2-16 ポップアップ
俺達は慎重に車を進めた。俺達は戦闘のプロではない。俺も、大概は離れたところから射撃して倒すだけだ。
魔法があるので少しは安心だが、過信したくはない。ここは迷宮で、魔力をケチる必要はないので俺は車に対してイージスの魔法を厚くかけておいた。
こちらの迷宮も基幹となる、10本の通路からなる。1から10まである。補給所は各通路に1つずつあり、車両の整備なども行なう。俺があの日担当していたのは、5号通路にある151補給所だ。
そこから奥の分岐は色々だ。奥へ入るにも基幹通路として定められている通路がある。それが5号通路ならば、251通路、通称ルート25というわけだ。
枝分かれがあり、ここ5号通路は4つの枝を持つ。それらが252~255の通路となっている。
分岐の手前には、無人の補給所が設けられている。
この第2侵攻ラインの各メイン通路には2つの駐屯地が設けられ、ここルート25であるならば奥から2511、手前が2512となっている。
だから、俺はメイン通路を通り、手前にある2512へ逃げ込もうとしたわけだ。ここは簡単な車両の整備(手入れみたいなもの)や、宿舎のような場所だ。戦闘部隊も必ず待機している。
ここ第21ダンジョンに配置された米軍の人員は2000人であり、地上部隊もいるので、一通路あたりの人数は170人に過ぎない。
あれから補給所には増員されたが。全てのキャンプに大量の人員を置く事は出来ないのだ。これでも恵まれている方だ。
日本に派遣された2万人の兵力のうち1割がここにきている。ここを含む上位3つのダンジョンがそうだ。
第5が4000人、第15が3000人、上位3つのダンジョンが半分近くの兵員を食ってしまっている。それでも足りないくらいだ。他は推して知るべしで、常に人手不足だ。
近年は債務問題で常にすったもんだするアメリカでは、なかなかに国防以外のこういう予算は出づらい。
いきおい、ダンジョン関連は日本に負担をかけようとする。だが日本も借金は厖大なものであり、自衛隊員も絶対数は少ない。
そのため米軍も常駐駐屯地を最前線に置くのではなく、パトロールにより勢力範囲を確保している。舗装し、電子的な監視システム網を張り巡らせて安全を確保しているのだ。
第3ラインは第2ラインの部隊が探索する場所だ。ラインと言いつつも、実際にはまだそこにラインを引ける状態ではない。そこまでの人員がいない。
工事を行なうならば、警護も必要となる。自衛隊も外の警備で人手を取られるので、応援を要請されたが断った。隊員の安全面もあるが、人手が足りないのと、本来は国防に回る人材なのだ。
異世界に繋がっていないと思われる事から、この日本に出現したダンジョンはおそらく本体ではない、伸ばした根っこのようなものだ。
如何なる理由かは知らないが、こいつらは日本にまで養分(人間)を取るための、根っこを伸ばしたのだ。まるで生き物だな。
本体のクヌードも、俺自身が探索しつくしたわけではない。ほんの入り口程度をうろついただけだ。かなり広いという事は聞いているが。ただ、こちら側はそこまで広いという感じはしない。広いというか、長いな。
大元のクヌードの迷宮は、中に入ってすぐに分岐が始まって、どんどん複雑になっていくのだ。この第21ダンジョンは、そんな感じがしない。
俺は、このダンジョンをクヌード・ルーツと呼んでいる。クヌード本体ではなく、根っこに過ぎないという意味で。
闇の中、ライトに照らされ何かが動いた。
「見たか?」
俺は、他の連中に確認する。
「ああ、見た」
「小さいな」
佐藤と青山が答える。
「どうする?」
山崎が訊いてきた。こいつは魔物を捕まえたいんじゃないかな? ペットじゃねえんだが。
「あの小さいのじゃ、進展に期待は出来ないな。パス」
「そうか」
残念そうに山崎が答えた。お前の出番は向こうに行ってからだ。
このハンヴィーは戦闘装備なので、長時間車を走らせるのに向いたものじゃない。まあ、そんなに走り回るほど広い場所じゃないのでいいんだが。もし、向こうへ行けたら兵員輸送用の車体に交換してもいい。
