2-14 出動
俺はそれからしばらく色々と準備を整えた。そして『司令部』に顔を出した。
なんと師団長のいるところで、奴らはピシっと整列していた。全員、既に出動態勢にあった。
戦闘服の上から防弾着を身にまとい、重さ30キロはある背嚢を背負い、マガジンを装着した自動小銃を持っている。
実は俺も同じ格好だ。これを着る事は2度とないと思っていたのに。89式自動小銃を持つのも久しぶりだな。
「鈴木、来たか」
師団長も「鈴木さん」なんて呼んではくれない。まあ、いいんだけどね。少し嬉しくもある。
「はい、要請を聞き届けていただいて、ありがとうございます。何せ、あちら側の第21ダンジョン、迷宮都市クヌードは孤立しているようなので。近辺には、まともな街道すらない有様です。前回はハンヴィーで2時間程度遠征しましたが、他都市の影さえも見ませんでした。
地球のような精密地図が無い上、軍事機密とされて、まともな地図が流通していない可能性があります。単独での行動は危険があります。まだ確認できていませんが、ダンジョン外におきましても魔物が多数生息している模様です」
一応、説明はしておいた。物見遊山って言われると困るんだよね。あいつらは、まだ現役の自衛隊員だ。国家公務員なのだから。
「ああ、米軍から報告は受けている。何しろ、この日本のど真ん中で起きている案件だ。色々対処するにしても、とにかく情報が不足している。政府も詳しい報告が欲しいようだ。しっかり頼むぞ。で、あちらには行けそうか?」
「了解しました。行けるかどうかは、まだわかりませんね。今までの流れからすると異世界行きの原因は、自分にあるようなので。おそらくは、『魔法適性』のようなものが影響しているのではないかと思うのですが。魔法を使えない正さんも向こうに行っていますからね。なんとも言えません」
正さんの場合は、単に覚える気が無いだけかもしれないからなあ。
「正さんか。懐かしいな。生きておられたとは。それは喜ばしいのだが、それにしても異世界永住とはな」
師団長も思案顔だ。本来なら、日本政府が異世界からの民間人救出部隊を派兵するシーンなのだから無理もない。第10師団としては遭難した地元市民に対して複雑な面持ちだろう。その分、色々用意はしてくれた。
本人から、「異世界が気に入っちゃったから、こっちに住むわ」とか言われちゃったらね。師団長からは『お気に入りの1本』を正さん宛に預かった。
自衛隊の若い奴等が通う店なので、師団長もマサにちょくちょく顔を出したりしたこともあるらしい。この師団長もそろそろ転勤のシーズンだ。だがダンジョン問題があるので、それも少し伸びるかもしれない。
いきなり、他所から来てダンジョン押し付けられたら誰でも泣くだろう。新師団長が泣くくらいならいいが、それだけでは済まないはずだ。特にここ21が、今注目株の大問題ダンジョンなのだ。
一番懸念されているのは、俺が新師団長の言う事を聞かないのではないかという事だろう。今の俺は民間人だ。へそなんぞ曲げ放題だ。
今の師団長なら言うことを聞きそうだと思っているはずだ。このあたりの部隊を預かるトップで、実質的に俺の最上官に等しい人間だった。
「では、行ってまいります」
俺は師団長に敬礼して挨拶をした。山崎達も俺に続く。
「うむ。気をつけて、行ってこい」
「なあ肇、師団長は『行って来い』って言ったけど、そうほいほいと行けるもんなの?」
こいつらは、皆退官した俺を名前で呼んでくれる。自分達は苗字で呼び合っているが。うっかり習慣で、仕事中に名前で呼んじまいそうだからな。
「行けねえから、苦労しているんだよ」
合田の疑問に俺は笑って答える。
「ふうん。気合入れて出てきたはいいが、日帰りになる可能性が高いって事か?」
青山は退屈そうな感じで言う。きっと、わくわくしてあまり眠れてないんだろ。若干寝不足気味の顔をしている。こいつは、そういう奴だ。
「いや。いちいち戻ってくるのは面倒すぎる。守山からダンジョンはそれなりに距離がある。米軍の駐屯地を、どこでも使わせてもらえる話になっている。駐屯地なら米兵が見張りをしてくれるから安全だ。戦闘部隊の駐屯地だから、俺があの時向かった補給所みたいな事にはならないさ。元々は、この話もアメリカさんからの依頼だしな」
俺達は、守山駐屯所の中を歩きながら今回の件について話した。俺みたいな下っ端が滅多には来ない場所だったんだが、相変わらず代わり映えのしない殺風景な通路だ。だが、きちんと清掃が行き届いているのも変わらない。
