2-15 ダンジョンへ
俺達はダンジョン内のルート15を流していた。151補給隊を目指して。あれから、補給所にも戦闘部隊が常駐する事になった。
ダンジョンの中は制圧したと思っても、ごく稀に後方に魔物がリポップしてくる場合がある。ダンジョン内限定だが、防衛線をワープで抜いてくるようなものだ。
どこから湧いてくるのかわからない。監視カメラでも、そこまで捕らえきれていない。どうやって沸いてくるか仕組みもわからない。
向こうでも湧いてくるところは見た事がない。やはり、各陣地に充分な防衛機能を与えないといけないという事になったらしい。
たかが10キロの距離だ。一応、警戒はしておく。ほどなく到着したが、151補給所もやはり以前のような弛緩したムードはない。一回全滅した場所だしな。
以前は10人くらいの完全な後方要員しかいなかったが、今は警備する戦闘要員を含めて30人ほどが詰めているらしい。補給所だけで200人の増員だ。
『君がスズキか? 大変だったそうだな』
新しい補給所の責任者は、バリバリの戦闘指揮官といった趣きのジェファーソン中尉という青年士官だった。腰に45口径をぶちこんで、肩にも自らM4カービンを背負っている。
彼は、俺達を簡易な椅子を備えたテーブル(はっきり言ってただの会議用の長机だ)に招いてくれた。
『ええ。まあ、なんとか生きていましたよ。自衛隊OBなのが命綱でしたね』
『そうか。異世界はどうだ?』
若い兵士が、人数分のコーヒーを持ってきてくれた。全員、片手に銃口を上に向けた自動小銃に添えて、コーヒー飲みながらの歓談だ。
それを見て中尉は満足そうだ。ここで気を抜いていたらどうなるか。この俺がまさに生き証人だった。
『どうだってほど、向こうにいないうちに帰ってきちゃいましたからね。ほぼダンジョンに潜ったりしているだけでした。こちらへ帰る経路を探していただけなものですから』
『これからどうするのだね?』
『とりあえず、ルート25を辿ってみようと思います』
『うむ。何かあったら、すぐ救難コールを出してくれ。以前と違い、こちら側からもすぐに救援に向かえる体制だ』
『お心遣い、感謝いたします』
コーヒーを急ぎご馳走になって、そそくさとトイレを済ませ、俺達はハンヴィーに乗り込んだ。まあ、こんなのはいつもの事だ。
宿舎での日常生活がこうだからな。俺も、今もって全く違和感がない。体に染み付いた事は、なかなか簡単に抜けるものじゃない。
「あの時は、奴らを強引に振りきって、ルート25へ飛び込んだ。武器も手元に無かったしなあ。よく生き延びたものだ」
「そうか。大変だったな。まあ結果オーライだ。弾なんて、どっから飛んでくるかもわからないんだしな」
山崎も、そんな世間から見たら激しくずれまくったような返事を返してくる。
こういう会話ができるのも、かつて同じ自衛隊の飯を食った連中ならではだ。普通の人には、そんな実感なんて湧かない。当たり前の事だ。
たった5キロの道のりなので、俺達は2512駐屯地へと、あっさりと到着してしまった。
「うむ。全くもって、正常だな」
「だよなあ。もう一回戻るか?」
池田に相槌を打ちながら、ドライバーの佐藤が訊いてくる。
「いや、少し引っ掛かっていることがある。一度、2512で腰を落ち着けよう」
「了解」
佐藤は、車を2512駐屯所のパーキングへ押し込んだ。
ここは、かなり広い。常に50人くらいが待機していて、他に30人ほどの戦闘部隊もパトロールに出ている。
各通路には戦闘部隊をおいた2つの駐屯地がある。合計60人ずつが探索の任務についている。交替要員を入れれば総勢で120人だ。
その他に外には休日を取らせたりするための交替要員や、警備や事務などの職員がいる。全体で今は2200人だ。
一部には、この前のようなおかしな連中も混じっているのだ。周辺住人から苦情が入る事もある。
この辺では沖縄で起きているような酷い話は、それほどはない。米軍基地とは違い、日本に主権があるからだ。アメリカ軍が勝手に押しかけている形なので。
それでも最初の頃はとにかく酷かった。今もそれが尾を引いているのは否めない。まあ、他所の国へ行って悪さしない軍隊なんて、日本の自衛隊くらいのものなんだが。そもそも軍隊でさえないが。