そして、次の瞬間、魔物がポップした。俺は見てしまった。魔物がハンヴィーの真横の岩肌から、ずるりんといった感じで生み出されたのを。
見た事がないタイプだ。少しぬめっとした感じの、なんだかよくわからない奴。カメラも構えていたので映像にも撮れた。
「走れ! 佐藤」
次の瞬間、アクセルべた踏みされたハンヴィーが重々しく走り出した。佐藤が、確認してきた。
「どうする? いっぱい追ってくるぞ」
「このまま、行こう。このノリで向こうへ行けるか試してみよう。駄目なら、俺が狩る」
青山は首を竦めて観察する。
この車に装備されたM2重機関銃は、前方を向いて取り付けられている。どうしてもというなら、ライフル関係で撃たせてアローブーストで支援だが。とりあえず、カメラを持たせて撮影をさせておく。
ナビの池田が、マップロードシステムとにらめっこで佐藤に指示を出す。これはただのナビシステムではなく、いくつものロードシミュレーションをインプットしてある。ルート35はかなりの分岐を持つ。
入り乱れ、他の通路に繋がっている。とはいえ、舗装され監視システムも組み込まれている。かなりのパターンを組み込んであり、随時作戦変更に従い瞬時にプランが切り替わり、いくつものルートを提示してくれる。
作成しておいたプラン外の事態になった時こそが、池田の真骨頂だ。米軍の監視システムとアクセスし、魔物の位置を観測しながら、その時の状況に合わせて最適のルートを選ぶのだ。うちで池田以外にこんなものを管理できる奴はいない。
「あ、そこ右な~」
一応、ルートに関しては打ち合わせ済みだ。
貨物席シートに座る合田が、装着された機器で米軍と自衛隊に同時にデータを送信していく。山崎は何かあった時に対応できるようにフリーだ。でかい対物ライフルを抱え込んでいる。こいつの身体能力は高い。
俺は一応リーダーっぽい感じの事をやっているので、後方の映像を手元の端末で見ていた。
「どうする~」
池田が訊いてくる。
「とりあえず、鬼ごっこ。トラブったり、はさみ撃ちになったりした時点で、このゲームは終わらせる」
「あいよ~」
池田はナビや地理に詳しい。いきなりで地形を読むのも慣れている。
佐藤は、こいつのいいなりで走ればいいだけだ。なんで、こいつが普通科とか機甲科とかに行かなかったのかよく理解出来ない。適性の高い部署に配置されるはずなんだが。
夜に山の中でライトもつけずに走るのだ。暗視装置はつけているが、当然はまる事も往々にしてある。訓練中ならそれを救出してくれるための部隊はあるが、この2人のコンビなら本番でもはまる事はありえない。
みんな、落ち着いていた。普通なら、かなりヤバイ場面なんだが。俺達には充分対応できるレベルの状況だ。
「あ、ちょっとヤバイぜ。前に湧いた。ぼこぼこ増えてる」
「ちっ。しょうがねえな。今回はこれで終わりだな」
俺はイージスを強化し、そしていじった。前方に向いたM2の弾が、こちらを守るイージスの間を通過できるように。そして、青山に一言。
「前にいる奴らをM2で片付けてくれ。アローブーストをかけるから、1発で倒せるはずだ。手加減するぞ。あまり火力を上げると、こっちまでヤバイ」
「了解。前方標的を撃破する」
だが、M2の発射音は鳴り響かなかった。俺は一瞬、青山がやられたのかと思って焦った。
「どうした?」
「いや、前方の標的が消えた。どうなっている?」
佐藤もからも声がかかる。
「後ろの奴らも消えたぜ?」
「何?」
「佐藤ー、前ー」
池田の妙に間延びした声が車内を通り抜けた。
「うわ、ぶつかる、ぶつかる」
いきなり前方に、まっくろな『壁』が現れたかのようだ!
エンジンの回転が重々しく落ちていく中、神経質で耳障りなブレーキの音だけが響き渡った。
次回は、16時に更新します。本日から明日まで2時間おきの更新です。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。