3-10 領主の館
通りをそのまま進んで行くと、その正面が正門であるらしい。
ごつい鎧を身に纏った衛兵が合図をして、大きな金属性の見事な意匠の門が音も無く開いていった。これは魔法のハイテク技術を使っているんだな。俺達は馬車に続いて門を潜った。
綺麗に並べられた石畳の上を、進み回りを見ると見事な前庭となっている。
形を整えられた木立が点在し、芝生のような草が庭を覆っていて、それも美しく刈り込まれていた。正面には大きな噴水が設えられていて、それを回ってくるロータリーとなっている。
右手方向には馬車の駐車場のような場所があり、馬屋と思われる施設も広大にたたずんでいた。ここは、この地方を治める大貴族の領主の館なのだ。
目の前には美しい館が聳え立っている。白亜の館ではなく、灰色と薄茶色の基調で非常に落ち着いた感じのどっしりとした感じの建物だ。
雰囲気からすると、文官の家ではなく武門の家っぽいな。さすが、辺境区域を治める家といった趣だ。絶対に怒らせてはいけない相手だな。別に外交をしにきたわけではないのだが。
俺達は馬車の後ろに停車した。馬車から、ジェルマン伯が降りてきて俺達を促した。
『さあ、いらしてください。ここは私の従兄弟が領主をしておるのです。遠慮はご無用で』
身内だったのか。俺達は遠慮なく上がらせてもらう事にした。例によってデータのバックアップを済ませてから車を仕舞いこむと、感嘆したような声がかかる。
『ほお! 収納持ちですか。凄いですね』
「はは。これでもクヌードではギルマス付きの探索者なんですよ」
だが、それを聞いたジェルマン伯には少し微妙な顔をされた。あれ?
「バカだな、肇。そういうのは、問題がある探索者って意味だぞ?」
「バーカ、バーカ」
「やれやれ」
えー……。
騎馬隊長さんも笑っていた。害の無い連中だと思われたのだろう。質実剛健な趣ではあるが、見事な作りのドアを設えた館で、衛兵から知らされた使用人がドアをあけてくれる。
中では家宰と思われる人物が出迎えてくれた。若い執事のような人間もいる。皆立派な格好をしているが貴族のような雰囲気ではなく、使用人としての立ち振る舞いだ。
『お帰りなさいませ、ジェルマン伯爵。その方達が、お迎えに上がったお客様ですか?』
『う、しまった。あんな事があったので、忘れてきてしまったぞ』
『そうですか、それではお迎えを出しましょう』
『宜しく頼む』
無理も無いな。もうちょっとで一家惨殺だったシーンだ。俺達が通りかからなかったら完全にアウトだった。
『では、そちらの方々は?』
『ああ、ジョナサン。彼らは私たちの窮地を救ってくれた命の恩人だ。ベルトンも駆けつけてくれたが間に合わなかっただろう。今日この町に来たばかりだというから、ご招待したのだ。丁重におもてなししてくれ』
『かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ』
俺達は、貫禄のある初老の家宰さんの後を、ぞろぞろとついていった。
『ではハジメ、また後で』
ジェルマン伯は、騎馬隊長のベルトンと一緒に館の主へ会いに行くようだった。
『こちらのお部屋になります』
彼は俺達を次々に客間へと案内してくれた。なんとも豪勢な部屋だった。
ちょっと古めかしいロイヤルスイートって感じだろうか。2階建てのメゾネットになっている。それが1人1部屋だぜ?