基幹通路ではない枝の部分には、駐屯地ではなく無人のキャンプが設置されていた。部隊が立ち寄って食事や休憩などができるようになっている。
仮眠するための簡易ベッドもある。非常時には補給所として使えるように、予備の武器弾薬や水に食料も置かれている。
駐屯地には交替の部隊が30人と他に整備班や輸送隊、部隊付きのドクターや調理する人がいる。
目ざとく俺達を見つけて、近づいてくる米軍将校がいた。ここの責任者のロバート中尉だ。
『やあ、スズキ。異世界へ行く道というか、方法を探しているそうだな』
『ああ、ロバート中尉。うーん、なんというかな。気になっている事はあるのですがね。それが、どう具体的に結びついていくのか』
『ほお? 話を聞かせてくれ』
ここも、やっぱり長机だった。足が折りたたみできて、それなりに見栄えがする。車で運ぶのも楽だ。
『私はここから異世界へ行った時に、10体の大型魔物に追われていました。照明のある通路を走っていたのは覚えています。つまり、このルート25にいたわけです。そして、灯りが見えたので、てっきり2512なのだと思い飛び込みました。だが、それは異世界の太陽の光でした。
現地で会った旧知の方も、トラックで魔物に追われてあちらの世界に出たのです。他にも魔物に追われて行方不明になったと思しき人もそれなりにいます。もちろん、その人達が全て異世界に行ったかどうかはわかりませんが。
そもそも、何故このダンジョンが、この世界に繋がってしまったのか。現地の責任者は、これが日本と繋がっていることさえ知ってはいませんでした。向こうから見ても通常ありえないイレギュラーなのです。
ダンジョン・クエイクとはなんだったのか。我々、地震などの災害時には先頭を切っていくような、自衛隊施設科の人間でさえ、皆大いに戸惑いました。
そして帰る時も、大型魔物と遭遇し、引き連れていたところ、帰ってきてしまったのです。
出口と反対方向に走っていたのに光が見えて、いつの間にか方向を転換してしまったのかと思っていたら、2512駐屯所に出てしまったというわけです。まるで消えてしまったところから、やりなおしたかの如くに」
中尉は考える風だったが、
『すると、そういう魔物に追われるような緊張感のようなものが、何かに作用して世界を越える、と?』
『わかりません。ただ、状況証拠からすると、関係があるかもしれません。中尉、このダンジョンにあって外に無いものって何かわかりますか?』
『ふむ。魔物かな』
『いえ、それもありますが、おそらくは魔素というようなものです』
『魔素?』
中尉は、顔を挙げ眉を潜めながら聞き返した。軍人としては、そんな事は世迷言と片付けたいのが人情だ。
それが何の訓練も受けていない人間の言う事なら笑いのめすのだが、目の前の男は何年も自衛隊で訓練し、精鋭の証たるレンジャー資格を取り、そして異世界で戦って生き延びた男なのだ。そして、現実に魔法を所有している。
『ええ、それが迷宮の中で、魔物を生み出しているのだそうです。私の場合は異世界で魔物と戦って倒していくと、段々とそれを蓄えていく量が増えていくのがわかるというか。それがあるのが、わかるのですが。ここにもそれがあります。
ただ、最初の時は私もそんなものの持ち合わせはなかったはずですしね。行方不明になった他の人達も。ここの兵士も、私のようになっている風でもないですし。
ただ、兵士たちが見たという夢が気になります。それが魔素を通じて、向こうの世界の姿を擬似体験として見せられているのか。全員がその夢を見るわけではないようですし』
中尉はますます考えこんだ。
『今のところ、全くもって謎というわけだな』
『まあ、そんなところです。たとえ異世界へ行き、再び帰ってきた私とて、闇雲にうろうろしていても異世界へいけるわけではないのだろうと考えています。正直、どうするのか。考えてはいましたが、どうなのかなと。とりあえず、魔物と接触すれば何か進展があるかもしれません』
『うむ、健闘を祈るよ。くれぐれも気をつけて』
ロバート中尉に送り出されて、俺達はルート35、つまり前線の戦闘区域へと車を進めた。俺も初めて立ち入る区域だ。少し緊張する。
次回は、14時に更新します。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。