も可愛らしいんでよしとする。
この子は裏表が全くない。遠慮とかも全く無いけどな。淳もどうせなら、この子と結婚してくれるといいんだがな。
あまり変な欲の皮の突っ張ったような義妹ができたら閉口する。その親族がまた困るのだ。金持ちになった分、余計な心配が増える。
亜理紗は元から身内だからいいんだ、弱みなどいくらでも握っているからな。ミルクもやったし、おむつ替えもチャレンジしたぜ。
いくつまでオネショしていたかも知っているし。奴の黒歴史なら、全てこの手の内さ。
「おう、お早うー」
「今日はたくさんいらっしゃるんですね」
「俺が呼んだわけじゃないがな」
「お兄ちゃん、早く行こうよ~」
顔面いっぱいに欲望を貼り付けて、亜理紗がはしゃいでいる。やれやれ。
「わかった、わかった。じゃ、みんな行くぞー」
我が家は駅まで近い。歩いてすぐの所だ。100mも無いだろう。この時間なら、1時間で7本ある。全部普通電車だがな。
2駅で名古屋の地下鉄駅に着くんで問題ない。今日は土曜だから、市バスまで1日乗り放題の「ドニチエコきっぷ」が使える。
さっさと歩いたんで9時5分の電車に間に合った。切符はもちろん俺の払いだ。
子供の頃から見慣れた、電車の窓から流れる風景はあまりにも平穏過ぎて、かえって違和感があるくらいだ。だいぶ、あの世界に毒されてきているようだ。
すぐに着いてしまうので、エコきっぷを配給して地下鉄を待った。ここも、この時間は1時間に8本ある。伏見まで11分だ。
そこからメイン路線の東山線で栄までは乗り換えだが、1駅だからたいした事ない。歩いたっていいくらいだ。何か、この地下鉄の方が安らぐ感じがする。いかん、やっぱり毒されているかもしれない。
「どうかしたの、兄ちゃん」
淳が不思議そうな顔で訊いて来る。
「なんでもない。ダンジョン関連の仕事をしていると、地上線より地下鉄の方が落ち着くなとか思ってな」
「きゃははは。お兄ちゃん、ダンジョン中毒~」
妹が爆笑している。
他の女の子も笑っている。うるさい。そのダンジョン中毒の兄上のおかげで買い物に行けるのだからな。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
https://twitter.com/tugikuru
口絵公開コーナーに試し読みページついております。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。