地球だと、古い格式あるホテルなんかがそうで、大概は古びて傷だらけの感じだが、ここはそれをまっさらの新品にしたような感じだろうか。
「大貴族家の客人か」
一般庶民なんで、なんとも言えない気持ちだ。金は稼いだので地球でこれくらいの部屋にはいくらでも泊まれそうだが、ホテルでもなんでもない家の客間なのだ。
なんか圧倒的だ。色々写真には撮っておく。お登りさん丸出しである。
全員、俺の部屋に集結した。街に着いた時には、みんな課業が終わっていなかったので着替えていなかった。
未だに迷彩服のままだ。ある意味、あの黒づくめの連中と同じくらいの香ばしさだ。いや? むしろ、あの連中の方が、この世界のファッションであるのでマシであるといえよう。
「なんか妙な事になっちまったなあ」
「あー、なんていうか、この違和感というか異物感というか」
「わかるわかる、メイドさんや執事さんがいる貴族のお屋敷で、迷彩服の集団だもんな」
「規則で脱げなかったんだから、しょうがない」
「もう18時半なんだ、いい加減脱ごうぜ。駐屯地じゃないんだから」
「じゃ、着替えてまた俺の部屋に集合な」
俺の提案に解散しかけてたが、押し止められた。
「いや、全員アイテムボックスを持っているんだから、ここで着替えてしまわないか?」
合田の意見が通って全員が着替えだした。
風呂に入れないので湯で体を拭いて、礼服っぽい感じの服に着替えた。予め、俺が複製してあるのでクリーニングに出せなくても平気だ。
後は俺のアイテムボックスに突っ込んでおけば新品になる。奴らのアイテムボックスには、そういう機能はない。奴らと俺で何が違うのか、未だによくわからない。
着替えてソファで寛いでいると、若い執事が呼びにきた。
「皆様、こちらにいらっしゃいましたか。お食事の準備が整いましたので、こちらへどうぞ」
まあ毒殺される心配はまず無いと思うが、回復魔法の準備だけはしておいた。
俺達は小奇麗な格好にはしているものの、いつもの自衛隊丸出しの歩き方で後をついていった。なかなかに煌びやかな廊下だ。
各所に置かれた調度の品や、壷などは超一級品だ。廊下の絨毯も深い。ブーツならばいざ知らず、この革靴だと走れないな。
だが、自衛隊のむくつけき野郎どもは特に足を取られたりなどせずにのしのしと歩いた。ノックをすると内側から扉が大きく開かれ、中へと進んでいった。2人のメイドさんが両側から開けてくれたようだ。
『旦那様、お客様をお連れいたしました』
『うむ。お客人方、よくぞ参られた。田舎貴族ゆえ、たいしたおもてなしもできぬが、どうぞゆるりとお過ごしくだされ』
御当主が、なんか日本人みたいな挨拶をしてくれた。
「いえ、とんでもございません。こちらこそ、田舎者ゆえ作法も弁えておりませぬが、ご容赦のほどを。あと言葉が少々不自由でありますゆえ、念話で宜しくお願いいたします。私以外の者は会話も不自由で念話も使えませぬので、申し訳ないです」
なんか俺達って言語障害の集団だな。念話がなかったら相当辛いよ。
『ほう。それはまた。見たところ、武人のようだが』
うん。一目でわかっちゃうよね。
「はい、武人というか私以外は皆兵士です。私は元兵士で、彼らは同僚でした」
『はは。エド、彼らは素晴らしいよ。盾の魔法に、回復の魔法に、収納まで持っているんだから。探索者として、大変優秀だ。おかげで私たち一家は命拾いをした』
ジェルマン伯は、一回りは年上の従兄弟にそう言って俺達を褒めてくれた。
『ハジメ様、本当にありがとうございました。本当に酷い目にあいましたわ』
『お兄ちゃん、助けてくれてありがとう。顔に大怪我をしたのに、傷一つ残らなかったので凄く嬉しいわ』
奥さんと娘さんも、礼を言ってくれた。
ジェルマン伯の客だろう、女性の方もいた。夫人の妹だそうで彼女も礼を言ってくれた。町のはずれまで迎えにいったところを狙われたのだ。まかり間違えば、彼女も含めて領主の血縁がごっそりとやられてしまうところだった。
次回は、20時に更新します。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。