ドアノブまでピカピカに磨きぬかれるのだ。まあ新隊員が磨きそこなっても、何度もやり直しさせられるだけだ。腕立て伏せがオマケについてくるかもしれないが。ロッカーの中みたいに、台風と称してひっくり返されたりはしない。
そして、だらけているような奴も見かけない。皆背筋を伸ばして、きびきびと動く。事務などを担当する隊員だって、1日1~2時間は体を動かして訓練するのだ。
その空気の中にあって、自分はさほど違和感を覚えない。今いきなり訓練に入れといわれても、なんなくこなせそうな気がする。気がするだけかもしれないが。
俺達は、駐屯地の高機動車でダンジョンまで向かった。ガイドウェイバスのゆとりーとラインと併走する形の県道30号関田名古屋線を進み、名古屋第2環状自動車道、通称名二環へと向かう。
運転手が佐藤で池田がナビを勤める。運転なら、こいつらだ。この2人は運転業務には定評がある。それも当てにして呼んだつもりだ。
逃走力がものを言う場面も想定している。勝てないのではなく、地元住人から反発を食らったような場合とか発砲するわけにもいかないし。
松河戸インターから乗り、楠木JCTにて名古屋高速11号小牧線へと至る。更に小牧インターで国道41号に降りて国道155号線へと向かう。
そこから俺の通勤路である県道63号線に乗れば、1キロもかからずにダンジョン区域の立ち入り禁止区画のゲートに差し掛かる。周囲をぐるりと金網で囲んである。上には鉄条網や高圧電流線が装備されている。
いつ見ても大仰なゲートだが、無いよりはマシだ。だが大型魔物なら簡単に突き破ってしまうだろう。奴らはダンジョンから外へ出してはならない。
そして500メートル先の岩山地帯に入る第2ゲートを通過して、本式なダンジョン区画へと入る。とても日本だとは思えない風景だが、2年少し前までは確かに、ここにそれなりの町並みがあったのだ。
ダンジョン入り口前の米軍統括駐屯地、通称ブラックジャックへと車を止める。その前方には、「自走20榴」が87式砲側弾薬庫を従えて10両控えている。
実際に怪物とやりあった俺としては、その203mm砲を積んだ奴が頼もしくて仕方が無い。機甲科ではないので運用は手に余るが、一応これも1台もらってある。砲には1発詰めてすぐ撃てるようにしてある。
自走できるのが最高。アローブーストをかけてぶちこめば! まさに、とっておきの1発だ。俺用に徹甲弾を置換複製してある。ミスリル弾も用意してあるのだ。
他には当然のように、豊川の十八番である155ミリ榴弾砲FH70を持っている。野戦特科の専門家が2名いるのだ。自動給弾だが、やろうと思えば弾込めは俺がアイテムボックスから直接行なえる。
無骨なコンクリートの建物の中に入ると、ジョンソン大佐が出迎えてくれた。
『やあ、精鋭部隊の到着だな』
別に皮肉っているわけではない。俺達は戦闘をしにいくわけではないのだ。俺にとって最適な部隊編成という意味だ。後ろの連中がしゃちほこばった敬礼をする。
『ああ、楽にしてくれたまえ。君達には期待しているよ。なんにせよ、我が軍は未だに異世界には辿り付けていないのだからね』
『なるべく、ご期待に答えるべく頑張りますよ。俺にとっては会社の仕事と個人的なビジネスでもありますので。まあ後ろの連中は、自国の政府に報告しなければいけない公務員ですが。車はここに置かせてください』
『了解した。それでは、うちの車で送るとしよう』
俺達は米軍の車両2台でダンジョンの中の入り口へと連れていってもらった。あの時を思い出すな。フィリップの家族は今どうしているだろうか。今の米軍と自衛隊の違い。一番大きいのは、部下の戦死を伝えに行く上官の姿があるかどうかじゃないのか?
そんな風に思ってしまう俺は、ダンジョンや異世界の出来事に毒されすぎているだろうか。俺の弟は何の罪も無いのに殺されかけた。気違いギャングどもに。
本来やろうと思えば、この日本の国はあんな連中を排除しておく事など簡単にできる。
『あえてやらずに』国民を見殺しだ。核の傘の問題もそうだが。何もかも、嘘っぱちばっかりだ。自衛隊員は国民のためにいる。糞な政治家のために命を張るわけじゃない。まあ所詮は公務員なんだからしょうがないけどさ。
「おーい、肇。お前、何難しい顔してんの? 早く狐耳の可愛い子ちゃんに会いに行こうぜ」
お気軽な山崎の眠そうな声に、俺もつまらない考えを頭の片隅に追いやった。
「そうだな。じゃ佐藤と池田、頼んだぜ」
そう言って、俺は愛車のハンヴィーを取り出した。
次回は、12時に更新します。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。