3-2 何はなくとも
「また、いっぱい持ってきたもんだねえ。まあ、確かに冷蔵庫はありがたいな。ガスが切れたら使えなくなるが」
俺と正さんは、冷蔵庫の具合などを確かめながらやりとりする。
「ガスボンベはいっぱい持っておいてください。俺はガスボンベを複製できて、正さんはアイテムボックスを持っているんですけど?」
正さんは、短髪の頭をかいた。
「そうだったねえ。つい、うっかり忘れるよ。そうそう、材料なんか、ずっと入れているんだった」
「冷蔵庫はもっぱら、グラスを冷やす専門ですから。もっとも、ビールジョッキクーラーは別にあります。色々冷やしておけるとレパートリーも増えますから。あと頼まれた買い物と、俺が見繕った酒や食い物もありますので」
「結構お金が、かかったんじゃないのかい?」
あれこれと置かれた物品を見回しながら、ちょっと心配そうに訊いてくる。
「ああ、向こうで色々と売っぱらったら、結構いい金になりましたんで。お金の話は気にしないでください」
そして俺は、どっこいしょっと、生ビールセットを取り出した。イベント用の大型ビールサーバーと、アルミ製の20Lビール樽だ。
炭酸ガスボンベを繋いで、山崎達が手慣れた操作でセットしていく。電源のいらない氷を使うタイプだ。大型のものだから、排水が大量に出る。
俺は正さんに、複製で作った氷をじゃんじゃん渡していった。大量に買い込んだビール樽と炭酸ガスボンベにサーバーの予備も渡す。
あと日本の食材を、てんこ盛りに渡して俺達はテーブルに陣取った。
「それでは、正さんのお店に久しぶりに集合という事で、カンパーイ」
俺達はジョッキをかち合わせて、勝手に始めた。何はなくとも、これさえあれば!
「やれやれ、また賑やかしくなったもんだ」
そう言いながら、正さんも1杯、生ビールを飲り始めた。
『マサさん、それ美味しいのかい?』
いつの間に来ていたのか、アランが訊いている。
「何を言っているんだ、アラン。正さんの店に来たら、何をおいてもまずこれだろ。今までは単に無かっただけなんだ。エダマメには絶対にこれだ。俺がいっぱい持ってきたから、お前もやれよ」
現地語と日本語での念話でのやりとりをしながら、俺はアランの分も注いでやる。
「はあい、生中いっちょう!」
日本語で叫びながら、ドンっと奴の前に置いてやる。
奴も、おそるおそる口をつけたが、一口飲んで目を見開いてゴクゴクとやり始めた。
『ぷはあ、うめえ。スズキ、これがお前の世界の酒か?』
「ああ、他にもあるけどな。俺はこいつが一番かなあ」
他の連中も、次々と試しにきては感嘆の声を上げる。
「正さん、ビールに合う奴を、お願いしますよ」
「おう、任せとけ。異世界で生ビールか。嬉しくなるな」
そう言って、正さんは厨房へと消えていった。
本日は日中に色々と工事を行なった。正さんは、昨日手に入った食材で今日の仕込みをやっている。俺達は工事だ。合田だけは、記録の合間にこちらの世界の言語を辞書化する作業にかかっている。
気が遠くなるような作業だが、こいつは淡々とやっている。人間には向き不向きというものがあるもんだ。俺には絶対に無理だ。
日本にも資料を置いてきたが、他の連中が言葉の習得が可能なように、色々体系化する作業をしている。
正直言って、俺なんかもまだまだだ。なんとか簡単な日常会話がやっとこだ。あとは念話で誤魔化しているのだ。
そして、重要な事態が判明した。俺は、なんと重機のようにパワフルになってしまったらしい。重量138kgの1000L業務用冷蔵庫を1人で軽々と持ち上げられてしまったのだ。
奴らも絶句して、立ち尽くした。
「肇、お前……」
「いつから改造人間に?」
どうりで、くそ重たい20mm対物ライフルとかで、お手玉ができるはずだ。米軍にも、もう把握されているな。一言くらい言ってくれればいいものを。全然気がつかなかったわ。
どうやら、体の方も丈夫になっているらしい。でないと自分のパワーに振り回されて壊れちまうし、重量物を持ったら腰が持たない。筋肉の量は増えたわけじゃないのに、どうなっているんだろうな。
「なんだろうなあ。まあとりあえず、生活に支障は無いからいいんじゃないか?」
首を傾げる俺に、皆呆れたような声を出した。
「あいかわらずマイペース奴だなあ」
「少しは悩めよ」
「まあいいか。じゃあ、きりきり働けよ。この人間重機」
「土木自衛官をやりすぎて、とうとう自分が重機になったか」
「自衛隊に、重機として再就職する道もあるな」
みんなから、好き勝手に言われ放題だ。
「じゃあ、とっとと片付けるか」
本日の課業は、異世界漂流(定住)中の日本人男性のための住居施設の据付だ。
太陽電池パネルの設置やパワーコンディショナー、管理パネル、蓄電システムなどの取り付け工事、配線工事を執り行なった。
電気工事士の資格持ちが何故か3人もいる。施設科は俺1人のはずなんだが。後の奴らは特科と高射特科なのに。どうやら工業高校の電気科出身だったらしい。
実を言うと俺もそうだ。頑張って、卒業前になかなか取れない電検3種まで取ったのにな。何故か自衛隊に入ってレンジャー資格まで取っている奴。おまけにすぐ辞めたし。何しに行ったんだ。
資材を移動したり高所に上げたりは俺が受け持った。更に燃料電池システムの設置と、太陽電池や蓄電装置と繋ぐ機械も据え付けた。地球なら、こんな贅沢なシステムはいらないんだが。
あと、ガスの配管とガスコンロを設置した。それと、買い出し用のトラックを置けるシャッター付きのガレージを組んだ。
正さんはアイテムボックスがあるから、いらないといえば、いらないんだけどな。せっかく買い付けてきたので。
お店は広くて、店先にそんなスペースさえあった。この街に客用の駐車場はいらないんだけれど。1日がかりで中の方は終えた。まだガレージの方が残っている。
「おう、お疲れさん」
正さんはそう言って、着替えてきた俺達の前に、適度に冷やしたグラスに入った生ビールを並べてくれた。ビールを美味しく飲むのに最高だ。
次回は、24時に更新します。本日から明日まで2時間おきの更新です。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。